9:27 a.m. 天気/曇り
ロンディニウム、サディオン区、城壁の上
309号検問所の入口で騒動が発生!
……ご報告します、巡査部隊がレジスタンスの痕跡を発見しました!
れ、レジスタンス軍だけではありません!多方面から巡査部隊と交戦してる勢力が――
将軍、増援を派遣しますか?
……必要ない。
それより進捗のほうはどうなっている?
調整はあと15分かかる見込みかと……
8分だ。
8分以内に済ませろ。今は時間を引き延ばせる状況ではない。
俺を騒動鎮圧に送らなくていいのか?当然、ただの一意見としてだが。
心配しているのだな、私が失敗するのではないかと。
まさか、お前の計算はいつだってドンピシャさ。
その代わりとして、我々の勝利へ通ずる道から不確定要素を排除するのが俺の仕事だ。
ならお前はすでによくやってくれている、傭兵。
さあ、こちらにきたまえ。テストが開始される前に、お前にはこの城壁の下でなにが起こってるのを見てもらいたい。
……
賑やかだな。
カズデルの戦場と比べてどうだ?
……目新しさはないな。
ただ……少なくとも交戦してる双方の相手はサルカズではない。
お前はカズデルにいた頃、獣を狩ったことはあるな。
獣狩りか?年中野外にいる傭兵からすれば、腹を満たすためには必ずやならなきゃならないことではあるよ。
なら、なぜ私が下に出入口を残したのかは理解できるはずだ。
……罠を敷かれているのが見え見えだったとしても、必須経路であれば、獣たちは次から次へとその罠に足を踏み入れる。
逃げ道がなければ、却ってあちこちに逃げ回られてしまう、それでこちらも追いかけるために人手を割けざるを得なくなる、そういうことだな。
その通り、だがこれはなにも荒野でのみ通用する法則ではない。
]足元にあるこの都市を見てみろ。鉄筋コンクリートがそこら中に生えてる荒野とそう変わらないじゃないか。
荒野の逃げ道をすべて塞いでやれる人などいるはずもない。ましてや森の中で目にも入らないような小さな隙間を見つけ出すことなど。
私とて同じさ。
だから数か所の逃げ道を残すようにしたんだな、そこに注意を向けさせ、敵が自分から出てくるように。一番効率的なやり方だ。
だがリスクはある。
リターンを得るに、リスクは付き物だろ?
俺だったとしても、同じことをしていたよ。
ふむ。優秀な傭兵の頭領ともなれば、必然的に優秀な狩人でもあるというわけか。
あの王宮の老いぼれどもよりも、私はむしろお前と手を組みたい、お前は優秀な狩人だからな。
……どうやら、今日の収穫は豊富のようだ。
レジスタンス以外にも、ダブリンもか……
待った、あの術師は見たことがある、以前お前に会いにきていたぞ。停戦協定は結んでいたはずでは?まあ、そちら側はあまり深く考えていないと思うが。
お前も彼女を見たというのであれば分かっているはずだ、あのような人種は、自分がいつ手を止めればいいのか一度たりとも理解できてないのだよ。
なら最初からあの攪乱者を排除しようって算段だな?
事態は変わりゆくものだ。残った工程もいよいよ終盤に差し掛かった、あまりにも局面が乱れていれば、真の脅威を見逃してしまうというものよ。
下のヤツらよりも、我々は外にいるあの大公爵たちに精力を向けなければならないのだからな。
ならなおさら俺を下に置いておけばよかっただろ。
彼女を排除するだけなら、お前が手を出すほどでもない。
まだほかの懸念があるからか?
……あの“ウェリントンの鉄衛士”。
それって……
ヤツはまだロンディニウムには接近してきていない。
だがヤツが一日でも態度を表に現わさなかったら、ロンディニウムの外にいる貴族共はきっと毎朝まず最初に、鉄の公爵は何か言っていなかったかと自分の密使に問い詰めるはずだ。
なるほどな。
だから今はまだダブリンと敵対するわけにはいかない。
まあ当然、彼女が耐えきれず、向こうから協定を破るようなことをすれば――
サルカズとて、もはやヤツらを受け入れる筋合いはない。
なら下で起こってる騒動だけじゃまだまだ足りないな。
そうだ、だからもっと必要なのだ……ダブリンを完膚なきまでに叩き潰すための、綻びが。
……このぽっと出のヤツら、一体なんなのよ?
