手伝わないの?
君のほうもベンチから立ち上がる気がないじゃないか。
だって私の出る幕じゃないし。
名義上、今の私はイベリアの囚人だ、大審問官を憂慮する必要はない。
さて、話を戻そう。
私たちならここの海岸、この町に残るわ。うん、暫くはね。
もしあなたもアビサルハンターも失敗しちゃったら、私たちがイベリア人を連れてここを出る。ちょうどいいところまで逃げておくよ、舞台の調整みたいにね。
ただ、外にいるあの爺さんがそれを許してくれるかが前提だけど。
……君たちがこの大地に住まう人間に手を貸してくれるとはな。
Frostはまだ若い、私もDanもほぼ同い年、Ayaはちょっとだけ年上かな。
私たちからすれば、もう夢中になれるものなんて何もないのよ。そう……音楽以外はね。
人間ってのは、弱い身体と脆い精神を持つ中で、その短い命から突破口を見いだせずにはいられなくなる。
そんな人間たちそれを成し遂げた、ホントにすごいことよ、そう思わない?
……そうだな。
けどね、海がヘビーメタルを好きになってくれることはないの。
私たちだって仕方がなかったのよ。生存って観点からすれば、陸地のほうがまだかわいいほう、少なくとも私はそう思う。
この国に君たちの声を聞かせることはそう難しくない。彼らに神秘を見せ、彼らの傷に触れてから、彼らに許しを貰う……そうすればあのような厄災はもう二度と起こりえない。
そんな簡単にいくの?
許しと騙しがイコールであれば、簡単かもしれないな。
こ、このバケモノ――バケモノめ!
だから言ったんだ、裁判所を呼びに行こうって!誰か助けてくれ――誰か――
グゲッ……グゲゲゲッ……
ひぃ――!
(グレイディーアが恐魚を切り伏せる)
ケルシーが落ち合おうと決めた場所、お世辞にも清潔とは言えませんわね。
ここで何か起こったのお教えくださる?
た、助かったよ、あんた……あんた、エーギル人かい?あんたも外から来たエーギル人なのかい?
……わたくし、も?
あ~……AUSの面々のことを仰ってるのね。エーギル人……フッ。
……その、あんたら、コイツらを駆除しにきたのか?あんたが一撃でやっつけるものだから……
あなた方のエーギル人に対する態度、他所とは異なりますわね。
二十数年前までは、ここもそれなりにエーギル人がいたもんだからな……
その、裁判所から送られて来たのかい?俺たち……やっぱり裁判所に助けを求めたほうがいいんじゃ……?
そんなこと、知ったことではありませんわ。
ただ、痛い思いをしたくなければ、騒ぎが落ち着くまで隠れていなさいな。
あっ、わ……わかった……
(慌てた町民が立ち去る)
ここ、そこら中にいる。
サルヴィエントよりはマシだけど、ここもやっぱり変だわ。
ここはまだ腐敗に溺れておりませんもの。見なさい、ここの人たちを、まだ普通に暮らせているわ。
……波がまだ接触していないんでしょ。
であれば、深海のゴミ共もどこかに隠れているんじゃないかしら。
まあ、それが普通でしょうね。それにわたくしたちの目標はあの大船……ケルシーがここを選んだのも、きっとなにか理由があるはず。
手分けして動こうか?
わたくしはケルシーを探しますので、あなたとサメはこの恐魚を片付けておきなさい。
わかった。
このゴミ共は弱い、けど油断なきよう。弱ければ弱いほど、その弱さに引っかかってしまうのだから。
……サメ?
……ん?
……
彼女の世話もしっかり頼みますわよ、スカジ。わたくしは今の彼女に慣れておりませんの。
言われなくとも。
キャアアアア!ば、バケモノ!一体どこから!?
……こっちだ、はやく逃げて!
え!?あ、はい!
数はそれほど多くない、けど明らかに目的を持って動いてる。誰かが操ってるのか?
