クルビアの街。そこはシラクーザよりも比べて広闊で、なおかつ賑やかな場所だ。
だがそこを歩いているとふとした時に、まるで自分はここの人間ではないのだと、得も言われぬ空虚感に襲われる。

おーい、洗車してるそこの。あんたシラクーザから来たみたいじゃないか、ちょいと聞きたいことがあるんだが、いいか?

俺ァ車を洗うのが仕事なんだ、質問なら受付けてねえぜ。

まあまあそう冷たくなんなよ、お兄さん。

心配すんなって、お前みたいな田舎モンに面倒をかけるつもりなんてねえから。

今日確か、お前んとこと同じ出身の連中がこっちに入ってきたはずだよな?そいつらがどこに行ったのか知りてえんだ。

あいつらに何の用だい?

何って?まあ……昔話がしたい、とかかな?

へっ、昔話ねぇ。

なんたって自分がシラクーザ人であることを忘れるな、ってうちの爺さんがとやかく言ってくるもんだからよ、ちょいと気になるんだ。

それにしてはあんた……まるっきり“シラクーザ人”には見えねえけど。

俺かい?ハッ、シラクーザ人ねぇ!

未来はここ、クルビアにこそあるんだよ!金こそが未来なんだよ、兄ちゃん!
「俺たちはシラクーザから来た」、ここクルビアにあるファミリーの若いモンたちは、みんな自分の祖父やその上の世代の人たちからそう聞かされている。
だが彼らからすればどうでもいいことらしい。

……

でもよ、何を言ったってお前らの根っこはシラクーザにあるだろ。

そんなことに拘ってんのはもうジジババ連中しかいねえよ。

クルビアってのは開拓国家なんだぜ?根っこだぁ?根っこなんざこれっぽっちも必要ないね。

そうだぜ。だから田舎モンの兄ちゃんさ、ちょっと融通利かせて教えてくれよ~。あんたも自分の小さい店を……“事故”に遭わせてたくはねえだろ?

……そいつらなら、向かいのあそこのバーにいるよ。

へへっ、助かったよ。あんたは賢い人間だ、お兄ちゃん。あんたみたいな頭が冴えてるオオカミ連中はそうそういねえよ。
(クルビア人達が立ち去る)
開拓とは同時に混乱を意味する。クルビアに進出したファミリーたちはそんな混乱の最中、次第に持つべき掟というものを失っていった。
一方シラクーザにとって、掟とは法よりも高位な存在なのである。
店へやってきたクルビアの若い衆は騒ぎ立てるも、洗車スタッフは目もくれずに、振り返ってはゆっくりとタンスを開ける。その中から、とうに見慣れて扱い慣れた工具を取り出した。
それはとても重く、鋭利なものだ。ついこの間、洗車スタッフが丁寧に磨き上げていた。刃から反射される光を見ていると、シラクーザに浮かぶ月を思い出す。
それからして彼は、こちらに背中を向けて馬鹿騒ぎしている愚か者たちに、ゆっくりと近づいていく。
あくまでも、店を開く前に床を掃除しておく洗車スタッフのように。
あくまでも、シラクーザ人であるように。
(血が流れる)
テキサスはハッと目を大きく見開いた。
視線の先にはエクシアに無理やり貼られたポスターが映っていた。暗闇の中でもはっきりと確認できる。
手に伝わってくるのは、シーズンオフの大特価を理由に、クロワッサンから無理やり交わされた毛布の感触だった。
睡眠用にかけておいたソラのCDも流れている。
彼女はそんな周りにある物に、ホッと一息をつく。
夢の内容は何一つ変わってはいなかった。クルビアのファミリーも、別にシラクーザからやってきた移民に手を出してはいないと、テキサスははっきりと理解している。
何より先ほど出てきたあの洗車スタッフは、一回会ったきりでしかない。
自分はまだシラクーザ人であることを思い起こさせるだけの、それ以外はまったく意味のない、そんな夢だった。
だが龍門に来てから、彼女は長い間この夢を見なくなっていた。
今さらこんな夢を見たところで、何の意味があるのだろうか。
そんなテキサスは無意識に、窓の外に見える夜に目を向ける。
相変わらず、そこにある月は白く輝いていた。
龍門の夜景も、相も変わらず燦爛たる様である。
だがしかし、周りの光景に似つかわしくない存在もそこに映り込んでいた。
窓の外、月光が降り注ぐマンションの屋上に、一頭のオオカミがテキサスを見つめていたのだ。
仮に周囲にあるすべてが文明と称される造物であるとすれば、あのオオカミは紛れもなく荒野の象徴と言えるだろう。
彼は決してこんなところに相応しいはずもなく、またこんなところに現れるべきではないのだ。
なのに彼は堂々と姿を現した。なおかつ、その姿はまるで周囲にあるすべてを凌駕してるようにも見える。
出てこい、お前が交わした約束を果たす時が来た。

……
テキサスは瞬時に、先ほど自分が見ていたあの夢の内容を理解した。
夢と現実、この二つが繋がっているわけなどない。
しかし時として、夢はある種の予兆になり得る。
そしてこの夜、彼女が見たこの夢は紛れもなく――
彼女の過去が訪れてきたことを意味するものであった。
(狼の鳴き声)

