テキサス。
サルヴァトーレ・テキサス、私はどうあなたと向き合えばいいの?私はどうあなたを信じればいいの?
あなたはシラクーザ人、みんなあなたは根っから暴力と野心に染まりきってると言っているわ。あなたとあなたのファミリーはいずれここを……クルビアを呑み込んでしまうんだって。
私の前で見せてるあなたは、本当のあなたなの?あなたはこんなにも優雅で、こんなにも紳士的なのに……
でも、あなたが拳を振り下ろす際の姿も、指の隙間から血を滴らせるところも私は見たわ。それであなたの相手は、あれからもう二度と怒声を上げることはなくなってしまった。
あぁ、一体どっちが本当のあなたなの、サルヴァトーレ?
もしかしたらいつか、この両面は決して相容れないとあなたは気付いてしまうのかしら?もしかしたらいつか、あなたの背後に潜む血の跡が迫り寄ってきてしまうのかしら?
その時になれば、あなたはどんな選択を下すの?
その時になっても……あなたはそれでも、私の傍にいてくれるの?
素晴らしい演技だった、スィニョリータ。
またもや君に驚かされてしまったよ。
ありがとうございます、ベルナルドさん。これも劇団にいるベンさんって方のおかげですよ、もし彼のご指導がなければ、あたしもこんなすぐに役に嵌れませんでした。
ん?ベン?
はて、このミラノ劇場にそんな人はいたかな。
え?
すごくミュージカルに対する知見が豊富な方でしたよ。とても適切なご指導をしてくれたものでしたので、てっきり劇団のすごいお方かなと。
……あまり覚えがないね。ただ、ミュージカルを心得てる人ならたくさんいる、もしかしたら彼もそんな人なのかもしれないね。
それよりもソラ殿、君の履歴書を読ませてもらったんだが、その際一つ気になるところがあったのでね、それについて少し訊ねてもいいかな?
あっ、はい。
君は龍門で、アイドルをやっていたそうだね。
こちらも龍門とは上手くやらせてもらっているんだが、緊密になればなるほど、双方の演芸事業に対する考えにズレが生じてしまって、ライバル関係に陥ってしまっていたんだ。
そういった背景がある中、MSRは君のオーディション用の映像を私に寄越してきた。おまけに君がミュージカル方面でも相応しい実力があるのを証明しながらね。
つまりこれは、君の野心は龍門に限らないという意味じゃないだろうか。
一体何が君をこんなにもひたむきにさせているのかな?
……理由は、色々あります。
ただ最初の頃、あたしもそんなに複雑なことは考えていませんでした。あたしはただ、ある人に追いつきたかっただけだったんです。
ほう?
あっ、まさにこの脚本に書かれてる内容と一緒ですね。
その人が時折、空を、窓の外を、外に広がる街並みを見てる時の目つき……
それを見ていると、その人はいつかあたしたちから、龍門から離れて行っちゃうんだって、そう思ってしまうんです。
「その時になれば、あなたはどんな選択を下すの?」、このセリフと同じように。
……
まあ待ってよ、二人こうしてシラクーザで再会できたんだ、ある種の奇跡だとは思わないかい?
私はいま用事があるんだ。
奇遇だね、それはこっちもだよ。
用事って、あの人を守ること?
テメェ一体なに……
(テキサスとラップランドがぶつかり合う)
ひ、ひぃ……!
まったく空気が読めないヤツだ、ねぇテキサス?
お前たちはターゲットの警護に回れ、こいつは私に任せろ。
は、はい!
(ガードマンが走り去る)
あっ、ミルフィーユ食べる?
……貰おう。
アハッ、そうこなくっちゃ!
ねえテキサス、あイヤ、ここではチェッリーニアって呼んだほうがいい?
いい。
そっ、まあ正直、こっちもテキサスで呼び慣れているからそうするよ。慣れって怖いね~、そう思わない?
龍門で悠々自適に暮らして、たまにロドスで顔を合わせて、一緒に任務にも行って。
おかげでもう剣が錆びつきそうだよ。
だからやっぱりここの雨に打たれたほうがいいね、馴染み深いから元気が出る。
雨に濡れるから錆びるんだろ。
いやいや、シラクーザの雨は血を流すためにあるんだよ。
そっちこそ、剣をかざすだけでまったく使おうとしないから錆びるんじゃないの?
