俺が無冑盟に入った理由だって?
おっかしいなぁ、この組織はあんたのもんなんだろ、理由を聞く必要なんてあるのかい?
ってことはこれが面接ってやつか?街の企業はみーんなこれをやってるって聞いたぜ。じゃあこれから俺たちが新人を募集する時もこれをやらなきゃならないのか?だったらあんたのことはボスって呼んだほうがよさそうだな。
おいおい、そんなイヤな顔すんなって。
俺から見りゃ、殺し屋組織も企業となーんら変わんねえと思うけどな。通勤して残業して、ほかのヤツらにも残って働けって指示するだけ。
どうしても理由が聞きたいってんなら、そりゃやっぱ羽振りがいいからかな。羽獣狩りなんかの比じゃないぜ。
どうせ同じように狙いを定めて矢を撃つんなら――もっとやりがいのある仕事を選ぶのが常ってヤツなんじゃねえの?
そうだろボス、だってみんないい暮らしを過ごしたいんだからさ。
(戦闘音)
無冑盟の殺し屋め、どうやってここが分かった?
聞くまでもないでしょ。
お前みたいな有名人なら、一挙手一投足全部が目立つってもんなんだよ。
お前はもう十分細心の注意を払ってきてはいたが……まあ、ここを調べ当てたのは何も俺たちだけじゃないんでね。
……
お前にご厄介をかける人ならごまんといるぜ?その一着を取るために俺たちもそうとう苦労したもんだよ、まったく。
だから俺たちを信用してやってくれ、時間が惜しいんだ。
……貴様らを信じろだと?
笑わせてくれる、無冑盟に信用なんぞが存在するのか?
必要なら、こっちは無冑盟じゃなくてもいいんだぜ?
……
……自分らの部下を私に殺されるがまま放っておいた理由がそれなのか、殺し屋?
まさか貴様ら――
シーッ、分かってても言っちゃいけねえ。
血騎士は賢いお方だ、分かってくれるはずだよな?
……
ちょ~っと俺たちに手を貸して、そんで自分も逃れるチャンスを得る。中々割に合う取引だとは思うぜ?
いわゆるウィンウィンってやつだな……違うかい?
無冑盟のラズライト……どうだい、中々キマってるだろ?
それに結構な稼ぎときたもんだ。とまあ、その稼ぎも競技騎士とは大差ないし、どっちも命懸けで稼いでいるってことにはなるが。
けど多く稼ぎたいってなれば、大なり小なり対価やらリスクやらを承知しなきゃならないもんだ、そうだろ?
しかしまあ、この稼業をやってはや十何年、そろそろ潮時かな~。
潔く、そしてきっぱりと辞める。そりゃそうさ、時代の流れに逆らってまで藻掻く必要なんてあるか?もっと安全で安定した暮らしを送れるのなら、こんな命を懸ける必要なんざどこにある?
タイミングをよく見て、そろそろ足を洗わないとな。
働くより、働かせたようが楽ってもんよ。
(無線音)
整形手術は二時間後だから、忘れないで。
明日からあんたはヨエル・タイラーって人に変わる。会社のほうも二日したら顔を出せってさ、間違えないでね。
あと……連合会はまだ私たちが血騎士と一緒に死んだとは信じていないようだ。
ラズライトの後任ならすでに決まっている。それにしても……チッ、私たちを調べにきた連中がまだ残ってる。
とにかくほとぼりが冷めるまでは顔を出さないようにして、余計な面倒を起こされたら……
……ちょっと、聞いてるの?
ん?ああ聞いてる聞いてる。
すいませーん、一番高いセットを頼む。
テイクアウト、チリソース多めで。
んで、なんの話だっけ?
