ここは配管。深く暗く、先が全く見えない配管だ。
こういった配管は都市全体に張り巡らされている。ロンディニウムの血管であり、途絶えることなくエネルギーをロンディニウムの心臓へ、つまり私たちが目指すべき場所まで送り届けてくれる。
今目の前には暗闇が広がっている、しかし恐れるな。いつもの夕暮れに太陽が落ちれば、陰は都市の血脈に生き長らえるのだから。
光が奪われてしまった場合、頼りになるのは己の耳、鼻腔、そしてその他の感覚器官だけだ。
耳を研ぎ澄ませ。機械が唸らせてる轟音は流れる血の滾りであり、回る歯車は呼吸のリズムそのものだ。
そう、ロンディニウムは生きている。たとえ私たちがあの高くとまった座椅子にいなくとも、彼女は己の命を持つ。
もしいつか、またここに来ることになったら……たとえその時、ナニかが背後を追われていようと、恐れる必要はない。
なぜなら私はロンディニウムの躰の中を奔走しているのだから。
ヴィーナ、よくぞ戻った。
……
よしみんな、ひとまずここで止まってくれ。
えっとー、なにここ?
地上からずっと潜ってきて、どっかの配管に入ったようだけど……
少しだけ道は広くなったけどさ、それでも辺り一面真っ暗だよ……ま、ままままさか!アタシたちを廃棄された工事現場に連れてって、口封じするつもりじゃ!?
……は?オホン、まあ、そうかもな。
おいテメェ、一体何モンだ?俺たちがこのままテメェの指図に従うとでも思ってたら大間違いだぞ!
そうだなぁ……念のため、その質問はこっちから先に聞こうか。
お前らは何モンだ?どうしてロンディニウムに入り込もうとしている?
……私たちが答える前に、どうか私たちの人を解放してやってください。
・そうだ、私はまだ君に捕まっている状態だ。
・……
・はやく解放してくれ。
このフードのお友だちはお前らの指揮官か何かか?
戦闘中に命令を出していた人ならいたが、コータスの嬢ちゃんよ、部隊を率いてるのはお前じゃなかったか?
そんな驚いた顔すんなって。何か手は隠していたんだろ、でもな……オレたちは地元の人、ネイティブだ、その手なら知り尽くしているよ。
ネイティブ……あなたたちはロンディニウムの住民なんですか?
ではさっきの乱戦も、参加されていたんじゃ?
そう決めつけるのはまだ早いぜ?コータスの嬢ちゃんよ、オレたちはまだ互いに信用できていないんだからさ。
ダブリンとサルカズに手を出しただけじゃ、なんの説明にもならねえよ。あいつらならいつも乳繰り合っているが、だからってあいつらと敵対してる勢力と仲良くする道理もないはずだろ。
……ロンディニウムの血管。
……今なんか言ったか?
我々はすでにロンディニウムの市内へ入っているな。
なんで、それを!?
……ここの通路を見れば分かる。ここは外と内側を繋いでる通路だ、サルカズの衛兵を避け、直接城壁の外から市内に入ることができる。
もう歩いてどれぐらい経った?二十分ほどか?
なら大方、我々は今サディオン区にある重要施設の地下に向かっているのだろう。
ッ……
その施設とやらも城壁からはそう遠くない場所にある。それに、そこは色んな場所に通じる中継地の役割を果たしているはずだ……
……鉄道。
あと一二キロほど進めば、鉄道駅に着くはずだ、地表での話にはなるが。
……
お前、ロンディニウムに詳しいんだな。お前もここで暮らしたことがあるのか?
私もここが地元だ。
どおりで。オレも最初から思ってたんだ、お前の持ってるそのハンマー、なんか親近感が湧くんだよな、フェリーンさんよ……えっと、フェリーンで合ってるよな?
……好きにしろ。
はぁ、もしお前らが本当にサルカズが寄越したスパイってんなら、オレぁ後悔してもきしれねぇよ。
ドクターに危害を加えることは許しません――!
・私に危害を加えることならできないさ。
・今更後悔しても遅いぞ。
……なっ!?お前……いつの間にドローンを掴みやがったんだ!?
し、しかも素手で!オレがリモコンを持ってて、ドローンを起爆する可能性だってあるんだぞ!?
・リモコンなら持っていないだろ。
・このドローンは飛べるだけの未完成品だ。
チッ、こりゃしくじったなぁ。
いつからそれに気づいてたんだ?オレがお前らに話していた頃か?それとも地下通路に連れていった時?
それとももっと前から……いや待った、まさか本当に……オレがお前を捕まえた時から、このドローンに危険じゃないって気づいていたのか?
じゃあなんで捕まったままでいたんだよ!?
