
……

……まさか、ありえん。

もし最初からそれが本当なら、狩人たちが求めていたモノがこうも近くにあったことに……

あまりにも劣悪な可能性だ。

イベリアの眼は最初から災いの余波を見据えていたのだ。だが所詮は閉ざされた眼、沈黙するしかない。

……つまりどういう意味だ?

つまり、エーギルの崩壊が加速しているということだ。

……もしこの距離にある都市ですら救難信号を発せられるとなれば、“阿呆船”は最初からヤツらの巣窟の上をグルグルと回っていたことになる。

……狩人たちが危険だ。

君の気持は理解できる、だが今我々には一隻の船と、二人の戦力しかない。

この状態でストゥルティフェラ号の救助に向かうのはあまりにも非現実的だ。

あの狩人が海に葬られても君は気に留めないことだろうが、それではチャンスすら一緒に屠られることになる。エーギルにとっても、イベリアにとっても。

……

……ダリオは死んだんだ。まさか残ったあの審問官の口から、貴重な知見を耳にしたいと思わないのか?

これが最後のチャンスなんだ。

それは違う。崩壊しかけてる非力な都市だ、そこにどれだけのエーギル人が海に傾倒してると思っているのかね?

慎重に進むべきだ、さもなくば自滅するぞ。

だとしても、今回が最後のチャンスだ。

真の敵は、エーギルからの呼応がなくなった時、また新たな静謐がイベリアに降りかかって来た時に現れる。

そんなことをしても意味はない。

君が背負っている責務なら理解はできる、懲罰軍がここを接収するまで、君はいかなるリスクを冒すわけにはいかない。

だから私一人で向かおう。

……君とそのペットの実力なら認めているさ。だがそこに向かうには遠すぎる、一人で無事に辿りつけるものかね?

狩人たちには特殊な血が流れている。だから恐魚たちが一般的な船に過大な敵意を向けることはないはずだ。

それは私の許しを得るためにでっち上げたウソではないのかね?

そんなこと、ウソでも何でもない。私はただ狩人たちを見捨てたくないだけだ。

……

うむ……

……狩人も、アイリーニも、必ず連れ戻すのだぞ、ケルシー。

ああ。

……あ、あの……

ボクに何か手伝えることはありませんか?

Mon3tr、周囲を警戒しろ。もしあの恐魚たちが海中の巣穴に帰ったのなら、刺激はするな。

少しだけ時間が必要だ、先ほどの航行でこの船が損傷してしまっている。

(頷く)

この船……

狩人たちが乗っていった船は裁判所の諜報員が残していった船だ。

ラン・ファロで懲罰軍と合流し、前線指揮拠点を築いた後、水陸両用軍艦に乗ってここに向かう、それがカルメン殿の当初からの計画だった。

だからグラン・ファロの砂浜に打ち捨てられていたこの船が、我々の最後の希望だ。

て、手伝います……船に上がって診てみますね。船の修理はやったことありませんけど、でも、道具一式は持ってきてありますから。

あの、この船一隻で、本当に海の奥へ行けるのでしょうか?

君が不可能と思うのなら、それはきっと不可能に――待て!

避けろ!ジョディ!

うわぁ――!?
(恐魚が姿を現す)

きょ、恐魚――!?

うわあああああ――!

岩礁の陰に隠れていたのか!Mon3tr!

(愉快な雄叫び)

ジョディ!船から飛び降りろ!

で、でもナニかが船を動かしています!錨も見当たりません!

ボクが船を動かして、戻せるかどうかやってみます――

飛び降りるんだ!恐魚に囲まれてしまうぞ!

Mon3tr、救出しろ!

待ってください――それではこの船を失ってしまいます!そ、操縦してみますので、はッ!?

後ろ!危ない!
(Mon3trが恐魚を倒す)

――

まずはジョディの救出を優先するんだ。

(嬉しそうに応える)

渦と潮の流れが変化している、恐魚も活発化しているとは……一体なにが起こってるんだ?

(爪を伸ばす)

爪に掴まれだって?でもそれじゃあ、船が――うわッ!?

