つまり、ヘドリーは失敗したのだな?
はい、マンフレッド将軍。この目で見たので間違いありません、さきほどの戦闘で重傷すら負ってしまいました。
ヤツはあの古い馴染の傭兵以外にも、サルカズの女性と交戦していた、とも話していたな?
ええ。ただあの女は……動きがとても素早くて、なおかつ隠密に長けておりました。
俺ではまったく近づけられそうにありません、なんだか近づけば、すぐあの女に居場所がバレてしまう感覚があったので。
賢明な判断だ。さもなければ、今ここに生きて帰れるはずもない。
しかし、聴罪師があのバベルのアサシンを見逃すとはな。単なる落ち度か、あるいはわざとか……
ヘドリーは今どこにいる?
ヤツならまだ残りの傭兵たちを集結させて、逃げ出した囚人たちを追跡するつもりでいます。
帰還するように伝えておけ。あの囚人たちもそう長くは自由を謳歌できんさ。
……将軍、それはどういう……?
ヤツは重傷なのだろ、お前からそう聞かされているが?
将軍、お言葉ですが、なぜそれほどヘドリーを信用なさってるのですか?
お前はずっとヤツの後をつけてきた、私の命令でな。
その際お前からは一度も、ヤツが何等かの過ちを犯したといった報告は聞かされていないはずだが?
しかしヤツは以前バベルのために動いていた人ですよ!
今日の騒動を引き起こしたのはヤツの手下だった傭兵ですし、ほかの傭兵たちを煽動したのもヤツの古い馴染じゃありませんか、このままヤツを使い続けるのはあまりにもリスキーかと思います!
……ヴィクトリア人同士が互いをどう見ているのか、お前も今日それを知っただろ?
それは……
サルカズ同士が互いを信頼し合うことも、それと同じように容易ではない。
我々はすでに慣れてしまったのだ、すべてを奪われることに、互いが生き残る権利を奪い合うことに。
だが今、そんな我々のためにも新たなチャンスが舞い降りたのだ。
ここで決めろ、このままあのサルカズのスパイかもしれないヤツの監視に戻るか、それとも私と共に残されたヴィクトリアの禍根を焼き払いに行くのかを。
……
我々もお供致します、将軍。
ハァ……ハァ……あいつらを、まけたんじゃねえのか?
まだ油断してはいけませんよ、フェストさん。
分かってる……ハァ……分かってるって。
……隊長。
なんだ?
顔、すごい血がついてる。
血!?おいまさか……ビル?
うぅ……
……なんだ俺の血かよ、なら大したことはねえ。
っていうかビル、なにそれらしいうめき声を出してやがんだ!死人を背負って帰るなんて無駄骨、俺はしたくねえぞ。
だったら……レンチを振り回す際はもう少し気を付けてくれ。
毎回……俺の頭に……当たるんだよ……
分かった、すまねえ、今日だけはなんでも聞き入れてやるよ。
だからもうしばらくの辛抱だ……すぐ我が家に着くからな。見間違いじゃ……ねえよな?
くそっ、頭から垂れてくる血で前が見えねえ……ロックロック、中継地点まであとどれぐらいなのか、代わりに見てくれねえか?
あと300mほどだよ。
ここら辺を守ってるのって六番隊だよな?こりゃマジであいつの手を借りなきゃダメだ、ビルがどんどん重くなってきやがる、なあビル……
……地上部隊の最後の連絡が来たのはいつだ?
ドクターが言ってただろ、中継地点に到着したら俺たちに連絡を入れるって、心配し過ぎだ。
いや、私が言ってるのは一つ前の中継地点にいた自救軍の話だ。
本来なら30分ごと、地上の状況をこちらにも報告しに来るはずだ、そういう決まりだろ。
やっべそうだった!すっかり時間を忘れてたぜ!これどんぐらい時間が経っちまってるんだ?
……私たちも上に上がって様子を見に行こう。
それはダメだ!
仮に一つ前の中継地点がサルカズにバレたとしたら、ドクターの部隊が危険だ。貴様もモーガンとダグダが心配だろ。
そりゃそうだが……お前のほうがよっぽど心配なんだよ!
だったら俺が代わりに見に行ってやるからさ、お前はここに残れ、万が一何かあったら、すぐ奥に逃げ込めば……
インドラ、私はずっと貴様たちの後ろに隠れてるわけにはいかない。先生を始めとして、お前やグラスゴー、そしてドクターにずっと匿ってもらってきたが――
――私はもう隠れすぎた。ダグダの言っていたことも理に適っている。影に隠れる者は、いずれじわじわと太陽を直視する勇気を失ってしまうものだ。
ありゃお前を煽ってるだけだ!今すぐにでもお前に宮殿まで連れてって貰って、あの何とか王をぶっ殺してやりたいだけなんだよ、あのバカは!
だが貴様も今すぐグラスゴーを助けてやりたいのだろ。彼女の気持ちが分からないのか?
分からない……わけねえだろ。でも分かるからこそ、俺は……
彼女はいずれ自らの衝動で身を滅ぼすことになる、それを恐れているのだな。
当たり前だ!あいつの今のナリを見てみろ、もはやただ死に場所を探してるだけじゃねえか!
……彼女を信じてやれ。
彼女ならきっと私たちのために……多くの人たちのために生きてくれるさ。それがとてつもない苦痛を意味しようとも。
彼女は優秀な騎士であり、ヴィクトリアの戦士……生きてヴィクトリアのために奮闘する大勢の戦士たちと同じ、優秀な戦士だ。
だから私も……彼らと共に戦う。私の身元が特別だからなどではなく、私も彼らと同じ……“ネイティブ”だからだ。
ヴィーナ……
貴様はあの指揮官……クロウェシアが、自分の戦士を見捨て、保身のために背を向けて逃げると思うか?
