
……

ここね。

(彼はわたくしをここへ引き寄せ、そして匂いを消した。どうやら陸で多少なりとも気配の消し方を覚えたみたいね。)

……
(ブレオガンの鍵を取り出す)
グレイディーアは周囲を見渡す。
彼女は知っていたのだ、かつての友がすぐ近くで彼女を監視しているのだと。
だが彼女は迷わなかった、迷う時間などなかったのだ。今にもこの船に隠されたすべての秘密を得る必要がある。彼女はその秘密を……エーギルへ持ち帰る必要があったのだ。
彼女は故郷に帰りたがっていた。災いと抗うために、故郷を救うために。
グレイディーアは手にある鍵を見やる。
そして宝物庫の大扉を開けた。

この溟痕を焼き払うには手間がかかる、ケルシーとあの黒い生物には感謝せねばな。

溟痕は岩礁を呑み込められないさ、残念なことに。

しかしこれも無数ある形の一つに過ぎない、君は預言を聞いていない、だから理解できない。

預言?たかが未知な生物を信仰する信徒、逃げ惑う者風情が、未来などを必要としているというのかね?

預言者は君らとは違うのだよ。彼女は偽りの未来など決して描かないし、実現できない許諾もしない。

彼女はこう言ったのだよ、数えきれない鱗はやがて一つとなり、深い空へ飛び立つだろう。海はやがて光に消え、一つとなり、永遠に枯れることはなくなるだろう。

生と死もやがて一つになり、この偽りの星々とて命の輝きを遮られなくなるだろう。

我々はやがてそういった生の中に生きる。みな壮大で美しい循環の一部となるのだ。命は生まれ、捧げられ、そして価値を求め、やがて死ぬ、それを繰り返すのだ。

聞く限りでは、何らかのアーツによって見せられた幻覚に過ぎぬな。

イベリアをここまで追い込み、幾千万もの命を屠ったことも、その壮大で美しい循環の一部だと言うのかね?

貴様らに何が分かる!?我ら一族は未だかつて一個体の死などを“終わり”として見做していない、命の終わりも素晴らしき循環の一部なのだよ!

怒り、焦るか。貴様もまだまだヒトだな、異端者め。

……私は断じて貴様に捕らえられはしないぞ、審問官め。貴様のアーツはよく知っている、忌々しいアーツだ。我らはみな、すでに捧げる覚悟はできている。

貴様は永遠に預言者を捕らえることはできんさ、時間そのものを手に掴む事が出来ないように、彼女もまた貴様の指から抜け落ちていくのだ!
(恐魚達が集まる)

大審問官よ!グラン・ファロの者たちは貴様らへ積年の恨みを募らせている!懲罰軍もここへは近づけない、今の貴様は孤立無援だ!

もはやどこにも逃げられないぞ!

……逃げる?

善と悪を言い争うためだけに、我々がここへ駆けつけたとでも思っているのかね?

ハァ……ハァ……

何も喋らないか、愚かなイベリア人め……

あの黒いバケモノにもきっと弱点はあるはずだ、いくら図体が丈夫でも、溟痕を焼き払えるとしても……ヤツは一体何者だ!?

情報を吐け!それまでに懲罰軍が包囲を突破してしまえば、我々は――

――失敗する、違うかい?

はは……君たちだけじゃケルシー先生とあの審問官さんには敵わないよ。君たちの負けだ。

黙れ!

貴様をズタズタに――待て、何をしている!?

なぜお前のそのロッドが動いているのだ!?何をした!?

君たちは海の生き物に目を向けるあまり……“オリジニウムアーツ”ってもんをよく理解できていないのかな?

あんまり現実逃避はするもんじゃ――
(エリジウムが殴られる)

ぐはッ――

図に乗るな――!我々が何の備えもなしに町を襲ったとでも思っているのか?貴様ら裁判所に迎合した連中を一網打尽にするために、我々がどれだけ準備をしてきたと思っているのだ!

こいつの戯言に耳を貸すな。こいつはこの町に数か月は滞在していたスパイ、通信手段に精通しているスパイだ。

俺たちの居場所もすでにバレちまってるだろうよ。

……スパイ、そうスパイだ。我々の中にはきっと最初から裁判所のスパイが潜んでいたに違いない!

