
もうすぐ着きます。

……

私がいなければ、あなたはストゥルティフェラ号までたどり着けなかったのですよ?海の子らがきっとあなたを引き裂き、噛み砕き、あるいは手足に纏わりつき、あなたを巣へ引きずり込んでいたはずです。

お前はクイントゥスとは違うのだな。

それはこの皮袋のことを指してるのですか?

そんなもの、なんだっていいじゃないですか。

一体何を企んでいる?

そういうあなたは何を企んでおいでで?狩人さん?あなたの同族はみな、敵という敵に深い憎悪を抱き、それにより己の血を疑ってすらいる。なのにあなたは……あたかも落ち着いてるようなフリをして。

私から何を得ようとしているのですか?

……

沈黙とは賢明ですこと。どうやらエーギル人とはみなまでが交流に長けていないわけではなさそうね。

それとも、あなたはあまりいい性格をしてるとは言えませんね。

……

……答えならしてあげてもいいですよ。クイントゥスはあなたに答えなかった、ほかの人たちだってそう、しかしシーボーンなら答えてくれる。私たちは人間の思考に囚われずに、もっと使者のように物事を考えるべきなのですから。

とぼけるな。

まあ……

ここに来るまで、私はまだウルサスの著書を翻訳してる真っ最中でした。種族と、国と歴史に関する著書です。イベリア語とヴィクトリア語に翻訳するつもりだったのですけれど。

ご覧ください、狩人さん。
ウルピアヌスは女が指差す方向に顔を向け、無意識に海を眺めた。
漆黒な海だ。暗雲はどよめき、ひしめき、しかし僅かながら星空が覗き込んでいる。

エーギル人とていつも海面上で海を眺めているわけじゃない。種族も国も、大地は分け隔てられ、争いが止むことはない。

しかしこの果てしない海、そこに隔たりを象徴する境界線は見えていますか?

チッ!このバケモノめ――!

ジョディ!まだなんですか!?

(壁を這いずる不気味な声)

こ、こっちに来るな――!
(大審問官が恐魚を払い除ける)

どうやら設備が稼働したことによって、ここは理想的な巣ではないとこの低俗な生き物たちが気付いてしまったようだな。

大審問官さん!

上に向かえ、エーギル人。お前が手に握るべきものは工具であって、剣と灯りではない。

引き続きアイリーニと共に任務を全うし、裁判所と狩人たちが求めているものを探し出すのだ。

わ、分かりました!あなたもお気を付けて!
(ジョディが走り去る)

本当にあの船が見つかると思う?

イベリアでの唯一の切り口ですのよ。

分からないわ……もしあの船がロドスのようなものなら、どうして六十年もの間、イベリアに戻ろうとしなかったの?

迷える私たちみたいに、家に帰する道が見つからずにいる、ということかしら?

(海水を打ち付ける不気味な声)

この子らも、数を増しているわね。

……大丈夫?

私?私に何か……

イベリアに来るまで、一言も喋らなかったものだから。

私、あなたからすればかなりのお喋り屋さんだったのかしら、スカジ?

……
スカジはジッとスペクターの目を見つめる。
彼女がようやっと陸でローレンティーナに会えた時、ローレンティーナの目は陰に曇っていた。
それからサルヴィエントで、彼女は会えたのだ。ほんの僅かな間だけではあったが、かつてのローレンティーナを。しかしロドスに戻った後、ローレンティーナは再び深淵に堕ちた。
そのためか、今のスカジは分からないでいた。この時の彼女はどの彼女なのかと。
悪い予感がする。
終始、その考えが脳裏に過った。

どうしたの?

……

余計なことは考えない、スカジ。

あなたもよ、眠れるマーメイドさん。あなたならもうじき目を覚ましますわ。

そうかしら?

