
もはや休暇にも思えてきたわ、今回のラテラーノ訪問……まさかあんなことまで起こるなんて。

ねぇユカタン、小国とは言えイェラグだって信仰を持っているでしょ……なのになんでラテラーノはあんなことができるの?

ラテラーノの影響力は広大だからね……万国トランスポーターもラテラーノの教皇がかなり前から設立した組織だ。

イェラグにはまだそういった基礎ができ上げっていないんだよ。

ハッ……影響力影響力って、イェラグを出てようやく分かったわ、影響力とかいう厄介極まりないものが。

今思うと、あのエンシオディスが一人で近隣諸国を回ったことに感謝したいわね。

巫女様の影響力も今じゃ徐々に上がってるからね……とは言え、ボクたちにもボクたちなりの勝る点ってもんがあるよ。

そうね……それにしても、教皇が言ってたアレ、本当に叶うと思う?

……どうだろう。

各国がこれ以上に緊密な関係を築いたらこの大地がどうなるのかなんて、想像できないよ……まるで夢みたいな話だよね。いい夢かどうかはさておいて。

けどあの日に起こった奇跡……そして教皇の演説に、目を背く人は誰一人としていなかった。

やっぱりラテラーノって、神に愛されてる都市……なんじゃないかな?

エイゼルさん、あなたたちサンクタは今回の一件をどう見てるのかしら?

え?あー……すごい、衝撃的でしたかね……

それもそうよね、あの鐘が鳴ったのは数千年ぶりだって聞いたし。

それで、これからラテラーノはどうなるの?

……どうもならないんじゃないでしょうか、ボクのラテラーノ人に対する見解から言わせれば……いや、多分みんな同じことを考えてると思います。

今後歴史を変えるような大事件が起こったとしても……その時代に生きる人たちはみんな、なにも実感しないんじゃないでしょうか。

けど変化が起こってることとか、自分が背負うべき責任とか使命なら、意識せずとも気付くと思います。

……真っ当なことを言うじゃないの、お兄さん。

それじゃあ、送迎はここまでで結構よ、後はこちらの車両がここまで迎えに来てくれるから。

お疲れ様です。

いえ。ボクもちょうど病院に用があったのでお構いなく、ヴァイエリーフ枢機卿がすく近くの病院にいますので、命令を受けに。

あっ、そういえばその枢機卿にだけど、代わりにお礼を伝えてくれないかしら。

“満足頂けたのならこちらとしては幸いです”――そう枢機卿はおっしゃっていましたよ。

隙がない人ね……

そうだ、お兄さん、私と夫のツーショット写真を撮ってくれないかしら。

分かりました。
(エイゼルがスキウースとユカタンのツーショットを撮る)

いかがですか?

いい腕してるじゃない、お兄さん。

ありがとうございます。

恐縮です。
(ユカタンとスキウースが立ち去る)

フィアメッタ、足取りすっごい重たいようだけど大丈夫?

なんでそう思うのよ?

教皇猊下のあの演説を聞いた後、肩に重荷を感じない?

だから?

だからこっちはそろそろ転職したほうがいいかなーって真剣に考えてるんだよ、重い責任が伴う仕事なんて私には合わないからさ。

だから君なら適役なんじゃないかな、私の跡継ぎとして。

寝言は寝てから言いなさい。

お二人とも、こんにちは。

やぁエイゼルくん、久しぶりだね。

いやまだ二週間しか経ってませんけど……

あなた……任務中?

ヴァイエリーフ枢機卿がちょっと任務を手配してまして、それを請け負いに。

ボクがラテラーノで執行する最後の任務になります。

素晴らしい、エイゼル君、ここから出て行けば分かるよ、ラテラーノがいかにつまんない都市なのか。

外にはここよりも美味しいスイーツはないけど、私たちの人生はなにもスイーツだけを楽しみにしてるわけじゃない、でしょ?

ヴァイエリーフに用があるの?彼女は今どこに?

ステファノ区の中央病院にいます。

……

じゃあ目的地は同じだね、エイゼルくん、一緒に行こう。

決心した?

うん、もう決めた。

もっと迷うのかと思っていたわ。

ううん……ただ、みんな次の一歩に踏み出してるのに、私だけこれ以上足踏みするわけにはいかないって思っただけ。

ならもうこれ以上聞く必要もないわね。頷いてくれただけでも、こっちは嬉しいよ。

こういう時期に、あなたみたいな人が加わってくれて何よりだもの。
(エイゼル、モスティマ、フィアメッタが近寄ってくる)

やっぱりここにいた、ヴァイエリーフ。

あなたたち、どうして……

途中でエイゼルとばったり会ったんです。

イェラグ使節のお二方ならすでに目的地まで送迎致しました。

ご苦労様。

まあまあちょっと待ちなさい、あなたにはまだ別件があるから、私と一緒に来て。

……わかりました。

それじゃあね、レミュアン、また来週。

ええ、また来週。
(ヴィエリーフが立ち去る)

第七庁に行くのね、レミュアン?

