
……

ヴィーナ!

ん……私は、眠ってしまっていたのか?

その傷で気絶しただけなら大したもんだよ。

……自救軍が救援に来てくれたんだ、シージ。ここは比較的まだ安全だから、しっかり休んでくれ。アタシらが傍で守ってやるからよ。

ああ……
シージはさっと仲間たち一人ひとりの顔を見やる。
みな彼女と同じように満身創痍だ。だが少なくとも……彼女らはまだ生きてはいるし、目には希望が見えていた。
ただ……

……アラデル。

王たちの眠る墓所の門なら塞がれてしまった。

きっと蒸気騎士の騒動も、こちらが諸王の息吹を入手したこともサルカズ側は気付いているはずだ。ヤツらなら今、宮殿の周辺に大勢の人員を配置している。

アラデルについてだが、こちらの偵察兵が入口付近を調査したところ、発見はできなかった。

……

ここで何が起こったか、話してみてはくれないか?

みなが想像してるのと同じだ。

アラデル・カンバーランドは我々を救うために自らを犠牲とした。

……そうか。

まあ、彼女ならそうするだろうな。永久に高潔なるカンバーランドであるのだから。

カンバーランド……

永久に高潔なるカンバーランドなんてものは存在しないさ、クロヴィシア。

アラデルは己の命をもって、自分の守りたいものを守ったんだ。

使命などといったもののためではなく……アラデル自身の選択でな。

彼女自身の選択、か……

そうだな。本当に勇敢な人だよ、彼女は。

しかし残念だ……本当ならアラデルが戻ってきた時に、サプライズをしてやろうと思っていたんだがな。

これは……

公爵邸ならすでに廃墟となってしまったが、そこを調べた際に戦士らがこれを見つけたんだ。

……カンバーランドの、蒸気甲冑。

そうか……あの火事で、燃え尽きはしなかったのだな。

ふふっ。

彼女にも……見せてやりたかったものだ。

そうすれば、己が決める道もあると……本人も理解してくれたはずだったのに。

貴様がこの甲冑に込められていた思いも、燃え尽きはしなかったぞ。

……

実は我々が墓所に入った際、 蒸気騎士と出くわしたんだ、クロヴィシア。

おそらくは最後の蒸気騎士だったのだろう。

公爵軍によって墓所に誘き寄せられた蒸気騎士らは、サルカズの待ち伏せに遭った。それが四年前の出来事だ。

だからあの地下空洞は……蒸気騎士らの墓場みたいなものなのだろう。

この目で見たわけではないが、いかに悲惨な場面だったかは想像つく。

その蒸気騎士は、キミたちを襲ったんだな?ヴィクトリアの……王位継承者に。

……彼は、ただ己の責務を果たそうとしただけだ。

あの騎士は、今もなお諸王の息吹を守ってくれていたんだ。たとえあの時……蒸気騎士ら全員が墓所へ誘き寄せられた口実であったとしてもな。

戦友たちが一人ひとり殺されていくところを目の当たりにしただけでなく、こうも長い間ひとり、暗闇の中を耐えてきたんだ。きっと苦しむあまり、錯乱状態に陥ってしまったのだろう。

……いいや。

そんな単純な言葉だけでは……あの戦士の意志は語れまい。

王たちの墓所と、戦友たちの亡骸。彼はこの静かな墓場を、何年も守り続けてきた。

狂ってはいなかったさ、ましてや彷徨える亡霊などでもなかった。彼は……死すらも退けるほどの強靭な意志を手に入れたんだ。

彼はそんな己の意志だけで、自身を裏切ったヴィクトリアに復讐を果たした。

ヴィクトリアの象徴も、その意志によって守ってきたんだろう。

……

この先、再び彼と相見えるかどうかは分からない。

だがもし……彼がこの暗闇から抜け出すことができたのならば……

彼にはもう一度……守りたいものを見つけてほしいものだな。

マンフレッド様、ハイバリー区にいたあの傭兵どもを見つけました。

連れてこい。

はっ。

ゲホッ……ゲホゲホッ……は、放しやがれ!

