アークナイツストーリー翻訳

【明日方舟】塵影と余韻 LE-ST-1「華麗なる大円舞曲」 翻訳

“空は青く澄み渡り、
風が優しく囀りゆく。
流れる河は淀みなく、
吾が心に希望を満たしゆく。
翳りは一夜にして散り、
大地が朝日を迎える。
嗚呼、リターニア、
自由なる者たちのふるさとよ。”
――『晴空の歌』(1078)

ハイビスカス
ハイビスカス

(地図によれば、そろそろロドスの事務所が見えてくるはずですね。)

ハイビスカス
ハイビスカス

(ヴィシェハイムに入ってからちょっとゴタついてしまったけど、急いだら予定時間内には事務所に着きそうかな。)

(男性が駆け寄ってくる)

情熱的な感染者
情熱的な感染者

そこのフロイライン、どうかお待ちを!

ハイビスカス
ハイビスカス

えっと……私ですか?

情熱的な感染者
情熱的な感染者

ええ、そこの貴女、麗しきフロイライン!お初お目にかかる、ここアーベントロート区へ来たのは初めてかな?

ハイビスカス
ハイビスカス

あっはい、アーベントロートで発生した感染者症状の好転現象を調査しにきたロドスのオペレーターでして――

情熱的な感染者
情熱的な感染者

であればしばしの間、今はそのご身分とお仕事のことを忘れて、私と一緒に一曲、セッションして頂けないだろうか?

ハイビスカス
ハイビスカス

セッション、ですか?

ハイビスカス
ハイビスカス

ああ、このフルート……実はこのフルートはアーツロッドなんです。それに私、一曲も吹けなくて……

情熱的な感染者
情熱的な感染者

構わないさ!貴女が音を奏でてくれれば、私がその音を曲に作り変えて差し上げよう!そしてこの良き一日の記念として、貴女にその曲を贈らせて頂きたい!

ハイビスカス
ハイビスカス

でも私、ほかの人と待ち合わせをしてまして、それに遅れてしまいそうなんです。

情熱的な感染者
情熱的な感染者

ご心配は無用さ。今日はこんなにも素晴らしい天気なのだ、きっとそんな些細なことを咎める人もいないだろう。

情熱的な感染者
情熱的な感染者

さあ、どうか!時間は取らないから!

ハイビスカス
ハイビスカス

そこまで言うのでしたら……適当に吹いちゃいますよ?

情熱的な感染者
情熱的な感染者

どうぞどうぞ!

(ハイビスカスがフルートを拙く吹く)

ハイビスカス
ハイビスカス

(よしよし、吹けたけどそんなに酷くはない、よね……?)

情熱的な感染者
情熱的な感染者

ド……ファ……ラ……ソ……ファ……ミ……

情熱的な感染者
情熱的な感染者

素晴らしい、なんて希望に満ちた音色だろうか!

情熱的な感染者
情熱的な感染者

エマ、私が演奏するから、この客人と一曲踊ってくれないか?

ハイビスカス
ハイビスカス

はい?踊る?

(女性が駆け寄ってくる)

朗らかな感染者
朗らかな感染者

さあさ!お嬢さん!一緒に踊りましょう!

ハイビスカス
ハイビスカス

いやでも、本当に時間がなくて……それにダンスもそんなに――

朗らかな感染者
朗らかな感染者

平気よ、誰だって上手く踊れない時なんてあるんだから、笑ったりしないわよ。

朗らかな感染者
朗らかな感染者

よし、じゃあ三拍子で……

朗らかな感染者
朗らかな感染者

一二三二二三、はい!

(大歓声)

ハイビスカス
ハイビスカス

ご、ごめんなさい、何回も足を踏んづけちゃって……

朗らかな感染者
朗らかな感染者

いいのよいいのよ!一緒に踊れて楽しかったわ!こちらこそ色々足止めしちゃってごめんなさいね!

情熱的な感染者
情熱的な感染者

また会おう!よい一日を!

朗らかな感染者
朗らかな感染者

ようこそ、アーベントロートへ!

ハイビスカス
ハイビスカス

ありがとうございます。

アンダンテ
オペレーター装束の女性

おはようございま~す、ハイビスカスさ~ん。

ハイビスカス
ハイビスカス

あなたは……事務所のアンダンテさん?