騒々しい街だ、ヒトもみな見かけだけで自分を着飾り、爛れきっている。

お前も落ちぶれたものだな、こんな場所に根を下ろしたとは。

だが少なくとも、俺を見かけた瞬間、お前は真っ先に俺を殺そうと考えていたな。

なら、まだここに来てやった甲斐はあったというわけだ。

なんなら本当に殺してやってもいいんだぞ、ザーロ。

殺したところで結果は変わらんさ、七年前みたいにな。

自分は運がよかったという自覚を持て、テキサスファミリーの最後のオオカミよ。俺たちの取引はあれでも成立したんだ、つまりお前にもまだ自分のツケを払うチャンスが残されてる。

荒野はいつだって平等だからな。

自惚れるな、お前は断じて荒野などではない。

ましてや、そこがヒトと取引を交わしてくれるはずもないだろ、“オオカミの主”。

ハッ、ならお前はまだそこに近づけていないだけなのかもしれないな。

……

御託はいい、用件はなんだ?

シラクーザに戻って、我が牙の力になってもらうぞ。

……“オオカミの牙”としてか。

ヤツの願いを叶えてやれば、お前が俺から借りたツケもそれでチャラになる。

その時はそこと縁を切るなり戻るなり好きにするといい。どのみち俺はもう関わらないし、興味もない。

いいだろう。

ザーロ、オオカミの主ザーロ。

お前、そのまま何もなかったかのようにこっから出ていくつもりだったのか?俺の街に現れた上に、俺んとこの従業員まで連れて行こうとしてたくせによ。

とうとうその哀れな脳みそにまで野草が生え茂っちまったのか?あぁすまねえ、忘れてたぜ、お前とっくにそんな“脳みそ”って言える器官を失ってたんだったな。

エンペラー、哀れな我が同胞よ。

こうして会うのは久しぶりだな。二百年ぶりか、それとも三百年か?

なんだその恰好は?実に気に食わんな。お前は一体何に成り下がろうとしているんだ?

楽譜はどうしたんだエンペラー?指揮棒もどこにやった?とうとうリターニアの塔で、気取りながら鍵盤を叩くことに嫌気が差したのか?

お前にゃ関係ねえ、こっちもいつぶりかなんかどうだっていいんだよ。できることなら二度とお前とは会いたかねえし、今会った事実も忘れたいもんだぜ。

理解できんな。ならばここに来なければいいだけの話だろ、そうすれば忘れたままで済む。

もう一度言うぜ、とっととシラクーザに帰りやがれ。俺のモンをお前のそのどうでもいいことに巻き込むんじゃねえ。

まったく理解に苦しむぜ。なんでお前の兄弟たちは今もまだお前とお前が飼い慣らしてるペット連中を野放しにしながらシラクーザでおままごとに興じてるんだか。

勝つための方法は多種多様だ。俺はそう選んだんだ、お前には関係ない。

オオカミの主、お前ら確かちゃんと身内で決めごとを設けていたはずだよな。

たとえば、はしゃぐにしても自分の縄張りの中だけ、人間にちょっかいは出さねえとか。

ハッ、人間と大差ないぐらいにまで落ちぶれたお前が、俺に向かって“人間にちょっかいを出すな”だと?

決して融けることのない氷河を見捨てて、代わりにおもちゃを手に取ったお前がか?その笑えるサングラスもそうだ、そんなものを付けたところであの長きに渡る極夜と比べられるはずもないだろ?

それとお前のその“音楽”もだ。お前はすでに最も冷たい風を手にしたはずだ、そんな音楽など必要もないだろ。

そんなもの全部捨ててしまいなよ、エンペラー。

自分が一体なんなのか、“俺たち”が一体なんなのかを思い出せ。

しれっと俺を加えてるんじゃねえよ、お前らが勝手にそう呼んでるだけだろうが。

俺がどう暮らそうがそれは俺の勝手だ、お前にゃ関係ねえんだよ、ワンコちゃん。

新しくていいモン、俺がそれを気に入ればそいつを手に入れる、簡単な話だ。

だが何をどう言おうが、俺たちは荒野の者だ。

お前が土地を荒野って呼んでる時点でお前はバカなんだよ。あそこはちっとも荒涼としちゃいないね、俺個人の感想ではあるが。

自分は人間とはまったく違うだって?ハッ、そりゃシラクーザの森で寝っ転がってても権力ってもんを味わえるわけねえもんな。なんでそんな下らねえ欲が湧いてんのか自分で考えたことはねえのかよ?

何百何千年経ってもお前はバカなままだな、ザーロ。おまけに人間の一番愚かなところを学んじまってるときた。

(唸り声)

牙は仕舞いなワンコちゃん、失礼だぜ?

……

まあいい、俺たちがここでやり合ったところでなんの旨味もないからな。

俺はただ伝えに来ただけだ、本当ならツケを払わせてもらおうと思ったんだがな。

だがまあ、どうやらこの女はまだ俺の駒になる資格はないようだ。

いいや俺のモンなら何をするにも資格は十分だ、お前をぶっ殺すこともな。

お前のモン?

いいやエンペラー、その女はお前のモンじゃないさ。

知りたければ、直接本人に聞いてみるといい。

……

七年前、クルビアを出ようと考えていた時、私はザーロと取引をした。

あの連中にクルビアから抜け出す私を見逃してもらう代わりに、いつかはザーロに手を貸すという内容でだ。

もしこの取引がなければ、私は……生きてクルビアから出ることは叶わなかっただろう。

チッ、んなもん俺だって知ってる。んで、こいつと一緒に帰るつもりなのかよ?