(急かすような鳴き声)

で、でも……
ジョディは分かっていた、今あるチャンスを掴まないと、自分は船と共に果てしない大海原へ漂うことになる。
しかし彼に選択肢はない。イベリアの眼に戻るも、灯台の中に引き籠もるだけ。
十数年もあの小さな町に引き籠もってきたように。
ダリオが死んだあの時のように。
ティアゴさんのように。
彼は死に物狂いで船のマストにしがみつき、異常を来した波に攫われないようにしていた。Mon3trは明らかに不満げな表情を見せる、急かしているのだ。
恐魚たちも続々と海面から姿を見せ、水しぶきを上げ、船はすぐにイベリアの眼から少しだけ距離を離されてしまった。
そんなジョディはマストに書かれた歪な文字列を見つける。
“グラン・ファロ”。

……ボクがケルシー先生の代わりに行きます。

あの船を……見つけ出して、皆さんを連れ戻せばいいんですよね?聞く限りじゃそう難しくなさそうですが……

いや……

ここで船を失って、あの灯台の中で助けを待つよりも、一カバチか賭けるしかありません!

ボクが行きます!

命の究極の答えを一人でも同胞が触れれば、私たちは星の律をまた改めて編纂することができる。

次なるあのお方が私たちに啓示をお与えくださるまで、その方法を私たち自身で探しましょう。

たとえ、イシャマラが拒もうとも。たとえ、一族があのお方の意志を得られなくとも。

私たちはずっと生き延びていくのです。
(グレイディーアがシーボーンに襲いかかる)

サメ。
スペクターがシーボーンに襲いかかる)

ええ。

くッ。

同胞の意志はすでに伝わりました。養分も十分です、もうお互いを食い荒らす必要もないでしょう。

私も巣へ戻るべきなのでしょうね。私と共に、巣へ戻って頂けませんか?
(スカジがシーボーンに襲いかかる)

ちょこまかと、よく避けるわね。

コイツはまだ効果的なダメージを受けていない、それよりも船がもうもたないわ。

まだそんなことを言ってるの、アマヤ?どうして大人しくわたくしに殺されてくれないのかしら?

一族が私を呼び戻しています、彼らと一緒に果実を分かち合うために。

今は彼らに応えましょう、しかし事を終えた後には、いずれあなたのもとへ。あなたにも応えましょう、殺すのはその後にしてくださいね。

ウフフ……あなたを逃すわけがないじゃないの。あなたを逃してしまえば、この付近の海域にはきっとあなたみたいなシーボーンがわんさか湧き出てくることだろうし。

ホント、アマヤはわたくしに無理難題を押し付けてきたものね。彼女もクイントゥスのような単純明快な人だったらよかったのに。

あのダンスで彼女を留めておけなかったのも、残念に思うわ。

……!
(スカジがシーボーンに襲いかかる)

いちいち話が多いのよ!このゴミめ!
(シーボーンが床を突き破る)

Ishar-mla、ずっとあなたに会いたがっていました。

一体何があったのです?なぜあのお方は沈黙しているのでしょう?あのお方は一体どこへ?

チッ、まるでシェイクされてる海水のようね、まったく斬っても手応えがない。

あのお方はあなた、あなたはあのお方なのですか?

何を言ってるのかさっぱり分からないわ。もしその神があのデカブツを指してるのなら、とっくに死んだわよ。

死と、凋落。あのお方はその概念を持ちません。あのお方の声は、決して命の終わりを指しているのではないのです。

あなたたちはどうアレを呼んでいるの?あの信徒と同じように呼んでいるのかしら?だったらあなたたちの神は枯れ果てた、すでに深淵へまっ逆さよ。

神?

いいえ、私はあのお方をこう呼んでおるのですよ――
Ishar-mla。
私はここに。
私たちが受けた苦しみは永遠に。
私たちが望む生をまた永遠に。

……

……Ishar-mla。また感じ取れます、あのお方の脈動を。

同胞よ。あなたたちは一同にあのお方のもとへ泳ぎ、そして死すらも深淵へと溺れさせた。

我々はあのお方との繋がりを失うも、あのお方が指し示したのは、未来だけでした。

同胞よ、あなたの内側は今……いいや、興奮してらっしゃる。

あなたも感じたのですね、Ishar-mlaを。なぜならあなたは陸を離れ、故郷に戻られたのですから。

あなたには私たちの血が、あのお方の血が流れている、あなたがあのお方なのですね。

……違う。

私はアビサルハンターの、スカジよ。

そうですか、まあ構いません。あなたがそう仰るのなら、そうなのでしょう。アビサルハンターの、Ska-di。

Ishar-mla、あのお方からの答えを心して待っておりますよ。あのお方は長い時間の果てに、私たちに答えを導き出してくれるのですから。

そしてその前に、答えを得たその果ての前に――

――一族は永遠の生を受けることでしょう。
(グレイディーアがシーボーンを貫く)
グレイディーアが音もなくシーボーンの背後に現れては、手に握る長矛で的確にシーボーンの身体を貫いていく。
それから響いてきたのは、丸鋸の駆動音だった。

