四年前
サルカズと比較して、そなたらとそなたらの国に流れる時間は早いものだな。
ガリアという名の巨人が倒れてから、ヴィクトリアとリターニアは死の物狂いでその遺骸を吸収してきた。たかだか数十年、すでにガリアの時代は遥か過去のものだ。
そなたは一度たりともコルス一世の戦艦と火砲を目にしたことがなければ、リンゴネスの繁栄と驕りを感じたこともないのだろう。そなたの父の代にあった領地も、今やロンディニウム辺境貴族の支配地だ。
だが今のそなたはヴィクトリアの上級将校の軍服を身に纏い、ヴィクトリアから叙された勲章を幾多も飾っている。
ましてや標準的なロンディニウムの貴族階級で話されてるヴィクトリア語をも話している、些かのガリア訛りすら見せずにな。
そんなそなたは私の前へやってきて、声高にサルカズと談判を申し出た際に、なぜ己を“ガリア人である”と称することができるのだ?
……摂政王殿下、今ではもはやかのガリアに属する都市は一つとも存在してはおりません。
貴方の前に立っているのは、ガリアの民ではなく、ガリアの遺民なのです。
ヴィクトリアにいる者も存在すれば、クルビアあるいはリターニアにいる者もございます。何も流浪を選んだわけではございません、我々はとっくに故郷を呼べる場所を失ってしまったからです。
ではそなたらは、ガリアの復興を望んでいるのか?
……
左様でございます。貴方やほかサルカズが、カズデルの復興を望んでおられるとの同じように。
二百年前、かつてガリア帝国の砲兵団はカズデルの城壁を包囲したことがあった。
なのにそなたは今この時に、己とサルカズを一緒くたにするつもりか。
かの対カズデル戦争にはヴィクトリアも加わっておりましたぞ。こちらが耳にした情報によれば、貴方がた軍事委員会がロンディニウムに入れたのも、キャヴェンディッシュ公の招待があったからだとか。
ならば、彼奴の結末も耳にしたはずだ。
十日前、スタンフォード公がロンディニウムで反乱を引き起こした際、キャヴェンディッシュ公はスタンフォード公の陰謀を阻止すべく身を挺した。
ロンディニウム都市防衛軍も参戦致しましたが、残念ながら、スタンフォード公もキャヴェンディッシュ公も互いに飛び交う砲弾から逃げ果せることは叶いませんでした。
貴方なら私よりもお詳しいかと思います、ほかの公爵たちもロンディニウム内の情勢に強く関心を抱かれてることに。この先市内で何をされるかは存じませんが、新たなパートナーが必要になるはずです。
それがそなたの協力の言い分か。
まさしく。ご覧になられた通り、ガリアの遺民は必ずや全力を尽くして、カズデル軍事委員会のロンディニウムにおける一切の行動を支援致しましょう。
その代わりとして、この先に起こるヴィクトリアの混乱とした情勢の中で、元よりガリアに属していたかの都市たちの奪還にご助力願いたい。
都市を奪還したところで国家が復興するとは限らん。なぜそんな申し出に応えねばならんのだ?
仰る通りです、摂政王殿下。
しかし……我々にはもうこれ以上のチャンスというものがないのです。
とある近衛軍の者を、知っています。彼はかつてガリア皇帝直属の帝国近衛隊に所属していました。
彼を知った時にはすでに六十歳を超えていました。しかし帝国近衛隊は四皇会戦で灰燼と化したため、彼は生涯、古参近衛隊の隊員になることは叶わなかったのです。
色んなことを私に教えてくれました。豪胆な皇帝のことを、無敗の艦隊を、行軍する時の談笑話を。何十年にも渡り、彼は頑なにガリア語でそれらの物語を話していたのです。
そんな彼は今、ロンディニウムのチップ区にあるこぢんまりとした療養所で横になってしまいました。近頃向こうを訪ねた際はすでに、言葉すら忘れかけていたのです。
しかし、毎日見られてるテレビに帝政風の建築物が映された時、彼の濁った瞳は再び光を取り戻し、痙攣した両手を高らかに上げては拍手を送っていました。
余命は僅か五年もありません。
この目でガリアそのものを見届けてきたガリア人が、今まさに死へ近づいていっているのです。
摂政王殿下、貴方の仰る通りです。サルカズと比べれば、我々の寿命など実に取るに足らないもの。我々の記憶も……血脈を通じて受け継ぐことはできません。
それゆえに、この目でガリアの見てきた最後の者が死に絶えれば、我々が抱くガリアの記憶も帝国と同じように散っていく。その時になれば、ガリアは正真正銘消えて無くなるのです。
その時我々にできることと言えば、精々その余燼を虚しく掴み取ることしかないのです。
バリスタを撃て!