……
何故ここにいる?
簡単な話じゃないか、キミがここにいるからだよ。
ねえテキサス、もうどのくらいシラクーザに帰ってきていないの?
十年はあるかもな。
七年と五か月ね。
テキサス家の幸運児が、七年余りもシラクーザの土を踏まなくなったなんて。
まだ憶えてるよ、キミがキミの爺さんに人質としてシラクーザに連れ戻された時のこと。サルッツォ家でもしばらく預けられていたもんね……
短かったけど、ボクたちって結構仲良く過ごしていたよね?
あれが“過ごせた”なんて言えればの話だが。
キミはクルビア人でありながらも、シラクーザにいるどのファミリーからも認められていた。
けど、最後にあんなことが起こってしまったなんてね、まったく痛ましいよ。
ボクから言わせればさ、テキサス、今度こそここに残りなよ。色々と見て回ったほうがいい。
やることが終わったら帰る。
フフッ、そう、帰るね。
ねえテキサス、ボクずっと気になってることがあったんだ。
キミはテキサス家を裏切って、自分からはぐれオオカミに成り下がった。
テキサス家がクルビアに残したすべてをも捨て去ったっていうのに、どうしてキミは龍門でもテキサスを名乗っているんだい?
……
お前には関係ない。
言っておくがラップランド。
私はこれっぽっちもシラクーザに残るつもりはない。
私は龍門に帰る、みんなが待っているんだ。
……
いいよ、じゃあボクも手伝ってあげる。
お前の手伝いなど必要ない。
何さ、まさか一人でやっていくつもりなのかい?
龍門でお仲間はたくさんできたんでしょ?ロドスでの経験でも、他人には頼らないなんてことを学んだわけじゃないだろ?
やはりシラクーザは観光するような場所じゃないな。
もしロドスがここに事務所を建てようなんて考えていたら、帰ってよく考えておくように言っておかなくては。
あとはお前だ、お前だけは信用ならない。
あぁ、信用ね。
テキサスってば、ボクがどういうファミリーネームをしてるのか知ってるくせに。
サルッツォだろ。
そっ、決して簡単に賭けには出ないサルッツォだ。
ボクを信用しないのはいいよ、でもサルッツォの力は必要なんじゃないかな?
それとも、本当にこのままベッローネのペットとして続けるつもりなのかい?
……
(爆発音と炎が広がる音)
突如とそう遠くない場所から大きな爆発音が聞こえてきた。カラッチはいとも容易く、爆発の炎に呑み込まれてしまったのである。
車の爆発か!?
わ~お、古典的だね。
か、カラッチ部長!
(無線音)
パーティ会場が襲われた!近くにいるヤツらは今すぐ救援に来い!
チッ!
両方を同時に襲うなんて。アハハ、面白いね!
一体誰がこんな大胆なことをしでかしたんだろう、ねえ、テキサス?
出てこい。
(複数のヒットマンが姿を現す)
……やっぱりか。
龍門へ帰るのは、何をすればいいのだろうか?
この街へ足を踏み入れてから、テキサスはずっとそのことを考えていた。
ザーロとの約束によれば、ベッローネの命令に従うのが一番の方法らしい。
だがしかし、この時テキサスは薄々勘付いていたのだ――
今この街で起こってることはそう単純なものではないのだと。
どこのものだ?
知る必要はない。
……
だが、それを懸念する彼女ではなかった。
彼女はシラクーザを理解しているからだ、ここでこういった出来事に終わりが来ることはないのを分かっていたからだ。
しかし彼女は少しだけ虚しさを感じた、自分でも予想だにしなかった虚しさを。なぜならば――
今の彼女は、誰にも背中を預けられないでいるから。
戦いが終わっても、ケガはなかったかと聞かれることはないし、ましてや無理やりパーティを開かれることもないからだ。
彼女にとってこういったことは、もはや当たり前と化してしまっていた。
そして今、龍門を離れて少ししか経っていないにも関わらず、彼女はすでに龍門がああも懐かしい場所であることに思えてしまっていたのだ。
「そこをどけ。」
「私は帰るんだ、邪魔をするな。」
だけどね、テキサス。
帰りたいって思えば思えるほど、関係を断ち切りたいと思えば思えるほど。
キミはどんどん、ずぶずぶと沈んでってしまうのさ。
それで全身が泥まみれになってしまった時、キミは一体どうするんだろうね?