動きが遅くなったわね、徐々に弱まっているのかしら。だったら安心して粉々になられなさいな。

ッ――!
(スペクターとスカジがシーボーンに襲いかかる)

――まだよ、それだけじゃ浅い!フンッ!
(斬撃音)
炎の温度が長い回廊を伝ってくる。ストゥルティフェラ号が悲鳴を上げているのだ。
シーボーンは隙を晒していたスカジを攻撃しなかった。
ヤツはただ静かに彼女を見やる。なんともおかしな感覚だ、あのサル・ヴィエントの時と同じように。
ヤツは自分を“見ている”のだと、スカジはそう思った。

うーん、この船……もう限界ね。すぐにでも沈んでしまうわ。

……

ヤツが逃げようとしているわ!くッ!

足元、気を付けて!
(床が抜け、シーボーンが下層に落ちる)

……

動くな、バケモノめ。

海には帰らせないわよ。

あなたは弱い、ヒトの子よ。養分にしても、多くの同胞を養うことはできないでしょう。

今はもう養分は足りております、養分よりも私たちは時間が必要なのです。

ここはあなたの領土から遠く離れている。私たちを阻止する理由などあなたは持ち合わせていないはずです。

あなたも、あなたの一族も、確かに裁判所の法では裁けない。私も、イベリアのためにあなたを消すことは不可能でしょう。

法ですか?確かそれは、生存のために積み重なった規律と、アマヤから教わりました。

同胞と比べて、あなたが弱いのは事実です。

――だとしてもあなただけは絶対に逃さない、海のゴミクズめ。

最後の一発よ、これでも食らいなさい。
(アイリー二がハンドキャノンを放つ)

……

……やっぱり、私じゃ、ゲホッ、あなたに傷一つつけることすらできない……

……感情が。変です、ヒトの子よ、あなたは弱い、あなたは感情に駆られるがまま、私の捕食から逃れよとしている。

逃げる、そう、逃げているのです。それは恐れているがゆえ?しかしなぜあなたはまだここに立っているのですか?なぜ私を攻撃する?なぜ……私の傍から離れようとしないのですか?

もしやあなたも……あなたの一族に“貢献”してらっしゃるのですか?

……フンッ。

それをあなたに教える筋合いがあるとでも?

……
それ以降シーボーンは沈黙した。目の前にいるこの生き物は同胞ではない。
捕食するのに、言葉というツールは必要ないのだ。
だがヤツが動き出す前に、仄暗い天井から黒い影が落ちてきた。
(アルフォンソがシーボーンを斬り掛かる)

アルフォンソ!?

チッ、コイツがこの姿になってから、こっちは一度もコイツの血の色を拝めていなかったな。

この狩りは――ペッ、もうじき終わる。貴様は私のガルシアを殺した、そのツケを、払わせてもらうぞ。

二人は、似て非なる者たち、まだ私たちの同胞になることを拒んでいるのですね。

あなたは多くの同胞を食らった、なのに一族の一部となることを頑なに拒んでいる。

……さあ、選びなさい。もう時間がありません。

捕食して、養分として取り込まれ、群れへ還るか。

あるいは、命の活動を止め、命を諦め、他の同胞に身を任せるか。

選びなさい。

……アイリーニよ。

はいッ!あっ、えっ、なによ?私を呼んだの?

まだ陸に戻れる方法はあるか?

……それは……

私は必ず陸に帰らなければならないわ。

私ではシーボーンに抗えなくても、イベリアならできる。私が背負っているのは最後の警告、あなたたちが見てきたもの、グレイディーアが見てきたもの、全部イベリアに持ち帰ってやるわ。

まるでトランスポーターだな。

……いいわよ、この際なんだって。

だから私は必ずイベリアに戻る。
(爆発音)

ッ!?

私の船がもうじき沈んでしまうな。

六十年、六十年余りだ。貴様らが来たことにより、私はやむなくこの結末を迎えねばならなくなった。

……教えてくれ。

旧イベリアはいかにして偉大なる船長、このアルフォンソを語り継いでいるのか?

