
いやぁ、こんな逃げ回る日々の中で、こうしてまた家の中で暖かいご飯を食べることができるなんて思いもしなかったよ。

あのバグパイプって本当に人懐っこいね、さっきまで作ってくれたご飯が美味しいってこっちで誉め立ててたぐらいだよ。

ああ、その点に関しては間違いないな。

ところで村に残る残らない件なんだが、そっちで話は付いたか?

ああ、足の悪い人たちならここに残るかもしれないってさ。二日間ぐらいは倉庫を二間ぐらい借りようと思っている。

難民がキャラバンを襲っても手ぶらで帰ってきた、なんてことは珍しくもないよ。だから取り締まりのほうも、適当に済ましてくれるさ。

だからあと何日かすれば、ラジオも事件の報道をしなくなると思うよ。その時はもう隠れなくていいし、自分たちで家とかを建てちゃえばいい。

あっ、でも鉱石病に罹った人たちは、申し訳ないけど集落から少し離れた場所に住んでもらうことになっちゃうかな。

ここの人たちはみんな優しいんだな。

そうだね。でも私たちが逃げ回ってた時に、どこか受け入れてくれる場所でもあったら、最初からこんなことにはならなかったはずだけどね。

まあ、人のせいにはできないかな。昔ならここも何度か難民を受け入れてくれたことはあったんだけど、最近は自分たちの生活も苦しいから難しくて。

たとえばセルモンもさ、もしあの兄妹を受け入れてくれる場所さえあったら、彼女もあちこち逃げ回って迷惑をかけることもなかっただろうし。

私たちみたいに今晩は村で過ごせばいいのに、あいつはどうしても村の外で夜を過ごすって言うんだ。以前ここで牧獣を襲ったことがあったから、そこの爺さんに会うメンツがないって……

……いや、今のは言わなかったことにしてくれ。もし彼女に聞かれたら、また「舐めてんのか」ってどやされちゃうよ。
(ドアのノック音の後にモニが部屋に入ってくる)

あの、こんばんは……

あれ、モニさん?こんな夜にどうしたんだい?今はまだ明かりがついてるから、私が住居まで案内してあげようか?

ありがとう、でもそろそろ目が慣れたから大丈夫よ……

……その、リードちゃんはいるかしら?

リードを探してるのか?彼女なら一人で出かけて行ったぞ。

きっとリードも色々と悩み事があるんだよ……ここに来てから、セルモンまったく彼女と会話しようとしないし。

心配するな、バグパイプが探しに行った。

あー……もしかしたら一人で静かになりたいだけなのかもしれないぞ、言い換えればな。
(バグパイプとリードがぶつかる)

ぶへっ!あっ、ご、ごめん!

……平気。

ごめんね~、まさかここにいるとは思わなかったべ、よく見えなかったよ。鐘が鳴るごとに真っ暗になっちゃうものだから、まだ目が完全に慣れてなくて。

でもぶつかったのがリードちゃんでよかった。もしほかの人だったら、ウチに吹っ飛ばされてたはずだべ。

でも、確か今日の夜は見回りをしなくていいって言ってなかったべか?

ちょっと……風に当たりたかっただけ。

ははぁ~、さては干した藁ぐまのいい匂い目当てでしょ。

……藁ぐま?

そそ、ほらあっちにある藁ぐま。ウチも久しぶりに嗅いだもんだからさ、ついでに出てきちゃった。

むかし軍学校を受験する時にね、理論学の勉強でもう頭がパンクしそうになってたんだけど、藁ぐまの上に寝っ転がったらそりゃもうスッキリでね。

お母ちゃんからはよくサボりだーとか、辛いからって逃げちゃダメだーとか言われるけど……頭にモノをガンガン詰め込むと疲れちゃうでしょ。

……そうだね。

だからさ、ちょっと手ぇ貸してみて?

えっ……

いいからいいから、ほら一緒に寝っ転がろ!少しだけでいいから!

ウチ考え事とかそういうの苦手で、なーんもリードちゃんを助けてやれないかもしれないけどさ、この藁ぐまに寝っ転がったらきっとイヤなことも少しはすっ飛ぶべ!