・君の意図が知りたかったからだ。
私の仲間にもバレバレだったぞ?
……もしドクターに危害を加える動きを見せていたら、お前の手が上がる前に、このハンマーはお前の頭を叩き割っていたぞ。
捕まえる人を間違っちゃったねお前さん、捕まえるんだったらもっとバカなヤツを捕まえなきゃ、たとえばウチのこいつとか、こいつ殴ることしか知らないからさ、きっとちゃんと引っかかってくれたはずだよ?
なに言ってやがんだ、こいつが俺に近づけるとでも?
あー……じゃあ、アタシがこっそり用意していた無線電波ジャックの機器もお役御免って感じかな?
――“ネイティブ”さん。
いい加減この茶番はおしまいにしませんか?
敵の砲火はまだここまで追ってきていませんが、それでも私たちが直面している共通の危機が去ったことにはなっていません。
こちらはもう十分に誠意を見せたつもりですが、如何でしょう?
初対面の時から、こちらは何度もあなたに手を上げることはできました。たとえ私たちが本当にサルカズのスパイだったとしても、すでに大方の予想はついているので、ここであなたと無駄口を挟む必要はないと思います。
ドクターが人質のフリをしていたのも、私たちがあなたと一緒にこの地下通路までついてきたのも、すべてはあなたに悪意はないと信じていたからです。
ですので、その代わりとしてそちらも私たちを信頼して、ご自分の意図を教えてくれませんか?
そこまで言われちゃ納得するしかないな。なんせ、今は立場が逆転してオレが人質になっちまったんだからよ。
おいロックロック、出て来な。
……
(大量のドローンの音)
ど、どどどドローンが……こんなにも!?しかも全部アタシらを狙っている?じゃあ……いつもでハチの巣にされちゃうじゃん!
ロックロック、もうそんなことしなくていい、無駄だよ。
こいつらがお前のドローンに気付いていなかったとしても、おっぱじめたら、オレは逃げ出すこともできずに殺されちまってたはずだ、こいつらはそれぐらいの実力者だよ。
自分で分かってるのなら、次からはこんなつまんない駆け引きにアタシを巻き込まないでちょうだい。
分かったよ、お前の言う通りだ。
それでフードさん、そのロック17号を返してくれないか?そう、今お前が握ってるそのドローンだ……まだ造りかけのものでな、もし握りつぶしちゃったら、ロックロックが怒っちまう。
(ドクターが???にドローンを返す)
よし……そんじゃ、改めて自己紹介しようか。
オレはフェスト、んでこっちはロックロック、オレの相棒だ。
二人とも……ロンディニウム市民自救軍のモンだ。
このロンディニウムに、我々の目が行き届いていない角がどれだけ存在すると思う?
……数えきれないほどに。
工場の数は数千にも及ぶ、四割ほどは廃棄されているが、それでも残りの六割は未だに稼働している。
その稼働してる工場のほとんども前の時代にあった工場の跡地に建てられている、おかげでどれも数百年間溜まり続けた工業廃棄物まみれの迷宮と化してしまっている有様だ。
さらにはその工場と工場の間には、多くのスラム街が敷き詰められている。あの民間工業地区と旧物流地区にどれだけの人口が存在するか、都市防衛軍の上層部であっても答えることはできないだろう。
時折だが、こことカズデルはあまり大差はない、そう思う時がある。
ヤツらは輝かしい外ヅラを作り上げただけだ、あの腐りきった部分を深く埋め込むために、体面しか気にしない大物たちにその臭気が漂ってこないために。
……三日以内にカズデルのスラム街で騒ぎを起こす連中を捕らえたくても至難の業だ、教皇騎士が護衛についているラテラーノの使節団を単独で襲うようなものだからな。
我々はカズデルで育ち、カズデルの地の利を得ている、不可能でもないさ。
だがロンディニウムは……ロンディニウムを知り尽くしてる者など、誰がいようか?
我々が議会の衛兵隊を下し、ロンディニウム都市防衛軍の指揮権の七割を掌握するのに、どれだけの時間がかかった?
一週間はかからなかったな。
我々が反対を推し進めていた貴族たちを吊るし上げ、数十回もヤツらに雇われてきた烏合の衆を完膚なきまでに叩き潰すのに、またどれだけの時間を要した?