きっと。

ですので今は……とにかくこの雑兵共を片付けておきましょう。コイツらは無尽蔵ですから、数に押されて体力のペース配分を乱さないようにしなさいな。

こういう状況なら私は慣れてるって、あなた知ってるでしょ。

……また急いでショーをしなくちゃならないのかしら?雨風だってまだ用意できていないのよ。

ウフフ、けど踊り手たちはもう待ちきれないらしいわね。
(アイリーニが恐魚を斬り倒す)

もう、キリがない……

アイリーニさん!

無事でしたか!やはりさっきの灯りは長官のランタンだったのですね!

その、大審問官さんから任務を続けろと言われて――それで、何をすれば?船の位置情報を探すとかですか?

本当なら残りは技師たちに来てもらって任せるつもりでしたが、もうあなた一人だけでもこのデカブツを起動してくれた、となれば――

ギィ――ギィ――
(アイリーニが恐魚を斬り倒す)

――急ぎましょう!

ティアゴ?どうした、ついに考え直してくれたのか……

テメェらなんで逃げていないんだ?懲罰軍も審問官もとっくにこの町に入り込んできているんだぞ。

君が誇りに思ってるあの町民はどうしたんだい?

……!

裁判所はすでにグラン・ファロにいる者たちを全員捕らえてしまった、手も足も出なかったよ。彼らがどんな末路を辿るか、君なら知っているだろう。

そうさ、よ~く知っているとも。

このままグラン・ファロが滅ぼされるのをただ見てるわけにはいかねえ、俺もできることをしなくては……

裁判所に歯向かうつもりかい?それは構わないよ、ティアゴ。しかしだね、それではグラン・ファロの滅びを早めるだけだ、イベリアは決して国を裏切る行為を許さないからね。

我らは誰だろうと歓迎するが、軟弱者は例外さ。一時的な覚悟なんぞは脳が作り出した戯言に過ぎない。君はいま誰と会話してるのか……本当に理解してるのかね?

誰だと?もし俺が本気で調査に取り掛かったら、テメェらはとっくに懲罰軍に一網打尽にされていたはずだが。

逆に教えてくれよ。テメェらみたいな人は、グラン・ファロに何をもたらしてくれるんだ?

グラン・ファロは所詮……人間が集う地だ。

我らが陸にもたらそうとしているものは、ああいった虚無的な物質なんぞよりも高みにあるものなのだよ。

(建物の隙間から這い出る不気味な声)

君、後をつけられいるじゃないか。

ギィ……

あはは、いや~感覚が鋭いもんだね、この恐魚たちは。

よそ者か?まあいいさ、君の血肉は負傷者たちの糧となる。この大地へ還元してやろうじゃないか。

チッ、溟痕がもうここまで上がってきた。壁も、階段も、そこかしこから入り込んできている!

まだなんですか!こっちはますます数が増えてきていますよ!

すぐです!

こんなに年月が経ってるのに……なんでこの受信設備はまだ動くんだろう……どういう原理をしているんだ?

えっと、手記には――

――あ、あった!どれどれ――

グギギ……

ッ――
(アイリーニが恐魚を斬り倒す)

(数が……ものすごい速さで増えてきている!溟痕と融合して、地面と一体になってるんだわ!)

(このままじゃいくら先生やあの狩人たちが来たとしても、溟痕が張り巡らされた場所では長くは持たない……)

(プラットフォームを這いずる不気味な声)

いけない――気を付けて、下よ!ジョディ!

えっ、えっ――
(グレイディーアが恐魚を斬り倒す)

続けなさい。

……あっ、は、はい……

狩人!

あなたでは力不足ですわ、この無尽蔵の数を相手にするのであれば、もっとキビキビと動きなさいな。無駄な動きが多すぎましてよ。

こんな風に。
(グレイディーアが恐魚を斬り倒す)

ッ……!

エーギルの方、あとどのくらいかかりますの?

手記にこ、この情報端末の操作方法が記載していないので、今は手探り状態でして――

――それに記録のデータと思しきものが次から次へと表示さています!ボクじゃまったく理解できません!

