ロンディニウム オークトリッグ区
ザ・シャードのビル内部
我々の行程もいよいよ終盤だ。
……嵐の音が聞こえるわ、彼らの耳にも届いている。
私にこう訴えかけているの、この音が好きだって。今すぐにでもこの嵐の一部となって、意のままに空の中で雄叫び、この眼下に広がる憎き都市を呑み込んでやりたいって。
願ってもないことだ。
十日後、飛行艇が竣工する。その時になれば、ヤツらもロンディニウムの上空へと飛び立ち、この嵐の導き手となってくれるだろう。
その時は私も彼らと共に行くわ。
それも計画のためだ。私がこのザ・シャードを守ってやらねばならない以上、我らの空中の軍勢を指揮する人はお前でなくてはならない。
いいえ、テレシス、そういう意味じゃないわ。
私と彼ら、私たちは共に行くしかないのよ。
――
そうか。
なら行動に移る前に、引き続きお前には自分の責務を果たしてもらう。
王宮はお前を必要としている、我々の戦士も信頼たり得る主君が必要だ。
加えて、私と比べてお前の方が建設に長けている。お前が王宮会議に出席してくれて以降、こちらの施工速度は10%も上昇した。
自分のやるべきことなら憶えているわ。
それと気づいたんだけれど、あの護衛たちを……外したらしいわね、あなた。聴罪師から文句言われなかった?
お前の周囲にいた護衛たちを外したのは軍事委員会の決定だ。一番肝心な時期に起こる危機に備えて、我々は今以上に哨兵が必要だからな。
必要なら、私も前線に行くけど。
お前はここに残れ。この塔……そして飛行艇、この二つは我々の計画の要なのだ。
この二つの行程が終了すれば、カズデルはどの国家にも対抗しうる力を持つようになる。
どの国家にも対抗しうる力、ね……
あなたの野心は最初から知っていたけど、それも聞くたびに、信じがたい話だわ。
ヤツらは我々の再起を許してくれないかもしれない、お前はいつもそう心配していたな?
だが直にその心配も必要なくなる。
そうね。
――もし私たちが嵐の動きすら掌握できたのなら、もはや誰しもが頭上を覆う暗雲に憂うことはなくなるわ。
過去において、我々サルカズは追われるばかりであった。
その度に我々は廃墟から立ち上がり、故郷を建て直してきた。そしてその度に我々は故郷が無残にも引き裂かれていく様を見てきた、ヤツらが引き起こした戦争によって。
サルカズ……サルカズ。私たちは根無し草なのね。
それはなぜか?なぜならばヤツらがいい土地を占領し、我々がそこに根を張ることを許さなかったからだ。
二百年前のあの戦争でも、我々は死力を尽くして、ようやく外敵を退いた――だがそれでもカズデルを守ることは叶わなかった。
それからして、我々はどれだけの時間を費やし、各地で散り散りになった残党たちを召集した?
またどれだけの時間を費やして――
ヴィクトリアとウルサスの目を掻い潜って、ヤツらの気に食わぬ破片を集めてはヤツらの気に食わぬ荒地へと運び、再びカズデルを建て直した?
二百年?
そうだ、我々は二百年もの歳月を費やしてしまったのだ。
ではその次は何が起こると思う?仮に我々のカズデルがまた戦火に滅ぼされたとしよう、その際我々は再び建て直すのにどれほどの時間を費やさなければならないのだろうか?
五百年か――それとももっとか?
敵がああも図に乗るのは、我々がもはや流浪に慣れてしまっていたからだ。
度重なる滅びとて、このサルカズの魂を滅することは不可能かもしれないが、それでも確実に我々を骨抜きにしてきた。
今のカズデルは故郷ではない、ただひしめき合う居場所に過ぎないのだ。
多くのサルカズたちは外の大地を彷徨うばかりで、目には明日のパンしか入らず、遠い夢も持たない。
さらには王宮でさえも……カズデルに伝わる十王宮の伝説でさえも、今ではそのほとんどがただのもぬけの殻と化した。
……だからあなたはこの戦争を求めていたのね。
私が求めているのではない、サルカズたちが必要としているからだ。
今回、戦火は我々の足元から燃え広がる。ヴィクトリアも、ウルサスも、リターニアも……どの都市であろうと、どの土地であろうとこの戦火から逃れることはできない。
そしてこの百年内に、敵共はもはやカズデルに目を向ける余力すら失うだろう。
いや、それだけではない、我々が嵐を導く力を得た暁には――ヤツらはむしろサルカズを恐れるようになる、向かってくる嵐を恐れるようにな。
その嵐は今……私たちがいるこの塔の頂に集っている。
なら彼らはそんな嵐の中心にいる私たちを目に捕らえるはず。サルカズの敵であれば誰だろうと、全力を尽くして私たちを阻止しにくるはずだわ。
来るなら来させればいいさ。
……その際は、自分ですらその降りかかる雷に打たれて身を燃やすことになるわよ、恐ろしくないの?