一か月半だな。
だが我々はサディオン区の入り乱れた街中で、すでにあのレジスタンス共とのシーソーゲームに数か月の時間を無駄にしてしまっている。
この半年間で、我々はロンディニウムのほぼすべての区画を制圧することができた。
ここを除いてな。
半ば廃棄された民間の工業用地、南から北にかけて、ロンディニウムの中央を取り囲むように連なった山々、そして無人となった旧物流地区が置かれているここを除いて……
“ロンディニウムの歴史はここより始まる。”
歴史書であれば例外なくそう書かれている。
それと、諸王の中の何名かは、今までの私の戦果にたいそうご不満でいらっしゃるようだ。
それは前も聞いた。あの方々は前々から徹底的にこの地区を封鎖したいとのお考えだ。
だが怒りの沸点が低すぎるのが問題点だな。仮に指揮権があの方々の手に渡れば、たちまちサディオン区とほかの区画の間にロンディニウム人たちの屍の壁が出来上がることだろう。
だが少なくとも摂政王はお前を支持してくれているじゃないか。
それは違うぞ、ヘドリー、私ではなく将軍としての私を支持してくれているだけに過ぎない。
王宮はいつだって将軍の苦労を理解してはくれないさ……あの方々は目の前にある均衡がいかに脆弱なものなのかを理解していないのだ。
私は今に至るまで頑なに副砲だけを稼働することに拘っていたが、それがなぜだか分かるか?
仮に今ここで主砲を稼働すれば……外にいる大公爵が一斉に市内に雪崩れ込んでくるやもしれないからだ。
仮にロンディニウムの一般市民を虐殺しようものなら、市内にいる貴族と我々に下った都市防衛軍も、再び反旗を翻し、最期の一人になるまで我々と死闘を繰り広げるだろう。
もし我々がこの工業地区を放棄し、毎日列車でザ・シャードに送り届けている物資が途絶えてしまえば、軍の計画は再び延々と先延ばしにされる。
この異邦の城塞を一目見ようとしても、諸王が自らその古からのこうべを垂らすことはない、己の驕りによって阻まれているからな。
私から見るに、最も艱難な戦は今目の前にある、ロンディニウムを徹底的に掌握するための戦が。
オレたちはサルカズからレジスタンスって呼ばれているんだ、まあこっちはその呼称に対してなんとも思っちゃいないが。
あいつらに抗わない限り自分を救うことなんざできやしねぇ、そりゃいくら一般的なロンディニウム人とて武器を手に持つさ。
……ほかのロンディニウムの区画の状況も知っているか?
ここよりは悪いだろうな。
全員サルカズのために尽くすか、あるいは死ぬかのどっちかだ。
いつも北のほうから情報が届いてくるんだが、それによればあそこのサルカズ軍はここよりももっと酷いことをしてるらしい。
おいヴィーナ、この話がもし本当ならベアードたちは……
そう決めつけるには時期尚早だよ、焦るんじゃない。
焦らずにいられるかよ!五年だ、俺たちがここを出てってから五年は経ったんだぞ、こっちはもうあいつらがどうなってるのかすら分かってねぇのに……
……彼女たちのことなら必ず見つけ出すさ。
すぐの話だ、必ずみんな見つけ出す。
分かったよヴィーナ、お前を信じよう。あいつらがどこにいようが、生きていようが死んでいようがな……
ああクソ!俺はなに辛気臭ぇ話をしてるんだ!
お前らの仲間が生きていれば、必ず消息は入るはずだ、心配するな。
お前たちは……サディオン区以外でも活動しているのか?
ロンディニウムの市内ならどこでも、市外だって行けちゃうぜ。
それにこっちの仲間が一人あいつらに捕まえられたって関係ねぇ、その際十数人もの人がオレたちに加わってくれるからな。
ロックロックは生まれも育ちもサディオン区でよ、オレたちの古株の一人だ、オレたちの部隊がどうやって大きくなったかは、こいつが一番よく知っている。
……キミまで隊長になれたもんだから、ウチらの人員増加のスピードはめぼしいものだよ。
はは、その隊長はお前に十一回も勝ち戦をもたらしてやったんだぜ、副隊長?
人を地下に避難させただけが勝ち戦?
張り巡らされてるサルカズの目の下での人命救助、裏で活動するためのチャンスまで作り上げたんだ……どう見ても勝ち戦だろ?
みんなも見ての通り、サルカズたちはまだサディオン区を掌握しきれていない。
ここの地形と人の流れはどこもごちゃごちゃしてるからな、仮にサルカズたちが地上と地下の両方を完全に掌握したいと思っても、何年もかかるだろうよ。
それに……ここはロンディニウム都市防衛軍の最後の部隊とサルカズたちが戦った場所でもあるからな。
見たところその部隊は負けたようだが。
ああ、あいつらは負けちまった。
あの戦いはすぐに終わっちまったよ……早すぎたんだ。みんな気付いた頃には、サルカズたちがすでに城壁に立っていやがった。
それも何もかもあの裏切者どものせいだ!ヤツらが我々の精鋭部隊を蝕んだがために!