あいつのことはまだよく知らねえが……でもしないはずだ。戦士たちからの信頼も厚いしな。
では私は彼女と比べて大きく劣っていると、貴様は思うか?
んなわけねえだろ!
なら私と共に上へ上がろう。戦友たちが無事に帰ってこれるように、共に帰路を守るんだ。
もうすぐこんなクソみたいな場所からおさらばできるわね。
それで“スパイ”さん、あんた大丈夫?
……ハァ……ハァ……平気だ、マンドラゴラ。
最近“スパイ”って呼ばれるたびに、サルカズがまた新しい拷問を閃いたんじゃないかって思ってたんだが……これ、俺のコードネームだったんだな。
次はもっと品のある名前にするべきね。“オラター”なんてどうかしら、どうせ元の使用者は死んでカスすら残さなかったんだし。
は、ははは……
とりあえず休んでおきなさい、リーダーはまだあんたが手に入れたサルカズの情報を欲しがっているんだから。
それって……ザ・シャード……
ここで話さないで。
聞きたくないわけじゃないのよ、ただ……リーダーの許可を得ないと。ウチらの戦士たちはみんな純粋だからね、あまり大きな負担をかけたくないの。
なるほどな……マンドラゴラ……お前はずっと昔っからいい子だったもんな。
……“バーグラー”みたいなことを言ってんじゃないわよ。なによ全員まとめて消し炭にされちゃって……おかげでこっちは一人でリーダーに気苦労するハメになったんだから、ホント迷惑。
けどあんたが帰るって言うんだから助かったわ。あんたが帰らなきゃ、きっとリーダーの隣はずーっとあのアルモニに横取りされたままだった、それを考えただけで……あぁ恐ろしい……
何を……そんなに恐れてるんだ?
……リーダーがあの貴族共と接近したら、私たちは用済みになるんじゃないかって……
リーダーがそんなこと……
(ダブリン兵が近寄ってくる)
長官、ほかの者たちの居場所が分かりました、いつもの場所でサルカズのために入口を守っています。すぐに向こうと合流しますか?
そうしましょう。衛生兵に準備をさせておいて、“スパイ”長官は今すぐ治療がご所望よ。
そうそう、あと……トランスポーターを一人寄越しなさい、すぐ市外にいるモーニング伯爵に知らせないといけないわ。一刻も早く“スパイ”をリーダーに会わせなければならないってね。
モーニング伯爵?まさかあいつを……丸め込んだのか?
チッ……こういう時になっても貴族の力を必要としてるなんて……笑えてくるでしょ?
ゴホゴホッ……マンドラゴラ……成長したな……
無駄話が過ぎるわよあんた、“スパイ”らしくもない。残りはそのいつ死んでもおかしくないボロボロの状態から回復した時に話なさい。
……止まって。
どうしました、ホルンさん?もう出口が見えていますよ。
周りに注意して。
……
三時の方向!
(爆発音)
ホルンさん、サルカズです!
――
(爆発音)
ロッベン、弾薬はまだ足りてる?
ハァ……はは……すいません、ホルンさん、実はコッソリ手榴弾を一個残していました。
いつ私がまたダブリンかサルカズに捕まってしまった時、こいつを抱えて特攻してやるために取っておいたヤツなんですが……
……残念だけど、その手榴弾は自家製なの。
そんなどうしたって言うんですか……
だからごめんなさいね、もうそんなチャンスは来ないわよ。
えっ?私の手榴弾が――
(爆発音)
やっぱり、素人の作りじゃ威力が足りないわね。
でも……まったくの無傷、とまではいきませんよね?
あのサルカズ……
あのサルカズこそが、口々に言われてる将軍ってヤツよ。
(マンフレッドが近寄ってくる)
……ようやくご対面だな。だが自家製の手榴弾を投げつけてくるとは、些か礼節に欠けた挨拶ではないか?
たくさんのヴィクトリア兵を見てきたことでしょうね、サルカズ。なんせ彼らのほとんどはあなたに殺されたんだもの、きっと兵士たちの亡霊が行列を作ってまであなたの悪夢に入りたがってると思うわ。
自分を卑下する必要はないぞ、ヴィクトリアの白狼よ。
……
サルカズからしても、お前は間違いなく勇猛果敢な戦士だ。
二百年前のあの戦争、カズデルを再び火の海に沈めた戦争だ、それに参加したヴィクトリアの将校たちの中には、確かお前のご先祖もいたはずだな。
フッ、あなたも数百年間生き続けてきたバケモノの類なのかしら?
残念だが、私はあの戦争を直で見てはいないさ。
そうかしら。けど今の語り口、他人の命を吸い取ることでしか生き長らえられないあなたの同族と同じような雰囲気があったけど?
「サルカズの血に染まった者は、必ずその幾千万もの血を以て償わせる」、という言葉がある。
我々が何のためにやってきたと思っているのだ、ヴィクトリア人よ?ロンデイとの上空で日夜絶えず、血の仇を喚いている亡霊を恐れているのは一体どっちだ?
知ってるかしら?私が職業軍人になったのはね、もう戦う理由をいちいち探ることに嫌気が差したからよ。
さあ、来なさい、サルカズ。
こっちだってあなたと同じぐらい死者の喚く言葉が聞こえているのよ。
それに……約束したの。
私の仲間が生きてここを離れるまで、私は絶対に倒れないってね。