……死ね。
そりゃないだろ~、俺が死んじまったら、哀れなタイラーの奥さんは未亡……
(モニークが通信を切る)
……ったく、切るの速いっつーの。
(どうやら上手く行ってるようだな、理事会のほうは今さら疑いが生じてももう遅いし、血騎士のほうも……このタイミングで姿を見せたらすべてが台無しになるってことぐらい分かってるから大丈夫っと。)
(誰だって自分たちのことで精一杯なんだ、“道具”が何個か壊れたからって誰も気にしちゃいないさ。)
(クロガネたちのほうも心配はいらないかな。あとは顔と身分さえ変えれば……)
(……)
(もうすぐこの顔ともおさらばかぁ……)
(ちゃんといい顔に仕上がってくれるといいだがな~。けどまあ、今よりハンサムなのは絶対にないと思うけど。)
(はぁ、そう考えると勿体ねえな~。)
街中を歩いていたかつてラズライトだった男は、ネオンライトの影に姿を晦ましていった。
軽く自分の頬を叩き、目的もなく都市の鮮やかな街並みを眺める。
商業ビルの外側に映っている巨大なスクリーンでは直近で最も注目を浴びる重要なニュースが流れていた。
街全体に映されてる大なり小なりのスクリーンが似たような内容を流している、騒音と煩雑なスクリーンの光は微かに眩暈を起こさせるものであった。
田舎で隠居生活をされていた血騎士が何者かに襲撃された事件について、現場では激しい闘争の痕跡と、血騎士のものと思われる血痕が発見されました。
襲撃者の大量の遺体も発見されております。
専門家に伺ったところ、このような激しい争いで血騎士が生存してる可能性は低く、現場に残った大量の血痕がそれを証明していると述べており……
前大会のチャンピオンであった血騎士は耀騎士に敗れた後、残り僅かだった気力を尽くして襲撃者と共倒れしたのだという説がもっとも合理的として浮上しております。
今後新たに情報が入り次第、遂次皆様にお伝えして参ります。以上、血騎士襲撃事件でした。
ウソだ!そんなわけあるかッ!
血騎士がたかだか殺し屋にやられるはずがない!きっと傷を負って、ネタにしか興味のないメディアどもに姿を見せないようにしてるだけなんだ……!
卑劣な殺し屋どもめ!ドブのクソムシどもが!そんなんで血騎士は絶対に倒れないぞ!
ちょっ、喚くのはいいが暴れ回らないでくれ……あいった!頭が!
(叩く音)
……やべッ!
す、すまねえ、ついカッとなって……大丈夫か?
いててて……いいさ、運悪く当たってしまっただけだよ。
そっちのお兄さん、君は大丈夫かい?
……
お兄さん、大丈夫?もしかして頭をやられたんじゃ……
……ん?ああ悪い悪い、俺に聴いてるの?
こんな夜中に露店で屯ってるのは君含めて私たち三人しかいないんだから、君以外いないじゃないか。
それもそっか。いや~心配してくれてすまねえな、ちょっとさっきのニュースに聞き入っちゃって。
ありゃ全部ウソだぜ!
匂うところに向かうだけのウジムシみたいなメディアは血騎士の死活なんて気にもしちゃいねえ!全部自分らに注目を向けさせるために作り上げたでっち上げだぜ!
「耀騎士に敗れたかつてのチャンピンの意外な素顔!」……
やれやれ、数日分のアクセス数を簡単に手に入れちまうような見出しだな。こんなの出されたら誰だって気になってポチってしまうよ、まるで二日間限定の成金スイッチだぜ。
血騎士はこんなこと、こんなことのために……消費されていい人じゃない!
その表現いいね、的確に言い表せている。
うちも騎士競技の関連産業を扱っていて、私も何度かあの方とお会いしたことがあったんだが、こんなニュースを出されたらうちらの会社のプロジェクトも全部パーになってしまったよ。
はぁ……個人的にも血騎士のことは気に入ってるから、何も起こってなければいいんだけどなぁ……
……フンッ、そうだ!あんたには一杯奢ってやらなきゃならねえな!
え?
さっき頭をぶってしまったお詫びとしてでもあるが……
感染者が奢る酒ではあるが、どうだ?飲むか?
