
……殿下。

残念……間に合わなかったみたいね。

……殿下も私同様、ヤツらを阻止できなかったと、遺憾に思われてるのでしょうか?

マンフレッド……

畏まって私と話すようになったわね……カズデルにいた頃と違って。

……

あの時のあなたなら私の目を見て話してくれてたのに。

あの頃のカズデルは、ただの荒廃した廃墟、叶わぬ夢となった青写真にすぎません、殿下。あの頃の殿下はテレシス将軍と……

いや、今はもはやあの往日を思い起こす必要もありますまい。

あなたは戻られた、将軍のもとへ。そして両殿下が王たちを率いて、過去に何度もあったように、必ずやサルカズに勝利をもたらしてくれることでしょう。

私やほか将兵たちに必要なことはただ一点、それを信ずるのみです。

ええ……

でもね、マンフレッド……私、どうしてもあの子に会いたいの。

なっ――!

はたして死者はもう一度夢を見ることが叶うのかどうか……あなたはどう思う?

この数か月もの間、私はよくあの子らの夢を見たわ。

あの舟を、ちっとも笑わない医者と語り合う場面を、私があの寡黙な指揮官と甲板で肩を並べる場面を見た、何度も何度も……

……ベッドに寄り添い、サルカズとこの大地の物語を語り、あの子を寝つけさせる場面もね。

テレシス将軍は……そのことをご存じで?

彼ならなんでも知ってるわ。

しかし所詮はただの夢……違う?

殿下、頬に……

あら……灰がついちゃったわね。

てっきり……

涙なら流さないわ。

いや……なぜ私は涙を流せないのかしら?

摂政王殿下、やはり“彼女”を城壁へ行かせたのですね?

“魔王”の脅威ならお前とて把握してるだろ。

無論でございます。マンフレッドや大君とて、事なき終えてあの力の継承者を捕らえられるとは限りません。

――“魔王”を打ち倒すためなら、当然最も妥当な人物を選ばなければ。

思惑があったのだろう?お前が私にそれを提案した時に。

確か私が初めて“彼女を連れ戻す”提案を奏上した時、危うく殿下に斬り捨てられるところでした。

“虫唾が走る”――そう仰っておりましたよ。あのような激昂っぷり、忘れられようもございません。

今もその考えは変わっておらんがな。

しかし我々は“彼女”が必要です、違いますか?

両殿下がご一緒であらせられなければ、将兵たちも信じてはくれないものなのです、先の混沌で暗黒だった時代はもう終わったのだと。

あなた様が発せられる命の正当性を疑う者もいなくなります。サルカズたちの心中には以後、もはや異なる二つ声もないのでしょうから。

そのためにも、我々もいち早くもう一人の“魔王”を手中に収めなければなりますまい。

であれば確実なものにしろ。

兵たちには必ずやこの戦いに集中してもらわなければならないからな。

彼らは知るべきなのだ、追随すべきなのはどこぞの馬の骨が握っている力なんぞではなく、みなを苦難から解放してくれる主君であるのだと。

存じ上げておりますとも、あなた様は生来よりあの黒き冠を蔑んでおられる。

“魔王”に対する研究もこちらで着々と続けております、あなた様をご満足させるためにあるのですから。

確かな進捗も得られておりますよ、これもすべては“彼女”のおかげ。仮に我々があのコータスを手中に収めれば、長くもしないうちに、きっと真に“魔王”の力を知ることができるでしょう。