アンダンテ
アンダンテ

はい、アンダンテです!ようこそ、ヴィシェハイムのアーベントロート区へ!

ハイビスカス
ハイビスカス

ご足労をかけます、わざわざここまで迎えに来てくださって。

アンダンテ
アンダンテ

いえいえ、ただお迎えに来たわけじゃないんです!

ハイビスカス
ハイビスカス

えっ?

アンダンテ
アンダンテ

聞いた話によりますと、アーベントロートに来る前から、毎日夜遅くまで仕事して、いつも自分を無理してたらしいじゃないですか。本艦を出る直前まで論文を閲読していたとか。

アンダンテ
アンダンテ

なので、今日のあなたの仕事は休むことです!

ハイビスカス
ハイビスカス

いえそんな、まだ休みを頂く必要は……

アンダンテ
アンダンテ

ダメですよ!ずっとそんな張り詰めてちゃ、弦が切れちゃうって言うじゃないですか!

アンダンテ
アンダンテ

そうそう、それといいタイミングにお越しくださいましたよ、ハイビスカスさん。ちょうど一週間後にあのツェルニーさんの告別コンサートが開かれるんです、今日がその申し込みがありまして。

アンダンテ
アンダンテ

なにやらザールの前にある広場での演奏らしいですよ~。ちょっとでも遅れちゃったらすぐに終わっちゃうかもしれませんね!

ハイビスカス
ハイビスカス

でも仕事が……

アンダンテ
アンダンテ

滅多にない機会なんですから、仕事はまた明日にでも考えましょ!ほらほら、行きますよー!

(アンダンテがハイビスカスを連れて走り出す)

アンダンテ
アンダンテ

着きました!

ハイビスカス
ハイビスカス

……

アンダンテ
アンダンテ

ここがアーベントロートザールです、このコンサートホールからアーベントロートという名前が取られてるんですよ。

ハイビスカス
ハイビスカス

これは……建物なんですか?巨大な楽器にも見えますけど……

アンダンテ
アンダンテ

それについてはまた後でじっくり見ましょ、どうせザールは逃げたりしないんですから!今日はなんたってツェルニーさんが目玉ですからね!

ハイビスカス
ハイビスカス

ツェルニーさん……来る前に本で知りましたけど、アーベントロートでのお生まれのようですね?

アンダンテ
アンダンテ

そうそう、しかも唯一、リターニアで感染者音楽家の名を頂いてるのがツェルニーさんなんです!国内で小規模な巡回コンサートも開いてるようでして……

アンダンテ
アンダンテ

あっ、いました!ツェルニーさんです!

その音楽家はコンサートホール外の階段に立ち、傍らに人ひとりの高さほどある巨大な楽器を携えていた。
彼の立ち位置を中心に、半径おおよそ5mほどの無人の半円空間が広がっている。
その半円の外では、人でごった返していたのだ。

アンダンテ
アンダンテ

ひゃ~、こりゃアーベントロートの半分の住民がいてもおかしくない人数ですね。

ハイビスカス
ハイビスカス

半分!?

アンダンテ
アンダンテ

ツェルニーさんは昔からよくここで屋外演奏をされてたんですけど、半年ほど前にお身体を壊しちゃってそれっきり……だから今日はその復帰されて初めてお披露目される日でもあるんですよ、みんなすごい興奮してまして――

アンダンテ
アンダンテ

(小声)あっ、始まりますね、静かにしましょう。

ピアノの音が奏でられ、広場はすぐさま静まり返った。
その場にいるほぼ誰もが、談話を止める。
先ほどまで、絶えず大声で売り文句を叫んでいた露店でさえ声を抑えるほどであった。

曲はそう長くはない。
ツェルニーの演奏が止むと、割れんばかりの拍手が広場を轟かせた。
拍手が徐々に止み、ツェルニーが次の曲を弾こうとする時に、身綺麗な人が人混みを掻き分け、彼の前に立ち止まった。

軽はずみな貴族
軽はずみな貴族

御機嫌よう、ツェルニー殿、わたくしゲルトルート伯の代理人でございます。

ツェルニー
ツェルニー

ああ、君か。

軽はずみな貴族
軽はずみな貴族

ゲルトルート伯から警告を承っております。選抜会にしかり、コンサートにしかり、そういった行事はまず許可を頂かないと。

ツェルニー
ツェルニー

だからなんだと言うのだ?

