(無線音)

……

……はい、私です。

そちらの予想通り、巡査部長はあの開拓者につき、エレナ・ウビカ研究員もクルーニー主任を裏切りました。
通信機の向こう側でため息が聞こえてくる。

それは残念だ。

ふむ、やはりフェルディナントの負けだな。

負け?確かに彼女らを足止めすることは叶いませんでしたが、それでも向こうは少人数、勝機はこちらにあります。なぜフェルディナント主任が負けると?

さきほど君たちの上司がライン生命本部に戻るところを見かけたからだよ。

さ、サリア主任がですか!?

ッ……

まあ、落ち着きなさい。それよりも君、殴られたと聞いんだが、誰にだい?あの巡査部長にかい?確か彼女はところどころサリアに似ていると、言ってなかったかな?

……あの人と瓜二つな人間が二人もいてたまりますか。

ただ……分からなかったんです。

主任は自分の健康と名誉よりもライン生命を第一に置いてきました。それぐらいの働きっぷりを私たちは間近で見てきたというのに、なぜ主任はあんなことを……

自分も主任のようにライン生命を守っていきたいと思えてしまったほどだったんです、なのになぜ彼女は我々のもとから去っていったのでしょうか?

なぜ君は……我々が彼女を失望させたからではなく、彼女が我々を捨てたと言えるのかね?

それってつまり……

フフッ、まだまだ若いね。

若者というのはいつだってその場の勢いで意気投合し合い、それから徐々に時間をかけて互いを理解していくものだ。

今でこそ彼らはあんな険悪な仲になってしまったが……出会ったばかり頃はね、まだ多少なりとも本心から互いを支え合おうと思っていたのさ。

……

パルヴィス主任……今、音楽を鑑賞されているのですか?

……おや、君はこの曲を聴いたことがないのかい?

ああ、失礼した。確か君はだいぶ後になってからここに入ってきたはずだったね、ならライン生命で初めて開かれたニューイヤーパーティーのことを知らないのも当然か。

あの頃のライン生命は……まだ自社ビルすら持っていなかったよ。

クリステンがまだオフィスビルの半分を借りていた頃の話でね、ツリーマウンズ理工大学のすぐ傍にあったよ。彼女とサリアはその近くにあるボロアパートに一緒に住んでいたんだ。

フェルディナントも、いつもライン生命にもっとたくさんの金を呼び込んでやると生き込んでいてね……ただ彼が以前勤めていた会社を辞めた後、昔からお付き合いしていた提携先からまったく返事が返ってこなくなってしまったんだ、困ったものだよ。

その時の私はまだ前の研究所に所属していたままだった、ツリーマウンズに行くのは月に一二回ほどだったかな。

その年の大晦日の日、ミュルジスから急にメッセージが届いたんだ、例のニューイヤーパーティーに必ず参加しろとね。

あの日の夜はすごい大雪だったよ、特区に行く道路もすごい混み合いでね、もう無理できる歳でもなかったから本当は休みたかったんだが、ミュルジスに脅されたよ。

もし来なかったら、元日に氷水で私の枕を濡らしてやるとね。

そんな脅しをするもんだから急いで向かったよ。オフィスについてのも、ちょうどもうすぐ0時に差し掛かる時だった――

そこでこの歌がかかっていたのさ。

正直言って下手くそな歌だよ、本当に。

ミュルジスはあの卓越したアーツを操れる見事な才能の持ち主だ、そんな彼女の音楽センスがまさかあんなに壊滅的だったとはね……リターニア人として今でも理解に苦しむよ。

だがほかの人はそんなことちっとも気にしていなかったんだ、信じられるかい?あのフェルディナントがサリアにダンスを誘い、あのサリアがその誘いに応えていたんだぞ、今となってはまったく信じられんよ。

クリステンに至っては……ずっと傍で眺めているだけだったよ。普段は窓の外を眺めているばかりの彼女だったが、あの夜ばかりはずっと私たちのことを眺めていた。

あの頃の日々は……今じゃもうすっかり忘れてしまったものだよ。

それにこの曲は……どういう歌詞だったのかな……

ふわぁ……

いやぁ、年老いてしまったものだね。

……

……

もしもし、主任?パルヴィス主任?

眠ってしまわれたか。
それから、通信機の向こう側から返事が返ってくることはなかった。
それでも曲は絶えず流れ続けた。最後のシラブルが奏で終えれば、また最初へと巻き戻されていく。
この年老いたキャプリニーはまだ通信機の向こう側にいるのかどうかは、もはや分からずじまいだった。
ただ、夜が明けた後にライン生命本部に戻れば、きっとパルヴィス主任はまたコップを携えながらいつもの定位置に立ち、下の階で行き交う若者たち一人ひとりに笑顔を向けてくれることだろう。