お前、昔は軍をやっていたのか?
……
いいや、軍とまでにはいかない。私はただ……その、彼女たちと同じくネイティブだ。
ネイティブ、そうかい。
軍内部に裏切者、それもかなりの数がいることはオレたちも知っていたさ。
そんな裏切者たちは、一部の貴族と一緒に大部分の都市防衛軍を引き連れてこぞってサルカズに寝返りやがった。
サディオン区以外じゃ、今でも街中を巡査してる“ロンディニウム都市防衛軍”を見ることはできるぜ。だがあいつらの長官は、すでにサルカズが催すパーティの常連さんになってるだろうよ。
ではその最後に戦った部隊は……
そいつらなら最後まで戦ってくれたさ、みんな悲惨な目に遭っちまったけど。
どれぐらい生き残ったかはオレでもよく分からねぇ……でも、あんな絶望な戦いをした後、今のロンディニウムの城壁を見る度に苦痛な思いをするだろうな。
もうそんなに警戒しなくても平気よ。顔を上げて、手に持ってるボウガンを仕舞いなさい、あと少し楽にしていいから。
ゴホッ、ゴホッゴホッ。
ここは色んなヤツらが通る場所だけど、近くに住んでる住民たちは慣れているみたいね。彼らが私たちに手を貸してくれることはないわ、命が脅かされていなければ、彼らだって絶対ダブリンやサルカズの指図には従っていなかったはずよ。
あの敵共の張られた目の下で生き延びるのは……さぞ容易なものじゃないんでしょうね。
昔の彼らは私たちをどう見ていたか、知ってるかしら?
えっと、考えたこともありません。
そうね、昔の私も考えようとはしなかったわ。
中尉……
そうだ、今後外にいる時は中尉って呼ばないように。ホルンって呼んでちょうだい、ここじゃ違う勢力に所属してる“中尉”があちこちにいるから。
分かりました、ホルンさん。それでこれからどこへ?
ほかの仲間たちと合流しに行くわ。
五分後にサルカズの巡査部隊がここを通ってくる。二手に分かれて、前にある鉄道を渡って東へ向かいましょ。
350m進んだ先に、多分上に伸びてる鉄のはしごが見えてくるはずだわ。
金属を叩く音が五回聞こえたら、上に登ってきて。三回はその場で待機。二回叩いたら直ちに散開すること。
きっとあそこ一帯の廃棄された工場地区には見覚えがあるかもしれないけど……それでも驚かないで、あそこももうダブリンのテリトリーよ。
それは……些か危険すぎませんか?
ダブリンがいれば、少なくともサルカズが寄ってくることは滅多にないと思うわ。
かくれんぼってとこかしら?参加するなら歓迎するわよ。
なあ、お前らって本当に一般企業なのか?
君がただ機械技師であるのと同じように、正真正銘ただの一般企業だ。
はは……なるほどね。
サルカズもロンディニウムのトップに立てる世の中なんだし、今更お前らの説明を疑うってのも野暮なもんだ。そうだろ、製薬会社の警備員さん?
どれどれ……十七人編成の小隊に、軍が使用するレベルの装備一式、それと練り込まれた戦術と、まともそうなドローンってところか。
……“まともそう”、だって?
“まともそう”ってなにさ?こっちからしたらその評価はまともそうに聞こえないんだけど!
おいおい、そんな怒んなって。
さっきはあんまりよく見れなかったんだ、だからさ、よかったら今ここで見せてもらえないか?
……もう全部サルカズに木端微塵にされちゃったよ!思い返しただけでも泣きそうになるんだから!
修理してみたらどうなんだ?たぶん何機かの残骸は持ってきてるんだろ?なんなら診てやるよ、こっちには修理道具一式が揃ってるんだし。
クロージャさん、実は俺さっき二機ぐらい回収していて……
・ドローンにはロドスの技術が詰まっているんだ。
・協力が先、技術交流ならその後だ。
じゃあこっちもいいモノと交換しなきゃいけないってことかな?
なんだよ、コンプラってやつ?
お前ドクターって呼ばれているけどさ……一体どの分野におけるドクターなんだ?まあいいや、時間がある時にまた話そう、こっちは焦っちゃいないんだし。
それよりも、お前たちはどうやってロンディニウムまでやってきたんだ?市内の状況ならもうそれなりに教えてやったんだからよ、協力関係を結ぶついでに、外の状況を教えてくれないか?
……話せば長くなります。
知ってるさ、ダブリンとはもうやり合ったんだろ。
都市の外にも見張りをされているのですか?
コータスの嬢ちゃん、言っただろ、情報交換だって。
……分かりました。
ロンディニウムの外にある付属区画で、私たちは確かにダブリンと交戦していました……