よいしょ――!
バグパイプは藁の上に寝っ転がり、先ほど農夫から教わった歌を口ずさむ。
そこに暖かく湿った夜風が吹き、リードはバグパイプに勧められたように、ゆっくりと一息をつく。
ただし彼女が嗅ぎつけたのは干し草の匂いではなく、湿った土と灰燼の匂いであった。

三年も我が家に帰ってないって考えるとね、なんだかいっつもおかしく感じちゃうんだよね~。

畑を耕すことも、麦を収穫することも……一年も家に戻らなかったら、そういった大事なことってぜーんぶ忘れちゃうじゃん?

家から届く手紙だってそう。たぶん次受け取れるのはロドスに戻ってからだべな~。

バグパイプは……家が恋しいの?

そりゃそうだよ、リードちゃんは?ヒロック出身なの?

……ううん。

ただ、昔はヒロックとそう変わらない町に住んでた……赤いレンガに灰色の歩道、二三階建ての家屋に、窓の外にまで伸びた草花。

あの頃が……とても懐かしい。

昔は、家にたくさんの古い本が、写本とかが置かれていたの。私はいつもそこの書斎に鍵をかけて引き籠もっていたんだ、そうすればうるさく感じないから。

へー、うるさいって家族が多いから?それともよくお客さんが家に来るとか?

……いや、そうじゃない。ただ隠れていれば、色々と面倒事に巻き込まれずに済んだから。

書斎の窓からは街の風景が見えていたの、父さんと母さんが一日の仕事から帰ってくるところも。

できることなら、私はあの頃に戻りたいかな。

あっ、もしかしてその住んでた場所ってのはもう……

うん。

なんか、ごめんよ……悲しませちゃったかな?

平気、もう昔のことだから。

だからそう考えると、日常を壊されてしまった人たちや、ここにいる故郷を棄てて逃げ出した難民たちと私は、一緒なのかもしれない。

家を建て、新しい暮らしを始めることはできるけど……その人たちの故郷と呼べるような場所は、きっとそこじゃない。彼らの故郷は、一体どこにあるんだろう?

止むを得ず遠くまで逃げなければならない人たちも……終わりのない逃亡劇を繰り返すしかない。彼らもまた、一体いつまで逃げ回ればいいんだろう?

う~ん……その問題って、一人で考えてもラチが明かないべね?

うん……

あっ、別に考えてもムダって言ってるわけじゃないよ!

一人で考えても何も出ない時は、みんなで一緒に考えればいいべ。ウチも昔分かんないこととかがあったら、いっつもチェンちゃんに聞いてたもん。

それからは、ウチの隊長にばっか聞いてたっけなぁ……へへっ、二人とも口ではイヤイヤ言うけど、毎回答えが見つかるまでずっと付き合ってくれるんだ。

リードちゃんはどうなの?そうやって本音とかを打ち明けられる人とかはいる?たとえば兄弟とか姉妹とか、あと同級生とか戦友とか……

……

姉が一人……いるんだ。

でも……

あんまり仲がよくない?

……いや、そういうわけではない。そういうわけじゃ……

実はセルモンの言ってることも間違ってはなかったべ。おめーさんは確かによく口癖で“イヤ”って言っちゃうね。

でも一つだけ間違ってる。リードちゃんはね、自分のことになると“イヤ”って言っちゃうんだべよ、なんだか……うーん、上手く言えないけど、ナニかから逃げ出そうとしてる感じがする。

……似たようなことを、以前にも言われた。

えっ、そうなの?

その人は……私を助けてくれた。それで私に、死ぬ必要はないって、自分の運命から逃れることはできるんだって、そう言ってくれた。

あぁ、それOutcastさんか~、確かに言いそう~。

でも後悔してるの……もっとたくさん話しておけばよかったって。

どうして私を助けてくれたのって、すごく聞きたかった。

あの人は……私から何を見ていたんだろう?

まあ、当の本人が何を思ってたかはてんで分かんないけどさ。

でもリードちゃん、彼女に聞く前にまずは自分に聞いてみたらどう?おめーさんは自分から何が見えているの?

私……自身に?
(茂みをかき分ける音)

あっ、誰かこっちに来てる。

あのモゾモゾしてる動きは、たぶんモニだと思う……夜はあんまり目が見えないから。

えぇ、なして一人で出てきたべさ?