本当にすまない、ボス。私は交わした約束を果たさねばならない。

……

約束だろうが取引だろうが、んなもん知ったこっちゃねえぜ、ザーロ。だが言っておくが、こいつは俺んとこの従業員だ。

おいテキサス、しばらく間休暇をやる、ありがたく思えよ。その間に、そのど~うだっていいことをちゃっちゃと済ませてこい。

ペンギン急便のスタッフってのはいつだって自由であるべきなんだ。シラクーザに行ったってそれだけは変わらねえ。

だからザーロ、もしこいつの邪魔立てをしようもんなら、俺が直々お前のねぐらに行って、お前とお前の兄弟たちのフサフサの尻尾の毛をむしり取って箒にしてやるからな。

フッ。

ではテキサスファミリーの子よ、しばし準備をするといい。例えば、別れの挨拶を済ませるとかな。

いや必要ない。ボス、代わりにみんなに伝えてくれないか?少しここを離れるが、すぐに戻るって。

急に長期休暇を貰ってシラクーザに帰った、俺が止めても無理だったって、そう伝えてやる。

なら……お詫びも兼ねて、みんなの分の土産をたくさん買わないといけないな。

いいんだな?ならさっさと行くぞ。

ああ。
(テキサスが立ち去る)
こうして、人間ひとりとオオカミ一匹が西へ向かいながら、たちまち夜の中へと消えていった。
街の街灯は、相も変わらずチカチカと点滅していた。
ヴォルシーニ、路地裏

ハァ……ハァ……撒いた、か?

いい質問だ。

なっ、いつの間に!?

君は運がいい。一発撃ち込んだっていうのに、まさか座席の下に落ちてた鍵を拾って避けられてしまったとはな。

き、君たちは一体なんなんだ?なにも恨みは買ってないだろ!

だが“避けられない”ものも、この世には存在する。

空気と水を避けられる人間がいると思うか?シラクーザでこの雨季を避けることなんてできるとでも思うか?

彼らをを避けることだって、誰にもできやしない……いや、この場合は私たちもか?

君は、どこのファミリーの者だ?私ならきちんと博打は避けてるし、借金も抱えていないだろ!慎ましやかに建設部のオフィスで仕事をしてるだけの人間だ!

あぁ建設部ね、最近ヴォルシーニで熱い話題だ。

私は……言っておくが、ベッローネファミリーの若旦那様とは知り合いなんだぞ!

もういい、黙っていろ。

……

(今だ!)
(雑務スタッフが色んなものを倒しながら走り去る)

チッ、面倒だ。そんな小細工をしたところで無意味だというのに。

……にしてもこの雨、随分と降るもんだな。
(ヒットマンがゆっくりと追いかける)

あれ、みんな食べないの?せっかくピッツァの本場、シラクーザに来たんだからもっと食べないと!

グルメ雑誌に載ってるヤツは一通り試してみないと勿体ないじゃんか!ちなみにアタシはもう全部食ってやったよ!

はぁ、そういえば一番浮ついてるの、ここにおったんやったわ。

ウチらがここに来たのには理由があるんや、忘れてへんやろうな?

心配したところでどうにもならないってば。

一通り街中を聞いて回ったっしょ。まあ、スーツを着こなしてる人たちはみーんな全然話してくれなかったけど。

でもベッローネんとこに客が来たって話がチラッと耳に入ってきたんだ。んで屋敷の外でちょっとだけ様子を見てみたんだけどさ。

ありゃすごい剣幕だったねー。あれじゃあ羽獣がそこを避けて飛んでもおかしくはないよ。

だから余計に心配なんや!

大丈夫だって、ここってあいつの実家みたいなとこでしょ?本人もそこそこ腕っぷしはあるんだし、大した問題は起きないって。

それに、最初から簡単に見つけることはできないって予想は立ててたじゃんか。ねぇ、ソラ?

あっ、うん。

それにしても、シラクーザのミュージカルって発展してるよねー。バーのミュージカルも劇場のもすごいクオリティだった。きっとシラクーザ人の中で一番ポピュラーなエンターテイメントなのかも。

なんならここにいるマフィアも夢中になるぐらいだって聞くしね。

あ~あ、あたしもどっかの劇団に入れたらなぁ~……

それでMSRとのコネを利用してそこの関係者とコンタクトを取ったのはさすがやと思うわ、ホンマに。

あれはたまたまだよ。この前マネージャーからシラクーザに渡ってみないかって言われたことがあったからね。まああの時は龍門から離れたくなかったから断っちゃったけど。

ほなシラクーザのミュージカルって、ソラはんがいつも歌ってるようなものとはまったくスタイルが違うんか?

そうなんだよ、編曲も歌い方もすっごく難しくて、なにより舞台のスタイルが全然違うの。

あっ、一応向こうからはやってみる?って返事はくれたよ、あたしのパフォーマンスを見た後で。

でもまあ、MSRのほうで入れそうな劇団が見つからない限りは、あたしも待つしかないかな。

ソラもアタシが眠ってる間にこっそり消えたりしないよね?

しないよそんなこと!