おや裁判官さん、また来たのかい。
ダンブラウンさん、よかった、今日はツいてるみたい。
あんたの車、確か先週洗ったばっかりのはずだったんだが?
仕方ないですよ、仕事柄どうしても恨みは買われやすいんで。
まあいいさ、またピカピカにしてやるよ。
洗ってる間はまたブラブラしてもいいんだぜ、裁判官さん。
いえ、今日はここで待ってます。
……
……
裁判官さん、聞いた話じゃ裁判官は美味しい仕事らしいじゃないか。
いい車に乗って、テレビに出て、市長からお礼されて。
なんせ裁判官ってのはスィニョーラのご意志を背負ってるモンだからな。
ラヴィニアさんみたいな、いつも車にペンキをぶっかけられてる裁判官のほうが、珍しいんじゃないのかい?
そうかもしれませんね。
ただ、いい車に乗ったりテレビに出たりするよりも、今はあなたのお店で会員カードが作りたい気分です。
ウチみたいな小さい店じゃご期待するようなサービスは提供できねえかもしれねえぜ?
いいんです。それより昔と比べて顔つきがよくなりましたね、あれからあのファミリーも絡みに来なくなったんじゃないんです?
あんたのおかげでね。
昨日大通りでそいつらとばったり出会っちまったんだが、向こうから俺を避けていきやがったよ。
にしても、まさかシラクーザにまだあんたみたいな正義を重んじる裁判官がいるとはな。
正義ね……あの人たちは私の後ろにいる人を恐れてるだけですよ。
でもよ、いくらバックにベッローネがついてるとは言え、あんたはベッローネに近しいファミリーを処罰してやったじゃないか。
シラクーザにあらせられるスィニョーラ・シチリアは正義の化身だそうだが、あの方の意志を背負ってその正義を貫き通してる裁判官なんざどのくらいいるのやら。
俺から見りゃ、あんたこそが正義の化身だぜ。
そんなこと、冗談でも言うもんじゃないですよ。
そうだ、確か前にあまりよく眠れないと言っていたじゃないですか。あの後ちゃんと医者に診てもらいましたか?
診てもらったさ、そしたら精神上の問題だってよ。
ちょっと頭がバグちまっただけだ。
あら、お悩みでも?
……悩み、とまではいかないな。
実は今のこの仕事なんだが、ただの暇つぶしでね。
別に金持ちってわけでもねえんだが、それでもあんま金は必要ねえんだ。
俺ァ一体なにをすりゃいいのかが分からねえのさ、裁判官さん、さっぱり分からねえ。
なああんた、あんたはいつもどうやって時間を潰してるんだい?
……
(携帯の着信音)
はい、ラヴィニアです。
えッ!?カラッチ部長がッ!?
分かりました、すぐ向かいます。
(携帯が切れる)
ダンさん、申し訳ありませんが、話はまた今度にしましょう。
それと今の質問ですけれど――
劇場に足を運んでみては如何ですか?私も暇さえあればよくそこに行ってミュージカルを楽しんだりしているんで。
(ラヴィニアが車のエンジンを掛ける)
店から出て来たダンブラウン。
彼は尊敬して止まないこの裁判官が雨の中を駆けていくのを目で見送るが、彼女はすぐ雨の中へ消えていった。
「いつも慌ただしいねぇ。」と、ダンブラウンはそう思いながら、作業着に濡れた手袋を拭く。
けどあんたがやってることは、何もかも無意味なんだよ。
いや、あるいは今でも希望を抱き続けているからこそ、次から次へと失望に襲われるのかもしれない。
昔はこんな日々じゃなかったさ。ダンブラウンは店の外で降りしきる雨を見ながら、ふと数年前の午後に起った出来事を思い出していた。
もうちょい雨が続くといいなぁ。そうすりゃ、朝は掃除しなくて済むようになるのに。
伏せろ!
