もう待ちきれない感じ?
……
もしケルシーの言ってたアレが本当なら、みんなして待ちきれないわよ。
陸に逃げても、私たちは海にいる。あの腐った末裔たちが……“環境”自体を変えているからでしょう。
だったら遅かれ早かれ逃げられなくなるわね。今だってただ手をこまねいて呑み込まれようとしてるだけ。
呑み込まれるのは私たちだけじゃないよ、みんな原因もそれぞれなんだし。
もっと気楽に考えようよ、もしかしたらこの大地は私たちが生きるには向いていなかっただけのかもしれないんだしさ。
(同意のギターソロ)
まだまだ音楽が……足りない。
自分でも何かできないかしら。
音楽のために、なんでもいいからやってみようぜ!
(同意のギターソロ)
やるって何をするのよ?
うーん……ここにいても手をこまねいてるだけだしなぁ……
だったらライブ前のトレーニングでもしよっか、泳ぐのもいいけどあんまり遠くまでは行かないようにね、Frost。
……トレーニング、あんたたちはどうするの?
私はいいよ、パス。
私も面倒臭いからパス。
アタシももうちょっとで閃きそうなんだ、あと少し、マジで。
……そう。(高ぶるギターソロ)
じゃあ行ってくる。
ぜぇ……はぁ……
なんで……あの審問官とあの女、一体何をしたんだ……?なんであんな容易く海の恩寵を消せるんだ!
エーギル……そうさ、きっとエーギル人、あのエーギル人が残したもののせいだ、あの怪しい機械!あの機械を壊さなければ!
(足に乗っかる不気味な声)
そうだな……兄弟、すでにここは懲罰軍に包囲されているし、突破も失敗した……もう我々に逃げ場はない。
だが――我々の尊き預言者はすでに海へ戻られた。
であれば我々に残されたことは、彼女のために道を敷くことだ。
(焦ってる不気味な声)
もしヤツらが潮を阻むのであれば、我々がヤツらを打ち滅ぼそう。私の命など、長い道のりの一部分に過ぎないさ。
ひぃ!
(ティアゴが近寄ってくる)
落ち着け、俺だ。お前、避難していないのか?
て、ティアゴ町長……それがべろんべろんに酔って寝ちまって……
気が付いたら、外は滅茶苦茶でさ、そこら中に気持ち悪いものが落ちてて……
一体何が起こったんだ?まさか裁判所が来たのか?俺たちはどうなるんだ?
……海はなんの罪も犯しちゃいねえが、裁判所は違う。あいつらは法の名において、俺たちを有罪判決しやがったんだ。
しばらくすれば、恐魚たちは海に戻る……だがこのままではグラン・ファロは審問官共に死刑宣告させられちまう、そうはさせるかよ。
何を言ってるんだ――あんたイカレんのか?
イカレてねえよ!ただな、審問官がこの町を破壊し尽くす前に、俺たち全員を捕まえて拷問にかける前に、まだ何かできるはずだ!
審問官はとっくに昔からこの町に潜んでいやがった、路地裏に隠れてた時に俺ァそいつの顔を見たさ。あんなジジイの審問官なんて見たことがねえ、イヤな予感がする……
じゃあどうするつもりなんだよ、ティアゴ?まさかそいつに理屈を説くわけじゃないだろうな?
……また立場を迫られるようになっちまったな。
エーギル人が連れて行かれたあの時、ほとんどの連中はただ見てるだけだった。エーギル人側に立つことだってできたのに、誰一人とて声を上げなかった。
ティアゴ……
だが今、またそのチャンスが降りてきたんだ。グラン・ファロにいる全員が審問官に連れて行かれても見て見ぬフリを貫くか、あるいは……
バカかあんたは!?相手は審問官だ!指一本動かさずとも俺たちを片付けられる連中なんだぞ!
だからそいつらのところに俺を連れて行け。
……はあ?何言ってんだ?
とぼけんじゃねえ、俺がどれだけこの町で暮らしてきたと思ってんだ?