……

……子供じゃないか。

ハイバリー区の街中にいたほか傭兵らと一緒に見つけたガキです。全員何者かによって拘束されていたみたいでして。

こいつの所持している武器を調べてみたんですが、戦った痕跡はほとんど見られませんでした。傭兵失格ですよ、こいつは。

……そうなのか?

……

正直に話したまえ、傭兵。

一人も、ヴィクトリア人を殺さなかったのか?

うっ……

どうした、私を恐れているのか?

そ、そんなことないやい!

確かに、ウチは全然任務を全うできていないし、罰せられるのも当然だ……だからほかのみんなは放してやってくれよ!

……

戻してやれ。

えっ……?

しかしこいつは……

……お前もさっき言っただろ、こいつは傭兵失格だと。

サルカズとは言え、まだ若すぎる……我々がなんのために戦っているのか、我々の敵の正体すらまだ理解できていないはずだ。誰からも教わってはこなかったのだろう。

しかしだ……もうじき真の戦争が始まろうとしている。

その際はこの戦争が我々サルカズにどんな意味を持っているのか、しっかりと彼女にも理解させてやるとも。じっくりと、私の傍でな。

フェイスト!

ロックロック……へへッ、自救軍第十一小隊、これでまた合流できたな。

合流って……第十一小隊はもう、残りアタシと君だけじゃない。

……そうだったな。

だがまあ、きっとすぐにでもまたメンバーが増えてくるはずだ。

だって……オレたちにはドクターとクロヴィシア司令がついているんだしよ。

・クロヴィシア、状況は?
・クロヴィシア、自救軍の状況は?

……撤退は間に合ったが、犠牲は大きい。

アラデルが行方不明となってしまったため、また物資不足に悩まされることになってしまった。

はぁ……もっと人手が増えれば何かと助かるんだがな……
(ヴィクトリア傭兵達が近づいてくる)

なら、俺たちも数に入れてくれ。

トター殿?

雇い主が行方不明になってしまった以上、契約は破棄になってしまった。

みんな、ここに残ってくれるのか?

……もうここまで来てしまったからにはな。俺たちも今じゃサルカズたちの目の敵だ、逃げ出したくても無理がある。

それに、俺たちはダグザ殿と一緒にあの墓所で戦った。

もし彼女らの助けがなければ、俺たちは生きてあそこから脱出するとはできなかっただろう。

その恩返しとしても、な……やれやれ、どのみち引退は先延ばしか。
(Miseryが近寄ってくる)

……ドクター、こちらもただ今帰投した。

・やあ、Misery。
・相変わらず時間ピッタリだ。

申し訳ありません、本当ならもっと早く帰投できていたはずなのですが……そうすれば、先の司令塔攻略戦にも加勢できていたはずです。

こちらの方は一体……

申し遅れました、ヴィクトリア軍テンペスト特攻隊第二分隊隊長のホルンと申します。

つい数時間前、Miseryさんの協力のもと、オークタリッグ区とハイバリー区の区境近辺にある監獄の急襲にあたっていました。

そこでサルカズとの協力を拒否していた都市防衛軍の部隊を、処刑寸前のところで救出に成功しました。

今後はロドスと自救軍の指揮下に加わりますので、どうぞよろしくお願い致します。

どうやら新たな仲間が加わってくれたようだな、クロヴィシア。

うむ、感謝する。

しかしキミたちには驚かされてばかりだ、様々な可能性をひしひしと感じるよ。

それにサルカズの補給線についてもだ。我々は大きな損害を受けながらも、見事それに関する重要な情報を入手できた。

そのハイバリー区にある補給線の中継拠点とされる詳細情報がこれだ、すでにこっちでまとめておいたぜ。

あとはクロージャさんが都市防衛軍の司令塔から抜き取ったデータを照らし合わせれば……

・補給線を見つけることができるということだな。
・我々の次の目標がこの情報の中にあるということか。

そうだな。

では諸君、次の戦闘のためにもしっかりと備えておいてくれ。

……

諸王の息吹、か。

ガウェイン、そこにいるのは分かっている。

出てこい。
だがシージの傍に誰かが現れることはなかった。

……使命か。

貴様はなんの使命をもって、今日に至るまで私の傍に寄り添ってきたのだ?