テメェらの存在なら知っていたさ、俺とアマヤが接近した時、テメェらは身元を隠すことすらしなかったからな。だが裁判所は違う、連中は確かな悪意を抱きながらグラン・ファロへやってきた。もし隠れられようものなら……

たかがブルーカラーな俺たちじゃ、そいつらを見つけられるはずもねえ。

ならこいつを同胞の餌食にしてやろう。溟痕の浸透速度が落ちている、さらなる栄養が必要だ、懲罰軍を阻止するためにも。

それから、どうにかしてここから脱出せねばならん。

わかった、なら俺が道案内してやる、俺よりグラン・ファロを知り尽くしてるヤツはいないからな。確か裏道やら地下倉庫やらがまだ残っていたはずだ……

ティアゴさん、そんなことしちゃダメだ。

俺たちはまだ知り合って間もないはずだろ。そんなことを言うならテメェがどうすればいいのか教えてくれ、口先だけのペテン師さんよ?

さあ立て、テメェも海の一部にしてやる。

(なるほど。)

(源石エネルギーとエーギルの科学技術との融合、堅牢なるドーム、陸にある移動都市の応用方法、アーツの発展性。)

(これがあの科学院の天才の目に映っていた大地なのね。数十年もの月日があれば、彼なら成し遂げかねない……)

(しかし……)

まだまだこれだけでは足りないさ。

……
(ウルピアヌスが近寄ってくる)

陸地との交流を頼らなくとも、エーギルなら成し遂げられる。ちんけな技術を融合させただけでは、逆転の鍵には成りえないものだ。

やはり……あなたでしたか。

素直に喜べそうにないわね、ウルピアヌス。

止まれ、そこから一歩でも前に進めばお前を貫く、元戦友よ。

……

アビサルハンターはもう自分しか残っていないと、スカジはずっとそう思っていたわ。あなたですら死んでしまったと思っていたのに、生きていたとはね。

お前は鼻がよく利く、察しがいいじゃないか、執政官グレイディーア。

こんな場面でのお世辞なら結構ですわよ、執政官ウルピアヌス。

……

もうずっとその呼称で呼ばれていないじゃないのかしら、懐かしさが込み上がってきたのではなくて?

わたくしたちは知り合ってもう長い付き合いになるわ。部隊に帰投しなかった狩人がどういう結末を辿るのか、それを一番よく知ってるのはあなたでしてよ。

俺が処分した数ならお前にも劣らないさ。仮に深淵へ陥った生存者がいたとすれば、ヤツらがあの歌声を聞く前に、必ず乾いた岩礁に打ち捨ててやる。ウソではないぞ、俺はやると言ったらやる男だ。

あらそう?けど今はどうなんです?今のあなたからはヤツらの匂いがする、グルになったのね。

自分にウソをつく必要はないぞ、グレイディーア。お前は他者に対して、なにより自分に対してはとても厳しい。

まさか陸を徘徊するさなか、厳しくするあまり自分を痛めつける感覚に快感でも覚えてしまったのか?

ウルピアヌス、もし満足いく回答を寄越さなかったら、ここであなたを殺すわよ。

グレイディーア、今じゃほとんどの事態は予定外の方向に進んでいる、俺は別の角度から問題を解決してやらねばならないのだ。

それはどういう意味でして?

……

俺も……お前たちと同じように、陸でしばらく過ごしてきた。

だが、違うものを見てきた。お前は陸の文明を理解しているか?いや、答えなくてもいい、傲慢なグレイディーア。

陸の文明は生き残るために、源石を手に取った。源石はヤツらに機会と希望、そして新たな災いをもたらした。だが今日に至るまで、ヤツらは未だに源石の原理を解き明かせていない。

色々と悲劇を見てきたさ……ヤツらが“天災”と称する悲劇をな。ヤツらは愚かで、無知で、惰弱だが、滅びへの足掻きとしつこさだけは目を見張るものだった。

……だがエーギルにとって、ヤツらの生死はどうだっていい。

昔のあなたは、そんな軟弱な人ではなかったはずよ。

まあ待て、俺はいま感性の話をしているわけではない。

エーギルは生き残るために海を呼び起こし、そして海はエーギルを呑み込み、俺たちが生まれた。俺が言いたいのはその話だ。

俺たちはバケモノと戦うために生まれた存在だ。その根本を解決せぬ限り、問題はなくならない。

……ではあなたは一体何を見たの、ウルピアヌス?血の賜物を捨ててまで、わたくしたちとの友情を捨ててまで、あなたは何を見たというの?