うーん、明日も仕事があるんだけどなぁ……
……
まあいいや、明日のことは明日考えよう。
奢ってくれるって言ったよね?目当ての店はあるのかい?
あんた中々キモが据わってるな……そっちの兄ちゃんもどうだい?
え、俺もいいのか?
俺もちょっと仕事があるし――
……いや、ここで出会ったのは何かの縁だ、誘いを無下にはできねえな。俺も行くよ、どこで飲むんだい?
おお、そう来なくっちゃな!いい店があるんだ、ついて来てくれ!
(グラスをぶつけあう音)
っぷはぁ~!ハハハ、ほらほらもっと飲め!そら乾杯だ!
かんぱ~い!
……奢るとは言ったがそこまでにしてくれねえか?今日あんまり持ってないんだ……
実はヒック、君のことを、知ってうぞ。君は今日試合に出てた、あのぉ~……
鉄腕騎士!
そんな鉄腕騎士に頭を叩かれたとは……
ぶはははははは!マジでそんなことがあったのかよ!
それについてはもう謝っただろ!
クソ~~~~!
今日は本当に惜しかっだなぁ~、あとちょっとで勝てだのに……もし向こうがあの補給パックを手に入れてなきゃ勝てたなのにィ!
私は君に賭けてたのによォ~!
……俺に?なんで?
そりゃ倍率が高かったからに決まってるじゃないか、ヒック。
……ああうん……まあそうだよな……
でもあれで分かっただろ?今度から俺たちみたいな感染者騎士に賭けるのはやめておきな、俺たちに勝たせてくれるわけがねえんだ。
俺も頑張ったけど、まあ失敗したよ。きっと今回の試合で黒幕たちからもっと嫌われちまっただろうな。
いや~、なんだかおっかねえ話をしてるな。
もし俺にも血騎士みたいな実力があったら……
でもあの耀騎士には敗れちまったんだろ?ああすまねえ、この話題はやめたほうがよかったか。
……
そういえばあんたは何をやってるんだ?
君も騎士なのかい?
いやいや、田舎で狩りを生業にしてるモンだよ。いつもは羽獣を狩ってるんだが、これがたまにいい値で売れてね、それで食い扶持を繋いでいるんだ。
でも最近じゃそんな暮らしもキツくなってきたもんだから、一儲けできないかと思って大都会に来たってわけよ。
じゃあ競技騎士にでもなってみたらどうだ?すぐにたくさん稼げるぞ。
うーん……いやいいや、騎士様たちと戦えるタマじゃないんでね。
戦いとか殺しは不得意なんだ。
そりゃ賢明な判断だぜ、兄ちゃん。騎士競技は鮮やかに見えるかもしれねえが、稼げる騎士ってのはほんの一握りだけだ、オススメはしないよ。
ほかに選択肢があったら、俺だってこんなことしていなかったさ。
ホント世知辛い世の中だよな、兄弟。
まったくだぜ、あの時もただ都市でもっといい暮らしを求めていただけだってのに……
もし昔に戻れるんだったら、大騎士領には来るな、家で大人しく今の仕事のままでいろって自分に言い聞かせたいぜ。
一生田植えをしたほうが……今よりもよっぽどマシだったって常々思うよ。
儲けられるのはいつだって少数だから、そういう暮らしも悪くはないね。
競技騎士の稼ぎなんかは、その後ろにいる企業が手に入る純利益と比べたらこ~~~んぐらいの端金にしかならないよ……ヒック。
酔っちまってるな、あんた。
酔ってなんらない!まだまだ飲めるさ!
なあ二人とも……もし感染したら、明日から会社に行かなくて済むのかな?
……
そりゃそうさ。明日どころか、今後一生とも会社に行かなくて済むかもしれないぜ?