それにしても変だ、一体どこに消えたんだ?土から生えてくるようなものでもないんだけどなぁ……
ん……こっちの方向かな?
(近づきつつあるようだ……人がいる!)
……次から次へと倒れていく、我々が身を投げ捨ててるのも、ただ時間を稼いてるにすぎない。
……
大審問官の相手になれる人などいない、戦おうとする者たちはみな死ぬだけだ。
……死はチャンスを創り出す、無駄にするな。
ああ……急ごう、ここを離れなければ。しかしこの町はイベリアの眼に最も近い拠点だ、捨てるには惜しすぎる……
(エリジウムが物音を立てる)
あの方だけでもイベリアの眼へ送り届けてやれば……誰だ!?
(しまった!)
リーベリだ!ヤツを捕まえろ!
チッ。
……グラン・ファロは間もなく死ぬ、それがあなたの求めていたことですか?
……
私たちは利害が一致してるはずです。そんなことを起こしてはなりません。
裁判所、そしてあなたの仲間たちの過激な行動を止められるのは、あなただけです。
お前を殺す、いずれすぐにでもだ、アマヤ。
あら……私たちはもうてっきり、お互い名前で呼び合えるほど親睦を深められたと思っていたのですけれど……違いましたか、ウルピアヌスさん?
……
もしかして、私たちがあの巨大な灯台へ辿りついた時に手を下すおつもりでしょうか?けどあなたもご存じの通り、私たちの終着点はあそこではありませんよ。
私たちが目指すはそこよりもさらに遠い場所。そこで私たちの選択を決するのです。
……
アビサルハンター同士の関係はとても親密なはずですよね?ご自分の部隊に戻らなくてもよろしいのですか?
あなたは一体何を考えてらっしゃるのかしら?
お前はまだ知らないのだ、俺が見たものを。
……あぁ……隔てるには至極簡単なやり方がありましたね、彼女たちもあなたが見たものを知らない。
ということは、あなたたちの信頼関係は決裂したと?
エーギルの結束は絶対だ、俺たちも血によって繋がれている。
だが一致した目的を達するために、俺は自身を追いやった、それだけのことだ。
なるほど……
彼女らへの企てを考えたって無駄だぞ、アマヤ。
乾いた陸地にいようとも、グレイディーア、スカジ、ローレンティーナ、彼女ら三人にとってこの町を根絶やしにすることなど、本のページを捲るぐらい簡単なことなのさ。
フンッ。
ページを捲るアマヤの手が止まる。
その挑発で頭に血が昇ったわけではないが、自嘲気味にニヤリと笑った。
そうですね、お気遣い感謝致します。
俺はあの船が必要だ。
グレイディーアよりも先に手に入れなければならない。何も知らない状況で彼女らをエーギルに帰らせるわけにはいかないのでな。
ふぅ~……やっとまけた――!
あんな大人数がいただなんて……よくこの町に隠れられるな?そんな大きな町でもないだろここ?
もう少し北に進んでも一面の荒野だけだし。
ホント、一体どこに隠れているんだ?
……くッ。
ごきげんよう、お嬢さん。
さしずめ、君がケルシーの言っていた……“アビサルハンター”だね?
(積み上がった恐魚の死体をグレイディーアが見る)
これは、あなたの仕業なのかしら?
イベリアはいつもこんなに汚れているわけではないのだよ、ご理解をば、お嬢さん。
グレイディーアは少しばかり沈黙した。
彼女は長い陸地での生活の中で陸の国々の遅れてる様と軟弱さを知り、そしてサルヴィエントで審問官の実力の責務とやらを知った。
どうやって陸と共存するか、ケルシーから教わったことを思い出していた。
ほんの少しばかり、彼女は沈黙したのだった。
エーギル技術執行官、アビサルハンターの戦争総設計師のグレイディーアと申しますわ。
これは彼女が初めて、エーギル人として陸の人と交流した瞬間である。
相手も恭しく目で敬意を払い、レイピアを仕舞い、動かなくなった恐魚の死体を跨っていく。
イベリア裁判所の大審問官だ、カルメンと呼んでくれたまえ。やはりエーギルの噂は本当だったのだな、君を見て確信したよ。
あなたはほかの人とまったく異なりますのね。
少々長生きし過ぎただけさ。
ケルシーはどちらに?