……そんなことできる勇気なんて、あたし持ってないし。

そういえば、あの劇団のアートディレクターと会う時間ってもうそろそろやないの?

これまでって、いつも会社とか劇場んとこに行って面接しとったやろ?それが今回はこーんなレストランで面接をするなんてな。

こういうのもたまにはあるよ。その人の日常の過ごし方とか、素の状態を見ながら演者としての素質があるかどうかを見たいって人もいるから。

ふ~ん、日常ねぇ。

こんな状況でのシラクーザ訪問はウチの日常とは言えへんなぁ。まあ、無事にことが終わるのを願うばかりや。

……ほんで龍門に帰ったら、絶対テキサスはんにミルクティーを三か月分……いや、半年分もウチら全員に奢らせてもらわな!

えぇ~半年分だけ?せっかくがっぽりせしめるチャンスなんだからさ、もっと強気にいっちゃいなよ~。
(扉のベルの音)

おっ、やっと例のアートディレクターが来はったみたいやで……
(雑務スタッフが駆け寄ってくる)

た、助けてください!
(矢が飛んでくる)

ちょいちょいちょい!どういう状況!?

危ない!
(爆発音)

ブラボー!実に見事な演技だった、先ほどのリハーサルは全部撮らせて頂いたよ!

ベルナルドさん……どうですか?

……

まあ悪くはない。

本当ですか!?

ああ。ただし、あくまで悪くはないだけだ。

ライニー、君は演技に呑み込まれてしまっている。十人いる評論家たちに十二種類もの表情を自分から見出してもらおうとするぐらいにはな。

そんなに張り切らんでもいいのだよ、私はそこまで必要としていない。

君そのものを、君自身を見せてくれ。君自身の悲しみを、君自身の情熱を、君自身の断片を私は見たいのだ。

確かに役者は容易なもんじゃない。だが演じるあまり、舞台を飾る道具に成り下がってはならんよ、ライニー。道具になることだけに満足してはならん。

は、はい!ありがとうございます!

ディレクター、龍門からのお客人がお見えになられましたぞ。

ああ、分かった。

しかし、本当にご自分から向かわれるのですか?相手はたかだか龍門でほんの少し人気がある歌手に過ぎないじゃないですか、それぐらいなら私が行くだけでも十分ですよ。

ローロン、君はライニーの叔父として、今までずっと彼女のためにライバルを減らしていることぐらいは分かっている。

しかしだね、もう少し分かりやすく言ったらどうなんだ。

申し訳ありません、ならこの際……率直に言いますと、うちの劇場はMSRとはあんまり仲が深いわけでもなくてですね。

いや、むしろあんなシラクーザの市場を入り込もうとしてる会社など、シラクーザにあるどこの劇場だって毛嫌いしておりますよ。

にも関わらずあなたは、我々の予想に反して向こうの交渉に応じて――向こうの下についてる歌手をうちの劇団に引き取らせて研修させると仰った。

その上あなたは自ら出向いてその歌手を迎えようとしている。どう見ても我々にはなんのメリットもないではありませんか、なのになぜなんです?

そう、君の言った通り、相手は所詮龍門で少しばかり人気のある歌手に過ぎない。類い稀な逸材でもない限り、彼女に注目はせんよ。

だがこのタイミングで“龍門からやってきた”ことには少なからず特別な意味があってね。

それって……

(耳打ち)

分かった。余計なことはするなと伝えておけ。

これが私たちの日常というものだ、違うかね?
(銃声音と爆発音)

ッカァ~、アイツらとうとう爆発矢尻なんか使ってきやがったよ!

あの、大丈夫ですか?

は、はい。

えっと、あなた方は……外国人の方たちですか?

だったら私に構わないほうがいいです。あの連中に目を付けられたら、命が持ちませんよ。

真昼間に人を殺しにかかって来たんや!放っておくほうがおかしいわ!
(ヒットマンの攻撃をエクシアが避け銃撃する)

チッ、龍門にいるチンピラとは格が違うね~。

おい余所モンが、テメェ自分から余計なことに首を突っ込んでるのが分からねえのか?

お生憎様、アタシの二番目に得意なことは、その余計なことに首を突っ込むことなんだよ。

ついでに言うと、一番得意なのは、自分から首を突っ込んだその余計なことを解決することなんでね!

おい分かってるのか、ここはシラクーザだぞ。

それがなに?

自分がどれだけ面倒な厄介事に首を突っ込んでしまったのかということだ。

エクシア、危ない!

あなたたち、どこのファミリーの者ですか!一般市民を手を出すだなんて!

ここはまだ秩序が保たれていることをお忘れですか!

チッ、よりによってこんな時に……

この野郎がひたすらラヴィニアの通勤路を逃げ回ってたのはこのためだったのか。

もういい、ズラかるぞ。
(ヒットマン達が走り去る)

待てやコラー!

ラヴィニアさん!

あなたは確か、建設部の……一体何事なんです?

わ、私だって知りませんよ!普通に仕事をしてただけです!

先ほどの連中の恰好を見るに、まだ規則というものを理解し得るだけのオツムは持ってるはず。なのになぜ……

わ、私は至って普通の善良なる市民です!あんな連中とこれっぽっちも関係はできていませんからね!なんであいつら、急に私ばっかり……

ラヴィニアさん、やっぱり最近なんだか穏やかじゃないように思えませんか?