そこでは前々からもう仕事を始めていたからね。

……会議の後の第七庁って、きっと大変だと思うけど。

私にとってもお似合いな部署でしょ?

そうだけど……

あなたたちはもう自分たちの道を歩み出したんだから、私もそろそろ自分でできることを探さないとなーって。

こっちはさっきまで万国トランスポーターを辞めたいって、フィアメッタと話していたところなんだけどね。

もう面倒臭いから?

あの老いぼれ……これから面倒まみれの未来が見え見えなんだよね。

でも逃げられないわよ~、モスティマ。あなたは私の直轄下に入ったから。

えぇ。

だからまずはちょっとしたお手伝い、この手紙をエルちゃんまでお願いね。

……拒否権は?

ない。

絶対手渡しでお願いね。

なおさら辞めたくなってきた……

自分にウソつくんじゃないわよ。

厳しいなぁ、フィアメッタは。

どうせ諦めないんでしょ、あんた。

言い切るね?

自分にこの仕事は合わないなんてウソはやめなさい。

あんただって答えを探し求めてるんでしょ?

私は別にアンドーンじゃ……

あいつだとは言ってないでしょ。

けどそれでもあんたは選んだ、そうでしょ、自分は一体何なのかを。

それの答えを得るには……長い道を歩まざる得なくなる、誰であろうと例外なく。

……

あらあら、モスティマ、他人に分からされた気分はどう?どうやらヘイローがなくても分かってあげられちゃったわね?

……じゃあそれが私の歩む道ってヤツだね。だから私についてこなくてもいいんだよ、フィアメッタ。

自惚れないで、誰がついていくって言ったよ?たまたま道が同じってだけ。

あいつの銃はいま私が持っている。

もしあいつがまだ自分はサンクタだって真面目に考えているのなら、必ずこの銃を取り返しに来るわ。

その時になったら、今度こそ自分がやったことのツケを払わせてやる……!

だからあんたにはその手助けをしてほしい。

……はいはい、分かったよ。

その話についてなんだけど、以前市内で捕まったロストシープたち、もう全員釈放されたわよ。

……それは猊下の恩赦で?

ええ。

猊下が許したからって、私には関係ないわ。

……フィアメッタらしいわね。

それと、後で第五庁の手続きを踏んで、公証人役場の協議契約に従ってあなたをロドスに借用させるから先に伝えておくわ。

えっ、モスティマとレミュエルが兼業してるあの製薬会社に……?

なんで?

ヴァイエリーフがその会社と関係を深めたくてね、最適な人選としてあなたが選ばれたのよ~。

それに聞いた話じゃ、ウチとあの会社ってかなり仲がいいらしいのよ、きっときっとあなたの心強い味方になってくれるわ。

了解。

それとね、フィアメッタ、超グッドニュースがあるの!

今ならなんと、この三つのコードネームから!次の任務の時のコードネームとして、一つ選べられま~す!

……正直に言っていいかしら、今はあなたと私たちだけの関係でしょ、いい加減そのルールは消してもらえないかしら?

当時こいつを監督するポストが確立していなかったから、臨時的にコードネームを取っただけでこんな……

毎月毎月、そのポストのネームを変えるのはもういい加減うんざりなのよ!

キラキラお通夜人は結構気に入ってたじゃん、ようやく少しはセンスがマシになったって言ってたしさ。

あんたは黙ってて。

あっ、この花キレイだね。

そうは言われてもね……あなたのポストネームの変更はもう慣例になっちゃったんだから、観念なさーい。

“虚空なる美食家”、“野原の飛行パイロット”、“黎明の破壊者”、どれか一つ選んでね。

……“黎明の破壊者”。

いや~、フィアメッタ、なかなかいいセンスしてるんじゃん、ホントホント。

あんたは黙っててッ!

うっ……

目が覚めた?

……最近はつくづく運が悪いって感じがするぜ。

あら、横になるのがイヤになった?

そんなまさか、言わなかったことにしてくれ。

おや?エイゼルの兄ちゃんもいるのか?