ツェルニー
ツェルニー

ほかの場所なら許可を頂く必要があるかもしれんが、ここアーベントロートにおいて、誰であろうと私の演奏を止める権利はない。

軽はずみな貴族
軽はずみな貴族

今はお身体が本調子ではないはずですから、あまりこういったことは……

ツェルニー
ツェルニー

私の身体のことなら、私が一番よく知っている。君に言われる筋合いはない。もし身体が不調であったのならば、今日ここで屋外演奏などしていないさ。

ツェルニー
ツェルニー

私に指図するな、そう彼女に伝えてくれ。

軽はずみな貴族
軽はずみな貴族

……分かりました。

(軽はずみな貴族が立ち去る)

ハイビスカス
ハイビスカス

あの人は誰だったんです?みんな黙りこくっちゃいましたけど。

アンダンテ
アンダンテ

ゲルトルート・シュトレッロ伯の侍従ですね。

ハイビスカス
ハイビスカス

ゲルトルート・シュトレッロ……ヴィシェハイム領のシュトレッロ伯ですか?

アンダンテ
アンダンテ

そうです。

アンダンテ
アンダンテ

でもまあ、すぐツェルニーさんに追い返されたところを見ると、なんだかせいせいしますね。

ハイビスカス
ハイビスカス

……そうですね。

アンダンテ
アンダンテ

あとでコンサートホールにも入ってみましょうか、選抜会ももうすぐですし。

貴族の姿が人混みに消えたのを見て、ツェルニーは心機一転、咳払いをした。

ツェルニー
ツェルニー

ご静聴ありがとうございます。

ツェルニー
ツェルニー

本日の屋外演奏は、僭越ながら久しぶりに皆様に曲を奏でてあげたいと思ったのと、一週間後のコンサートのための予行演奏として設けさせて頂きました。

ツェルニー
ツェルニー

この後には選抜会を開く予定もございますので、どうぞ奮ってご参加頂き、皆様の音楽へ対する情熱と愛をぶつけてくださいませ、応援しております。

ツェルニー
ツェルニー

明日の選抜会におかれましては、私ツェルニーも選抜委員として出場致しますので、何卒ご参加頂ければ幸いです。

ツェルニー
ツェルニー

では引き続き、皆様のご期待に沿えて、もう何曲か弾かせて頂きます。皆様におかれましても、どうぞご遠慮なくご自分の得意な楽器を取り出して、お好きなように演奏してくださいませ。もちろん、私に合わせて頂いても大変結構です、歓迎致しますよ。

ツェルニー
ツェルニー

本日はお集り頂き、本当にありがとうございました!

ツェルニーが深くお辞儀をする。重苦しい沈黙は破られ、先ほどよりもさらに大きな割れんばかりの拍手が人混みから起こった。

露店の店主
露店の店主

やあ、あんたもここで商売かい?

カフェ店員
カフェ店員

今じゃここザール前が一番人でごった返しているからね、ほかにどこで商売をしろってんだい?

露店の店主
露店の店主

そうは言うが、あんたんとこのコーヒーを飲んでくれる人がいるとは思わないね。

カフェ店員
カフェ店員

それはどうかな――

???
感染者

すいません、ワザークラウトを一つ、大盛で!

露店の店主
露店の店主

あいよ!

カフェ店員
カフェ店員

……

カフェ店員
カフェ店員

待ちわびた群衆、床に臥すも身体に鞭を打って起き上がった音楽家、そしてメンツが丸潰れな貴族……

カフェ店員
カフェ店員

(小声)感動的だねぇ……

 

祖父
落ちぶれた老人

クライデ、どうしてもあの選抜会に出るつもりなのかね?

クライデ
クライデ

うん、どうしても行きたいんだ……

祖父
落ちぶれた老人

そうか、君がわがままを言うのも珍しい、好きにしなさい。

クライデ
クライデ

ありがとう、お爺ちゃん!