“神殿”を見たのさ。あの吐き気を催す信徒たちならきっとそう呼ぶ。

あなたがヤツらに深入りするたび、我々との信頼関係が削がれていきますわよ?

だがアレを言い表すのに、これ以上の言葉はない。

かつてエーギルが深海の奥底で何を見つけたか、お前も知ってるはずだ。歴史を専門としていなくとも、教養の知識として多少なりとも身に着けているはずだろ?

数千年前、我々は海の中心へ辿りついた。そこで我々は、根源を見つけたのだ。文明の根源を。

……

……俺の知るところによるとな、グレイディーア。

シーボーンと……ヤツらが神と称するアレの巣窟の最深部で……そう、最深部だ。

見えたのだよ、“建物”が。フッ、いくらエーギルで最も偉大な技術執政官殿をお招きしても、俺が見たものを素直に受け入れてはくれないだろうな。

まああの時の俺は重傷を負っていてな、だから奥には行けなかったさ。血は滾り、耳をつんざくも、それでも俺は感じ取ったのだ――

……何をです?

――奥にはヤツらの神が、アレが何体もいるのだと。

……

…………

しかし……それだけでは、あなたが部隊を抜けた理由にしては不十分だわ。もっとほかの情報も持って来るべきだったわね。

無数の悲鳴が一つに重なった時、あのまだ産まれてきていないシーボーンたちは、胎児の形をしていながらも全員が同じ名前を呼んでいた。

……Ishar-mla、とな。

あるいは、スカジとも言うべきか。

……海へ潜ったのか?

だがまたここへ上がってくるはずだ、しばし待とうではないか。

そうとも、なんせ我らはヤツの“同類”であるからな、哀れなことだ。

……!

……ああ、私の目にも入ったよ。波が不自然に割れている、まるで竜巻や蜃気楼のように、不思議な光景だ。

フンッ、今日は実に賑やかなことだな。ジェミーと料理長が死んでから、こんなに賑わったことはない。

……む。

ザクロの……花。

……騎士。

貴様と再会するにはまだ暫くかかると思っていたぞ。我が船に上がったということは、故郷の気配が懐かしく思えてしまったのかな?貴様もまだ完全には狂いきれていないのだろう?

……
騎士はただ静かにアルフォンソを見つめていた。
だがすぐにまた、視線を海へ戻す。アルフォンソもそれに釣られて海を眺めた。時間という概念が徐々に朦朧としていく歳月の中、月日はとうに意味を失っていたのだ。

まだ大波を狩っているのか?

……

このバケモノ共の血が貴様にまだ不死をもたらしていないことを願うばかりだな。でなければ貴様はいつか溺れて死ぬことが叶わなくなる、溺れ死ねることは幸福なことだ。

……

今日は……風が弱いな。

……波は、海の、呼吸。

海はまだ、息を、止めてない。

まだ、死んでいない。

地上にいる、バケモノのように。呑み込み、そして滅ぼす。

地上に住まうバケモノか。

そう、文明だ!

スカジ。

ん?

また別のことを思い出したわ。わたくしたちは……どうやって生き残ったのかしら?

あなたはどうやって生き残ったのかしら?

細かいところはもう憶えていないわね。ただ私たちは斬った、斬って斬って斬り続けた、そしてアレを……

そうじゃないわ、わたくしが言いたいのは、その、もしあの群れが本気でわたくしたちを殺そうとしていたら、わたくしたちは死なずに済んだのかしら?

……

言い換えると、エーギルの方もまさかわたくしたちがまだ生きてるとは思ってもいないでしょうねってことよ。

知る手段がないからね。

この船に上がるってのは、カジキが言い出したことなの?

ええ。この船なら故郷に連れてってくれるって。

うーん、しかしブレオガン……知らない名前ね。エーギルの造船者のようだけれど。

……昔から科学院の人の名前なんか覚えない人だったわよ、あなたは。

そんなのあなたにだけは言われたくないわ。

……こうしてあなたと話せてるだけで、すっごく安心する。

本当に戻って来たのね、ローレンティーナ。もう、行っちゃたりしない?