ラテラーノを裏切ったらその人はどうなるのか、彼にも見てほしくてね。

えっと……

あんま若い連中を当て擦るんじゃないぞ、ヴァイエリーフ。

私だってまだまだ若いんですけど。

すいません。

あなたはもう万国トランスポーターではなくなったわ。

それが対価というのなら……

けど私の部下のままよ。

そりゃ大きな対価だことで。

よくも私に大法螺を吹いてくれたわね、オーロン。ならあなたがヴィクトリアで一体何を学んできたのか、見せてもらおうじゃないの。

……それは俺のやり方でケジメをつけろ、って解釈してもいいんだな?

今なら、あなたがこの前にしてきた質問に答えてあげる。

オーロン、私は高尚になろうとする人間には興味ない。

けど高尚な人間のために努力を惜しまないことは嫌いじゃないわ。

それは……俺も同感だ。

それはボクにも言い聞かせてるんでしょうか、枢機卿?

もちろんよ。

あなたもセシリアも手に入れたチャンスを大事になさい。あの子がラテラーノにどんな影響を及ぼすのか……その際は、分かってるわよね?

セシリアには……もう二度とラテラーノに戻ってほしくない、ということですか?

私がそんなことを望んでたら、どうしてその子にわざわざ戸籍を作ってあげの?

そうねぇ、あー、同情しちゃったのかしら。ただ……もしあの子にもっとほかの価値があるのなら、私はその価値のために喜んでリスクと危険を犯してあげるわ。

……

こう素直に認められたことはお前にとっていいこと尽くめなんだぞ、信じてくれ。

分かりました。

そう緊張しないでよ。私はただあなたにラテラーノへの忠誠を示しただけなんだから。

もしあなたもセシリアも旅に飽き飽きしてしまったのなら……いつでもラテラーノに帰ってきていいんだからね。

あなたたちのために、ラテラーノは門を開けてくれるわ。
(ドアのノック音)

どうぞー。

]フェデリコ先輩?

ヴァイエリーフ枢機卿、こちら元万国トランスポーター、オーロン・アギオラスのここ二年の外出記録の報告書になります。

ご苦労様、フェデリコ執行人。

げっ……

念のために、ね。

既存の情報によれば、執行人のリゲライも彼の共犯者かと思われます、リゲライにも通達致しますか?

結構よ。彼ならきっと“古い馴染にハメられた”って言うはずだからね、そうでしょ、オーロン?

……おっかねぇ女だぜ。

リゲライのことなら追及しないわ……今のところはね。

けど、後で君と彼とで少し話して合ってちょうだい、問題ないわね?

まったくもって、ありません。

では現時点においてこの二名の処置はこのように暫定しておくわ、フェデリコ執行人。

……

ちょっと待て、フェデリコ。

なんでしょう?

あれからふっと思いついたんだ。お前があのノートにあった数少ない途切れ途切れの手がかりから、サルカズと接触していたあの女性がフィリアだったことを突き止めるのは、簡単なことじゃなかったはず……

なのになぜそこまで執着していたんだ?

お前は一体誰を探しているんだ?

……アルトゥロ。

アルトゥロ……ん?アルトゥロだって?

あの指名手配犯のアルトゥロ?

……フェデリコ、アルトゥロとはどういう関係なんだい?

私の遠縁です。

……ブッ、ブハハハハハハ!

あのな、フェデリコ。

俺が今ここで寝込んでいなかったら、ぜひお前と酒を飲み交わしたいと思ったぜ。

こちらにそんな時間はありません。

時間ならできるさ。なぜならちょうど数年前……俺はそのアンドーンよりも超有名なその指名手配犯、アルトゥロ嬢と会ったことがあるんだからよ。

……

ちょい落ち着け!落ち着けって!ヴァイエリーフ!!!

こっちからアルトゥロと接触したわけじゃない!ばったり出くわしただけだ!

ホント、自分でも見識は広いほうだとは思ってたんだが、あの時を思い返すと今でもゾッとしちまう……

どこで見かけたのですか?

三年前、リターニアでだ。

エイゼルお兄ちゃん!

セシリア!

それにリゲライ先輩も……

各種手続きなら済ませたから、この子はもう自由にラテラーノから出られるぞ。

ありがとうございます、リゲライ先輩。

なあに、当然のことをしただけさ。

それで、自分たちがこれからどこに向かうべきなのかは分かってるはずだよな?