祖父
お爺さん

だが申し込みが済んだらすぐに帰ってくるんだよ、あちこちほっつき歩かないように。

クライデ
クライデ

なるべく真っすぐ帰るよ。

祖父
お爺さん

なるべくだって?

クライデ
クライデ

今回の選抜会では、出場者がその場で演奏して、実力を示す必要があるって言うから……

祖父
お爺さん

しかし君のチェロはもうとっくに壊れているじゃないか、もう弓しか残っておらん、どうするんだい?

クライデ
クライデ

大丈夫だよ、貸出もあるみたいだし。

祖父
お爺さん

フッ、用意周到なことだな。そういうことはまったくわしの耳には届いておらんが?

クライデ
クライデ

お爺ちゃん、もしかして……怒ってる?

祖父
お爺さん

まさか、少し心配なだけさね。

クライデ
クライデ

大丈夫だよ、申し込みが終わったらすぐ真っすぐ帰るから!

祖父
お爺さん

はいはい、分かったよ。

クライデ
クライデ

お茶淹れておいたから、竈の横に置いておくね。ちゃんとあとで熱いうちに飲むんだよ!

(クライデが扉を開けて出ていく)

ゲルトルート
妙齢の貴族

もうじき選抜会が開催されます、そろそろ出発したほうがよろしいかと。

エーベンホルツ
若い貴族

あの感染者だらけの音楽会に参加させるためだけに、わざわざ私をウルティカから呼び寄せたのか?にわかには信じがたいが。

ゲルトルート
妙齢の貴族

あの程度の交流でありましたら、感染する危険性はございません。

エーベンホルツ
若い貴族

それは分かっている。

エーベンホルツ
若い貴族

そうではなくて、なぜあんな普通のコンサートにわざわざ私を招待したのかと聞いているんだ。

ゲルトルート
妙齢の貴族

ずっと、自由な空気を吸いたがっていたのではなくて?

エーベンホルツ
若い貴族

それはそうだが、しかし――

ゲルトルート
妙齢の貴族

まあまあ、そう深く考えずに。庶民との戯れと思って、どうぞ気軽に楽しんでくださいませ。

エーベンホルツ
若い貴族

(肩をすくめる)

ゲルトルート
妙齢の貴族

お車はすでに手配しております。ここホッホガルテン区からアーベントロート区まではそれなりに距離がございますので、徒歩で向かわれるのはオススメできかねます。選抜会に影響が出れば元も子もありません。

エーベンホルツ
若い貴族

ご厚意に感謝する。ではまた、シュトレ――

ゲルトルート
妙齢の貴族

またお忘れになられてますよ、私は名前で呼ばれるほうが好きなんです、苗字のほうではなくて。

エーベンホルツ
若い貴族

申し訳ない、ゲルトルート殿。

ハイビスカス
ハイビスカス

うわ~、すごい長い列ですね!

アンダンテ
アンダンテ

あ~、こっちは選抜会に参加する列ですね。私たちみたいな野次馬は参加しなくても大丈夫なんで、こっちに行きましょ!

(ハイビスカス達が立ち去る)

クライデ
クライデ

あの、すいません……

疲弊した感染者
疲弊した感染者

申し込みかい?最後尾ならあっち、並んでな。

クライデ
クライデ

――ながッ!?

疲弊した感染者
疲弊した感染者

朝からずっとこの調子だよ。

クライデ
クライデ

あのボク、家でお爺さんの面倒を見なくちゃならないんで、はやく申し込みたいんですけど……

疲弊した感染者
疲弊した感染者

ダメダメ。みんなあんたと同じさ、ここアーベントロートで身内の世話をする必要がない人なんざどこにいるってんだい?

クライデ
クライデ

で……でも……

疲弊した感染者
疲弊した感染者

ほら、さっさと並んできな。どんどん列が長くなってきちゃうわよ。

(若い貴族が近寄ってくる)

エーベンホルツ
若い貴族

どうしても無理なのか?

疲弊した感染者
疲弊した感染者

さっきから言ってるでしょうが、無理なもんは無――

疲弊した感染者
疲弊した感染者

ハッ!?き、貴族様でございますか?こ、この選抜会へのお申し込みで?

