
シージ、見ろ!

あれはまさか……

……蒸気の甲冑。
(巨大な甲冑が蒸気を吐き出す)
漆黒の甲冑が映える中、噴気孔から外へ排出される白い蒸気は各段に引き立てられる。
リズムよく噴射される蒸気とその音。
まるで呼吸のようだ。
その者は今まさに霧を除け、歴史から目覚めようとしている。
何者にも阻まれることなく、誰であろうとこの者に勝ることはできない。
遺棄だろうと、裏切りだろうと。
死だろうとも。

う、動いた!おい見ろ、あいつが動き出したぞ!

※ヴィクトリアスラング※、一体どういうことだ!
(トターが放った矢が甲冑に弾かれる)

チッ、ボウガンの矢じゃまったく通用しない!

はやく榴弾を用意しろ!
(爆発音と共に巨大な甲冑が立ち上がる)
巨大な甲冑が地面を埋め尽く残骸の中から立ち上がった。
重く、圧し掛かるような歩行音。
重く、くぐもった蒸気の噴射音。
その者は一歩一歩、慌てふためく一行へと近づいて行く。

(くぐもった噴気音)
(蒸気甲冑が全ての榴弾も矢も弾く)

無駄だよ。

トター、サルゴン生まれのお前にゃ理解されねえだろうよ。

俺がまだガキだった頃から、寝る前はいつもこいつらの物語を聞かされた。

俺のガキだって同じだぜ。みんなこの蒸気騎士の物語をイヤというほど聞かされてきたんだ。

そんなこいつに勝てだって?俺たちがこいつに勝てるとでも?

俺たちの誇りに、栄光に、一度は裏切られてしまった英雄に、俺たちが勝てるはずがねえんだよ!
(爆発音)

勝てるはずがねえんだ……

だってあいつは……ヴィクトリアの蒸気騎士なんだぞ!

散れェ、散開しろ!
(爆発音)

今のは……なんの音?

これは……蒸気の噴射音だぜ。

ウソ、そんなバカな?

ぜってぇ噴射音だ、あいつらが帰って来たんだ!

やっぱりヴィーナについてきて正解だったぜ!ヴィーナの野郎、まだあんな手を残していやがったのか!

俺たちのメンツに、あの蒸気騎士が加わることになるんだよ、モーガン!

ロンディニウムにまだ蒸気騎士が残ってたってこと?しかもこんなところに?

まさか王たちの眠る墓所を、諸王の息吹を……守ってたってことかしら?

はは、騎士たちがこれまでどこを守ってたかなんざこの際どうだっていい!

ヴィーナはそいつらの王だ、きっとヴィーナに従ってくれるに違いねえ!

そんで蒸気騎士たちと一緒に地面に戻ったら、あのサルカズ共もきっと……きっと…ってモーガン、どうしたんだよそんな顔して?

ヴィーナは諸王の息吹を入手するためにここまでやって来た。

四年もの間、蒸気騎士たちはこんな暗い場所に隠れながら、あの剣を守り続けてきた。まるまる四年もの間よ。

サルカズが都市を占領しても、工場を接収しても、貴族たちの邸宅を燃やしても騎士たちは一向に現れなかったでしょ。

一体今まで何をしてきたのかしらねぇ?

そんな彼らが今……墓所に侵入してきた吾輩らの味方になってくれるとは到底思えないわ。
(何者かが近づいてくる)

待った、誰だ!?

……モーガン、得物の出番だぜ。

あいつらは……強い。ずっと俺たちの周りに息を潜めてた連中だ。

ヘヘッ、だが悪くねえ、これで少しは楽しめそうだ。

なぜこんなところにノーバート区のチンピラがいるんだ?

アレクサンドリナが率いてるあのグラスゴーギャングとかいう連中なんじゃないのか?

おいテメェら!コソコソと隠れてねえで出てきやがれ!

チッ、ただでさえ不安要素が多いって言うのに、今じゃロンディニウムにまたあの噴射音が聞こえるようになってしまったとはな。

もし蒸気騎士に生き残りがいたって公爵様に知られれば、どう思われるんだろうね?

不安に思うのかな?それとも栄光を背負いし英雄たちが帰ってきたことに喜びを感じられるのかな?

フッ、栄光か……

まずはこのチンピラ共を片付けよう、アラデルに邪魔をさせないようにな。

(くぐもった噴射音)

……蒸気、騎士。

四年も経って……まだ蒸気騎士の中に生き残りがいたのか?

甲冑につけられた傷……見るからにどれも致命傷だ。甲冑のコアもサルカズのあのバカでかい釘みたいなものでぶち抜かれてる、中にいる人がそんなんで生きてるはずがない……

何より、王室の鍵がなければこの墓所に入ることは不可能だ。

そんでこいつは、こんな暗い地下に四年もの間ずっと……

あの時の争いから生き長らえたとしても、一体どうやってこんな場所で生きてきたんだ?

……

鎧の下にいる人は今……一体どうなって……

(くぐもった噴射音)

……

……あなたは……一体誰なの?

いや違う……あなたは……一体なんなの?
甲冑の鎧から光が灯った。
そこから冷たい視線が自分に注がれていると、アラデルには感じた。
この場にいる全員にも注がれていると。
光……
あの火災に呑み込まれていった古い甲冑。
あれは彼女が幼い頃に目指していた理想であった。
救いを寄せていた希望であった。
その目で見届けた滅びであった。
直視できない悪夢でもあった。
そんな甲冑がまた、彼女の目の前に帰ってきたのだ。
たちまち、アラデルは震えが収まらなくなってしまったのである。

あなたはすべてに……ケリを付けに来たの?