……

“ザクロの木に御座すアルフォンソ”、“英雄アルフォンソ”、“沈みゆく者アルフォンソ”、と。

今でもストゥルティフェラ号は……沈んでいないと、頑なに多くの者たちによって信じられているわ。でも、私たちは海を出てそれを確かめることはできない。

もしあなたが……あなた様が本当にあのアルフォンソ船長であらせられるのなら。

あなた様は、その果てしないイベリア人たち全員の、心のídolo(偶像)であることでしょう。

フッ……ザクロの木か……捻くれた二つ名だな。
船長の目に一瞬だけ高ぶるナニかが煌めいた。
檻籠のように、暗雲と空を覆わんとする大波が彼らの足を止めてから、これは数少ない、高ぶりであった。

ヤツが弱っている。

私が食い止めよう。

……
(爆発音)

ば、爆発!?

源石ボイラーはとっくに使い物にならなくなっていたが、今の爆発でまた火が着いたことだろう。

炎も直にここまで上がってくる。どれ、コイツらを焼いて食すのは何かと初めてだな。

……!
この温度はシーボーンを不安がらせた。
ヤツは弱まっている。ヤツの同胞がヤツを阻む。海へ触れさせないように。
ヤツは呼んでいる、が、返事は返ってこない。
いや、同胞が来た。それに近い。同胞の声が聞こえてきた。
その同胞はこう言った――

――死になさい。
(グレイディーア達がシーボーンに襲いかかる)
グレイディーアにはなんら躊躇がない。スカジとスペクターも立て続けにヤツの身体を斬り伏した。
ヤツは治癒を、脱走を試みる。だが今度ばかりは、アルフォンソにしがみつかれているがゆえに、叶わなかった。
船長の変異しきった片腕を以て、叶わなかったのだ。
シーボーンは命の流失を感じ取った。
またスペクターがもう一度武器を掲げるのを見やる。

さようなら、アマヤ。

これでケジメよ。
(スペクターがシーボーンに斬り掛かる)
(回想)

……

……どうした?また彼女と言葉を交わそうとしていたのか?無駄なことを、この雑種から何を得られるというのだ……

あなたは何も分かっていませんね、クイントゥス。

彼女は、エーギルでの暮らしを教えてくれるんです。

それがどうしたというのだ?知識を得たいのであれば、使者様がもっと多くを授けてくれる。

深海からの声に応えれば、君は得ようとするものを手に入れられるではないか。

だから何も分かっていないと言っているんです、クイントゥス。

私が解き明かしたいのは、見届けたいのは、触れたいのは、滅ぼしたいのは、いつだってあれらの都市ではありません。陸も海も一緒です。

私は彼女らの暮らしが聞きたいのです。どのような素晴らしい生活を過ごしていたのかを、どうやって社会を築き上げて、守って来たのかを。

どうやって殺し合って来たのかを、そしてどうやって私たちのように滅びを迎えたのかを

私たち?

エーギルを冒涜しているのは、他ならぬあなたのような人なのです。イベリアを冒涜しているのが、他ならぬ私たちのようなイベリア人であるように。

フフ……実験の結果ならすでに分かりきったものですよ。もっと照らし合わせる必要もありますし、何より彼女は狂い、私たちに恨みを覚えることでしょう。

正直に言って、私も彼女らのことが恨めしいのです。自滅する戦士たち、身の程知らずの国、自業自得の過程。

だとしても……あなたもたまには認めてやってくださいな。私たちはまだまだシーボーンには遠く及ばないと。私たちは彼女らに似て、まだまだ人間でいるのだと。

ですので、この争いが終わることはないのでしょうね。
(回想終了)

――やりました!!

あっ!アルフォンソ船長、大丈夫ですか!?

……船と比べれば、大したことはない。

……本当に死んだの、アマヤ?そう簡単にくたばるあなたじゃないでしょ?

(ピクピクと痙攣する)

時間を与えてはダメよ、トドメを刺しなさい。

(身体を蠢きながら)ローレン……

ここよ。ここにいるわ。

形勢逆転ね、アマヤ。

ごねんなさい、わたくし……科学実験に関しては、昔から全然興味がないの。

(肉が裂けていく身体の震え)

だから死になさいな、変わりゆこうとする下等生物よ。

忘れられなさい。

――
(スペクターがシーボーンを切り裂き、シーボーンが消滅する)

……これでスッキリ片付いたわね。

……いいや……

シーボーンが……まだまだたくさんのシーボーンがこの近くにいる、近づいてきているわ。

それにこの船、沈みそうだしね。

ずっと意識は朦朧としてたけれど、あなたたちがここに辿りつくまでどれだけの努力を払って来たかは分かるわ。でもまた、道が閉ざされてしまったわね。

カジキ、欲しいものは手に入った?