(爆発音)
閉鎖エリアを守るんだ、これ以上ヤツらの侵入を許すな!
都市防衛軍も意志は固いってとこだね。
彼らの指揮官がまだこの上にいるからな。
ここのいる兵たちは……とても自分たちの指揮官を信頼している。
(自救軍の兵士が駆け寄ってくる)
クロヴィシア司令、サルカズたちが来やがりました!ロドス側のオペレーターたちが今交戦しています!
そちらの支援に向かえ。こちらは正面にいる敵軍の注意を惹き、ドクターのために時間を稼ぐ必要がある。
ハイバリー区にいた傭兵、おおかたお前に殺されたのだろうな。
戦争はもう間近なのだぞ、お互いそれをよく知っているはずだ。
……
アスカロン、お前はカズデルに生まれ、カズデルで育ち、将軍が死人の山からお前を救い上げ、殿下は自分を守るための武器の握り方と、故郷の守り方を教えてくださった。
なのに、サルカズたちが一つにならなければならないこの肝心な時に、お前やロドスにいるサルカズたちは一体何をしているのだ?
我々の情報をヴィクトリア人に渡すつもりなのか?かつてカズデルを……踏みにじった異民族どもに渡すつもりか?
(マンフレッドがアーツを放ち、アスカロンが全て避ける)
かつて自分が誓った約束とカズデルを、お前は裏切ったのだ。
……カズデルはここから数千キロも離れているだろ。
内戦の頃、お前はバベルのアサシンになることを選んだ。私は止めなかった、止める理由がなかった。
なぜなら、その時のお前が仕えていたのはテレジア様、サルカズにおける唯一の主君だったからだ。
だが今はどうなった、アスカロン?お前は一体何に仕えているのだ……往日の幻影にか?
内戦はとっくに終結し、テレジア様も我々のもとへ戻ってくださったというのに、貴様とくれば……
(アスカロンがマンフレッドに斬りかかり、マンフレッドが攻撃を避ける)
……四年前、彼女を殺したのはお前たちだろ。
そんなお前たちは今、栄誉の欠片もない方法で彼女の死を穢した。
(アスカロンがマンフレッドの背後に立つ)
真の裏切者はどっちだ?
(アスカロンがマンフレッドに斬りかかる)
――くぅッ!
アスカロンの攻撃でマンフレッドのアーツは打ち砕かれた。
この両者は、小さい時から異なっていたのである。
マンフレッドは将軍テレシスから剣術や軍事理論、政治の駆け引きなどの多くのことを学んだ。その一方、アスカロンは彼女が手に握る武器のように、さながら純粋そのものであった。
戦場において、彼女はどんな言葉にも誑かされることはない。彼女の目には、常に最優先目標しか見えていないのだ。
レイトンか……!
(ブラッドブルードの大君のアーツが周囲に現れる)
……
この血は……
――!
紅く粘っこい血液がたちまち地面から滲み出てきた。血は壁よりも堅い障壁と化し、アスカロンとレイトンを隔て分ける。
ドクター、ドローンがまたサルカズ兵の接近を察知したよ!
いや、サルカズ兵だけじゃない。この蠢いている赤色は……
・ブラッドブルードが来てしまったか。
¥自救軍と一般オペレーターたちに離れるよう指示してくれ。
・アーミヤとLogosにも伝えてくれ。
了解、ドクター。
やっぱドクターの思った通りだね、あいつホントに司令塔の上に現れたよ。
あのひん曲がった執着心のおかげもあってか、行動は予測しやすいけどさ……アタシあいつに影響されたりなんかしないよね?