(くぐもった噴射音)

……

アラデル!

危ないッ――!
(シージが蒸気騎士の攻撃を防ぐ)

蒸気の騎士よ、私はアスラン王の末裔、名はアレクサンドリナ・ヴィーナ・ヴィクトリアと言う。

直ちに攻撃を中止しろ、蒸気の騎士よ。

我々は敵ではない!

……
「ヴィクトリア。」
シージの脳裏にとある声が聞こえてきた。
これは蒸気騎士が発した言葉か?分からない。どうも人が発した言葉には聞こえなかった、むしろ機械が鳴らす駆動音に聞こえてくる。
濃白色をした蒸気が以前よりも回数と勢いを増しながら、再び彼女に吹きかけてくる。
そして漆黒の騎士は彼女に向けて巨大な武器を振りかざした。
「ヴィクトリア。」
そこでシージはふと気付いた、目の前にいるこの蒸気騎士は自分の名を呼んでいるわけではない。
この者は彼女が手にしている剣を見ていたのだ。
諸王の息吹、ヴィクトリア王権の象徴を。

ヴィクトリア。
この者は剣を、ヴィクトリアと呼んでいたのだ。
死して守り抜くと誓いを立てたヴィクトリアに見立てて。
この者は広大なるヴィクトリアに裏切られた。ならば、象徴としてのヴィクトリアを守り抜くまでである。
この帝国最後の騎士は、ヴィクトリアを簒奪せしめんとするあらゆる仇敵に復讐を果たそうとしているのだ。
そんな騎士が、王位継承者に迫り寄る。

シージ、避けろ!

なぜだ、なぜ蒸気騎士がシージを攻撃してるんだ?

まさか見分けがついていねえのか……

伏せろ――!
(レーザーブレードがダグザに襲いかかる)

うぅ……ハァ……

あの剣……刀身に炎が燃えている。

あの剣だけは貰うんじゃないぞ!
(最後の蒸気騎士がレーザーブレードを振り回す)

気が触れた、あいつイカレちまったんだ!俺たちじゃどうにもならねえぞ!

逃げよう!ここから……ここから逃げ……
(レーザーブレードがヴィクトリア傭兵を真っ二つにする)

あがッ!
(複数のヴィクトリア傭兵が斬られて倒れる)

……

あんなものが暴れ出した以上、こっちは一瞬で全滅させられてしまうぞ。

貴様は早く傭兵たちを連れてここから逃げろ。

……

彼女の言う通りにしなさい。

そうかい。なら任務はキャンセルってことかな。

騎士のお嬢ちゃん、どうやら俺の引退は先延ばしみたいだ。
(トターが走り去る)

ダグザ、貴様も傭兵たちと一緒にここを出ろ。

そんなことはできない!

貴様はこの者たちを弔ってやった最後の一人だ。

だから貴様には、この者たちの物語を地上に持ち帰る責務がある。

物語はアタシら全員のモンだ、シージ。

……アタシら一人一人が、語り継いでいくべきだ。

アラデル、なんでお前がこんなことをし出したかは分からねえ。

正直、お前は尊敬してたよ。お前は騎士の栄誉に値する人物だって、そう思ってた。いや、アタシが思う“騎士としての模範”そのものだった。

利益など顧みず、敵をも恐れずに率先して我が身を挺す。

そんないつまでも高潔であるカンバーランドの名を戴いてるお前が、どうして……

……

いつまでも高潔なものなんて存在しないのよ、ダグザ。

でもお前は、アタシらは共に肩を並べながら戦ってきただろ?

お前だってアタシらの物語の一員だ、アラデル。

……もし、戻って来てさえくれればの話だが。

……でもそれもあり得なくなった、でしょ?

そうかもな、だがあり得るかあり得ないかはお前次第だ。

それよりもまず……目の前にいる騎士に集中しよう。

騎士同士の戦いは公平かつ栄誉であるべきだって、アタシの師匠が教えてくれた。

そんな相手が、栄誉に満ち溢れた英雄であるのなら……不足はねえ。

殿下、どうかアタシも共に戦わせてくれ。

……無論だ。

戦うって……この騎士と?

愚かで醜く、すべてを欺けたこんな裏切者である私が……

運命なんかに抗えるわけ……

ねえヴィーナ、寓話にするんだったら中々いい出来なんじゃないかしら、そう思わない?

幼い頃に、英雄になりたがっていた純粋な少女は悪者になってしまった。そして彼女が歴史から蘇った英雄と再び相見えた時、その英雄の剣はなんと彼女に差し向けられていた。

となると、彼女は死をもってその寓話のフィナーレを飾るべきね。

何もかもを奪われ、僅かに残された使命すら全うせずに終わらせるべきだわ。

だからヴィーナ……私……

これ以上貴様の口から“使命”などといった言葉は聞きたくないぞ、アラデル。

さあ顔を上げろ、アラデル・カンバーランド。ここに彼我の使命などといったものはない。

まずはこの蒸気騎士を止めるんだ。それからこの剣を奪おうとしたって遅くはないだろ。その際、私に挑戦を叩きつけるのであれば、必ず応えてやる。

これは断じて貴様の使命などではないぞ、アラデル。貴様がそうしたいのであれば、そうするだけだ。

だからもうそんな言葉は口にするな。

……

(くぐもった噴射音)

来るわよ、気を付けて。