私をヴィクトリアの王にするためか?
いくらシージが呼びかけても、返ってくるのは沈黙だけだ。

アラデルにとって……蒸気騎士は彼女の理想そのものだった。だが……

その人がこの先どこへ向かうのかなど、当の本人からすれば知る由もない。

もしいつか――

いつか貴様が私のために選んだ使命とやらに、私が背くことになれば……

……貴様も、私の悪夢になり得るのか?
そう問いかけるも、ガランとした地下空間からは、微かな溜息の声しか返ってはこなかった。

……

・アスカロン。
・やあ、アスカロン。

……

ケルシーの容態は?

……酷いものだ。

だがシャイニングが見てくれている、じきに回復するだろう。

もし私とバンシーが間に合っていれば、こんなことには……

・大君を撃退できただけでも大きい。
・君たちは悪くない。
・我々が撤退できたのは、君たちがあの“赤い眼”を阻止してくれたおかげだ。

……

それとアーミヤのほうは……

彼女も今は徐々に回復している。お前も知ってると思うが、いつまでも昏睡してる彼女ではない。

・私には見えなかった、アーミヤが見たものを。
・いつまでも傍にいてあげて、一緒に受け止めてあげるわけにはいかないだろう。

昔のお前も今のお前も、アーミヤにはえらくご執心だな。

ずっと聞きそびれてしまっていたんだが。

・君も私の記憶喪失は嘘だと思っているのか?
・アスカロンは、私を信じてくれているか?

その質問なら、私のナイフが答えてくれる。

……必要とあらばな。

四年前に起った出来事を、知りたいんだ。

……

・ケルシーに聞いたことがある。
・アーミヤに聞いたことがある。

でも何が本当なのかは分からなかった。

……

・今までこうして君と話ができる機会はなかったな。
・君はいつも寡黙だな。

よかったら、あの時何があったのか教えてくれないか?

……四年前のあの時、私は本艦を離れていた。お前から受けた任務を遂行するために。

殿下なら、私が戻って来た時にはすでに去ってしまわれていた。

・当時のロドスはどんな感じだったんだ?
・アーミヤはどうだったんだ?

アーミヤなら魔王の力を引き継いだばかりだったからな、長い間昏睡状態に陥っていた。

じゃあケルシーは?

ロドスとアーミヤ、そしてお前を救おうとしていた。

私を?

……

殿下が最後にそう命じたからだ。

……

うぅ、ドクター……ド、クター……

アーミヤ……

・私ならここだよ。
・ずっと傍にいるから。
アーミヤは無意識にあなたの服の裾を掴むも、ゆっくりと手放した。
それから大粒の涙が一粒一粒、彼女の目尻から滲み出てきた。

ッテレジア、ッさんが……

私にッ、聞かせてきたんです……サルカズたちの、魂の声を。

サルカズを傷つけたすべての者に復讐するって、ケルシー先生に……ッ復讐してやるって。

・ケルシーを?
・なぜそこでケルシーが出てくるんだ?

