
おや、エイゼルじゃないか、おはよう!これから仕事かい?

おはようございます、今日は……非番でして、休みを取ったんです。

休みなのにこんなに早起きしたのかい?しかも苦い顔なんかして、なにか悩み事かい?公証人役場でイジメられているのか?

だから前にも言っただろ、あそこで働けばいい顔できるかもしれないが、実際はひどい職場だって!

あはは……

ほら、エイゼル、さっき買ったばかりのカップケーキだ、食ってくれ、あんまり塞ぎ込まなくたっていいんだ!

公証人役場での仕事がいくら面倒だからって、所詮は仕事だ、割り切ればいい!それに君はまだ実務訓練を受けていたはずだったよな、なら上のことは上の人に任せておけばいい、自分を責める必要はないよ。

人生は楽しく生きてなんぼだ、ほら元気出しなって、君に辛気臭い顔なんか似合わないさ!

似合わない、ですか……

考えなくていいって言ってるんだけどなぁ……ふふ、まあいいや、俺は先に行くからな。

ケーキありがとうございます。
これ以上にないほど普通の朝、街中を行き交う人はまだまばらだ。
けど、もうしばらくすると、またいつもの街の様子に戻るだろう、賑やかで喧噪な街に。
ラテラーノ人の日常は……そういうものだ。

クレープは如何かな?

ああいや、結構です……まだケーキが……

あなたは!?
(アンドーンが近寄ってくる)

あそこの角にあるクレープ屋、毎日200個限定の看板メニューを出していてね、朝早くに行かないと買えないんだ。

今も昔と同じ開店時間で助かったよ。

……ここで何をしているんですか?

散歩だ。

指名手配を出してる街で、ですか?

問題ない。

……鎮魂教会にいた人たちはどうしてるんです?

みんな安全な場所にいるよ、事が済んだら、私と一緒にラテラーノを出るつもりだ。

どこに?

どこだろうね。

……セシリアも一緒に連れていくんですか?

いいや、あの子なら教会を出て行ったよ。

……!?

なっ、そんな……?

あの子にはやりたいことがある。今はまだほんの些細なことかもしれないが……

それでもあの子は自分なりの道を見つけた、だからその道を歩んでいくはずだ、私たちでさえ通れなかった棘の道を渡り、足を踏み入れなかった苦境に立ち向かい、想像もつかなかった彼方へと進んでいくはずだ。

……なにが言いたいんです?

安心してくれ、エイゼル殿、あの子は私たちが思ってる以上に強かだ。

それでも、あの子は君を必要としている、おそらくはね。

……ボクはただの一般人ですよ。

情けない話です。以前まではずっとセシリアの前でヒーロー気取りをして、必ず成し遂げてあげる、仕事を失っても構わないって約束なんかして……

それなのに昨日家に戻った後、一晩中怯えるだけでした。

混血のサンクタ、堕天使、万国トランスポーター、大聖堂で開催される会議、サルカズ、怪しい異端組織……

どうしてボクはこんなことに巻き込んでしまったんだろう?

ボクはただまともな仕事に就きたかっただけだった、できることなら事務職に、時間通りに仕事を始めて、そして定時になったら家に帰る……それだけでよかった。

ここ数日で起こった出来事はただの事故で、そこから抜け出せたボクはラッキーだったんじゃないかって、数十年後に友人と談話してる時のちょっとした話題になるような、そんな奇妙な出来事……

それだけでよかったはずです。

……今だって、ボクはこうしてあなたと話をしていないで、さっさとここを去ったほうがいいに決まっているのに。

いいのかい?

……

自分に正直でいていいんだよ。

……自分が本当に欲しがってるものはなんなのか、それを知るにはどうすればいいんだろうか?

君はセシリアと同じ問題に直面しているんだね。

……あの子も同じことを?

言葉は違うが。

あなたはどう答えてやったんですか?

昔話をしてあげたんだ。

……あまり聞きたくはありませんね。

なぜだい?

……あなたはあまりにも人に影響を及ぼしやすい人なんだと思うんです。今だってボクはあなたに惑わされているんじゃないかって……

惑わされたくないと思えば、惑わされることはないさ。

そう言われても響きませんね……

まあ、私がここにいるのは言伝を伝えにきただけだ。

その後にどうするかは、君次第だ。

セシリアなら古い鐘楼に行ったよ。

……なにをしに?

別れを告げに、ね。

……

なにか用?
(オーロンが近寄ってくる)

いや~、セシリアちゃん、朝っぱらから街中で一人ぼっちなんて、怖くないのか?

お兄さんとお姉さんたちはどうしたんだい?
(無線音)

先導者様、オーロンが出てきました。

構わない、今は様子見だ。

わたしやりたいことがあるの。

まだまだ子供なのに、色々と考えているんだな。

それなのにあの男ときたら何を考えてるのかてんで見当もつかない、だからすまないねお嬢ちゃん、お前を行かせるわけにはいかないんだ。

大聖堂に連れて行くの?

大聖堂?いやいや、大聖堂には連れて行かないよ、セシリア。

あそこにいるあの爺さんの手に渡らなければ、どこへだって好きなところに行けばいいさ。

本来ならアンドーンがお前を連れてってくれるつって俺も安心してたんだが、あいつが考えを変えてしまったんなら、俺が代わりに連れてっても大差ないだろ。

……わたしが大聖堂に行ったら、なにかまずいことでもあるの?