・そんなことよりドローンのほうの進捗はどうだ?
・こっちも急がなければ。
ここで一ついいニュース。あの司令塔の構造なんだけど、城壁とほとんど同じだったよ。制御区域に通じてる最善のルートなら、もうすでに見つかってるよ~。
さすがは都市防衛軍が採用してる現代的な通信手段だ、サルカズが使ってる通信用の巫術よりも断然使いやすいね。ドローンの識別番号はすでにカモフラージュしてるから、信号が遮断されることはないよ。
ただまあ……ドローン自体は壊れやすいから、攻撃にでも当たったら全部おしまいなんだけどね。
ホント、アーミヤちゃんたちが上にいるあのやり手連中を抑え付けてくれればいいんだけど……
……
貧弱で、愚かなリーベリだ。
サルカズの前にいれば己の命など絹よりも細いことは知っているのだろ、なぜさっさと逃げないのだ?
私は、司令官だ……
ここは私の司令塔です。
私の兵士たちも……まだ下で戦っている。
……ならば、まずはそやつらを片付けたほうがいいだろうな。
(ブラッドブルードの大君に黒いアーツが襲いかかる)
ん?このアーツ、それにこの匂いは……
あぁ……そうか。愚かな代替品の登場というわけだな。
こうしてまともに相見えるのはお初かな、“魔王”よ?
こっちならすでに何度も会ってはいますよ、ブラッドブルード。
たくさんの自救軍があなたのせいで犠牲になりました。彼らの名前は一人だって忘れたりしません。命だって、あなたの軽蔑ごときで決してその重みを失ったりはしませんよ。
フフフ、ならどうするつもりなのかな、“魔王”よ?
貴公のその……黒い刀で私の首を斬り落とすつもりかね?
……
術師隊、狙撃隊、私と一緒に血のバリアをこじ開けます!時間はありません、目標を見失わないように!
黒い線と矢が一同にして、濃い血の色へと沈んでいく。
しかし、それだけではなんの変化も生じない。
貴様には失望したよ。
コータス、貴様には戦士としての覚悟がありながら、殺戮と統治の必要性を頑なに拒んでいる。あのテレジア以上の軟弱者だ。
テレジアもテレジアだ、ふざけたことを抜かしおった……奴はサルカズを率いるも、ヴィクトリアを立てる侵略者どもに平伏そうとしているのだ。
だが一番抜かしたことと言えば、紛れもなく貴様なんぞを後継者に仕立て上げたことではあるな。
……攻撃を続けてください!
(黒いアーツと複数の矢が血のバリアに攻撃を仕掛ける)
無駄な足掻きを……
(ブラッドブルードの大君の周りに血が集まる)
疾く、散れ。
(フィンガースナップの音と共にブラッドブルードの大君の周りの血が散り散りになる)
ん?
血の波がまさにアーミヤを捉えんとしたその瞬間、突如と綺麗に切り裂かれた。
――
そうか。
そこの先鋒足り得るアサシンを除いて、もうひとり臣下を携えておったな。
……我はアーミヤの手の者だ、断じて臣下などではない。
バンシー。
もしや貴公、怯んでおるのか?
あたかも……ロドスという名の殻に閉じ籠っておけば、己はその贋作と無関係を貫くことができると、カズデルの裏切者に対する裁きから逃れることができるとでも思っているのか?
うぬの言動はいつ何時も詭弁そのものであるな、ブラッドブルード。
ロンディニウムへ赴くと決心したその時から、一時的ではあるが、我はロドスのエリートオペレーターとしての装いを脱いだのだ。
今の我は、バンシーの王であるぞ。
それ即ち、弔鐘の王庭なり。
若きバンシーが腕を上げた。
深い色味をしたローブには、まるで朝に初めて滴る露のように、呪文たちが軽やかに舞い踊っている。
我が追随するは魔王の冠にあらず。
我をここへ至らしめたのはまさにテレジア様の理想である。うぬらが幾度とかのお方の命を簒奪し冒涜しようと、あのお方が我らの眼前に灯した篝火を消し去ることは叶わぬ。
黎明の輝きを見た者が、再び永久に長き黒夜へ帰することなどあるはずがなかろう?