ウフフ、そんなしおらしくなっちゃってどうしたの?昔からずっと一緒にいたじゃない、ちょっと頭がボケてしまって、イイ子ちゃんなシスターの恰好をして。個人的にあれも悪くなかったわよ?

あぁ、でも今わたくしが着てる装いって、隊長がロドスの人たちに注文したものなのかしら?まさかわたくしのボディサイズを知っていただなんて。

……実はまた背が伸びたのよ、あなた。

あら、あなたにまで知られてしまったなんて。

私は……ちょっと手伝っただけよ。隊長が陸の人たちのセンスは信用できないからって。

センスですって?ウフフ……

彼女がそんなこと気にしていないのは、お互い知ってることでしょ?けどまあ、そういう細かい性格には色々助けられてるのも事実ね。

あなたはロングスカートが好きだって隊長が言ってた、私もその印象がある。でも……裁縫はあんまりやったことがないから……よく分からなかった。

そう……

……あら、この記号、それとエーギル文字も、私たちのことを書いてるのかしら?

あなたと、グレイディーアと、そしてわたくしに関すること。わたくしたちのエーギル、わたくしたち……故郷に関することも書かれているわね。

これは誰のアイデア?まさかわたくしが書いたわけじゃないわよね?

三人のアイデアよ。

じゃあこの服のデザインを選んだのは?

……カジキ。

そりゃご苦労様なことで。

そろそろ戦いに集中しましょ。

ええ、けど狩りの前に装いも整っておかなきゃダメだよ、そうでしょ?

ねえスカジ、わたくしが混沌の中から自分を思い出した時、真っ先に何を思いついたか、分かる?

なに?

今の自分を見直そうとしたの。はるか遠い昔にいる、意識がはっきりとしたもう一人の自分と、何がどこが違うのかを。

前回はいい子ちゃんのシスターだった、嫌いじゃなかったけど――

信頼できる仲間に決めてもらった姿のほうが、よっぽど好きだわ。あなたなら分かってくれる?

ええ……サルヴィエントにあったあの水槽からの目覚めよりはよっぽどいいわ。

アハハ、言えてる!

それじゃあ、今から船長さんを説得しに行くのよね?

ならわたくしに任せておきなさい。

そんなにありえませんわ。そんな……

Ishar-mla。

俺がアレと一緒に海溝へ沈み、通常のエーギル人じゃ耐えられない水圧に潰されそうになった時、未だかつて目にしたことがないものを見た。

グレイディーア、エーギルがなぜ陸と断絶したかはお前を知ってるだろ。源石と天災がエーギルに侵入できなかった数ある推論も知っているはずだ。

その推論のほとんどは正解だったさ。海はまさにペトリ皿のように、エーギルの純潔を育て、守っている。

だが……俺たちが誇りに思っていた文明が、実はアレに生えたただのカビだったとしたらどう思う?

昔からあなたは何もかも疑問に思うように人でしたわね、そのおかげであなたは色んな分野で功を奏した、草分けをしてきた。しかしまさかエーギルを侮辱するだなんて、見違えましたわ。

それに、話を逸らさないでくださいな。あなたはスカジに……自分の仲間に、一番残酷とも言える仕打ちをしたのですよ。

“シーボーン”とはただの大枠の呼称にすぎない。お前も知ってるだろ、ヤツらの生物としての在り方は多種多様だ。

スカジはそいつらの中の上位者になるのではないかと、お前も不安になっていたんじゃないのか?

今はあなたが道を踏み外してしまったことに不安を覚えますわ。

一番隊と四番隊は、道半ばで全滅してしまった。だが一人ひとりが、俺たちのために突破口を作ってくれた。

そしてお前たち二番隊は、ヤツらの巣の近くに留まった。“巣”という言葉は語弊があるな、だが俺たちは巨大な一つの“巣”となった集合体に潜り込んだ、あの時の俺たちはまるで微小な雑菌みたいな連中だったな。

けれど雑菌とて、健康な人を殺すことは可能よ。

だから俺たちは成し遂げた、そう思っていたんだ。

俺は、そんなヤツらの神の屍と一緒に眠りに落ちたよ。血……あの発光物が血と呼べるものなのであれば、血は俺の全身を濡らし、そして俺を包み込んだ。

神の屍とグッスリとひと眠りしたものだ。俺はアレの抜け殻に隠れ、アレが残した血肉を頼りに生き長らえた、周りの音が静かになるまでな。

スカジはどうなんだ?彼女は最後まで戦っていたんだろ?