記録データが次から次へと、ですって?そんなまさか、裁判所が最後に起動を試した時からもう何年も経ってるんですよ!

わ、分かりません!ショートが原因でデータが漏れてるのかと思ってたんですが、ですが――

――もしかしたらですけど――

――この数十年もの間、あの船はずっと灯台に向けて信号を送っていたんじゃ――!?

なっ……

それ、ここからどのくらいの距離があるの?

今探しています。えっと、航行記録――

……

どうしたんですか?

……近いです、とても。

いや……近すぎる?

うわぁ!

ど、どうしました!?

おそらく、灯台の下部がすでに溟痕で覆われてしまったのでしょうね。

じゃあ今すぐ次の行動を決めないと!

行動?そんなの、船の位置が見つかったのだから、船に上がるに決まっているじゃない。

いいえ!懲罰軍の援軍が無事ここまで辿り着けるよう、このままここで恐魚を排除すべきです――

殺してもキリがないですわよ。それに、大物がまだ狩場に入っていないのに、もう疲れ果てているじゃないですか、あなた方。

それとも、下で入口を守ってる大審問官が、イベリアには数百数千人もいると言いたいんですの?

いや……でも……

このままもたもたしていれば、チャンスが無駄になってしまうわよ。

……

座標は確認できる?

あっ、えっと、一応範囲を指定できますけど、なぜかくるくると回っていまして……もしかしたらですけど……

異常な海流に流されているんでしょうね。シーボーンに囲まれたおもちゃ箱、それが今のあの船ですわ。

しかしそこへ向かうにしても、私たちが乗ってきたあの船しかありませんよ。

その船ならあなた方に残して差し上げますわ。海中での戦いに船なんて必要ありませんもの。
(大審問官が近寄ってくる)

いいや。

お前は彼女たちに同行しろ。

何を仰ってるんですか長官!?

イベリアの眼はすでに起動した。であれば防衛措置も稼働できるはずだ。

カルメン殿も海岸を片付けた後にこちらへ向かって来てくれる。この無尽蔵なバケモノ相手に時間を費やす必要はない。

で、でしたら、長官にお供します!

いいや、彼女らについていけ。

海を見に行ってこい。

しかし……

お前を救い、救助隊にお前の居場所を知らせてくれたのは、お前が手に持っていた経典であって、私ではない。

正しさを見極めろ、さもなくばイベリアがお前に慚愧を覚えるだろう。

……承知しました、長官。

私がイベリアの眼になり、必ずやストゥルティフェラ号をイベリアの腕の中へ!

ああ、では行ってこい。

お前が正しき決断を出すその時を、期待して待っているぞ。

はい!長官!
(アイリーニが走り去る)

……お前も、ここを出たまえ。彼女らと一緒に行くんだ。

いいえ……ボクはここに残ります。

ここは危険だぞ。

あの黄金船に対して、ボクはなにも分かっていません。分かっているのはただ絢爛で、荘厳で……けど、きっとボクの使命はそこにはないと思います。

ボク……その、こう言うと変ですけど、でもボク……灯台を探し求めていた時でないと、なんだか自分の価値を感じられなくて、ですからその……

どうかここに居させてください。
(スカジが恐魚達を倒す)

……百匹ちょうど。でもいくら数を増やそうが無駄。

まるでお星様たちのようね。

包囲を突破するのは難しくないけど、灯台を守るとなると話は別。いつまで斬ればいいの?

あの者たちの屍が溶け、まだら模様の絨毯と一体になってるわね。

命の絨毯、あぁ……陸で一番美しい絨毯だわ。

(確かに、溟痕が広がっている。だったら……)
(ハンドキャノンの砲撃音)

貴様らの武器ではコイツらを焼き払えまい、ここは私に任せろ。

それではいつまでも持ち堪えられませんわよ。海藻の先端を伐採したところでそれの成長を止められないのと一緒ですわ。

いいや十分だ。貴様らはここから離脱しろ、船に乗るんだ、さもないと黄金船を見失ってしまうぞ。

しかしそれではあなたが――

――承知の上で言っているのだ、エーギル人。

そう、なら頑張って生き残ることね、大審問官さん。

サメ、スカジ!