サルカズはいかなる人や力の奴隷にあらず。

仮にあの“魔王”の冠もただの枷だったのであれば――

必ず打ち砕くのだ。

あなた様の理想は私の理想……必ずややり遂げてみせましょう、摂政王殿下。

まさかこうもお帰りが遅くなるとは思っておりませんでした、大君様。

……フッ。

なにやら少々……お疲れのご様子で。

聴罪師、あのバンシィもあの場にいたとは聞かされていないぞ。

ふむ……大君様ならお気づきになられていたと思っていた次第でして。

フンッ。

バンシィとは厄介な相手だ、時折あの腐れ喰いよりも鬱陶しい。まさかあれほどの天賦の才があったとは……

しかし次会った際は、ヤツの舌を水晶の箱に収め、プレゼントとしてヤツの母に送りつけてやろう。

それはあまりよろしくないかと存じます、大君様。摂政王殿下とナハツェーラーの王の反感を買うかと。

知らぬうちに行えばよいだけのことよ。

それとあのマンフレッドもだ……よくも我が頭上で城壁についてるおもちゃを動かしてくれたな。

私が被ったこの埃、半分はヤツの仕業と言えよう。少々説教をしてやらねばな。

心中お察しします、大君様。

ではこう致しましょう、今回情報が欠如したささやかな償いとして、“魔王”の捕縛任務を大君様に委ねるよう、私から摂政王殿下へご提言致します。

フッ、とすればヤツも失敗に終わったのだな。ヤツは意志薄弱な穀潰しだと、最初からテレシスに言ってやったものの。

差し支えございません、これもすべて摂政王殿下の計画のうちですので。

今はあの人たちに逃れた喜びを味わわせてやりましょう。希望と信念を打ち砕くのは、実現してからが美味でございますゆえ。

ハッ……確かに、今は市内にいる貴族どもも蠢いていることだしな。よかろう、ヤツらにはもうしばらく阿呆のままでいさせてやる。

パーティが最高潮に達し、歓笑が瞬く間に悲鳴に変わる時の味と匂いこそが……至上というものだ。

して、その貴族なんだが――

まだ何か摂政王殿下へのご報告が?

いや、なんでもない。

代わりにテレシスに伝えてくれ……次のパーティが楽しみだとな。
(ブラッドブルードの大君が立ち去る)

……何かを察して、あえて隠した?

そのような姑息な真似……摂政王殿下も長くはご寛恕賜らないことでしょう。

首領。

市外にいる公爵軍に動向はありましたか?

そうですか……

ナハツェーラーの王もそろそろお戻りになられる。お帰りになった際は、直ちに摂政王殿下のもとまでご案内して差し上げなさい。

それと……あるヴィクトリアの貴族が何名かのトランスポーターを送り返してきた、と仰いましたね?

では行きましょう、彼らに会いに。

それともう一件ございます、首領。

……おや、なんでしょう?

ほう……よもや彼女が、このタイミングで戻ってきたとは。

ふむ……

いかが致しますか?

……

王立科学院へ伝えてください。

そろそろ……久しぶりに家族で団らんするとしましょう。

リズ……大丈夫ですか?ちょっと急ぎ足だったので、疲れてないですか?

……平気です。

もしどこか苦しかったら、必ず言ってくださいね。

はい……それが、胸のあたりが少し苦しくて。

故郷に近づいてきたからですか?

いいえ、あそこは故郷とは呼べません。

シャイニング……それと二アールさんがいる場所こそが、私の故郷ですから。

できることならあなたをここへ連れて行きたくはなかった……

けど、私はそう願いました。

あなたとご一緒したいんです、それに……失ったものも取り返したかったので。

……感じるんです、失ったものたちがここにいるんだと。

そうですね。必ず見つけましょう、きっとあなたを治してくれます。きっとよくなりますよ。

その時になったら……一緒にロドスに帰りましょう。もちろん、カジミエーシュだって構いません……あなたの行きたい場所ならどこへでも。

……その時はあなたも一緒に来てくれますか?

……

ええ。

いつでも、あなたがそう望むのなら……ずっと傍にいてあげますよ。
新たな旅路に発ったかのように、しかし最初の起点に戻ったかのように。
ロンディニウムの城壁はまるで巨大な檻籠、閉ざされた墓場に見えたが、同時に一部の人々にとっての過去と未来の故郷のようにも見えた。
あまりにも多くの答えが、そしてより多くの疑問がここにある。
私たちは最後に、どこへ向かうのだろうか?
迎えるは団らんか……あるいは離別なのだろうか?

アタシたち……生き、残れたの?

ああ、これでようやく一息つけそうだ。

うっ……うぅ!

お、おいどうしたんだよ、急に泣き出して?は、初めて見たぞ、お前が泣きだすところなんて!