はい……まずはフェデリコ先輩と合流して、ロドスという会社で協力協定を結びに行きます。外で長い間過ごすのなら……そうしたほうが色々と融通が利くと聞きましたので。

そうか、分かってるのなら何よりだ、先方への挨拶ならもう済ませてあるよ。

だがお前はまだ公証人役場の執行人だ。こっちに戻ってこれなかったとしても、ロドスを通じてお前に任務を通達する。

お前とセシリアちゃんとの旅はきっと順調に行くはずだ、そんな予感がするよ、もしかしたらすぐに探してる人が見つかったりしてな。

言っとくが、俺の予感は結構当たるんだぜ。

……あ、ありがとうございます?

それじゃあ俺はもう行くよ、それじゃあ達者でな、セシリアちゃん。

ばいばい、リゲライお兄ちゃん。

へっくしゅ!

うぅ……なんか面倒臭いことに巻き込まれるような予感がするなぁ。

リゲライ先輩も相当個性的な人だ。

えっ、ちょっと待って、どうして彼はボクたちが人を探してることを……

お兄ちゃん、どうしたの?

なんでもありませんよ、セシリア。

まだ何か……言い残したいことはありますか?

……
幼い女の子は若いサンクタから手を離し、花畑の中へ入っていった。

(ママ、わたしラテラーノを出るね。)

(でも逃げてるんじゃないよ。)

(パパを探しにいく、ママが言ってたことをパパに伝えるね。)

(わたしは自分の目で外の世界を見に行く……カズデルを探しにいくよ。)

(ママ、わたしとっても幸せだったよ。昔も、今も……)

(だから、どうかセシリアを見守ってて。)

シスターさん、白いお花を一つ摘んでもいい?

構いませんよ。

ありがとう!

そのお花を持って行くんですか?

うん。

生のお花だとすぐに枯れちゃいますね……押し花にしてあげましょうか?

うん。作り方教えて、自分でも作れるようにしたいから。

ありがとうね、エイゼルお兄ちゃん。

……え?

いいえ、セシリア、お礼を言うのはこっちのほうですよ。

あれ……ねぇあれって……?

パディア、本当に私と一緒に行くのかい?

もちろんです。

君ならまだラテラーノに残れる、とは思っているんだがね。

ラテラーノに私が求めているものはありませんので。

……?

どうした、パディア?

……いえ、なんでもありません、失礼しました。

ただその……先導者様……笑ってらっしゃるのですか?

ああいえ、つまりその……いつもとは、ご様子が変わっている?

ああ、少し考えたんだ……

長い間、私たちはずっと独りに荒野を歩んできたと思っていたんだが、そうじゃなかった……私自身の未熟さと思い込むによるものだね。

パディア、あの日、君はあの老人の演説を聞いたかい?

……目が覚めた時に、ちょうど後半の部分だけは聞きました、市内全域の放送で流れていたので……すごいうるさかったです。

エヴァンジェリスタ、犠牲と結束の美徳を備え持つ聖徒……おそらくだが、今の彼は、この名を受け継いだ十名の先達よりも、遠くへ辿りついているのかもしれないね。

なんとも広大で砕けやすい願望だよ。

それでも、こちらからも細やかながらに祝福をしよう……

……あの日、先導者様は一体何を悟ったのですか?

それはもういいんだ、パディア、もういいんだ。

道の果てに褒美がなくとも、進むこと自体がかがり火だったんだ。ならこれからも私は前へと進もう。

私たちがしてきたすべては、恩寵を授かろうとするためではなく、憐憫に与ろうとするわけでもなかった、我々が今もなお自分が信ずるもののために道を進んでいるのは……

尊厳ある暮らしが、ただそこにあるから。そう思わないかい?

先導者様、そろそろ出発しましょう、日が暮れる前に急ぎませんと。

では行こうか、兄弟たち、姉妹たち。
混血の少女は先導する男が歩み出したところを目にした。
ゆっくりと沈んでいく夕日の光が、彼の頭上にあるヘイローを輝かせる。まるで王冠のようだ。
その時彼女は、小さい頃に聞いた聖徒の物語を……母が厳かな雰囲気でとある言葉を口にしたことを思い出した。
その言葉はどういう意味で、何を象徴しているのか、彼女はまだあまりよく理解できていない。しかしその言葉は突如と現れ、遠くにいるその男の姿へと映し出された。
“殉道者”、と。

セシリア、どうしましたか?

ううん、なんでもない。

ただ、夕日がキレイだなぁって。
少女はゆっくりと周りを見渡した、花畑、教会、遠くにある鐘楼と聖像。
そして、彼女はぎゅっと若いサンクタの手を握り、二人は遠くを目指して歩み出した。
彼女のその歩みはとても遅かったが、振り返らずに、ただ前へ進んでいくのであった。