……
分かったよ、ついて来い。あんたが本当に審問官へ復讐したいってんならな……
……
(町民とティアゴが立ち去る)
ティアゴ町長、あなたは一体何を……
(爆発音)
……
……すみません、もうすぐですので。
遅すぎます。
す、すいません……
……いや、焦り過ぎね、私。
……
あの……審問官さん。もし下にいる皆さんのことが心配なら、加勢しに行っては如何ですか?ここはボク一人でも十分ですので。
私は長官からあなたを守れとの命令を受けているんです。知ってると思いますけど、あのバケモノはどこからでも現れる、ですのであなたの傍を離れるわけにはいきません。
けどボク、あなたの足手纏いにはなりたくありません、ボクはただ……
あなたがこの灯台を灯せたら、長官の判断は正しかったことを意味します。私はただ長官の判断に従うだけですので。
……わかりました。
ところで、このイベリアの眼に関する知識ですけど、ご両親からのもので?
はい。正確に言うと、グラン・ファロのみんなが過去に培ってきた結晶みたいなものですね。町にいるみんなは全員がイベリア最高の技師たちでした、少なくともティアゴさんからそう聞かされています。
グラン・ファロはかつて裁判所が画定した拠点でした。まあ、エーギル人がアビサル教会と結託した事件が何件も起こったせいで最終的に遺棄されてしまいましたけど。
……
あなたの傷をえぐりたいわけじゃないんです、ただ……ここへ向かう前に当時の判決記録を少しだけ……いえ、なんでもありません。
あなたは裁判所が憎いですか?
それは……まあ……
ずっと晴れない曇り空か、あるいは“裁判所”という三文字がこの町の息苦しさを作ってるようなものですので……
あの町も昔はキラキラしていて、故郷を建て直す自信をみんな与えてくれていたんです。職人も技師も熱くなって、災いに抗おうとしていましたが……全部、裁判所に奪われてしまいました、災いが来る前に。
今でもそう思っていると?
ボクはそこで育ちましたからね、そう教わりました。
あっ、すみません、言い過ぎました……
いいえ、あなたは事実を述べただけです。その行いがあなたはイベリアに忠実な市民であることを証明してくれるでしょう。
……しかし意外ですね、審問官の前でそんなことが言えるだなんて。
ここに来る前までは、当然言えませんでしたよ……ただ……イベリアの眼をこの目で見たからなんですかね。この灯台はずっと、夢に出てくるか、あるいは広場にある彫刻だけの存在でしたから。
グラン・ファロにいるご高齢の方々ならみんな口にしていましたよ、ボクたちの為すべきことは何なのかって……
実は今も、ボクすごい感動してるんですよ――
――あのっ、審問官さん、下でなにかが光ってませんか?青色で、キラキラしてて……
あれは――
――溟痕!
あなた、本気で私と戦ってるつもりでいるの?騎士の方?
……
あなたの目には灯台しか映っていない。なぜです?なぜそればかりに執着しているの?
大波……空を覆う……
……小麦もただ黙し、こうべを垂れる。
(興奮した不気味な声)
ヤツは言葉を話せるが、自分の血族に命令することはできないか。恐魚たちも混乱している。
さっさと決着をつけるぞ。
(大審問官がハンドキャノンを放つ)
(かすれた叫び声)――!
(斬撃音)
――驚いたわ、騎士の方。さっきとはまるで動きが違うわね。
……
あれは人の動き、クランタ独自の突撃体勢だな。貴様は一体何者なのだ?
……
騎士は尚も二人に目もくれない。依然と目線を灯台へ向けるのみ。
巨大な灯台も彼の攻撃で微動だにしない。イベリアの眼は大静寂ですら崩せなかったのだ、ましてや騎士一人の攻撃などはたして効くものだろうか?
そのため騎士は困惑していたが、なおさら躍起となった。
(かすれた呟き)雲、山々、灰燼……腐った温床に横たわる。
波は……不滅だ……
(激しく蠢く)
恐魚が全員貴様に引き寄せられている、負傷したのか?
ええ、油断してかすり傷を貰ってしまったわ――
うっ、くっ……
……どけ。貴様はもうこれ以上戦えまい。
ダリオが目の前にいる狩人を一瞥する。彼女は明らかに、先ほどの戦いで何度も不自然に動きが止まってしまっていた。
彼女に関する報告ならダリオは聞いたことがある。この狩人はサルヴィエントで行われていた実験と関わっているが、今の彼女は、あの激戦の後に見た彼女とはまるで人が違う。
この女は誰だ?今のこいつは一体何者なのだ?