アタシ……

ううん、なんでもない、ただ……ビルを思い出して、彼のことを考えたら、つい……

ビル、か……

ううぅ……ひっぐ、ダメ、まだ、泣いちゃダメ。

戦いはまだ……終わってないんだから。

大丈夫だロックロック、今はしばらく安全だ、少しは肩の力を抜いて、ビルやほかの仲間たちを、悼んでやろうぜ……

俺たちにはその権利がある、次の戦いが起こるまでな。

ようやく会えたな。

貴様は……

アラディ・カンバーランド。アラディと呼んでくれ。

クロウェシアとは友人でな、オクトリーグ区に展開するロンデニウム市民自救軍――つまり周りが言う中央区の担当責任者だ。

……カンバーランド?

では貴様はカンバーランド公爵の……

……娘だ。

父が亡くなった時、私はまだ幼子だった。

父に関する記憶といえば、毎回剣術試合が終わった時に汗ばんだ髭で私の頬を擦りついてきたことだけだ――二十数年生きて、憶えてるのもこれだけになってしまった。

カンバーランド公爵は確か……王室に反対するほか貴族たちに謀られて殺害されたと聞いている。

父は自分の理想のために、自分が唯一正しいと思った道を歩んだ。

とても尊敬していたよ、ゆえに私もここにいるということだ

貴様もほか貴族も……ずっとサルカズと抗ってきたのか?

ああ、とはいえ今まで抗ってきてようやく進展が見えたといったところではあるがな。

イザベルが私のところに来た時は本当に驚いたよ。

彼女はあのマンチェスター伯の後継ぎだからな――ちなみに、伯爵は長いこと我々に協力してくれてる後ろ盾のうちの一人である。

ただ最初の頃は、塔の騎士たちは全滅したと思っていたんだ……だからイザベルの生還は我々にとって大きな励みとなった。

無論、一番驚いたのはやはり……お前の存在だがな。

私を知っているのか?

はは、本当は知らなかったさ、さもなければ“驚いた”とは言えないだろ?

長い間ずっと、我々はお前を探し続けてきたが、わずかな痕跡すら皆無だったよ。お前はもうとっくに死んだ、それが周りの結論だった……

だが私はそうは思わなかった。

私を探してる連中全員が私の殺害を目的としていたわけではなかったのだな。

もしかすればだが……

その連中の中にも、今じゃ考えが変わった人もいるのかもしれないぞ。

今のロンディニウムの惨状はお前も見ただろ――

もうとっくに、人々は自由を失っている。

ヴィクトリア人であれば、たとえ爵位を与えられた貴族でさえ、サルカズの奴隷になるか、明日の太陽を拝むために戦々恐々とするしかない。

その者たちはきっと夢の中で、いつも“陛下”と寝言を上げていることだろう――

あの時、もしあの絞首刑がなかったら、今のロンディニウムも今までのままだった、そう思わない人などいるはずもない。

貴様は本当に、私がここにいれば現状を変えられると思っているのか?

少なくとも可能性は一つ増える。

……

なにやらまだ考え込んでいるようだが、すでに決心はついているはずだろ。

……そう見えるか?

お前はイザベルをここに向かわせた、つまりそれは我々を率いてサルカズに抗う備えが整ったという意味ではないのか?

否定はしない、それを言うのであれば確かに決心はついた。

しかし備えというのは……いつまで経っても終わらぬものだ。

言えているな。

我々もそろそろ本題に進めるとしよう、アラディ殿……いや、アラディ。まずは現状の説明を頼む。

分かってると思うが、こっちはそれなりの復習が必要でな。

それは何よりだ、お前がその気でいてくれて嬉しく思うよ。

では……

よくぞお帰りなさいました、アレクサンドリナ……殿下。

ハイディ。

ケルシー先生……あぁ、ケルシー先生。

――やっぱり、会おうと思っても難しいことですね。

後はつけられていないか?

ご安心を、来た道の痕跡はすべて処理しております。

それさえもできなければ、あなたのトランスポーターなんて務まるはずもないでしょう?