……ウルピアヌスに持っていかれたわ。

この船にあるテクノロジーの原型を保持できなかったのは、間違いなくわたくしたちの落ち度ね。でも……

なんの成果もなかった、ってわけでもないわよ。

……

持ち去っても構わないかしら、船長さん?

……フンッ。

構わん。ガルシアも言ってたことだ、今日が最後の航海であると。

……長い間、我々はずっと生きる意志を追い求めていた。だがそれも、もう尽き果ててしまったさ。

最初、我々の最大の敵は焦りと、猜疑心と、不安と恐怖であった。だが……

いつしか人間性は我々から抜け落ちていってしまった。海に対する渇望が込み上がった時だけは、辛うじてそれが現れるものだが、次から次へと、みんな忘れ去ってしまったものだ、“阿呆船”の船員としての栄誉を。

ヤツらが一人ひとり、次々と海へ飛び込んでいく様を見てきた、あるいは私に首を刎ねられるところを。それも今ではもう……限界だ。

長い生き残りの果てに、辿りついてしまったのだ。
(爆発音)

船が浸水しているわ。溟痕にも徐々に蝕まれている。

……審問官よ、ここにある技術、この源石ボイラーのテクノロジーだが、今のイベリアの役には立つか?

ストゥルティフェラ号にあるすべてはイベリアにとって代え難い貴重な財産です……大いなる静謐を迎えた後、ほとんどのイベリア島民はこのテクノロジーを再現できなくなりました。

私たちは艦隊と都市を失ったからではありません、そのエーギル人たちをも私たちの手で裁いてしまったからでもあります。私たちは多くの人材を失ってしまいました。

これはきっと……因果応報なのでしょう。軟弱で懐柔するような策略ではアビサル教会に対抗できるはずがない、今でも私はそう思います。

もし今、私たちがストゥルティフェラ号を――“阿呆船”を失うことになるのであれば、きっとこれは……大きな損失であるとともに、誰にも変えられない業でもあるのでしょう。

……

フンッ、審問官にしてはものを言うじゃないか……確かに、今の国教会の有り様であれば当然と言えよう……

エーギル人たち。

このイベリア人をしっかりと守ってやれ。この距離を泳いで帰れるわけがないからな。

……ええ、必ず。
(爆発音)

爆発が大きくなってきた――船室が傾いているわ!

ここを出ましょう。スカジ、頭上の天井をこじ開けなさい!

ほらはやく!アイリーニ!

わ、分かってます!しかしアルフォンソ様は!?

潮の流れでどこまで行けるかしら?もしかしたらこの場をグルグルと回るだけだとか?それにここはヤツらの巣窟の真上よね?

今はそんなことを考えてる暇はないわ、とにかく泳いで帰りましょう。

な、なんですって!?
(グレイディーア達が海に飛び込む)

……去れ。私の船から出ていくのだ、最初からそう言ってるだろうに。

だが私はここに残ろう。ここは我がイベリア、私の船を裏切ることなど言語道断だ。

……
アルフォンソがゆっくりと玉座に腰掛け、目を閉じた。
イベリアの美しい太陽が甲板を照り返す際に残った温もりを思い浮かべる。
ワイナリーの香り。故郷の音楽。
湿った空き部屋。新たに芽が出たペトリ皿。
砕ける白い波。
かつての大海原。ガルシアの手の温もり。ブレオガンの寂しそうな横顔。カルメンの笑顔。戦友たちの勝鬨。
目を開けるアルフォンソ。炎がすでに目の前のすべてを焼き払っていた。大声で豪快に笑うアルフォンソ。
彼の笑い声はやがて時を超え、潮の匂いが漂うあのザクロの小さな町、そこで生まれた赤子の産声と織り成した。
アルフォンソ、やがてその赤子は人々からそう呼ばれるようになる。
彼は斑模様に錆びついたカトラスを掲げ、自分の首に宛がう。彼は祈り、そしてまた笑った。

ワハハハ……滑稽なことだ!よく覚えておくのだぞ、アイリーニよ!陸にこのアルフォンソの辿った道筋をとくと讃えるがいい!