分かりません……しかし長官、ヤツらの所持してる武器とアーツは今までに一度も見たことがない品物です!
あっちもサルカズと戦ってるってことは……魔族ヤロウの援軍ではないってこと?
何はともあれ、私たちの邪魔をするヤツは誰だろうと踏み潰す、それだけのこと。
おいゴラァ――
大人しくその人をこっちに寄越しやがれ!
(インドラがダブリン兵を殴る)
なっ……貴様は!
ほう、見知った顔だな?どうやら朝方のゲンコツがまだまだ足りてねぇようだ。
(ダブリン兵がダグダの爪を受け倒れる)
背後に気を付けろ――
お前が好き勝手拳を振っても、戦場にいる敵がそれを目の前で食らってくれるとは限らないぞ。
お前がいるじゃねぇか?
少しは自制しろ。敵をタコ殴りにするよりも、まずは人員救出の任務、そのあとの撤退が優先だ。
わーったよ。
ならもっと拳を速く振ればいいだけの話だ!
(インドラが拳を振るう)
つまり……あいつらなのね、さっき私たちからこの人を奪っていった連中ってのは?
そいつらの顔をよく憶えておきなさい。
いや待った……どうせなら一人ぐらい生け捕りにしておきましょ。ロンディニウムに混ざりこんできた勢力なら、誰だろうとリーダーなら興味を示してくれるはずだし。
(マンドラゴラが石柱を地面から生やす)
なッ……急に岩が地面から出てきた?
……
(シージがマンドラゴラが生やした石柱を破壊する)
気を付けるんだ、我々はまだ城壁内に入れていない、ここで誰かが傷を負うことなど、ドクターは望んでいないぞ。
分かりました……そっちも気を付けてください!
……ハンマー一振りで私の造物を壊した?
こいつ……ヴィクトリア兵と同じぐらい忌々しいわね!
こっちはまだ本気を出していないとはいえ……これでも食らいなさい!
シージさん、危ない!
(アーツ音と石柱が破壊される音)
……誰かが石柱を破壊してくれたのか?
ホワイトホール、誰がやったのか確認できたか?
いいえ、状況がごちゃごちゃし過ぎて、あんまり確認できていません。
アーミヤ、ここには第三勢力と思われる何者かがいるぞ。
我々、ダブリンとサルカズ以外の何者かが……
だが、どうやらこちらの敵ではないらしい。
(シージがハンマーを振り回す)
長官、戦況が不利です……長官の力でこの壁をどうにかすることは……
この壁を、ね……フッ……そんな幻想、こっちだって何度もしてきたわよ……
まあいいわ、いつかリーダーが来た日には、いくらでもチャンスはあるんだもの。
今はまだそんなふざけた妄想に耽ってる時じゃないわ、もうしばらく耐えないと……
あんたたちもよく聞きなさい、手を出すのはいいけど抑えて、スキなんか見せるんじゃないわよ、あのマンフレッドとかいう魔族野郎が早々に面倒をかけてくることなんてゴメンだからね。
4分。あと4分待たなければならないな。
だがちょうどいい、こちらの戦士も退屈せずに済んだ。ロンディニウムのような大都市を守ることと、荒野でラテラーノのキャラバンを襲うことでは、天と地ほどの差があるからな。
仲がいい人と再会したり、相手がまだ自分の首を狙っているかどうかを気にしなくて済む生活に文句を言う資格など、俺にはないさ。
自分とヤツらを一緒にするんじゃない。
多くの傭兵はお前みたいに、あの小さな檻に閉じ込められて毎日読書に耽るような暮らしに耐えられるわけではないのだからな。
お前が俺をあそこから引きずりだし、剣を俺に返してくれた時、確か俺は礼を言ったはずだったな。
よしてくれ、お前にそんなことを言わせたいがために手伝わせたのではない。
……分かっているさ。
お前は傭兵を必要としているんだろ、しかも一度や二度借りただけで終わるような関係じゃなく。
ああ……そしてお前はその傭兵の中でも突出した人材だ。
ちょうどいい、最近はまた幾つかの傭兵団が我々に加入してくれた、しかも中にはお前がスカーモールで出会った古い馴染もいるとのことじゃないか。
摂政王が出した値打ちだからな、それを拒む傭兵なんてそうそういないさ。
彼らが求めているのはもはや仕事の一つや二つ終わらせた時にもらえるようなちんけな報酬ではない。
我々が摂政王と共にカズデルを去った時、各々の戦士たちはそれぞれ異なる武器を所持していて、ほんの前まで敵が着ていた甲冑を身に纏っていた者もいた。
だが今はどうだ?
