前方の天候は小雨、ルートはすでに確認済みです。ルート上にある観測所からの通行許可も取得しました。
またドーソン子爵からの通信が来ています。今回の通行を契機に、ダブリンと代表と面会したいとのこと。
またこちらに寝返った貴族が現れたな。
大丈夫よ、リーダーは彼らに何かを示すつもりなんてないから。
少し媚びを売っただけでダブリンと和平を結び、領地内にいるターラー人たちを宥めようとするだなんて、少し考えが甘すぎないかしら?
相応の誠意を示すには相応の対価が必要だってことを、彼らもいつかは学ばないといけないわね。
リーダーは今もお前に交渉を任せているのか?
先に私のことを忘れてもらうように、少し時間をかけなきゃならないけどね。
それはいい心掛けだ。私からすれば、お前は色々とミスが多いからな。
ふっ……あなたが直々にこの艦に上がって報告しに来たってことは、ラフシニーを捉えられなかったってことみたいね。
知っているのなら聞く必要などないだろ。
私の部隊を妨害し、なおかつその後にヤツが通ったポイントをこちらに仄めかしてきた。そうやってヤツを救おうとするお前の方法にしては、あまり巧妙とは言い難いな。
あら、もしかしたらあなたを助けようとしていたのかもよ?
だってリーダーから、あの子を殺せだなんて言われてはいないんでしょ?
だが殺すなとも言われてはいない。ヤツが好き勝手のさばっていられるように、リーダーは私の独断、私なりのヤツへの扱いも許可してくれているのだ。
お前の知り合いに苛烈な手段を取ったとしても悪くは思わないでくれよ、アルモニ。今のヴィクトリアで、一匹のドラコを好き勝手のさばらせようとする者などいないのだからな。
私のことならお構いなく、別にあの子とはそんなに仲がいいってわけじゃないから。
それにほら、これからあの子が隠れ蓑にしていたあの製薬会社を見に行こうとしているんだし。
うふふ、もしかしたら、先にあの子を捉えるのは私かもしれないわよ。
……おいちょっと待て、ルート上に建物を確認したぞ?視界が酷すぎて発見が遅れてしまったのか?
この一帯のルートはどいつが策定したんだ?先日の観測チームは?
もう艦隊の進路を変更することは不可能だ、まずは建物内に人がいるかどうかの確認を取れ。
……そうか、分かった。木造建築、建物そのものは小さく、戦艦の履帯に影響を及ぼすことはないんだな。なら予定通り、進路そのままだ。
……あらら、またミスっちゃったわね。
多少の犠牲は止むを得んさ、なにせ戦争だからな。
言いたいことは分かるわ。でもね、私にも私なりの“独断”ってもんがあるの。
ラフシニーがその犠牲ですって?ちょっとそれは対価としてデカ過ぎるんじゃないかしら?
なんせあの子はドコラの血が流れているでしょ。いくら鉱石病に罹っているとはいえ、利用価値ならまだまだ十分よ。
ええ、彼女を連れ戻す任務は失敗しました。
対峙したところ、どうやら相手は戦う意思がないようでして。むしろ逃げ回るばかりでした。
それと……ターラー城に入って行った彼女の痕跡を追跡したところ、遺跡内で“火”が消されました。
どうやら感染者であるためか、彼女のアーツが何かしらの変化を遂げたのではないかと。
鉱石病があの子の力を増長させたのではないかと、そう考えているのか?
ふふふ……そんなはずはない。
あの子は私の妹だ、僅かでも私と対峙できる力を持ってくれなければ、それこそ失望してしまう。
それで、あの子の傍には誰がいたのだ?
流民が何人か。彼女もその流民たちの前では、頑なに自分のことをリーダーと呼称していました。
そうか。ならもうあの子を追跡する必要はない。
ようやくドラコとしての自覚を持ったのであれば……
きっとすぐにでも、私のもとへ帰ってきてくれるさ。
なあ、本当に長距離貨物列車に乗れる場所はここなのか?
そだよ、ウチもヴィクトリアから逃げ出す際はここで乗ったんだから。
……
……なあ、バグパイプ。
え?
……憶えているか、私が以前お前に、お前が求めている真相とは何か、知ってどうするのかと聞いてきたことを。
正直言って、もうとっくに知っているんだろ?今のヴィクトリアで起こっている大多数の出来事は、そのほとんどがああいった権力闘争が起因だ。
うん、それはそうなんだけど……でも、巻き込まれている人たちはみんな違うからさ。
ウチの考えなら前のまんまだよ、ウチの報告書を外に伝えなきゃって。
でも、一体いつになったら、ウチのこの報告書を受け取ってくれる場所がヴィクトリアに現れるんだろう?
ウチは一体どうすれば、そういう風にヴィクトリアを変えてやれるんだろう?
あんなに色々と経験してきたのに、まだヴィクトリアを変えようと考えているのか?まったく、お前というヤツは本当に……
本当に、なに?バカだとか?それとも頑固だとか?
……諦めが悪いな。
そりゃそうだべ!そうじゃなきゃこうして今も友だちをやってないでしょ?一度決めたらそう簡単には曲げない!チェンちゃんも、ウチとウチの隊長となーんも変わらないべ!