……

あれは“殺した”わけじゃなかったのさ。ましてや“捕食”でもない。あれは“餌を与えていた”だけなのだ、一族のための餌をな。

お前の推測は正確でもあり、誤りでもあったさ、グレイディーア。お前はすべてのアビサルハンターは理性を失えば、シーボーンに成り果ててしまうと考えていたな?そうじゃないさ、少なくともスカジはな。

もう分かるな?アレと対面し、あの海溝で浮き沈みしてきた俺たちなら、みんな分かっているはずだ。

それはつまり……

そうだ。事態が起これば、俺たちは彼女を殺さねばならない。

彼女はあなたの仲間ですのよ。

それにあなた、まだ恣意的に隠れたことと裏切ったことの説明がなさってなくてよ?それであなたのその憶測を信じろですって?

……

あなたの黙りこくる癖は好きじゃありませんの。どうやらあなたを再起不能にして、エーギルへ連れて帰る必要が出てきてしまいましたわね。

執政官の一人があの戦いの中で堕ちてしまって残念に思いますわ、士気にも影響しかねないわね。

そんなこと、お前にはできんさ。

グレイディーア、お前は自分の変化に焦っているというのに、まだ自分をエーギルの代表の一人として見ているのか?

これはチャンスなのだよ。お前の理解も手助けも求めんさ、だが少なくとも俺たちの中から一人はそのチャンスをものにしなければならん。

真実をこじ開けなければ、生きてはいけないのさ。

それが今のあなたがやってる行いとなんの関係がありますの?

お前は船が目当てで、俺はブレオガン、あのエーギル人が目当てだ。

俺はすでに確証を得たのさ、ブレオガンの証拠が俺の見たアレを証明してくれた。大したヤツだよ。あの時代とあの条件下で、俺とまったく同じ結論に辿りついていたのだからな。

お前が手に持ってるそれのことだが――お前も分かっているのだろう?それこそが何よりの価値があるものなのだ。陸の連中はそれを理解できなかった、だから彼は孤独に死んでいった。

誰一人とて理解していなかったわけじゃありませんわ。ただ……

“ただ”。お前はあんなにも頑なだったのに、あんなにも往生際が悪かったのに、これで何度目の“ただ”だ?

俺たちは仲間、共にこの戦いを設けた者同士だ。であれば少しは互いを信頼してみたらどうなんだ?

最後に忠告しておく、エーギルには戻るな、まだ早いし、危険過ぎる。俺たちはまだ色々と解明できていない、帰っても徒労に終わるだけだ。エーギルがどうなったか、お前だってまだ情報を得ていないだろ?

陸に残れ。ナニが起こっても、お前の言う通り――彼女は俺の仲間だ。

責任を負ってケジメをつけるさ。
グレイディーアは何か言おうとした。
だが振り向きざま、引き裂くよう轟音が部屋の隅々まで震わせた。それから激しい揺れが起こり、テーブルいっぱいに散りばめられていた真理が地面に散乱し、グレイディーアの目に熱く映った。
“海神”。
戦争総設計師たちがアビサルハンター計画を持ち出す前に、アビサルハンターが巣窟を駆逐し出す前に、ブレオガンは陸地に住まう今日の愚かな信徒たちが好んで盲信し出すかようなこの呼称を用いていた。
彼は災いの根源を徹底的に調べ尽くそうとしていたのだ。そして彼は陸地でその最後のピースを見つけていた。

……鍵……私の……小麦の匂い……故郷か?故郷が私を支えてくれる。家族が私を支えてくれる。

私が海を、打ち砕くまでは。
狩人二人が唸る騎士を見やる。
グレイディーアが手にある鍵を握りしめる。

……このバケモノをよく見てみろ。人に似て人に非ず、一族すらコイツを受け入れやしなかった。

日々、波を探し求めていては、波を打ち砕かんとしている。とめどない徒労とも知らずに。

まるで俺たちみたいにな。