お前はバベルを立ち上げた時、反対する者たち全員が自分に刃を向けると分かっていたはずだ――その時お前は恐れていたか?
……
お前が己の命で建てたバベルはもう崩れた、前のカズデルのように。
だが今、我々はここに立っている――新しい塔が、新しい機会が建てられたのだ。
今のロンディニウムを見てみろ。お前はさっきまで王たちの会議を主導していたんだろ、まさか気付いていないのか?
我々の間にあったあの無駄な戦争が始まるよりも前に、これほどサルカズたちが一致団結した場面は見たことがない。
「今しがた市外の駐屯地に戻るところでしたぞ、テレジア殿下。」
「分かっているわ、ナハツェーラーの王よ。今回の会議はなるべく短めに済ませるから。」
「貴公はいつもそそっかしいな、ナハツェーラー。そんなに我らと相集うのがお嫌いか?」
「私は君ほど暇じゃないのでね、ブラッドブルード。ロンディニウムの外には十万もの大軍が屯しているのだ、私や私の将校たちは一刻の油断も許されんのだよ。」
「では私と代わってくれ。ちょうど市内にいるあの煩わしい貴族どもに嫌気がさしていたんだ。」
「テレシス、貴公のあのガリアのお友だちだが、ヤツも差して変わらん、愚かで鬱陶しい。」
「私の堪忍袋がいつ切れるか、私でも分かったもんじゃないぞ。」
「ヤツの首ならもう少しだけ繋げておいてやれ。これ以上市内のヴィクトリア軍から面倒をかけられては適わんからな。」
「いいだろう。しかし、もう一人役立たずがいるようには思わなんかね?」
「それはボクのことかな、ブラッドブルード?これでもボクはこれから大事な任務があるんだ、ねぇ、両殿下?」
「そうだ。ロンディニウムを掌握するためにも、お前たちの力は必要不可欠だ。」
「聴罪師、お前が出したトランスポーターからの情報は届いているか?」
「マンフレッドが再三諭してくれたおかげで、すでにリッチがロンディニウムに向かって来ております。」
「残ったのはウルサスの北境で妖魔と対峙してるウェンディゴだけになりました。彼らにもはや王宮は存在しておりません。」
「それとサイクロプスから手紙が届いております、いつものように、悲惨な結末を描いておりましたよ――ロンディニウムは火によって三つに分かれ、ザ・シャードは幾百もの雷に打たれて崩壊する、そして摂政王は……ええ、摂政王様の結末も予言なされておりました。」
「続けろ。」
「あなたは聖王会に属する西方教会地下にある王座で孤独に死ぬ、と。」
「手紙を送り返してやれ、心がけ感謝する、とな。」
「では引き続きガーゴイルの捜査に当たれ。失われた血脈であれば、見つけ次第その者たちにも招待を送ってやれ。」
「軍事委員会は諸王宮と共に、この戦争を勝利に導かなければならないからな。」
もしサルカズに生まれ変わるチャンスがあるとすれば、今回がその唯一のチャンスだ。
……たくさん人が死ぬわよ。
たくさん……ヴィクトリア人、それに大勢のサルカズだって。人々の血がこの灰色の都市を徹底して塗りつぶし、雷鳴を覆すほど悲痛な叫びを上げるわ。
これは戦争だからな。我々とヤツら、一万年にも及ぶ、終わりなき戦争だ。
そうね、戦争……私たちサルカズはそうして生き残り続けてきた。
何か異議があるのなら言え。
昔に何度もしてきたように、私の計画にあるリスクを指摘してくれ。
異議ならないわ。
ない……のか?
あなたが私の脳内にある声が聞こえるのなら分かるはずよ、彼らが私に第二の選択を与えることはない、と。
もしこの戦争が本当にサルカズを滅びの輪廻から抜け出させてくれるのなら……もしこの嵐が本当にサルカズの恨火を消し、無数の亡霊を解脱させてくれるのなら……
私はあなたと共に行くわ、私たちの理想を叶えるために。
……
いいだろう。
それともう一つ伝えたいことがある――
ロドスがすでに向かってきているぞ。
6:30a.m. 天気/曇り
ロンディニウムから527km離れたところにある、廃棄採掘所の作業プラットフォームにて
ケルシー先生、停泊工程はあと一時間と48分後に行われます。
わかった。その前に、接舷区画が正常に使用できるかどうか確認してくれ。
分かりました、なるべく障害が起こらないようにしておきます。
ワルファリン、重篤患者はきちんと移転してやったか?
安心しろ、手術の予定がある最後の三人を除けば、移動病床はすぐにでも設置できる……
それとあまり急かさないでもらえないか?そなたがムッとした顔でここに立っていたら、こちらの医療オペレーターたちも堪らずそなたの顔を伺うハメになるではないか。
……今は切迫してる状況にある。
わかったわかった、冗談はなしだ。
ヴィクトリアに入ってから、妾たちは毎日戦争みたいな日を送ってきた。あんな大勢なオペレーターたちがそなたによって移されていなければ今頃は……
ロドスは正常に運航されなければならない。
ワルファリン、第一回の決議会議で、私たちはすでに共通認識を得ているはずだ。
別に異論があるわけではない。四年前、そなたがMon3tで妾をこの船に縛り付けた時から……
ん?