やっぱなんでもない、聞かなかったことにしてくれ……げっぷ、あ~、本当にデキあがってしまったようだな。
頭がクラクラしてきた、すまない……本当に頭が……
いいんだ。気分が悪いのは見たら分かるよ、だから俺も今はあんたを殴らずに済んだ。
感染者になったら会社に行かなくていいみたいな冗談はやめろ……マジだぜ?もう一回そんなこと言ったら、すぐ病院に行って鼻の骨を治してもらうことになるからな。
……分かった、この話はやめるよ。
実は私……小さい頃からずっと騎士になるのが夢だったんだ。
競技騎士じゃないよ、もっと昔の……うちらの爺さんが好きそうなタイプの騎士さ。
この前街に入って来た征戦騎士様たちになりたいのか?
自分じゃそれになれる実力が皆無なのは分かってるんだけね……はぁ。
まあまあ、くよくよすんなって。ああいう殺しの稼業はもうとっくに時代遅れさ、命を懸けた対価があれっぽっちってのもなぁ……
分かるよ、でも俺たちは……命を賭けなきゃ、それっぽっちすら貰えねえんだ。
ごくごく……ふぅ~、旦那、もう一杯頼む!
俺から言わせれば、みんないい暮らしを過ごしたきゃどっかの会社に入ることをおオススメするぜ。
そういう君も企業に所属したいのか?
俺は……まあ、そうかな。できれば大企業に、それでオフィス通いのがいいな。いや、セールスマンでもよさそうだ、そういうのには自信があるんだ。
大企業じゃ優秀な社員にボーナスも出すって聞いたぜ?その前に安定した給料がもらえるんだろ、最高じゃねえか!
はは、聞く限りじゃよさそうだな……
……甘い!甘いぞ君たち!
えっ?
君が考えるほど大企業での仕事は楽なもんじゃない……
あー……そりゃまあ、今のは思い描いた理想ってもんなだけさ、大企業に入社するのが難しいのはみんなよく知ってるよ。
確かに入社は難しい、でもそれはまだまだ序の口さ、入った後からが本番だ。
入社してしまったからには、そう簡単には退社させてもらえないぞ?それが一番厄介でね……
……
実は今日……仕事をサボってしまったんだ。
本当は休暇を申請したかったんだが、今年の分はもう残ってなくて……だからいっそのこと申請せずにこうして自分勝手に……
丸一日ひとが消えたんだろ?会社から連絡は来なかったのかよ?
携帯ならバッテリー切れでね、昨日充電し忘れてしまった。
はは~ん、さてはワザとだな~?
あんた……それいいのか?
よくないさ、大問題だよ。
……それにしちゃ落ち着いてるな。
はっ……はは、落ち着いてるのかな?
今じゃ舌はピリついてるわ、胃袋は空っぽだわで、大方脳みそもだいぶやられてしまったのだろうな。
いや酒は飲んだから胃袋は空っぽじゃないか、脳みそもちゃんと中身は詰まってる。
どうかしてるぜ、あんた……
その一風変わった例え、嫌いじゃないぜ。
ともあれ、今はすごい楽な気分なんだよ。電話は鳴らないしで……少なくとも何もかも知らんぷりをしても問題はない。
だが言わせておくが、それもほんのひと時だけだぜ?
もし携帯を充電しようものなら……ひぃ~、考えただけでもおっかねえ。
……やめてくれ、なんか全身冷や汗が出てきた……
俺もなんか胃もたれが……
でももういいや、開き直った。私みたいな社員なんていくらでもいるんだし、ベテランもやる気ある新人もこと足りてる、私一人消えたところで仕事が回らなくなることもないだろう。
もう疲れてしまったよ……一日ぐらい、何も考えなくていいような一日を過ごしたい。
もしこんなことでクビにされてもまあ平気さ、いつも優柔不断な自分もキッパリと諦めがつく。
マジで落ち着いてるね、本当に怖くはないのか?
……冗談さ、もちろん内心ビクビクしてるよ、家のローンだってまだ残ってるんだし。
だから今日帰って徹夜してでも明日部長に渡す反省書を書き上げるよ。丸一日昏睡状態に陥って、携帯も誤って壊してしまったってね。
うーん、ウソにしちゃちょっと弱いな。
ああ、弱い!