モニさーん!なんかお困りですかー?

あっ、そこでジッとしててねー!ウチらがそっちに行くからー!

……ありがとうね。

あの、リードちゃんはどこか知らない?出かけたって聞いたものだから。

私ならここだよ。

……急にごめんなさいね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、その……私もあなたたちと一緒についてっていいかしら?

どこへだって構わないわ。これでもまだ動けるし、働けるし……なんなら戦うことだってできるから。

……

モニは……戦いたいの?

ええ。周りから自分はもう長くない、どうせどこかでひっそりと息を引き取るんだって言われてるけど。

私はそんなひっそりと死ぬなんてことはしたくないの。

「ターラー人で生き残りたいのなら、もっと低い給料しかもらえない仕事に乗り換えな」とか、「鉱石病をもらってもまだ生きたいのなら、感染者収容区域に入るしかない」とか……

そういうのはもううんざりなの。

以前ならこんなことまったく考えようともしなかったけど、あなたに会って考えが変わったわ。

あなたも感染者だって、周りから聞いたわよ。セルモンを説得して、私たちも一緒に連れて来てくれたのよね?

モニも、その……私を信じてくれるの?ヴィーンと同じように。

あんまりプレッシャーに思わないでちょうだいね。私……あなたの重荷になりたくはないの、ほかのみんなのもね。

私はただ何かしてあげたいってだけなのよ、なんだってするわ。私みたいな人はほら、もう何も失うものはないだからね。

もし私もターラーのために何かできるのならそうしたいの。この足がまだ動ける限り、あなたたちと一緒にいたい。

……

いいじゃんいいじゃん。ほらリードちゃん、難しいこととか細かいこととかは一先ず置いといてさ、とりあえず一緒に行こうよ、ね?
赤髪のヴィーヴルにとって、これはリードの返答を待つまでもなかった。なぜならリードが返答しなくても、彼女はすでにリードの手を引っ張って歩き出したからだ。
ぐいぐい引っ張られながらも、リードはモニに振り向く。モニは夜盲症だ、夜になれば手を引いてあげなければならない。
だからリードは、なんの躊躇もなくモニに手を伸ばした。

……そうだね、一緒に行こう。

アルモニ殿~、ようやく来てくださいましたか。てっきり今日はお会いできないと思っていましたよ。

子爵様が催されたパーティなんですから、見逃すわけにはいかないじゃないですか~。

それはごもっともで。貴方様はトロント侯爵のご友人にして、子爵様の賓客ですからな。

貴方様がご紹介してくださったおかげもあって、私の以前の商売も順調にことを進めることができました。ずっとそのお礼を申し上げたかったのですぞ。

お礼だなんて、そんなの結構ですのに~、ホールさん。

貴族の出身でもなく、事業を所有してるわけでもない、たかが皆様の足となっているだけのしがいないトランスポーターなんですから~。

(グラスを軽く掲げる)

あら、あちらの方は……

ああ、彼。フィッシャー殿、市政部門の人気者です。

へぇ?初耳ですね。

ついこの間この郡に派遣されたのですから当然でしょう。彼みたいな若者が出世したいのであれば、常々人一倍の努力をしなければなりませんからな。

フフッ、誰だってそうじゃないですか~?

ワハハ、ご謙遜を。

そうそう、こちらの何人かの友人から聞いた話なのですが、近頃大公爵たちは軍を頻繁に動かしてるみたいですな。大公爵領の中枢都市もみな警戒態勢に入っているとか。

アルモニ殿はほら、いつも情報に通じているではありませんか……ですので少しだけ教えて頂けませんかな?その、戦争は本当に差し迫ってきているのかどうかを。

新聞ではどこもそう予想してらっしゃるんですか?まあ無理もありません、公爵らの艦隊ならすでにロンディニウムの市外に到着していますからね。

サルカズどものことなら別段気にすることでもないのですが、ただ大公爵らの間ではその……オホン、これはあくまで聞いた話ですので、あまり真に受けないでくださいな。

近頃、大量の源石燃料がトロント郡に流れ着いているようでして。それにここの侯爵とカスター公は昔から仲がよろしいですし、鉄公爵の領地とも隣接しているものですから、もしかて……

もう、考え過ぎですよホールさん。都市を跨いでの源石燃料取引は必ず批准を経なければならないのはご存じでしょうに、どうやら市政部門で情報通なご友人をお持ちになられてるようですね?

