
アイリーニ。

え?あっ、はい、せんせ……いえ、長官!

どうした?

いえ……なんでもありません。

グラン・ファロは小さな町、地図を見ても見つからんほどの小さな町だ。

だとしても、カルメン殿からの依頼だ。ケルシー医師とあのエーギル人が関わっている。

承知してます、長官、だからこそ――

まだ答えを出していないのであれば、お前の同行は許可できない。

審問官になって長官と共に行くと決めた時から、すでに覚悟はできています!

お前の得たその答えが、お前の見てきたすべてを納得させてやれない限り、軽率に答えなんぞを出すのではない。

無駄死にはするな、アイリーニ。我々が何と対抗してるのかはお前もすでに理解してるはずだ、自分なりの答えを導き出せ。

しかし――

……分かりました。

ケルシー先生。
グレイディーアの口調に変化はなく、しかし彼女の足取りが彼女の心情を示していた。
ただ一瞬、風が横切る一瞬の間に、彼女はケルシーの傍へ迫った。

ご苦労、グレイディーア。

裁判所には何もされていないようですね。

イベリアは未だ沈まず、これが彼らの尚も保持してる謙虚さと警戒心の表れだ。

方法を見つけたのですね、約束通りに。

ああ。ただ……

……仮にイベリアが自らの憂いという肩の荷を下ろしてくれたとしよう、その場合エーギルはどうする?

君はどうするんだ?

わたくしたちに選択の余地はありません……この短い協力期間内だけでもわたくしたちが海へ戻れるというのでしたら、喜んで手を貸しますわ。

やっとそれらしいエーギル人が出てきたわね。波のように、そして海に差し込む日差しと手触りのように。

こんにちは、変わり者のエーギル人さん。私のほかのメンバーならもう会ってるんじゃないかしら。

ええ、ではあなたもAUSのメンバーですね。

ベーシストのAltyよ。会えて嬉しいわ。

いま外はどんな感じかしら?

あのアビサル教徒たちが巣から出てきましたわ、数は多いですけれど、大した相手ではありません。

狩人たちにかかれば造作もありませんわ。

裁判所の協力を得るには、まずもってグラン・ファロの問題を解決しなければならない。

ならすぐに動きましょう。
そう言って、グレイディーアは彼女の長矛を持ち出した。
同じ瞬間に、彼女は異常を感じただからだ。

……!

……この恐魚に混じる匂いは……そんなまさか……
(無線音)

私だ。

ケルシー先生!あいつらの目的が分かり――
(斬撃音の後に無線が途切れる)

……エリジウム?

どうされました?

こちらのオペレーターが危機に陥ったらしい。

ここにもナニかが潜んでおりますわ。

……Alty、さきほど言ったように、AUSの面々は岸に残っていてくれ。

こちらでなるべく速やかに事態を収拾させよう。

わかった、待ってるわね。

あっ、もし途中で場を盛り上げるための音楽が必要になったら、遠慮なく声をかけてちょうだい。

……弱すぎる。

次から次へと突っかかってくるけど、まるで時間を稼いでるみたい……

……それとも、ナニかを……まき散らしてるのかしら?

だったら、こいつらのボスを見つけ出さないと。

――ギィィ――!
(恐魚が倒れる)

……

スペクター。

……ん?

ああ……ここにいましたか、スカジ。お久しぶりですね。

何かご用でも?

……大丈夫?

ええ、ただ、少々眠たくて。

あら……わたくしたち、戦っておりますの?この海の気配……懐かしいですね……故郷の匂い。

でも、故郷?わたくしの故郷は……

グギィ――!
(スペクターが恐魚を切り飛ばす)

……海。

潮の匂いがますます濃くなってきていますね、スカジ。帰ってきたのですか?それともまだ道半ばなのでしょうか?

……向かっているわ、スペクター、ローレンティーナ。私を信じて。

では教えてください……わたくしの目の前にあるのは誰ですか?

目の前?
人影が街角の向かい側からやってくる、リズムを鼻歌いながら。
町民たちの慌てぷりで町は狼狽しているが、年若いFrostはまるで傍若無人だった。彼女は空気を弄び、音を想像している。

くっ!

(蠢く音)――!

……恐魚が彼女に近づいていない、いや、まるで存在していないかのように……あれはギターを弾いてるの?

いい曲ですか?

さあ。

では本人に聞いてみましょう。

あっ、ちょっと!

ハァ、ハァ……

(追ってきてない……)
(無線の音)

……つ、通信機が壊れてる!?

まさかさっき遭った時に……ウソだろ、避けたはずなのに……

……イベリア人、資料を渡せ。あれは抹消せねばならない品物だ。

そうすれば五体満足のまま、見逃してやってもいい。

(クソッ、なんてすばしっこさなんだ……)

……変だな、君のあのお仲間さんは、撤退に急いでたからやむなくこの資料を焼き始めたんだよね?

君のような実力があれば、奪いたい時に奪えたはずだ、そのほうが安上がりだし。なんで焼くことに拘るんだい?