お前から言われると褒められてるようには聞こえんな。
それにね、ここ最近ずっと考えてたんだ……他の人の夢は絶対に叶わないなんて、そんなの言いきれないべ?
(砂嵐の雑音)
ヴィーンから渡されたそれ、まだ持っていたのか。
うん、変?
……はぁ、貸せ。そのラジオもかなり寿命が来ているはずだ、お前がそいつを持ってるとクズ鉄にされかねん。
(チェンがラジオをいじる)
よし、こんなもんだろ。
……領地全域に通達します。ヴィクトリアとカズデル勢力のロンディニウム周囲における衝突が徐々に激化してきました……
もう間も……(ジジ)……戦争が……
ウェリントン公も……(ジジ)……
戦争への準備を……
……
……
はい、今ちょうど車で戻るつもりです。偵察の任務なら無事に終えました、怪しい動きは見つかっておりません。
以前あの身分で使用していたオフィスのことですか?そちらへ戻り次第、痕跡をすべて消去しておくのでご安心ください。
もし滞りがなければ、公爵様からの抜擢をお受けするつもりですよ。
いえいえ、誤魔化すつもりなど。その時になれば、私は棄てられてしまう身ですから、今こうしてそちらにお伝えしたところで、さして重要なことでもないでしょう?
(無線が切れる)
……
少し散歩でもしますか。
(ヴィーンが近寄ってくる)
あっ、そこのお客さん、お人形は如何ですか?川の向こうから商いに来ましてね、そこのお婆さんが作られたとても精巧な逸品なんですよ。
いえ、結構です。
そうですか……あの、この近くに住まれてる方でして?
……まだ何か?
いえいえ、少し見覚えがあるっていうか。すみません、私つい最近ここへやって来たものですから、まだ全員の顔を憶えきれていなくて。
私はヴィーンです、物売りをしています。もし買いたいもの売りたいものがありましたら、いつでもお声がけください。私が商いついでに取り寄せてきますから。
実は私はそこに住んでいるんですよ。ほらあそこ、昨日出来上がったばかりの家でして。集落からちょっと離れてはいますが、大通りの横にありますからね、悪くはないと思うんですよ。
おや、これはあなたのお車ですか……じゃあ本当にただの勘違いだったのかな?
本当にすみません、お邪魔してしまって。では私はこれで――
そこへ二人とも思わず振り返ってしまうほどの、大きな地響きが起った。
巨大な影は地平線の向こうから浮かび上がり、彼らの足元の地面はいつまでも揺れて止む気配がない。
……
……この音は、一体……?
いや違う、それよりもあれはなんだ?
……あれは軍、なのか?
……昨日、私は四百キロも向こうにいたあの軍の偵察任務を終えたばかりでした。
えっ、急になんの話ですか?
強硬的な手段として武力行使に走る鉄公爵こそが我々の最大の敵だと、私はずっとそう信じてきたのです。
彼が支持する中、ダブリンは民衆の憎悪を煽り立て、関係ない一般人たちを全面戦争へと巻き込んでいった。そこで我々は、彼を牽制する方法を探さなければなりませんでした。
私の任務における一挙手一投足も、いつも数百あるいは数千もの一般人の方々の命がかかっていたというのに。
なのに……
それ以上声を発することはできなかったことを、フィッシャーは気付く。
ゴゴゴゴゴゴ。
高速戦艦が率いる打撃群は既定された航路を走っている。
ここはカスター公の領地だ。ここで何が起こっても、戦争の通り道になったとしても、戦争がヴィクトリアの地を踏みつぶしてやって来ようとも、彼女は静観し続けるだけだ。
……はやく逃げたほうがいいですよ、ターラー人のお方。
立地を間違えましたね。
ど、どうして?
ここはまだカスター公の領地です。ここの境界線は曖昧なものですから、まだ越えてはいなかったということですよ。
ここしばらくの駆け引きを経た末、トロント侯爵は結局のところウェリントン公へ寝返ることはせず、さらにターラー人への管轄を厳しくしてきました。
もしかすれば二日後にも、あなたたちはまたあの粗暴な巡察隊と遭遇するかもしれませんね。相手もまだ、指名手配に載ってるあなたの顔を忘れていないのかもしれませんよ。
もしかして彼は、公爵の意向を勘違いしていたのでしょうか?彼もまたこの戦争で犠牲になる一枚の駒に過ぎないのでは?
まあ、その答えを知る者などいないでしょうね。
……でなければ、こんなところにポツンと一軒家が建てられることもなかったのですから。
あの、一体なんの話を……
――待った、思い出したぞ。き、君はあの時私たちを捕まえにきた人か!
な、何をするつもりなんだ……
フィッシャーは答えず、徐に背を向けて車に乗り込み、エンジンを起動した。
そんな彼の背後では、レンガ作りの小屋が崩れる音と、そこに住まう人々の悲痛な叫び声が聞こえてくる。しかしそれもすぐに、高速戦艦の轟音に呑み込まれてしまったのであった。