君ならもう十二分によくやってくれている。君の父も誇りに思うだろう。

うふふ……

実は、昔に何度も失敗するんじゃないかって時にこう考えたことがあるんです……あなただったらどうしていたのかって。

私が皆さんを引っ張って乗り越えた時、先生はまたどういう言葉をかけてくれるんだろうって……

でも今、先生が私の目の前にいることを考えると、もうどうでもよくなってしまいました。

備えは確実、ということかな。

……はい。

少なくとも……いつまでも備えは怠りませんよ。ずっと。

そうだ、今すぐアーミヤさんに会いに行くおつもりで?

いや、すでに確認はできてる、彼女なら今しばらく安全だ。

ロンディニウムに来るのは久しぶりだからな、こちらも少し処理しなければならないことがある。

そうですか。

それともう一人……先生をずっと待ってらっしゃった方がいます。
(???が近寄ってくる)

――

ケルシー、説明して。

――まだ生きていたのか。

今度は何を説明してほしいんだ、W?

相変わらず動じないわね。ここに来るまであんたがアレを知ってたのかどうかすら判断できなかったなんて……

まあいいわ、あんたがバケモノかどうかなんてどうだっていい。今はそれよりも知りたいことがある。

テレジア……あれは本物のテレジアだった!

なんであんたは――彼女の遺体をテレシスの手に渡らせてしまったのよッ!?

……

アーミヤ。

あっ……すいません、ドクター、気付きませんでした。

・列車を降りてから、ずっと思い耽ってるようだな。
・車内でなにか見たのか?

はい……

ドクターには誤魔化せられませんね……誤魔化すべきでもないのですが。

私、見たんです……彼女を。

……

ドクター……ロックロックさんの言ってた通り、本当に彼女でした。

・ケルシーが言うには、彼女はもう……
・ケルシーが言うには、私が彼女を……

だからWもあんな態度で私に……

四年前、テレジアさんは確かに死にました。

その背後にある真相について、ケルシー先生やWさんは私と異なる見解を抱いてるのかもしれません……でもこれだけは、みんな同じです。

あの日、私たちは彼女を失ったのだと。

じゃあなぜ……

……分かりません。

ただ……駅で彼女を見かけた時、やっとわかったんです……なぜロンディニウムにこのような感情が渦巻いているのかと。

怒り……そして悲しみ。果てのない悲しみの感情が。

サルカズにとって怒りと悲しみは……同時に存在する感情。ただ彼らはほとんどの場合、怒りの炎で涙を乾かすんです。

そんな彼女は、それらすべての感情が煮詰まったかのような目をしていました。

でも昔のテレジアさんなら、あんな……

苦しいんだな。

苦しい、ですか?確かにそうかもしれません、でも彼らと比べれば……憎しみと偏見にすり潰されてるサルカズと比べれば、大したことはありません。

私が感じ取れるものは……まだあまりにも、少なすぎますから……

一瞥しただけでも、私は危うくそれらの感情に飲み込まれ、溺れてしまいそうでした。

じゃあそれらをすべて受け止めているテレジアさんは、私よりもその感情の渦に押しつぶされているんじゃ……?

自分を責めることはない。

いいんでしょうか?

ドクター、前にも言いましたよね、彼女に会っても本物だとは思えないって。

でも……この目で彼女を見た時、私はあっさりと受け入れてしまったように感じたんです。

であればここに来た以上、私は真実を確かめなければなりません。

テレジアさんの真実を、市内にいるサルカズ……彼らが何を経て、あれほどまでの怒りと悲しみを抱えてしまったのかという真実を。

もしその真実がさらなる苦しみをもたらすことになったらどうする?

ドクター……

・恐れていいんだ、アーミヤ。/
・私も恐ろしい、アーミヤ。

だから、行く時は一緒に行こう。

はい!

一緒に行きましょうね、ドクター……

答えを求めに。

ああ、私が求めている答えでもあるからな。
(アラディが近寄ってくる)

失礼、二人共。お話の最中にすまない――

アレク……ヴィーナと我ら自救軍にとって非常に重大かつ急を要することがあってな。

ハイディからの手紙を見て、この件はお前にしか頼めないと判断したんだ。

聞きたいのだがドクター――

エドワード・アルトリウスの遺品は、今所持してらっしゃるかな?