……あの船に、乗るのね……

そうよ。

陸で長い長い時を待ち続けて、ようやくエーギルに戻れるのね……
グレイディーアが口を紡ぐ。
そして自分の首に手を伸ばし、しっかりと隠したある部分の皮膚に、そのザラつきに優しく触れた。
あの船はもう目前――いいえ、まだ焦っていけないわよ、グレイディーア。海が危険であることに変わりはない、さもなければ、私たち三人が陸に閉じ込められるなんてこともなかったのだから。
しかし、それでも彼女はどうしようもなく焦っていたのだ。

……

……行っちゃいましたね、彼女たち。

ああ。懲罰軍が到着するまで、我々は孤立無援だ。この岩礁から離脱する手立てもなくなった。

……

……エーギル人よ。貴様はよくやってくれた、ゆえに質問に答える権利を与えよう。

あっ、は、はい!誠心誠意、お答えします!

貴様は自ら覚悟を決めて、海岸を離れ、我々に着いてきたのか?

貴様はただの一般人だ。戦士でもない、ただの清掃員。その一般人が海を目の当たりにし、かつ恐魚との殺し合いを目にすれば、こたえるというものだ。

見ろ……私がランタンを掲げても、貴様は寸分動揺すらしない。一体何を考えている?何を求めているのだ?

……

ボクは物心がついた時から、両親とは会っていません。ボクはエーギル人だ、ボクたちは本来なら灯台を修復しに来たんだけど、今じゃそれがすべて無くなってしまったと、みんなから言われてきました。

ボク……前まではさっぱり理解できなかったんです、ただモヤモヤと心に留めておくだけで。恐魚が町に現れた時、ある人がボクを町から逃がそうとしてくれたんですけど、でも正直……

……逃げ出した後でも、どこに行けばいいのやら……

エーギル人だから、なあなあに生きていくなんて……それと、あの……実はボク、教会の介護福祉士であって、清掃員じゃありません。

でもそんなの、仕事とは呼べませんよね……エリジウムさんという人が言ってたように、彼の生き方こそが、この大地での生き方なんでしょう。

だからボク……今回の出来事をチャンスだって考えたんです。

では今、死を恐れているか?

死を恐れない人なんて存在しませんよ、大審問官さん。

そうだ、ではこちらも正直に答えよう。この岩礁はすでに完全に溟痕に囲まれてしまった、我々に残された時間も非常に有限だ。

……そう、ですか……

カルメン殿とケルシーならなんとかなるかもしれんが、生憎私はいま非常に悲しい判断を下した。

あの狩人たちがここから発ったとこで、我々はもはや死刑を宣告されたようなものとなってしまった。

だからさっき、あんなにボクに彼女らと一緒に行けと……?

今更後悔したとて意味はないぞ、貴様は己の意志で拒んだのだからな。しかし仮に貴様がここで死のうが、その死は無駄ではない。

……

……恐れないのだな。

はは……ちょっとはしていますよ。でも彼女らとついて行っても、同じようなことじゃないんですか?

だからこの灯台の傍にいるだけで、ボクはもう……

そう早くも諦めるな。

イベリアの眼には各自、防御措置が施されているはずだ。それを起動しよう。

あっ、はい。しかし大審問官さん、どこに行くんですか?

……今。

我々は故郷から遠ざかり、独り海の上。

]幾度となく上陸を試みるも……この小さな岩礁で、それ自体の重量を遥かに超える多く命と船たちを失った。

(群れを成す不気味な声)

海とイベリアの間に正義はない、が……悪もない。

ここにいるのは剣と灯り――

――そしてこのダリオのみだ。