エーベンホルツ
若い貴族

貴族だと分かるのなら、こちらの方にも少し融通を利かせてもらえないか?

疲弊した感染者
疲弊した感染者

しかし規則がございまして……

エーベンホルツ
若い貴族

貴族の真心が籠った頼み事を無下にするつもりか?

疲弊した感染者
疲弊した感染者

めめめ、滅相もございません!

エーベンホルツ
若い貴族

ご理解に感謝するよ。

(若い貴族がクライデに近寄る)

エーベンホルツ
若い貴族

行こう。

クライデ
クライデ

……

エーベンホルツ
若い貴族

聞こえていないのか?通してもらったぞ。

クライデ
クライデ

あっ、はっ……はい!

クライデ
クライデ

でも――

(若い貴族が立ち去る)

クライデ
クライデ

あれ?さっきの人は?

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

次の方。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

お名前を伺ってもよろしいですか?

クライデ
クライデ

クライデです。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

ではクライデさん、お得意の楽器はなんですか?

クライデ
クライデ

チェロです。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

チェロをお持ちのようには見えませんが……

クライデ
クライデ

あっ、その、チェロ自体は持ってきてなくて……

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

なるほど、でもご心配なく。貸し出しの楽器なら手配しておりますので、ご自分でお取りください。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

はい、それでは始めても構いませんよ、制限時間は1分です。

クライデ
クライデ

……

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

まだなにか?

クライデ
クライデ

あの、コンサートへ参加した際の報酬はどういう……?

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

報酬?なんのことです?

クライデ
クライデ

え?

クライデ
クライデ

いやほら、入選すれば手厚い報酬が貰えると、コンサートのことを教えてくれた人から聞いたものでして。

クライデ
クライデ

家に重篤な祖父がいるんです、ですのでその報酬で病気の治療をしてあげたくて。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

お気持ちは大変理解できますが、今回のコンサートでは報酬は出ませんよ?

クライデ
クライデ

ええッ!?報酬はない!?

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

はい、おそらくこの場にいらっしゃる方のほとんどが、ツェルニーさんの告別コンサートで共に演奏できることが何よりの報酬と思っているのではないかと。

クライデ
クライデ

そんな……

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

どうしますか?演奏されるかどうかはご自由にお決めください。ただ、せめて美しい旋律を残して頂いた後にお引き取り頂けたら幸いなのですが。

クライデ
クライデ

……

クライデ
クライデ

うぅ……そうします。

がくんと肩を落とし、一礼をするクライデ。
彼は静かに椅子に腰を落とし、両足にチェロを挟み込む。
弓を持ち、手で弦を押さえれば、先ほどまで落胆した表情は消え、ただただ集中する面持ちを見せた。
流れるような美しい旋律がチェロから聞こえてくる。いつしかホール全体がその音色に覆われていった。
そして数小節を経た後、クライデの演奏は佳境へ入るも、舞台の下から突如と予想だにしないフルートの音色が奏でられた。
クライデが奏でるチェロに合わせながら、黒い装束を身に纏った貴族がフルートを吹き、ゆっくりと舞台に上がっていく。
ギョッと驚くクライデだが、自分のリズムを崩さず見事に演奏しきった。その黒い貴族もチェロの演奏を終えた後、即興のアンサンブルの締めくくりとして、短い彩ある音色を添えるのであった。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

……1分です。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

いやぁ素晴らしい、今日聞いた中で一番美しい演奏でした。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

お二人には感謝を申し上げなければいけませんね。

(拍手)

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

ところで、そちらもコンサートへの応募で?

エーベンホルツ
若い貴族

そうだ。

エーベンホルツ
若い貴族

本来なら一人で応募するつもりだったのだが、クライデ殿の演奏が実に素晴らしくて、聞き入ってしまったものでな。なにより先ほど面識ができた。

エーベンホルツ
若い貴族

これほど素晴らしい奏者とのアンサンブルを逃したくないと思って舞台に上がらせて頂いた次第だ。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

なるほど、そうでしたか。お名前をお伺いしてもよろしいですか?