彼女ならもう一人の海の客人と談話しておられる。イベリアの礼拝堂でだ。
グレイディーアが去ろうとしたその時。
して、執政官殿……あの医者と話があるのであれば、必然的に君も向こうから同じような情報を共有してるはずだろう?
……そうかもしれませんわね。
では、君は彼女の提案を、どう思っているのかな?
彼女の無事を確認にしたら、教えして差し上げますわ。
警戒することはない。我々は心の底からイベリアを守らんとする者に剣を向けないさ。
どうでしょうね。
わたくし、まだ陸に上がって長くはありませんが……色んな愚行を見てきましたわ、自分の半生で見てきた以上にね。
陸に上がってまだ長くないのであれば、なぜそう結論付けられるのかね?
巨大な災いは人々の本性を明かす。そんな惨劇を虚飾するのではなく、イベリアはもっとその現実に目を向けるべきですわ。
それに、ここへ来たのはあなたと弁論するためではなくてよ。
彼女があなたの背後にある礼拝堂にいると知れば、ここで失礼させて――
――裁判所の助けがなければ、イベリアの眼へは辿りつけないぞ。
……
大いなる靜寂でも滅ばなかった灯台だ。ストゥルティフェラ号がまだ海面を浮いているのであれば、この大海でその船を見つけ出す方法はただ一つ、イベリアの眼のほかあるまい。
……
イベリア人の手助けなら必要ありませんわ、こちらが多少努力すれば済むことですので。
そうかい、なら見物だな、グレイディーア殿。
どれぐらい残った?
もう多くない……四五人ってところだ。一部はほかの庇護を求めてすでに出発してる。
そうか……この資料をまとめる時間もない、燃やしてしまえ。
グラン・ファロ……以前までは、私もここを故郷とさえ思っていたよ。
まだ未練が残っているのか?
いいや……もうないさ、全部燃やしてしまおう。
(信徒達が資料を燃やし始める)
審問官にこの資料を渡すわけにはいかん。
我々はこの知識を用いて、真理に見えた。だが裁判所はこれを自分らの浅はかな未来と利益ばかりに利用する、異端と見なしているくせにな。
……行こう。ほかの者たちとの連絡手段なら心配ない、いずれ見つかるはずだ。
我々はいずれ必ず海の抱擁を得るさ。
(信徒達が立ち去る)
(行ったか?てっきり人があんまり来ないレストランかと思ってたら、まさか拠点の一か所だったとは……礼拝堂から通りが二つ離れてるだけだぞ?)
(それに彼らは紙の資料を焼いていたのか……?まずい、火を消さないと!)
(火が強すぎて消せないや、取り出せるだけ取り出しておこう――)
あちッ、あちちちち――
ふぅ……これは、図版?なんの設備なのかな……説明文のところが燃えてて分かんないや。
これは……イベリアの歴史書?それと海流に関する論文記事……
……一体何をしようとしてるんだ……ん?ブレ……オガン?王室御用達の造船技術者……?
それとこれはなんだ?広場にある彫刻が描かれてるけど……?
――!
(ウルピアヌスが近づいてくる)
リーベリ、手に持ってるものを置け。それは今すぐ焼き払うべきものだ。
君は――
対話、自分はコミュニケーションが得意だと、エリジウムはそう思っている。多くの場合、対話は様々な問題を解決してくれる。
だが相手はそんな機会を与えてくれることもなく、剣先を光らせて斬りかかってきた。
(斬撃音)
急に斬りかかってこないでくれるかな!?
……
(無線音)
け、ケルシー先生!あいつらの目的が分かり――
(斬撃音)