ひぃ――!
(マフィア達がそこかしこで戦闘を続ける)
チッ……ただのボンボンかと思いきや、こうも手強い相手だったとは……
……チッ、手強い相手だな。ルビオ、お前は下がってろ。
(マフィアがレオントゥッツォに襲いかかるもアーツを受けて倒れる)
こいつらは明らかに俺狙いだ!
わ、分かった!
(ルビオが去ろうとするもマフィアに足止めされる)
ヒィ――
チッ、向こうにもいるのか!
さっさと失せろ!
(レオントゥッツォがマフィアを殴り飛ばし走り出す)
チッ、まったくやりづれぇ相手だ。
(テキサスがルビオを襲うマフィアを切り倒す)
なッ、あいつペンギンんとこの――
ん?
(テキサスがガンビーノに遅いかかる)
伏せてろ。
は、はいぃ!
(テキサスがルビオを抱え逃げた後に爆発音が鳴る)
おいガンビーノ、お前死んじまったか?
俺がそう簡単に死ぬタマかよ?チッ、まさかこうもはやく出くわすとはな……
無駄口はいい。
任務は失敗だ、今のうちにズラかるぞ。
(カポネ達が走り去る)
さっきの二人は確か……
ぜぇ、ぜぇ……ゲホゲホッ……
全員……退いたのか?
大丈夫だな。
ああ、だい……つッ……
ケガをしてるのか。動くな、傷口が広がってしまうぞ。
すでに応援は呼んでおいた、すぐ来てくれるはずだ。
俺は大丈夫だ、しかしなぜ……
今日のパーティはどこまで知られている?
それって……
いや確かに、こんな組織的で大規模な襲撃が無計画のはずがない。
それに俺の身分だって知れ渡っている、行方を探るにもそう難しくないはずだが……
まあともかく、お前が間に合ってくれて助かった。
カラッチが死んでしまった。
なんだってッ!?
※クルビアスラング※、ウソだろ!?
カラッチが……死んだ?
車に爆弾が仕掛けられていたんだ、カラッチがそこを通り過ぎるジャストのタイミングで起爆させられた、とてつもない威力だった。
カラッチ含め、彼の近くにいたガードマンも三人死んでしまった。
……現場に残された遺体を見るに、病院に運ぶ必要もないだろうな。
本当にすまない。
……
俺たちを襲った連中とカラッチを殺害した連中はきっと同じだ、一体何が目的なんだ……
(ラヴィニアが車から降りてくる)
ラヴィニア、なんでこんなとこに?それに裁判所のとこの車両もこんなに――
……ベッローネが彼女を連れて来ていたのなら、私にも知らせてください。
(ラヴィニアがテキサスに近づいてくる)
チェッリーニア・テキサス、今のあなたはカラッチ部長が死亡した際の第一目撃者にして、同時に犯人としての容疑がかけられています。
ですので、あなたをここで逮捕させてもらいますよ。
もし抵抗を見せれば、シラクーザの法を犯す行為と見なし、相応の処罰を課します。
(ラヴィニアがテキサスに手錠を掛ける)
テキサスは抵抗を見せなかった、彼女はこの裁判官が向けてくる目つきを理解していたからだ。
それと……
ここにおられる政府要員とファミリーの皆様、ヴォルシーニにおけるカラッチ部長の重要性は言わずとも理解しておられるはずです。
皆様が襲撃された一件も、カラッチの件と一緒に調査して参ります。
このラヴィニアが自らの誇りをもって誓いましょう、必ずや総力を挙げて犯人を突き止めてみせます!
おい、正気か?
もちろん。
……そうか。
一連の事件が立て続けに発生したことにより、レオントゥッツォは些か疲労を覚えた。
そしてそう思ったその時、彼は文字通り天地がひっくり返る感覚に襲われた。
(レオントゥッツォが倒れる)
レオン!
振り続ける雨は、いつまで経っても止む気配を見せてはくれない。