……私が感じたものはどれも本物なんでしょうね、ドクター。

確かあの時のケルシー先生とテレジアさんはいつもいつも、夜遅くまでロドスの中で話し合っていました。

その中でもケルシー先生は一週間も不眠不休で、サルカズの感染者の治療に当たっていたはずです。

でも……先生が二百年前に、サルカズを傷つけたことも事実で……

先生はきっとあの時にはもうすでに、テレジアさんになぜあのようなことをしたのかという答えを出してあげてたんだと思います。

テレジアさんもきっとそれを理解してくれていたんでしょう。だからあの二人は、あんなに仲のいい親友になれたんだと思います。

でも、それでも私……あんなにずっと傍にいてくれたケルシー先生に……

あの戦争に関する記憶を見た時、怒りと悲しみを覚えてしまったんです。

……

もしかしたら、テレジアさんが私に伝えたかったのはこれだったんじゃないでしょうか。

自分がなぜサルカズ側についたのかって、そう私に伝えたかったんだと思います。

今だって、テレジアさんたちは今……このロンディニウムを見下ろせる、一番高い場所にいるのですから。

……
あなたは雷鳴が徐々に近づいて来ていることに気が付く。
窓のすぐ外で、あなたたちのすぐ頭上で、いつまでもどこまでもあなたたちを追いかけてきている。

戦争はここからが本番ということか。
あなたはアーミヤの手をしっかりと握りしめる。
共に空を見上げながら。
ゴゴゴ、ゴゴゴ。
ロンディニウムに留まらず、周辺都市も一様に激しい揺れを感知した。
そこに、今まで見たことがないような巨大な物体が暗雲から姿を見せる。
そんな物体の背後、ザ・シャードの上を覆っていた分厚い雲には小さな裂け目が生じた。そこで顔を上げて見上げた人々は、ようやくロンディニウムを覆っていたのは単なる暗雲ではないことに気が付く。
あれは天災雲であった。未だかつて、いかなる天災トランスポーターですら記録したことがない、巨大な天災雲であった。
分厚い黒雲は、余りある膨大なエネルギーを蓄えながら火花を散らしていく。そのために、雷鳴にも似た轟音を発していたのだ。
ならばこの奇怪な形状をした飛行物体は、さながらこの嵐の眼のようなものだ。
サルカズに敵対する者であれば、何人もこの眼から逃げ果せることは叶わないだろう。
2:28p.m. 天気/曇り
ヴィクトリア、トレーダーズミル

チャンちゃーん!

……

なにボーっとしてるべか?ヒューズがウチらを待ってるよ。あの興奮した様子を見ると、きっとすっごい役に立つ情報を手に入れたはずだべ!

……

……
(アルモニが通り過ぎる)

おい、今ヒューズの家から出てきたあの女を見たか?

ん~?どれだべ?街中じゃ人が多すぎて見分けがつかないよ。

あの緑色の髪をしたフェリーンだ。

見覚えがある。

はあ……まあチェンちゃんはウチより人の顔は憶えやすいもんね。でもヒューズさん家から出てきたってことは、二人で商売話でもしてたんじゃない?もしかして数日前に駅で見かけたことがあるとか?

……いや。

あの顔……何年も前に見たことがあるかもしれない。

うえ~、もしかしてむかし龍門でしょっ引いたことがある犯罪者とか?

それならしっかりと記憶してるはずだ。

……

まあいい、あとでヒューズに聞けばいいだけの話だ。
(チェン達が立ち去る)

……バグパイプ。

それとその横にいる人は……資料で見たことがあるわね。

うふふ……

あとちょっとで、同窓会が開いちゃうところだったわね。そしたら、感動の再会もできたんじゃないかしら。
ヴィクトリア南部にある事務所

……こんにちは。

あれ?えーっとあなたは……この前本艦の医療部で見かけたことがありますね。

少し……頼み事があるんだが。

この手紙を、ケルシー先生とドクターに渡してほしい。

えっ……オホン、その、事務所から離れるおつもりで?

それでしたら、ほかのオペレーターと同じように申請書類を記入して頂けますか?人事部のほうにも共有しておきたいので……

いい……向こうは事情を知ってると思うから。

会わなければならない人と、対処しなければならないことがあると……そう伝えれば分かってもらえるはずだ。

それに、このままここに居続ければ、みんなを巻き込んでしまう。

ロドスのために、ここから出て行っちゃうんですか?

ああ、ロドスは……とても静かな場所だ。

ここは好きだ、キミたちにもとても感謝している。特にあの、サンクタに……もういなくなってしまったが。それに私がずっと望んでいた静けさを、キミたちは与えてくれたから。

だから、その恩返しだ。キミたちに、この静けさを返そう。

覚悟なら、もうすでにできているから。

……サルカズの飛行艇がすでにロンディニウム市内で飛行を開始しました。

ほかにも、カンバーランド公の跡継ぎが、現在行方不明になっています。カスター公も諸王の息吹の入手に失敗してしまいました。

最後に、ほんの一日の間に、十数名ものトランスポーターが領地へ訪ねてきております。

皆、あの方々にお会いに行かれるのかどうかと、執拗に尋ねてきております、公爵様。

――

如何致しますかな、アイルラーナ殿下?

……心配は無用だ、公爵殿。

ターラーの新時代なら……すでに目前まで迫っているさ。