お前も見て分かった通り、今のロンディニウムの工場は休むことなく我々のために防具と武器を生産してくれている。我々の部隊は新たな規則を設け、同じ命令を受けるようになった。
我々は未だかつてないほどに結束しているのだよ、そしてこの結束は我々を今までよりも強くしてくれる。
そうだな、ヴィクトリア全土を……いや、テラ全土を見据えている。
これもすべては摂政王の計算によるものか。
一年前まで、愚かしくもヤツらはまだロンディニウム軍の堅牢無比なる様を豪語し、我々をただの一公爵に雇われた傭兵と見下していた。
だが傭兵が利益のみを信奉しなくなった時……我々サルカズがどんなことに手を出すか、ヤツらは思い知ったはずだ。
……利益に忠誠を誓わなくなった傭兵など、傭兵と言えるものなのか?
我々はなにも同胞たちに傭兵という身分を捨てよと要求してるわけではない、彼らが摂政王に追随してきたのは彼らなりの理由があったからだ。
彼らは摂政王ならサルカズの暮らしを変えてくれると信じているのだよ、家もなく彷徨う強奪者や他種族の権力者に従う道具になること以外にも、サルカズはきっと己のために新たな地位を獲得できるチャンスがあると。
……家を持つ者のみに、地位は現れる。
「サルカズが戦を望む時、サルカズは戦そのものに成り代わる――」
「――そして戦を終えた頃、サルカズにもやがて帰るべき家が現れる。」
ロンディニウムにいるサルカズたちに対して摂政王が放った言葉だな、あの時お前も謁見の場で列をなしていた。私たちが初めて出会ったのもその時だったな。
あの日、私はお前に訊ねた、この言葉に対するお前の考えを。
「カズデルの廃墟から這い出てきた戦士であれば、その光景を拒む者などいるはずもない。」
その答えなら前も聞いた、三年前のことだ。
そんなお前も今やあそこから抜け出し、私の傍に立っている。
今も……考えに変わりはないかね?
マンフレッド、俺の忠誠ならもう知っているはずだ。
……
左目、まだ痛むか?
一年は経ったから、もうとっくに治っているよ。
私は……お前にも理解してほしいのだ。私は一度たりも、我々の友情に疑いを持ったことはないぞ、あの日からな。
私がなにを指しているのか、お前なら分かるはずだ。
……聴罪師が傭兵に警戒心を緩めることは決してない。ヤツらはそれで摂政王に忠誠を示している。
だが俺は……誰かに忠誠心を示すためだけに働いているわけじゃないさ、そうすれば戦場で剣を抜きたくても抜けなくなるかもしれないからな。
つまり答えは依然として“ノー”なのだな。
……それも悪くない。
私も友人が欲しくなる時があるのだよ、そうすれば、カズデルも少しは将校が一人足りない状況に目を瞑ってくれるはずだ。
(サルカズの戦士が駆け寄ってくる)
マンフレッド将軍、準備が整いました!
よし。
直ちに撤退しろと巡査部隊に伝えろ。
オートエイムシステムを起動し、遠隔目標打撃プログラムを打ち込め――
――座標は、サディオン区、309号検問所の入口だ。
我々が数か月に渡り費やしてきた努力がようやく実を結ぶ。
そこでだヘドリー、発射キーを押してみたくはないかね?