エーベンホルツ
若い貴族

……

エーベンホルツ
若い貴族

エーベンホルツだ。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

エーベンホルツ……ですか?

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

よろしいのですか?先ほどピアノをジッと見つめた時に思いついた偽名ではなく、本名のほうをお伺いしたのですが……

エーベンホルツ
エーベンホルツ

深入りは無粋というものだぞ。

エーベンホルツ
エーベンホルツ

何より、ピアノに限らずとも、フルートにもホルツはあるはずだが?

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

そうは仰いますが、あなた様の家系と封領は――

エーベンホルツ
エーベンホルツ

もう一度言う、エーベンホルツでいい。構わないな?

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

……承知致しました。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

しかし、一緒に応募するとなれば、クライデさんにも聞いて頂いたほうがよろしいと思いますよ。まだ何も仰っておりませんからね。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

クライデさん、如何致します?

クライデ
クライデ

その、コンサートに参加する目的は……祖父の医療費だったので……

エーベンホルツ
エーベンホルツ

もし私と組んで頂けたら、貴殿と貴殿の祖父のために経済的な援助を提供してあげよう。

クライデ
クライデ

――ホントに?

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

無条件というわけではありませんよ?よくよくお考えください。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

去年もそうやって騙されて、不公平な契約を結ばされた音楽家がいたものですから……

エーベンホルツ
エーベンホルツ

さすがに看過できない非礼だぞ?

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

……

クライデ
クライデ

……やります!

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

ではそう致しましょう。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

お二人がフルートとチェロで選抜に参加されるのでしたら、選択できる曲は『朝と夕暮れ』しかありませんね。

礼儀正しい感染者
礼儀正しい感染者

これはピアノ伴奏によるフルートとチェロのデュエットになります、ツェルニーさんの代表作の一つにもなるのですが、お二人共いかがですか?

エーベンホルツ
エーベンホルツ

ほう、私がフルートを学ぶきっかけになった曲だな。ツェルニー殿の舞台でその曲を演奏できるのなら、光栄の至れりだ。

クライデ
クライデ

ボクもそれでいいと思います!

ハイビスカス
ハイビスカス

あの貴族の方、どうしてクライデさんを助けたのでしょう?

アンダンテ
アンダンテ

多くの音楽家たちは貴族のパトロンを有しておりますからね、珍しくもありませんよ。

アンダンテ
アンダンテ

自分の実力じゃまちまちだから、上手い人を見つけると駆け寄って取り込んでは、自分に華を添えたげる、そういう貴族だっていますからね。

アンダンテ
アンダンテ

でもまあ、あのエーベンホルツって貴族に関しては、何を考えてるのかさっぱりです。本当にただ同情してただけなのかも。

ハイビスカス
ハイビスカス

ちょっと心配ですね……

ハイビスカス
ハイビスカス

そうだ、クライデさんのお爺様は重篤だと聞きましたし、なんなら私たちが受け入れて――

アンダンテ
アンダンテ

ハイビスカスさん、ここに来たのは感染者の症状が好転した現象を調査するためですよね?