大きな傷は見当たらないが、立つこともままならないな。
サルヴィエントでの後遺症か?
……海風に少々、酔ってしまっただけよ。
……騎士……同胞よ。なぜ、空気を咀嚼する?なぜ温かみを感じている?お前ならば食らわないはずだ、文明の果実を。
うぐッ……!
地面が揺れる。
久方ぶりのエネルギーが配管を通じてイベリアの眼の身体へ流れ込んでいき、瞼を開かんとしている。
……目覚めね。小島全体が目覚めの産声を上げているわ。まるで数世紀もの眠りから覚めるように、眠りの冬を剥いでるのだわ。
……万物の円環……
あれは海のものにあらず……
騎士は巨大な灯台の影に覆われながらも仰ぎ見る。
彼は迷っているのだ。
……これは大波ではない。
大波は、何処へ?
(斬撃音)
気配もなく、まるで影が光の即して傾くかのように、スペクターは武器を振りかざす。
しかし攻撃は、目前にいる人の形をしたシーボーンの不思議な力によって弾かれ、外してしまった。
空中に浮く騎士が遠方を望んでいる。
聞いているのだ、新たな波の到来を。その波を打ち砕かんがために。
……Ishar……mla……
(雷鳴)
(かすれた叫び声)――ロシナンテ――!
(嘶き)――!!
(不明瞭な声)追えッ!
騎士の方も光に怯えるのね。
深追いはするな、ああいったシーボーンは何体でもいる。今は灯台の防衛が先決だ。
騎士の方は灯台に興味が失せてしまったのでしょうね。
バケモノの動機なんぞに興味はない。
であれば、私もバケモノだと言いたいのかしら?
貴様がか?
貴様は着実に人が変わってきている。その変化が狩人たち特有のものであるかどうかは定かではないが。
しかし必要とあらば、この岩礁を貴様らが踏む最後の陸地にしてやらんでもないぞ。
ここは海に囲まれているのに、陸地と呼べるものなの?
災いが変えたのは海岸線であって、国境線ではない。
大いなる静謐に飲まれたイベリアの土地は、今でもイベリアの法の効力が及ぶ。
法、なんて崇高な言葉なのでしょうね。しかし誰しもがそれを崇高と思うことはなくてよ。
(恐魚が集まりだす)
……迎え撃つぞ。
も、もう少しです!
(不気味に蠢く声)
(恐魚が斬られ倒れる)
もう少しならはやくしなさい!このままでは、灯台が溟痕に呑み込まれてしまいます!
……それが、ちょっと想定外の事態が!
どこかの箇所が破損してしまったようです。ただ調べるにしても余計に時間がっかってしまいます!
(恐魚が斬られ倒れる)
今はひとまずコアとなる設備を稼働させるだけ十分です!黄金船の位置情報の獲得、それとできれば海岸との通信も繋げられれば――
わ、分かりました。でもそれ――ここよりもっと上の層に配置されてるはずです!
ならさっさと行きますよ!はやく!
……いや。
ボクはここに残ります……灯台を稼働するだけならあの一番目立ってるレバーを直接引けば済む話ですが、電力系統が正常に作動するまで見張っておかないといけません……
ですので審問官さんが上に行ってください。
いけません――それでもし漏らした恐魚に襲われたらどうするんですか!それだとこの任務が――
分かっています――でもボクだって、必ず成功させたいですよ!
あのバケモノ――あいつらが積極的に襲ってくるのって、ボクたちが巣に侵入してきたからなんじゃないでしょうか?
だったらアイツらがこの設備を襲うことはないと思います、むしろここで戦ったら余計に危ないですよ。だから審問官さんは上がってください!
……レバーを引けばいいのね?
はい、あの一番目立つレバーです。それを引けば少なくとも光源装置を含む主な設備は稼働を再開するはずです……手記に書いてるものが正しければ。
分かりました。
すぐに戻りますからね、ジョディ。
(アイリー二が走り去る)
制御パネルは……あった、これね。
……
灯台の内部では外の状況は分からない。
あのストゥルティフェラ号は本当にまだ沈んでいないのだろうか?どうやってその大船を見つけるのだろうか?