中尉、どうやらダブリンが勝ちそうです。
……ダブリンが勝とうが、そんなことはどうでもいいのよ。
どっちかが勝つなんてことは放っておきなさい、重要なのは互いが互いを牽制し合ってることよ。
私たちはこの状況が必要なの、あなたたちを前へ進ませるための状況が。
前へ進ませる、ですか……?
そ、あいつらがこっちに目を向けていないスキに突破するのよ。これはあなたたちを都市から抜け出すためのいい機会なんだから。
そんな……私にはできません!
えっ、なにロッベン?どうしたの?
中尉、私は逃げたくはありません。
なっ……
ここに残ります。
でもこれはあなたたちがロンディニウムから出られる唯一のチャンスなのよ!
今日ここで戦闘が起こったものだから、きっと明日にでもここの出入り口はサルカズたちに塞がれてしまう。
いいから武器を隠して、前で逃げ惑ってる一般人に紛れ込んできなさい!ほら、はやく行きさない!
……もうこのまま逃げるつもりはありません。
中尉、私たちはまだ戦えます。
(ロンディニウム市民?がクロスボウを放つ)
見ましたか?いま一人のダブリン兵を撃ち倒してみましたよ!それにサルカズを二人も負傷させました!
このクロスボウ……とても造りが粗い、私たちがいつも使い慣れてる制式の軍用クロスボウとは全然違います。
これは中尉が作ってくれたものなんですよね?武器ですら自分で作らなきゃならない状況なんですから、一緒に戦ってくれる戦友をなによりも欲しがっているんじゃないんですか?
私が必要としてるかなんてどうでもいいの……
このまま逃げたくないっていうのなら、無理強いはさせないわ。
……私も戦場から離れるつもりのない兵士に、離脱しなさいって命令はもうゴメンよ。
中尉……
話が逸れたわ。
だとしても、今すぐここを離脱する必要に変わりはない。
最大のチャンスはこれっきり、逃げたくないって言うのであれば結構よ、なら私と一緒に後退してもらうわ!
ドクター、サルカズ兵たちが戦線から離脱しています。
最初からおかしかったんです、向こうは私たちやダブリンとこんなに長く戦い続けているのに、援軍が呼んだり、ダブリンを追い込もうとしてきませんでした……
私が知ってるサルカズの戦士の戦い方はこうじゃありません、Wがレユニオンに連れていった傭兵でさえも、彼らよりよっぽど用心深く戦っていました。
なにかがおかしい。
ドクター、もしかして私たち、罠にハマってしまったんじゃないでしょうか?
この衝突、都合がいい上に急すぎます……まるで、誰かが私たちをここに集めて、それから……
も、もしかして、本当に最初から私たちに仕掛けた罠なんじゃ?
シージさんも言ってました、戦線でほかの勢力を見かけたと。その人たちも私たちみたいに、人混みに混じっていました……それとどうやら一般人側に立っているようなんです。
もしかしてサルカズの捕縛対象はその人たちなんじゃないでしょうか?
・今すぐ作戦オペレーターたちを交戦区域から撤退させるんだ。
・偵察隊、作戦オペレーターと一般人の避難を援護しろ。
・全員、近くの遮蔽物に隠れて撤退するんだ!
……ドクターからの撤退命令か。
はぁ?でもこっちはもうすぐ救出できるんだぞ!
きっとドクターなりの判断があるのだろう、行くぞ。
……チッ。
い、インドラさん!ここだ、俺はここに――
トーマス?
ダメだ行くな!
なっ……
突如として、一瞬にして全員の視界に火花が炸裂した。
熱く滾る熱波は触れられるほぼすべての物体を融かしていく。
破片がきれいに飛び散ることはなかったが、それでも強烈な振動は生存者の一人一人に強く訴えてきた、自分はついさっき死と隣り合わせだったのだと。
そしてこの脅威はまさに頭上からやってきたのだ。
……なにが起こったんだ!?
誰かが空から爆弾を投げてきやがったのか?地面が……急に……ドデカい穴を開けやがったぞ!?
トーマス……ゲホッゲホッ、クソ、煙が濃い、なんも見えねぇ!
インドラ!
聞こえていたはずだ、シージがよせと言っている。
分かったよ、まだお前に助けられちまったな。
分かればいいんだ、さっさと撤退するぞ――