仲間?
男はしばし唸る。ある声が彼の喉に蠢く、屈辱から生まれたかすれ声だ。

俺たちは……仲間などではない。

違うのかい?

お前とは関係のないことだ……資料を渡せ、そうすれば見逃してやる。

だがお前が裁判所の者だろうが、よその国の者だろうが……

……!

(止まった……?)

そうだったな……お前たちはいつもそう鋭い。いつだってそうだ。
この異質なエーギル人はある方向に目を向けた。
“仲間”の方向に。

(エーギル語)我ら血によって繋がる。だが今、お前たちはエーギルから離れるべきだ。
(エリジウムが斬撃を避ける)

――!
避けるエリジウム。しかしその時に分かった、なぜ自分は避けられたのかを。
焦げた紙が剣撃の勢いで巻き上げられ、真実は紙と共に切り刻まれ、空に散った。

そんな――

(エーギル語)彼女らはまだエーギルに帰ってはならないのだ。これ以上独断専行を許せば、エーギルの滅びを早めるだけ。

(エーギル語)たとえエーギルが最初から……滅びを選んでいたとしても。

もう恐魚は出現していないのかね?

傍に海あるがゆえ、あの数を考えたとて驚くこともない。では聞こう、貴様らは一体どこに隠れているのかね?

貴様……ゲボゲボッ……そ、そのランタン!そのランタンを向けるな……!

答えたまえ。グラン・ファロで何を企んでいる?

ら、ランタン!よしてくれ、そのランタンをどけてくれ……

答えたまえ。

くっ……

あ……あれだ……

ん?何を指しているのかね?
カルメンは振り向く、アビサルの信徒が指さす向こうへ。
その先は彫刻。広場の真ん中に佇む彫刻だ。

ほう。

グラン・ファロの、灯台とな。そうだとも、貴様らはグラン・ファロで灯台を求めていた。

アーツを……アーツを止めてくれ……グギギ……

あの工業の偉大な遺物はかつて貴族たちに“イベリアの眼”と称されていた。過去に、イベリアの海岸には、そういった灯台が数十基も聳え立っていた……

リターニアの巫王の塔とて、この海を見守る大いなる被造物には及ばんさ。

灯台たちは、人の文明がこの大地に残した最も偉大なる痕跡なのだから。

海は……ゲホゲホッ……イベリアの眼を……

神の奇跡は……必ずやその冒涜を滅ぼしてくれよう……ガハッ……ランタンをどけろ!

大いなる静謐は多くの灯台を崩壊させた、残されたものもほとんどは使い物にならん。

貴様らは一体なにを企んでいるのかね?

……

なるほど。貴様らは知っていたのだな……

一基だけまだ使用できると、イベリアの眼を守るためにグラン・ファロは存在していると、それを貴様らは知っていたのだね。

だからここで息を潜め、好機を待っていたと?

……貴様……

裁判所の中枢にも裏切りが発生するとは、私とて思いもしなかったよ。ヤツらはどこにいる?

……フッ……フハハハハ……

そうやって……ベラベラと喋ってる間にも……

足元を見るといい……そして再び思い知るのだ……貴様らがいかに狭隘なのかを……いかに哀れなのかを!

なに?

……

……(不安を煽る蠢く音)……

……うぅむ。

恐魚たちの身体が……光っている?

このまだら模様の光は一体……?

カルメン殿、離れてくれ!

なっ……

Mon3tr!

(うんざりした唸り声)

メルトダウンだ!

(激昂した咆哮)

ご機嫌よう。

(穏やかなギターソロ)

あなたから……嗅ぎ慣れた気配がします。なぜなのか教えて頂けますか?

(激しいギターソロ)

……なんて美しい旋律なのでしょう、でもわたくしの知るそれとは大きく異なりますね。

……あんたの知るそれって?

……
彼女が祈れば、星々は瞬きを止め♪
彼女が泣けば、夜は微笑み♪
彼女が悲しめば、苦痛は彼女の狂いに覆う♪

……エーギルの歌、悲しいね。

でも好きじゃない。その歌は過去のもの、情熱を捨て、ただ悲しみに暮れるだけ。エーギルと一緒。

それは残念です。

エーギル人、帰ったんだね。

帰った?わたくしが、ですか?

歌おう。

自分自身を取り戻す方法だ。

歌う?

わたくし……歌で何かを思い出せるのでしょうか?

歌おう、そうすればあんたは過去が見える。あんたはいずれ運命が見える、あるいは運命にあんたを見させる。

私が海から出た後、ずっとそうしてきたように。

……おかしな方。でも歌ですか、歌は嫌いじゃありません。

ならば歌わせて頂きますね。

ふんふん、ふんふんふん♪

彼女が祈れば、星々は瞬くを止め♪……
……
…

……相変わらず悲しい歌声ですね。

あら……どなた?

まさかこんな状況の下で再会するとは思いませんでしたよ、ローレンティーナ。