あっ、あはは……まあ、これもすべては商売のためですからな。

アルモニ殿が戦争にあまり興味がないのは分かりますが……今日はほかの都市からここへ来られたのでしょう?

幸いここへ来る際は何も起こらなくて、私もホッとしましたよ。ただ、お帰りの際は十分にお気をつけくださいね。

聞いた話じゃ、移動都市の外にある集落がかなり荒れているようで、強盗が時々現れるとか。つい数日前もほら、放火事件が起こったじゃないですか。

ホールさんの注目を浴びる強盗なんて珍しいですね?

注目とまでは行きませんよ。あんな田舎者が集まるような場所じゃ似たような事件はごまんと起こりますからな。

ただ、奇妙なのはそこにあった炎でして……ハハ、まあ所詮は作り話でしょうし、都市伝説みたいなものとして聞き流してくださいな。

目撃者が言うには、その炎は普通の炎ではないらしくて、威力も爆発並みだとか。ただ現場のどこを探しても源石爆弾の類は見つからない上、簡単には消せないようなんですよ……

……
不思議な炎。
偶然という可能性も否めないが、彼女からすればとても聞き覚えがあるものであった。
まさか……ラフシニーが?
今の話を聞いて、アルモニはとても吃驚してしていたのである。
“オフィサー”の忠告を思い出したことで、彼女は内心ざわめき始めた。ラフシニーの情報も、あのロドスという船舶がロンディニウムに入泊してからまったく入手ができなくなっている。
疑いようもなく、ロドスは何者かの協力を経てその動きを隠匿しているはずだ。あの製薬会社が、彼女の当初の想像よりもさらに上を行っていることは間違いないだろう。
しかしこれは、ヴィクトリアのその他勢力がそう易々とロドスに身を置いているラフシニーを見つけることはできないことも意味する。
しかしなぜだ……なぜラフシニーはあの船を離れたのだ?
なぜこんなにもアイブラーナに近しい土地に現れたのだ?
そうアルモニが困惑する中、その背後にはとある視線が向けられていた。
アルモニがこの宴会場に入ってきてから、彼女の一挙一動は自ずと注目の的になっていた。
しかしこの時になって初めて、その視線は真の意味で彼女の身に注がれるようになったのである。

アルモニ殿?

……ん?

あぁごめんなさい……夜に参加する舞踏会のことを考えていました。その時につけるイヤリングなんですけど、どの色が似合いますかね?

……先ほどお渡しした一連の事件に関連するプロファイル、及び私からの報告にはすでにお目を通されているかと思います。

そのためにこちらも、今すぐ行動に移ったほうがよいかと思われますが……

ご苦労様、よくやってくれたわ。ところで、そこの机に置かれているウィスキー風味のチョコはもう召し上がりになられた?

――!

……ご機嫌麗しく存じます、カスター公。まさか公爵様がこちらの宴会にお越しになられるとは思いもしませんでした。ましてやここでお待ちになられていただなんて。
(カスター公が姿を現す)

こんな盛大に開かれたパーディなんですもの、見過ごすわけにはいかないでしょ?楽隊の演奏も、隣の部屋で聞いていてとても心が躍るものだわ。

あなたも楽しんでいるといいのだけれど。

私は……まだ任務がございますので、こんなところで気を緩めるわけにはいきません。

そうね。我々が行っている一切の努力も、すべて民衆の安寧なる生活のため。

とりわけ諜報員はその見守り役として、平時の際も常に神経を尖らせておかなければならない。けど安心してちょうだい、あなたたちにもきっといつか穏やかな日々がやってくるわ。

そうそう、身体の具合はどうかしら?

……私みたいなしがいない諜報員にもご関心を寄せて頂き感謝致します。

私なら――

まあまあ、そう堅くならないでちょうだいな、何もやましいことはしていないのでしょう?さっきも言ったように、あなたはもう十分頑張ってくれたわ。

だから今回の任務が終了した際の褒美として、昇進か退役か、好きなほうを選ばせてあげるわ。