弱くったっていいよ、一歩踏み出す勇気さえあればそれでいいんだ……
まあいいや、今日はもうここでお開きにしよう。
旦那、お勘定……カ~ッ、あんたらホント容赦しねえな、高いモンばっか頼みやがって!
ご馳走さま~。いや~都市に入れた上こうして奢られることにもなっちまったとは、ツいてるぜ。
……
今日酒を奢ってくれたお礼としちゃなんだが、一つだけ忠告をしてやるよ。
忠告って?
今晩はこのバーに残ったほうがいいぜ。ここは24時間営業っぽいし、客も少ないしでちょうどいい。
そんで朝になったら、人の多いところに行くんだ……なるべく人混みの中に紛れ込んでくれよな。
それどういう意味なんだい?
そういうわけだ、先に帰らせてもらうぜ。ご馳走さん。
(ロイが立ち去る)
説明もなしに帰ってしまった……
私もそろそろ帰らないとな、君はどうするんだい?本当に彼の言う通り、朝まで飲んだくれるのか?
うーん……
そんで爺さんが後からこう言ってきたんだ、自分はクロガネで、俺ならラズライトが務まるって。
向こうが黒いわ硬いわで鉄なのは納得いくさ、でもそういう俺は全然青くなんかなかったんだぜ?まあボスに反論するわけにもいかねえ、ラズライトはラズライトだ。
ボスが俺を拾った時――いや、誤解を生んじまうな。俺は一人でもまともに日々を過ごせていた、拾われる必要はなかったんだし。
ともかく俺は羽獣を二匹狩って、毛と血を抜いて、焚いておいた火で焼き終わった頃……
あろうことか、あの爺さんは俺の分まで食いやがったんだ。俺に残されたのは頭二つ、足先一対、あとモモの部分一か所だけだった。
そんで食い終わったら、物語にいそうな偉そうな人みたくこう言ったんだ。
誰に教わることも道具もなしに、その歳で熟練の狩人さえ仕留め損ねるほど俊敏な羽獣を狩れるということは、お前には才能がある。
どうだい小僧、もっといい暮らしを過ごしたくはないか?ってな。
――過ごしたいさ、過ごしたくないはずがないだろ。
……
俺もどうにかしちまったぜ、なんであいつの言うことに従って朝までここに残っちまったんだか。
そろそろ夜も明けちまうし……さっさと帰ろう。
(感染者騎士が立ち去る)
ッすぅ……さみー。
この時間帯の大騎士領ってのはこんな感じなんだな。人っ子ひとりいねえし、そこら中ゴミやら捨てられた騎士のポスターばかりだし……
ハッ、まあ所詮みんなゴミだわな……
――誰だ!?
(矢が飛んでくる音)
あんたらは……
鉄腕騎士だな。
連合会の協力に拒否し、あまつさえ他者の試合過程にも影響を及ぼした。
もはや血騎士の加護を持たないお前たちに逃げ道はないぞ。
あいつらに自分の命を預ければ預けるほど、分かってきたんだ。
所詮騎士は倉庫に積み重ねた商品、殺し屋どもは袖に隠すための武器なだけだってな。世論?世論なんて一番操りやすいおもちゃさ、シラミ潰しに研究し尽くされてる。
金も権力も、ここカジミエーシュじゃいつも一括りにされるモンだ。
いや、何も大富豪になりたいって言いたいわけじゃないぜ?でもよ、いい暮らしを求めれば求めるほど、あの連中の懐に潜り込まなきゃならなくなるんだ。
ほとんどの人ならそうしてよじ登ってきたんだろうが、その過程で自由を連中に握られなかった人なんていると思うか?
だからできる限り快適でいい暮らしを過ごしたきゃ、深くは考えないこった……
だが少なくとも今後、俺はもう一通の電話だけで誰かを殺す必要もなくなった。万が一失敗すればケガを負うだけでなく、ボスをも困らせちまう、違うかい?