アルフォンソが殺めた最後の怪物!それは即ち、アルフォンソ自身であるのだァ!
(爆発音)
船が崩れる。
炎が照らしていく、すでに百年近く沈黙し続けてきた海を。
一つの時代が滅んでいく。
一つの伝説が去っていく。
遠くで、太陽が昇ってきた。
ストゥルティフェラ号、ここに沈む。イベリアと、すべての文明の未だ叶えぬ宿願と共に。
厄災に沈む。

……!

どうした?

何か……声が聞こえたような……

いや、きっと老いによる聞き間違いだろう。

カルメン殿……

……泣いているのか?
これは、水?
そうだ……
ストゥルティフェラ号は、沈んだ。
私は今、海の中?海……海は危険だ。
危険、そうだ。
イベリアに戻らなければ!

うっぷッ――!ごはッ――!

呼吸しちゃダメよ、ほとんどのエーギル人だって水の中では呼吸できないんだから、あなたなら尚更よ。
私は何か言葉を返そうとしていた。でも当然ながら、水の中で話せるわけがない。
なるべく本能を抑えようとしていたけれど、それでも私は彼女の服を掴まずにはいられなかった、どうしようもなく無力な子供のようだった。
しかし、私は見えたのだ。
彼女の瞳に光が見えたのだ。

その光は海の底から発せられている。
スペクターは何も言わなかったけれど、私には分かる。彼女の私を抱える腕が微かに震えていた。
先ほどの戦いによるものだろうか?それとも、底で発せられている光によるものだろうか?

海面に上がるわよ、もうしばらく我慢しててね。

――ごぼぼッ!
視界がボヤけてきた。
そうか、海の底って、こんな感じなんだ。
じゃあ――
――あれが、エーギルなのね?
シーボーンは静かに、遠くで沈んでいく炎を見つめていた。
船が大海原に沈んでいく。炎が大海原に沈んでいく。何もかもが大海原に沈んでいく。
そこへ同胞たちがヤツの声に集まっていく。同胞たちが群れへ戻っていく。
大群に取り巻かれる中、片時ばかりで、シーボーンは死の淵からまた蘇った。

――

Ishar-mla、私があなたたちを、故郷へ連れ戻して差し上げましょう。
(ガルシアがシーボーンに襲いかかる)

!?

――アルフォンソト、一緒ニ、死ニナサイ。
ガルシアが力いっぱいシーボーンに噛みつき、共に暗い海の底へ沈んでいく。
奴の愛した者。奴の思い出。奴の居所。勢いが減っていき、ガルシアの意識が海に融け始めてきた。
だがシーボーンに食らいつく牙だけは離さなかった。

海水に、あなたは懐かしむ。泳ぐことで、あなたは目を覚ます。

認めなさい。あなたはすでに群れの一員です、待ちわびましたよ。

イヤ――違ウ……

私ハ……ガルシア……私ハ……アルフォンソノ……

ではなぜ泳ぐことを止めたのですか?あなたのシグナル、私と似通っているのに。

あなたの受けた傷も癒えている、今ある自分を受け入れている証左です。

違ウ――!

なにが、違うのですか?
ガルシアの意識がぼやけてきた。
私の中にいるヤツがこのシーボーンに食らいついているから?それとも、私の中にいるヤツが、自らこのシーボーンに飛び込み、抱擁を得ようとしていたから?
私はもう……認めるしかなかった。
海水がとても気持ちがいい。シーボーンの思考が脳内に注がれてくる。
今の私はガルシア、ストゥルティフェラ号の副官なのだろうか?
いや、私はシーボーン、大いなる群れの――
(斬撃音)

ぶぐぐ――(水泡を吹く出す音)ごぼぼ――(水泡が破裂する音)

……アナタハ……

……ガルシア、お前は人として死ぬのだ。

アマヤより、強かであれ。

……ウル……同胞よ……

……

……アリ……ガ……
まるで抱擁し合う両者が沈んでいくところを、ウルピアヌスは見送り続ける。二人は深海へ堕ちていく中で収縮し、まるで同じ茎に生えた二輪の花のように枯れ果てていき、とある深さを境に、暗流に流されていった。
流され、視界から消えて無くなってから、彼は顔を上げる。

……なぜだ?

……

グレイディーア、俺からの警告、絶対に忘れるんじゃないぞ。