それは俺でもはっきりとは言えねぇな、セシリア。

だって俺、実は結構お前のことを大事に思ってるんだぜ、知ってたか?フィリアは俺の友だちだったからよ、かなり昔の話にはなるが……

ともかく、お前の存在はその小さな脳みそじゃ思いもつかないほど重要なんだ。本領を発揮すれば……お前はラテラーノを危機に晒すことだってできる。

なんせお前はサルカズであり、サンクタでもあるんだからな。

ラテラーノを危機に陥れることが本望ではないが、それでも物事を動かすためのキッカケが……交渉するための材料が必要なんだ。

お前は貴重な交渉材料だから、ほんの僅かな脅威にも晒したくはないんだ……交渉材料としての役割を失っちまうほどの脅威にな。

なに言ってるのか、全然わかんないよ。

わかる必要はないさ、セシリア。俺はただ誠意を示しただけだ、お前をどうこうするつもりはない。仮に平和的に解決できるんだったら願ったり叶ったりだ、俺だって暴力沙汰は起こしたくない。

おじさんがなにをやりたいかは分からないけど、今はムリ。

だからどいて、そこにある鐘楼に行きたいの。

チッ……

聞こえなかったんですか、どいてって言ったんですよ。
(エイゼルが近寄ってくる)

エイゼルお兄ちゃん!本当に来てくれたんだ!

ただいま、セシリア。ママを探す約束、一緒にお別れを告げるって約束をしましたからね。

実に素晴らしい、感動したよ、身寄りのない混血の少女と約束を果たす執行人のコンビ……俺はラテラーノの年度ランキングに載った昼ドラでも見てるんか?拍手喝采モンだぜ。

はぁ、できることなら、悪役にはなりたくなかったんだけどな、困ったモンだぜ。
(爆発音)

ぐふッ!

お兄ちゃん!

サンクタは同族に銃を向けることはできない、だがそれ以外の手段なら多種多様だ、お互い銃なんぞに拘らないようにしようや。
(戦闘音)

今のうちに!セシリア、逃げろ!鐘楼は目の前です!

でも!

セシリア、もう一つ約束します――ボクなら絶対に大丈夫ですから!

……わかった。

エイゼルお兄ちゃん、鐘楼の上で待ってるからね。
(セシリアが走り去る)

やるじゃねぇか、エイゼル、予め備えてきたのか?俺を止めるなんてよ……

だが、それでもお前の怯えてる感情が伝わってきてるぜ、あんま共感ってヤツは好きじゃないんだが。

無駄口は結構です。

俺たちはもしかしたら同業者になれたかもしれない、そう考えたことはないか?

少なくとも今は考えてませんよ。

ならお前の実力を見せてもらおうか。

これから背負うべき責任への覚悟、それがどこまで決まってるのかもな。

……あの執行人見習いはオーロンを止めることはできるのでしょうか?

オーロンは手加減をしているんだ。今のエイゼルは、まだ公証人役場の執行人ではない……だからオーロンを止めることはできないだろうね。

お言葉ですが……先導者様、あなたのご決断に従うつもりはありますが、アレについてはやはり賛同できません……

セシリアを行かせるべきではなかったと思います、我々のためにも、そしてなによりあの子自身のためにも。

あれは私が決められることではない、あの子の運命はあの子が決めることだ。セシリアが決めるべきことなのだよ……パディア。あの子のために選ぶ機会を与えてあげられただけでも、我々の栄誉と言えよう。

心配はいらないさ、私の為すべきことに変わりはないよ。
(戦闘音)

ハァ……ハァ……

まだ訓練期間の執行人にしては、中々やるじゃねぇか。

ボクは……まだ倒れちゃいませんよ……

そんなに病院送りにされたいのかい?俺は人の骨を折る趣味なんざ持ち合わせてないんだけどなぁ。

エイゼル、お前がそこまで拘る必要はないはずだ。お前はただラテラーノで暮らしてる一般人だろ、そこに帰りな、愉快な人生を楽しめ、ケーキを食ったりお茶を嗜んだり、好きなことをすればいい。

もう、決まったことです。

お前らはホント、やれ自分で選んだことだとか、やれ決めたことだとかが好きだよなぁ……それには代償ってモンが付くのを考えたことはないのかよ?

本当は万が一に備えて配置させただけだったんだが……すまねぇみんな、やっぱりちょいと手を貸してくれ。
(オーロンが合図を掛ける)

手は貸してやろう、だがお前のためだけに貸してるわけではない、オーロン。我々もこれが正しいと信じているからやっているんだ。

……

どうだい、エイゼル?「時勢を知る者は俊傑」ってな。

]おっと、これも炎国の諺だったな、意味は……

教えられなくて本当に残念だよ、エイゼ……
(爆発音)

……はぁ。

フェデリコ先輩!
(フェデリコが姿を現す)

執行人見習いのエイゼル・パストーレ、臨時的に徴集の呼びかけがあったため、休暇は中止です、こちらの容疑者逮捕のサポートに回って頂きます。

オーロン・アギオラス、あなたの身分は確認致しました、あなたの万国トランスポーターとしての職分はすでに第七庁が解除しましたので、抵抗は諦めて、私と第一庁まで同行を願います。

どうしてもついて行かなきゃならないのかい?こっちはまだ仕事が山積みなんだが。

はい、どうしてもです。