……

あなたたちも、ご無事ですか?

アタシは平気、アイツらは逃がしちゃったけどね……

いや~それにしても、シラクーザってとこは中々エキサイティングな場所だね。

他国からいらしたのでしたら、ここでは色々と気を張っておいたほうがいいですよ。

えーっと、そんであなたは――

この街で法務官を務めているラヴィニアと申します、あなた方は?

アタシはエクシア、こっちはソラ。んでこっちがクロワッサン。

まず、先ほど無関係な一般市民を守って頂いたことにお礼を言わせてください。

いいよいいよ~。そんで、追撃は必要かな?

いえ、結構です。この街は向こうからすれば自宅の庭みたいなものですので、追いかけても無駄ですよ。私がのちほど処理しておきますので。

それで、あなた方はどちらからいらしたのですか?

あっ、龍門からだよ。

そそ、ほんでこれウチらの名刺でして。もし運搬に関してのご相談があったら、ぜひこちらまでご連絡くださいな~。

龍門の、ペンギン急便……物流会社ですか?

そっ、駄獣からコイン一枚まで、どんなブツでもお任せあれ~!

雨降る風吹くなんのその、必ずお客サマのニーズにお応えしまーす!

あっ、でもそれだけの報酬があればって前提ね!

……ふふっ。

あれ、アタシの売り文句そんなにおかしかった?

いえ、失礼しました。最近はずっと、何かと気を引き締めてばかりいるものでしたから、つい。

では、ここヴォルシーニへ来られたのは事業展開のためですか?それとも単に旅行で?

なら残念ですが、どちらにしろタイミングが悪かったですね。

あイヤ、ウチら実は友だちを探しにきただけで……

もうすぐイベントが始まるんだ、タイミングが悪いなんてどうして言えるんだい、ラヴィニア?

新しい街が今まさにヴォルシーニで育まれている。これはシラクーザの有史以来、上位に食い込むほどの出来事だよ。

運が良ければ、ここにいる異邦の友人らも見届けられるかもしれないね。

……ベルナルド。

心配するな、彼女らは私の客人だ。

客人とはどちらのなんです?あなたのですか、それとも劇団の?

君はどちらがいいんだい?

どちらでも……あって欲しくないです。

なら残念だ。答えはそのどちらもだよ。

……

エクシアさん、今から龍門へ戻られてもまだ間に合いますよ。

えっ、それどういう意味?

君はいつも私を誤解しているね、ラヴィニア。

私がこの人たちを招いたわけじゃない。ソラ殿から自らヴォルシーニまでお越しになられたのだ、そうだね?

あっ、はい。というのも、ルーチュ・デル・ジョルノ劇団があたしを受け入れてくれたおかげです。

……そう、あなたたちはベルナルド……さんの客人だったのですね。なら、確かに身の危険どうこうを心配する必要はありませんね……

ただ、何かあればいつでも私に連絡をしてください、いいですね?電話番号を渡しておきますので。

モウマンタ~イ。

では私は、こちらのスィニョーレと先ほど出くわした事件について事情聴取する必要があるので、これで……どうぞごゆっくり。
(ラヴィニアと雑務スタッフが立ち去る)

ベルナルド……ベルナルドって……アーッ!!!

ももももしかして、ルーチュ・デル・ジョルノ劇団のディレクターの、ああのベルナルドさんですか?

まさしく。

実際に……まさかベルナルドさんご本人がお越し頂けただなんて……

役者の選別は、いつも私自らがやっていることなんでね。自分の目で確かめたほうが色々と安心できるだろ、違うかね?

して、こちらのお二方は?

あっ、二人はあたしと一緒にシラクーザまで来てくれた親友たちです。

同時に彼女のボディガードもやってる、クロワッサンやで。

エクシアでいいよ~。

ふふ、面白い名前をしているな。

そのーウチら……場所を変えたほうがええか?

いや構わないさ、ファミリーの面々はなんの謂れもなく事を起こすことはない。あの若いのが一体どういう恨みを買ったかは知らんが、シラクーザにはシラクーザの掟というものがある。

その……“掟”?余所じゃあんまり見かけへんようなもんやな。

そうかい?そちらのサンクタのお嬢さんなら少しは馴染みがあるんじゃないのかな?

いや~、ラテラーノだったら襲うからには最後までやり遂げるのが普通だよ!

はは、シラクーザの女主人はいつもラテラーノから“銃と掟”を持ちこんだと口にしていたのだが、どうやら実情は少々ズレが生じてるらしい。

異邦の方からすれば、ここの風習は少し過激過ぎるように思えるかもしれんな。だがしばらくシラクーザに滞在するのであれば、早めに慣れることをお勧めするよ。

まあ先ほどの出来事の話はこれぐらいにして、ソラ殿、そろそろ仕事のほうの話をしてもよろしいかな?

あっ、もちろんです!

恐らくだが、まだ脚本には目を通していないんじゃないのかな?今回のは我が劇団の最新の力作でね、この中の登場人物を君にやってもらいたいのだよ。

こ、光栄です……

演目名はまだ外に発表していないが、うちのメインプロダクションチームのい間ではこの三幕構成の悲劇をこう呼んでいるんだよ――

『ラ・モルテ・ディ・テキサス』、すなわち『テキサスの死』とね。

……えっ、今なんて?