よし、顔の整形は上手くいった、もう目を開けていい。
……ふむふむ……
それ以上ワザとらしく顔を触ったら殴るわよ。
やめやめ、やめてくれって、モニークさま~。
ただ顔面が包帯でグルグル巻きにされてる感覚が新鮮でつい、な。
タンナ、タンナ・タイラー。そしてあんたはヨエル・タイラー。
医者の前では間違えないようにして。
あっ、じゃあ呼び方も変えなきゃならねえな。だって俺たちはもう夫婦なんだろ?
……
なんだよ、恥ずかしいのか?
目でも腐ってんの?
そうおっかない顔しないでくれよ、確かにちょいとアレではあるが……うん、でもまあよくないか?
それにお前のその顔だって悪くはないぜ?キレイだよ、安心しな。
……やっぱ目が腐ってるわね。
お目覚めでしたか、気分は如何です?
お選びになったのはお急ぎのプランでしたので、アーツで整形過程を短縮して何度も手術を受けなくても済むようにはなりますが、如何せんそれなりのリスクは付き物でして。
しばらくは包帯のままお過ごしください、それから一か月に一回は検査しに来たほうがよろしいかと。そうすればリスクもだいぶ抑えられると思いますので……
ありがとう、よく仕上がってるよ。
でもこれからの検査は必要ないかな。
(ヨエルが医者に矢を放つ)
うぐッ……
自分らでなんとかするんで、お疲れさん。
(医者が倒れる)
あっさり殺るのね。死体なら自分でなんとかしてちょうだい、私は手伝わないから。
しょうがないだろ、整形したことは誰にも知られちゃいけないんだからさ。こういうのはキザってもんだが、確かに間違えちゃいねえ……
死人に口なしってな。
そういや、連合会が血騎士を支援してる感染者騎士の粛清に取り掛かったってよ、知ってたか?
昨晩ちょうどその一人と仲良くなってな……
聞いたことはある、でも私には関係ない。
あんたも余計なことには首を突っ込むんじゃないわよ。今の私たちはもう無冑盟とはなんら関係はなくなったんだから、それを忘れないで。
あっ、確かにそうだな。
もう俺たちは無冑盟じゃなくなったのか……
だったらこれから新しい暮らしを楽しまないとな。そんでどうするんだ、本当にセールスをやるんだったら……あちこち営業回りするハメになるが。
したくてもクロガネが許しちゃいくれないよ。
私らの客を追っ払なかっただけでも感謝しなきゃね。
でも俺ってば、そういう才能があるかもしれないぜ?ともかくやることを探さないと始まらないだろ、欲しいものは全部持ってるんだし。
あんた暇なの?
ちょっとな、じゃあ二人で狩りを稼業にするってのはどうだ?田舎で別荘買って、それから俺が羽獣狩りを教えてやるよ、これに関しちゃ俺より上手いヤツはいないからな。
しっかし、昔森ん中で狩りを生業としてた時は、こんな出世するとは思わなかったぜ。
前まではそんな暇すらなかったが、今は時間が腐るほどある。ようやく好きに暮らせるようになった。
そんなに暇だったら自分でやりな。
私はドッソレスかシエスタでバカンスしに行かせてもらうよ、田舎なんかじゃなくてね。
あんたのガキの頃の思い出を再現するために、今まで苦労してきたってわけ?
一体なにを考えてるの?
……さあ、なにを考えてるんだろうね。
なるべくいい暮らしを過ごしたいってだけさ、余計なことは考えちゃいないよ。
……チッ、もしいつか隠居するとかおかしなことをほざいたら、あんた名義の財産はすべて私が貰うからね。あとで銀行の口座を教えておくから。
ははは、当たり前だろ。今の身分でもし俺になんかあったら、俺の遺産は全部お前のもんだよ。
そう、ならそれで決まりね。
冷たいね~。もういいや、バカンスの件なら今の仕事が終わってから考えさせてくれねえか?
――それでどこに行こっか?一緒に団体旅行するってのはどうだい?