……妾をロドスに招待した時のことだ、その時に言ったはずだろ、妾はあくまで医者としてそなたと鉱石病の研究を共にするとな。
“新たな魔王と共にカズデルへ帰還する”など、最初から妾の協力契約条項には入っておらん、カズデルの箇所をロンディニウムに置き換えても同じだ。
こちらの大多数のオペレーターたちにとっても、それは同じことだ。私とてオペレーターたちを彼らの長期的な目標とは無関係な任務に放り込むつもりはない。
なにより、ほかに取らざるを得ない行動がこちらにあったとしても、各地にいる感染者を放っておくわけにもいかない。
はぁ、その工程さえなければ、ロンディニウムにはもう何名かエリートオペレーターを送り込めたはずなのに。
今頃アーミヤたちはどうしているのやら……
彼女たちがロンディニウムの付近まで到着したら、自ずと連絡は入ってくるさ。
(無線音)
偵察隊、両翼の状況報告を!
……了解、脅威は確認できず。
クロージャさん、前方進路の安全が確認できました、エンジニア隊も追随してきてください!
はいよー!
ドクター、まだ歩けそう?よかったらアタシのドローンに乗せてってあげようか?
・まだ歩ける、平気だ。
・……
・いつになったらドローンにその機能が搭載されるんだ
そうだねぇ……結構いいアイデアでしょ。
ドクター、もうしばらくの辛抱です、この危険地帯を抜ければ、車両に乗って休めますからね。
その時になったらこちらからケルシー先生に連絡を入れておきましょう……きっとすごく心配してると思いますので。
・本艦のほうは上手くいってるのだろうか。
・向こうからの連絡も欲しいところだ。
安全のためにも、こちらがロンディニウムに接近するまでは発信機を使用してはならないんです。
どんな些細な信号でも付近の公爵軍に察知される可能性がありますので。いや、あるいはもっと酷いことになる可能性だって……ドクター、今テレシスに私たちの居場所を察知されるわけにはいきません。
ですので、どうか私に任せてください。
ロドスがヴィクトリアへ進入する計画が始まってから、ケルシー先生もドクターもずっと航行ルートの安全模索で忙しくしていましたよね、だからこれからは私がその重荷を背負います、そう約束しましたじゃないですか。
ドクターには少しだけでも休んでいてほしいんです……精神面だけでも。
さあドクター、進みましょう。
なあ、この数か月の間に妾たちはどうやって忍び込んだんだ、順調すぎて疑わしくなってくたぞ。
あの老いぼれどもがロンディニウムで一堂に会しているというのに、それでも妾たちの跡を見つけられていないなんて……ケルシー、さては妾の知らないまやかしの類でも使ったのか?
……もしロドスをステルスにできるといった類のアーツがあるとすれば、十数年前からとっくそれを使っていたはずだ。
はは、これはいけない、忘れるところであった。“採掘場廃棄工業装備リサイクル機構”……だったな?
妾たちはこの名称のおかげでここまでの通行許可と停泊許可を入手してきた。ドクターの閃きのおかげだな。
ドクターはある分野において……独特と言わざるを得ないほどの思考を有しているのは確かだ。
それに、ここ数年エンジニア部を率いて、廃棄物のリサイクルに応用できる技術を開発してくれたクロージャの個人的な趣味にも感謝しないとな。
とにかく、悪くない名目だ。加えて何人かの盟友の援助のおかげもあって、今のところこの計画は成功してると言えよう。
ここから先は……アーミヤとヴィーナ次第だ。
左に二人、右に四人だ、インドラ?
(インドラが相手を殴って倒す)
片付いたぜ。
右側のほうは?
チッ、輩のせいで少し時間を無駄にしたが、こっちも片付いたよ。
……ダグダのほうは?
(鉤爪と矢が当たる音)
鉤爪と矢が当たる音が聞こえたぜ。
後方に敵はまだいるか?
彼女に任せておきな、心配はいらねぇよ。
おい、ここにまだ一人隠れていやがったぞ――!
(インドラが駆け寄って殴り倒す)
……これでいなくなった。
あとはダグダだけか……
聞けよヴィーナ、後ろが静かになったぞ。ほら言ったろ、彼女に任せておきなって。
よし。先鋒隊、任務完了だ。
すぐアーミヤに知らせろ、近くの貴族巡査兵は片付いた、進んでいい、とな。
……進路確保、負傷者はなし。
通信機も稼働を再開。
ドクター……もうすぐロンディニウムですよ。
。ようやくここまで来たか。
・……
・ようやく休めるのか?
待ってください、ドクター……ジェシカさんから連絡が。
あっ……次のフェーズに移る前に、オペレーターを何人か別の任務に当たらせる必要が出てきました。
二名の人員の救助任務です。一人はBSWの仲間で、もう一人はロンディニウムへの潜入を手助けしてくれるキーパーソンです。