おや、君たちもこの演目に興味が出てきたのかね?なら、後でじっくりと話すとしようか。

あぁそうそう、先ほどのゴタゴタですっかり忘れてしまっていたよ。

ようこそ、シラクーザへ。

ったく……まーたラヴィニアに出くわしちまった、ツいてねぇな。

それとあのサンクタにもだ。なんでこんな時期のシラクーザに余所モンが入ってきてるんだよ、それになんなんだあの腕っ節は……

もしかして、スィニョーラ・シチリアのお傍にいたあの人がすでにヴォルシーニに来たって話は本当なんじゃ……

チッ、今考えたって仕方がない。とりあえずファミリーんとこに戻ってからまた――

誰だ?
(カポネが近寄ってくる)

まあまあそう構えるなよ、あんたらの敵じゃねえさ。

……お前、どこのモンだ?

あー……強いて言うんだったら、シチリアーノだ。

シチリアーノだぁ?ふざけてんじゃねえぞ、シチリアーノはとっくに除名処分されてんだろうが。

あれ、そうだったっけ?

こっちはお前と無駄話をしてる暇はねえんだ、死にたくなきゃさっさとそこをどけ。

まあまあ、俺ァただ注意しに来ただけだよ。そこの裁判所に待ち伏せがあっから、そっちには行かないほうがいいぜ。

なんだと!?

テメェ一体何モンだ?俺たちの引継ぎだったとしても聞いてねえぞ。

そりゃ聞いたことねえだろうよ。だって俺、テメェらの引継ぎでもなんでもねえんだから。

そこでもう一つ注意してやりたいことがあるってな――

シチリアーノは除名されたが、滅んじゃいねえよ。

なッ――
(ガンビーノがヒットマンに斬りかかる)

グフッ……かはッ……
(ヒットマンが倒れる)

んで俺たちは、その口封じに来たんだ。

お前ホント無駄口が多くなったよな、まさかラップランドの真似をしてるわけじゃねえだろうな?

……そうじゃない事を願うよ。
(携帯のバイブ音)

もしもし俺だ。ああ、たった今片付いた。

待ち合わせはそこでいいんだな?

チッ、ボスは今テメェなんだ、こっちがイヤだって言える立場かよ。
(携帯が切れる)

……

……

どうやら俺たち、悪いタイミングに戻ってきちまったみたいだな。

なんの話だ?

雨のことだよ。

俺ァ雨は嫌いなんだ。

帰る前に言っただろ、今こっちは雨季だって。

今はもう下っ端どもに毛繕いなんかしてもらえねえぞ。だからとっとと向かいにある理髪店に行って全身剃ってもらいな。

じゃあその際はテメェの髪も全部剃り落としてやるよ。

まあ実を言うと、そういうつもりもあったんだが、理髪師に頭の形のせいで丸坊主は似合わないって言われてな、だからやめた。

……

……

しっかし、よくもまあこんなすぐに稼業を見つけられたもんだな。

フンッ、どうやら龍門に長く居座り過ぎたみてぇだな、カポネ。

龍門のあのリン、確かにいい腕はしているが、いつも龍門の総督に目を張られちまっているだろ?

だがここはシラクーザ、バックにいるのはみーんなどっかしらのファミリーだ。

仕事を見つけるなんざ楽勝なもんだぜ。

この街は至るところにファミリーがひしめいているからな、人手が足りるこたぁねえよ。

まあ、龍門に長く居座り過ぎちまったのは認める。だが、俺がシラクーザから出て行った時のやり方がまだここで通じていたとは驚きだ。

ファミリーは街のすべてを牛耳ってはいるが、そいつらが表に出て来ることなんてねえもんな。

どういう意味だ?

これから新しい街が誕生するんだ。そうすりゃその新しい街の責任者を選ぶ選挙もお盛んなことだろ。

だが実際、その選挙ってのは候補者らのバックについてるファミリー同士の権力闘争に過ぎねえのさ。

なに当たり前なことを言ってんだ。もし自分らの街を失ってなけりゃ、俺たちだってそうしてただろ。

俺ァシラクーザを離れてもう随分と経つんだ、ガンビーノ。もう八年か?それとも十年?

それで何かが変わるっていうのかよ?

おかげで俺は色々と考え方が変わっちまったよ、まあお前は相変わらず目先のことしか考えてねえみたいだが。

言っておくがよカポネ、俺たちの間のことはまだ終わっちゃいねえんだぞ?

死にてぇのなら、ここで楽にしてやってもいいんだぜ?

その際はテメェが俺に殺される可能性とかも考えておいたらどうなんだ?

フッ……

フンッ……
(カポネとガンビーノがガードマンに襲いかかる)

なに!?

なぜだ!気配は消しておいたはずなのに……

バーテンのクソ野郎がな、出てきやがれ!

いや~、二人とも息ぴったりだね~。

はは、どうやらお前が見つけたこの稼業、あんま安定したようなもんじゃねえみたいだな、ガンビーノ。

誤解しないでくれよお二人さん、あんたらが俺の依頼をしっかりとこなしてくれたら、悪いようにはしないさ。

ただまあその依頼、まだ終わっていないんだよね。

テメェ……それは俺をハメたってことか!?

ハメたって……これがハメたって言うのならあんた、もうちょい見識を高めたほうがいいと思うぜ、シチリアーノ。

んで、なんなんだこの状況は?