ハイビスカス
ハイビスカス

うぅ。

アンダンテ
アンダンテ

それに私達の事務所じゃ受け入れは無理ですよ。狭いし、何より患者さんの入院条件諸々も揃ってないし。

アンダンテ
アンダンテ

検査と診療と、軽症の方への薬品投与、それと入院が必要な患者さんへのほか機構への手配だけで限界なんですから。

ハイビスカス
ハイビスカス

とは言っても、心配なものは心配です。

アンダンテ
アンダンテ

うーん……じゃあクライデさんに直接聞いてみます?ちょうど申し込みも終わったみたいですし。検査ぐらいできるかどうか聞いてみましょう。

アンダンテ
アンダンテ

はーい、検査結果が出ましたよー。体内細胞と源石との融合率は8%、血中源石密度も0.23u/L……まあ、悪くはないけど良くもないってことですね。

アンダンテ
アンダンテ

通常この数値が出たら、問答無用で患者さんにはちゃんとした治療と入院を検討させて頂くことにはなってるんですけど……

祖父
お爺さん

ちゃんとした治療と、入院ですか……

祖父
お爺さん

いくらわしに同情してタダで検査してくれても、そういうのはまた別で、お金は取るはずですよね?なんたってロドスは一般企業だと聞きますし……

アンダンテ
アンダンテ

ヴィシェハイムにはこちらと提携してる医療機構があるんで、患者さんにはそちらに移って頂いておりますねー。

アンダンテ
アンダンテ

ロドスと提携契約を結んでいるので、ほかの場所と比べたら結構お値打ちな価格なんじゃないかなーと思います。

アンダンテ
アンダンテ

お父さんのお金事情もありますから、こちらからももっと安くできないか話してみますね、もしくは一部費用を別のとこで負担できないかどうかを……

祖父
お爺さん

それなら結構です。

祖父
お爺さん

この子がわしのためにコンサートへ参加したのだと知っていたら、最初から行かせなきゃよかった。

祖父
お爺さん

クライデ、やはりこのお金をあの貴族に返してあげなさい。ロドスさん、検査ありがとうございました、ここで失礼させもらいます。

祖父
お爺さん

貴族がなんの理由もなく知らない人にタダで金を渡すわけがない、きっと君に何か企んでいるんだ。

クライデ
クライデ

でも、エーベンホルツは本当にただボクとセッションしたいだけで、そんな悪意は……

祖父
お爺さん

彼に悪意がなくともな、それでも――

祖父
お爺さん

はぁ……わしはこんな見てくれだ。金もなく辺りを彷徨ってるだけのジジイ、いいご身分もなければ、上層階級の知り合いすらないし、何より利用できる価値すらない。

祖父
お爺さん

ここにある病院が受け入れてくれても、きっと冷たくあしらわれるに違いない。そこで顔色を窺うなんてのはゴメンだね。

祖父
お爺さん

クライデ、あの貴族に悪意がないと思っているのなら、それを元金にして、安定した仕事にでも就きなさい、わしに使うのではなく……

クライデ
クライデ

ダメだよ、このお金はお爺ちゃんの治療代に使うってエーベンホルツと約束したんだから!

祖父
お爺さん

もう面倒を見てられないから、わしを病院に放り込むつもりだったのだろ?

クライデ
クライデ

なっ!?そんなことないよ!ボクはただ……

ハイビスカス
ハイビスカス

では提携した医療機関ではなく、ここで静養されるのは如何ですか?

アンダンテ
アンダンテ

ちょっ、ハイビスカスさん、気持ちは分かりますけど……ここにある薬品の備蓄は緊急時用ですし、何よりベッドなんか置いてませんよ。

ハイビスカス
ハイビスカス

ここで静養して頂ければ、より細かく随時お父さんの健康状態をチェックできると思いませんか?私たちの当初の調査任務の助けにもなると思いますし。

ハイビスカス
ハイビスカス

寝る場所でしたら私が使う予定だった来客用の部屋を使って頂いて、お薬に関しても、提携機構が出してる価格で提供しましょう。あとで私があちらに状況を説明致しますので。

ハイビスカス
ハイビスカス

これで構わないですか?

アンダンテ
アンダンテ

まあ……それでもいいですけど。

ハイビスカス
ハイビスカス

ありがとうございます。それじゃあ、あとはお父さんの承認だけですね、如何致しますか?この条件で受けて頂けないでしょうか?

祖父
お爺さん

……

ハイビスカス
ハイビスカス

すべての医療項目はインフォームドコンセントに従い、お父さんの治療を最優先に置くことをお約束致します。絶対健康に害するようなことは致しませんから。

クライデ
クライデ

ボクはそれでいいと思います!

クライデ
クライデ

近い内にエーベンホルツと練習しなきゃならないし、それであまり面倒が見れないと思うからさ。

クライデ
クライデ

それにさ、家にいるよりも断然いい条件じゃん!ここにいてくれれば、ボクも少しは安心できるよ……ね?だからお願い、お爺ちゃん!

祖父
お爺さん

……はぁ、分かったよ。

祖父
お爺さん

じゃあ明日の朝にまたここに来るとしよう、今日の夜に荷物を片付けなきゃならないからね、それでいいかい?

この記事を書いた人
おーちゃん

フロストノヴァ推し

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