はたして懲罰軍は本当に間に合ってくれるのだろうか?グラン・ファロにいるアビサル教徒はまだ何か隠しているのではないだろうか?
だがこのレバーさえ引けば、何もかもが明らかになる。
そんなアイリーニは困惑していた、あまりにも一度に多くを知り過ぎたからだ。海にある数々の秘密も、彼女はこの目で目の当たりしたからだ。
――そろそろね。
覚悟を決めなさい。アイリーニ。
(アイリーニが灯台を起動させる)
目を刺す眩しい光が海を、すべてを見透かしていく。
光は方角を指し示し、陰影を駆逐してくれる存在だ。
……成功した……!
ジョディー!見えてますか!私たち成功し――
(壁を這いずる不気味な声)
しまっ――
(斬撃音)
まだこの彫刻を鑑賞してる余裕があるのかね。
イベリアの眼……エーギルとイベリアの技術が合わさった技術の結晶。一般的に陸地を行く移動都市は、一個都市を一単位に限定すれば通信は全域をカバーできる、しかしいざほか都市へ通信を送るとなれば、大地がその通信を遮ってしまい、通信が届くことはない。
源石が蔓延する環境では、通信信号は遮られてしまうからね。唯一の方法となれば、いつでも天災に巻き込まれてしまうリスクを背負いながら通信基地を建てるほかない。
聞いた話によれば、すでに移動拠点の技術を有し、各都市間を固定の航路で行き交ってる国もいるようじゃないか。その技師たちも、灯台の守り人たちとなんら変わりはないさ。
今日に至るまで、人類は手探りの状態でこの大地を活きている。みな同じ方法でテラを探っているのだよ。
しかし、海はどうだね?
海に源石は存在しない。エーギルの通信技術も陸にある国家のそれをはるかに超えている、イベリアの眼もただの灯台ではない。
そうとも、それを知ってる者は数えるほどしかいない。イベリアの眼とは、ブレオガンが我々のために残した、イベリア全土を繋げる通話機のようなものだ。
審問官様、ご無沙汰しております。
裁判所がこうも速やかにケルシー医師の提案に乗れたのも、君たちのおかげだ。
して、グラン・ファロでの生活はどうかね?
連中が巣食うほかの都市と比べて、ここは比較的安全かと。
……
では、ここで何か発見はあったかね?
発見と申されても、あなた様やそちらの女性の知るものよりは遠く及ばないかと思います、申し訳ありません。
ただし、グラン・ファロに敵は潜んでいないか、我らの法を背き、国を冒涜する輩はいないか、それらを監視するように我々は大審問官様から命を受けています。
ですので結論としては見つかっておりません。現時点では。
深海教徒が現れた時、君は君が所属してる部隊に報告を入れなかったね。
はい、懲罰軍が撤退すれば、黒幕をおびき出せると考えていたので。
ヤツらの指導者は誰だね?もしやあれ以上に……陸への侵略を支持している偽りの祭司共がいると言うのかね?
ヤツらの指導者は……まだ憶測のみで、確証は得ておりません。
しかしティアゴ町長、イベリアの奥地からやってきた労働者、今ではこの町の名義上の町長を務めている者。
彼は隠すこともなく裁判所に嫌悪感を示していました。イベリアの眼の計画が頓挫し、裁判所がグラン・ファロに潜む裏切者を処罰した時から。
ティアゴ……グラン・ファロの労働者にして、邪教徒を匿ったと。ふむ、どうやら次なる目標が見つかったようだな、ケルシー。
……
……それともう一つ、カルメン様。懲罰軍が襲撃されました。
なに……?
此度の計画で懲罰軍は大規模な兵力を投じている。グラン・ファロに巣食う邪は、彼らの記章を目に焼き付ける暇さえないはずだ。何があった?
出て、グラン・ファロを中心に周囲50kmで……円を描かれました。
しかもそれが、コンパスで描いたような完璧な円をしてまして……
包囲されたのはヤツらではありません、我々です。