あんたらの実力が見たいんだ、今ここで。簡単な話さ。

もしこの街から生きて逃げ出すことができたら、あんたらの勝ちだ。

こんな大人数でか?テメェ一人が相手してくれるもんだと思ってたんだがな。

あはは、そんなことしちゃ後で俺の兄弟に「お前はまったく人を生かすつもりないだろ」って言われちゃうじゃないか。

口だけは達者だなテメェ。

そんじゃ、また会えるのを楽しみにしてるよ。
(バーテンのクソ野郎が立ち去る)

チッ、街に馴染んだだけのケダモノが、マジで自分を人間様だと思い込んでいやがる。

……ハッ、久しぶりにそれを聞いたよ。

にしても、どうやら俺たちに選択肢はねえようだな。

後で選択肢がねえのはあのクソ野郎だってのをたっぷりと分からせてやるぜ。

やれやれ、戻って来て早々命を張らなきゃならねえなんて。こんなことが起こるんだったら、帰ってくるんじゃなかったぜ。

帰らない選択肢がテメェにあったとでも思ってんのかよ?

……まあそうだな。戻らなかったら、翌日には二人とも仲良くミルフィーユになってたはずだ。

しっかしあのクソ女、あいつについて行って戻って来たはいいものの、そのあと何も言わないままどっかに消えやがって。

これじゃあまるで――故郷に連れ戻してやったお前たちはもう自由の身だ、これからどう生きようが勝手にしろ、って言われてるようなもんだぜ。

それを言った翌日にはどうせ俺たちの目の前に現れてくるんだろ。縁起でもねえからそういうのはやめろ。

どうやらお前もすっかりこういう暮らしに慣れちまったみたいだな。

どうせすぐにまた現れる。

マジで言ってんのか?

じゃあ聞くけどよ、ここシラクーザで、群れから離れて野放しにされてるオオカミ一匹と負けイヌ二匹、どっちのほうが狙われやすいと思う?

すでに自分が負けイヌだって思っていたとはな、感心したぜ。

何もかも失っちまったのにまだ頑なにそれを認めようとしねえヤツに言われたかねえ。

ならお前はさっさとその点を認めておいたほうがいいぜ。

だがまああの女、明らかにスィニョーラの目の前で好き勝手火遊びをしていやがるよな。

ああ。今あの女は俺たちを眼中に入れちゃいねえ、またとないチャンスだ。隙を見ていつかぶっ殺してやる。

しっかし、スィニョーラすらも眼中にないとは恐れ入ったぜ。

送られてきた手紙を見ただけで恐れおののいちまう、あのスィニョーラによ。

しかもよりによって、群れから離れたもう一頭のオオカミのためだけにシラクーザに戻るときた。

あん時あいつなんて言ってたっけ、確か「このままスィニョーラを恐れたままでいいのか」だったか?

なあお前、怖いか?

正直に言えば怖いさ。スィニョーラに逆らえるヤツなんざいねえよ。

シラクーザ人だったら、スィニョーラを恐れてねえヤツなんざいねえもんな。

お前はあの女の死ぬとこが見たいのかよ?

強いて言うのなら、どう生き長らえていくのかが見てみてぇな。

……理解に苦しむぜ。
(ファミリーのメンバー達が集まってくる)

まあともかく、それを見るにゃまず俺たちが生きていかねえとな。

またベッローネ側に立ってる役人が襲われたんだって?

ああ、あれはどう考えても明らかな挑発行為だ。

ハッ、ざまあないね。大方ロセッティの連中がやったんだろ。あいつらはああいうせこい真似が大好きだからな、気色の悪い連中だよ。

だが少なくとも十二ファミリーの内、ベッローネをこの新しい街の仕切り役にすることに、公にして賛成の意思を見せてるとこは多い。

なのに、なんで今さらあんな下らないことをしたんだ?なんの意味もないっていうのに。

フッ、そいつはどうかな。あのレオントゥッツォの坊ちゃんは今じゃ建設部の秘書を務めている。

もしあいつとそこの部長をまとめて片付けることができたら、チャンス到来だろ。

どうせあいつはもうファミリーの事業はほったらかし、いつも政府にいい顔をしながらペコペコと腰を曲げることしかできねえマヌケなんだからよ。

そうやって言うのは簡単だがな、この二年で一体どれだけの人間があの小僧を舐めてかかって痛い思いをしたと思ってんだ?あぁ忘れてた、お前もそのうちの一人だったな。

フンッ、まあ確かに少しはできる人間だ、あのガキは。だが、あれも旦那様からの命令がなかったからああなっただけだ!もし旦那様が一言でも命令をかけてくれればあんなことには……

そうだな。旦那様が表明されない以上、ベッローネはまだ勝っちゃいないさ。

そこまでにしろ。
場面は一瞬にして静まり返った、まるで先ほどの喧騒が嘘であったかのように。

お前たちが今何を考えていようが、ここしばらくの間は油断するな、勝手な行動も許さん。

お前たちの考えてることなら私も理解はしている。

今となって、十二ファミリーの中で未だに意思表明をしていないのは我々サルッツォだけとなった。

だが、まだだ。いいなお前たち?

はい。
サルッツォファミリーはいつもこんな感じだ。
考えを持つことは許されるが、助言をする必要はない。なぜなら、このアルベルト・サルッツォがすべてを決めるからだ。
アルベルトは決して、自分が下した判断や決定に他人が疑問視することを許さない。
それを良く思わない人など、このファミリー内には存在しないのだ。皆、サルッツォがここまで成り上がったのは、アルベルトがいつも正しい判断を出してくれるからだと言う。

おやおや、みんなお揃いだね。それによく見ると、古い顔もチラホラいるじゃないか。

あ、あなたは……
とは言ったものの、反抗する者がいないわけではない。しかしその者たちは大方、ファミリー内で抹殺されている。
声もなく、ひっそりと。
このラップランドと呼ばれる白いオオカミを除いては。
そんな彼女は椅子を引き、両足をデスクの上に無造作に置いた。まるで彼女こそがこの部屋の主であるかのような振る舞いだ。

おい誰だ、こいつを入れさせたのは。

ひ、一人で外の連中全員を倒して、無断で入ってきたんです、旦那様……

今はファミリーの会議をしてる最中だ、とっととこいつを連れ出せ。

スィニョリータ、ラップランド嬢、今はどうかお引き取りください。

ボクはスィニョーラ・シチリアからの晩餐の招待を蹴って、巣に急いで戻る羽獣みたいにここへ戻ってきたんだけど?

それにしてもここ……ボクたちのヴォルシーニでのアジト、サルッツォの古巣よりかは随分と見ずぼらしいね。

ねえアンソニー、ホントにそんな冷たくボクをあしらうつもりなのかい?

あなたはもうファミリーのメンバーではありませんからね。

アハハ!まさかボクがこのジジイに尻尾振って謝って、このクソッタレな……あいや、素晴らしいファミリーに戻してくれってお願いしに帰ってきたとでも思ってるのかな?

言葉を慎んでください、スィニョリータ。

あーはいはい、もちろんだよ。不名誉な理由でここから除名はされちゃったけど、それでもボクはずっとこのファミリーを愛しているからね。

だからこんな大事な時期に、命の危険を冒してまで、パパの憎たらしい目つきに耐え忍びながら、ファミリーのために重要な情報を持ち帰ってきたのさ。

それなのに、キミたちは顔色一つも変えてくれないのかい?

おいラップランド……いくらお前が旦那様の娘だからといって、勝手な真似が過ぎるぞ。

ここはお前が好きに暴れ回っていいとこじゃ……
(ラップランドが疑い深いファミリーメンバーを刺す)

てめ……ゴフッ……あかッ……
(疑い深いファミリーメンバーが倒れる)

知らない顔だね、キミ新入り?

は、はい!お嬢……ラップランドさん。

こんな真摯な態度を示したっていうのに疑われるなんて、実に残念だ。ねぇ、パパ?

……

私のデスクを汚してくれたな、ラップランド。

デスクなんていつでも交換できるでしょ?

そこまで言うのなら聞かせてもらおうか、その重要な情報とやらを。

テキサス、って言えば分かるかな。

お前が見逃したあのテキサスか?

そっ、ベッローネが彼女を連れ戻してきたんだ。

……
ラップランドは父に向けて目を細めた。
ファミリーへ再び返って来れたことに、彼女はまったくと言っていいほど心を動かさない。
彼女はただ、この先なにが起こるのか、あるいは何を起こさせようかと、頭の中でウキウキしながら思考を巡らせていただけである。
なぜなら、彼女は何度もこういった状況に身を置いてきたからだ。
あのテキサスが戻ってきた。
そんな胸の奥から浮かび上がってくる思いにラップランドは、堪らず笑いも込み上がってきた。

チェ……

私のことはテキサスでいい。

分かった。ではテキサス、シラクーザへ戻ってきた感想はどうだ?

いいとは言えんな。

まあそうだろうな。俺がお前だったとしても、急に無理やり場所を変えられたらそりゃ居心地が悪い。そこが自分の故郷だったとしてもな。

だが無論、できればこうも考えてみてほしいんだ。急に親父から自分よりもタフで腕っ節も強い人間を“ボディガード”として寄越してこられた感覚は、それはそれで心地が悪い。

理解はできる。

……

理解してもらえて助かるよ。

しかし残念ながら、俺にはお前を帰らせてやれるほどの権力は持っていない。

お互い、やるべきことをこなそうじゃないか。

それじゃあ着替えてきてくれ、かつてのテキサスファミリーの制服を再現してやった服を用意した。早速だが今晩、俺のボディガードとしてあるパーティに参加してもらいたい。

……分かった。
ベッローネファミリーが綺麗にアイロンをかけてくれた礼服がテキサスの横に立て掛けられている。
閉ざされたドアのほうを見やるテキサス。
自分はいま何をすべきなのか、彼女には分かっていた。
ザーロとの約束を果たすため、彼女はこの部屋から出て、無関係な人間を数名殺し、場面を混乱状態に陥らせた後、最後にある重要人物を手にかける。
重要であるか、そうでないか。それがシラクーザ人の命に対する見方だ。
そんな彼女も、昔はその考え方に染まっていたのだ。
たとえ今の彼女が異なる考え方を学んだとしても、この街に戻れば、どうしてもその考え方に脳みそは切り替えてしまう。
私はここに戻ってきてしまった。
そんな胸の奥から浮かび上がってくる思いにテキサスは、堪らず憎たらしさを覚えたのであった。