誰です?
……
待ちなさい!
ここがどういうところなのか、今あなたが持ってるその剣がどういうものなのかは分かっているのですか?
これは私がずっと探していた剣だよ。
……
誰に指図されたのか、はたまたなぜここに現れたのかは一先ず不問にしておきます。
剣をこちらに渡してください、それから宗帥のところへ一緒に来てもらうます。
薄情で信義に背くようなあんな人に、この剣を所有する資格はない。
黙れ!
宗帥は長らくここ玉門を守ってくださったお方だ、あなた如きに侮辱される謂れなどどこにある?
減らず口を、あなたこそ何が分かるっていうのよ!いいからそこをどいて!
これまで色々と不法な輩を逮捕してきましたが、あなたほど他人を見下しているような人は初めてです。
こっちこそ、あなたみたいな表面を見繕って、実際は中身が私利私欲だった連中はごまんと見てきたよ!
(ズオ・ラウが剣を抜く)
そこまで非協力的であるのなら、こちらも強硬手段を取らざるを得えません。
やれるもんならやってみろっての。
勝負はついた。
私たちの勝敗は、ここでつけるようなものじゃないけどね。
人か、それとも襲ってきたその訳か、どちらかは必ずこの場に残していってもらうぞ。
(兵士達が駆け寄ってくる)
私は答えが欲しいの、でもあなたじゃ出してくれそうにもないわね。
(冷淡な女性がその場から消える)
結局逃がしてしまったか。
あれだけの傷を負ったんじゃ、そう遠くには逃げられんよ。
ウェイよ、お前の老骨もそろそろガタが来たようじゃな。
助かったよ、リン。
赤霄剣の主ともなる人が、仇に襲われた際に他所から助太刀を入れなければ凌げないとは、お前さんも落ちたものよな。
あんな仇、まったく身に覚えがないのだが――
……
まったく、次から次へと!今度は向こうで何かが起こってるようだぞ!
(戦闘音)
くッ……!
ケガをしたそんな身体で逃げられるものですか!
お前は……?
……
宗帥、お気を付けください!
……
(異部族の恰好をした少女がチョンユエとズオ・ラウの間を通り抜け、ズオ・シュエンリャンが兵士を引き連れてくる)
宗帥、ここで何が起った?
いや、私が不用心だった。
剣を盗まれてしまった。
ご報告します、城内半径五里以内を捜索ししましたが、例の刺客は発見できず。また、その他怪しい人物も発見できておりません。
襲撃された事例はなく、中枢区画及び武器庫に侵入された形跡も見つかりませんでした。
それは痕跡が“見つかっていない”のではなく、そもそも侵入されたことが“確認できなかった”のではないのか?
それは、まだ確認が……
この世の中に、まさか好き勝手玉門の軍営に出入りが出来て、なおかつ四名もの達人にすら阻まれぬ者がいたとは。
まことに奇怪に思える事件だ。
私が油断したせいでこうなってしまった、面目ない。
先の刺客について、ウェイ様は何か心当たりはございますかな?
これまで私の命を奪おうとする者は数多くいたが、見ての通りこのウェイは今もしっかりと生きている。
片や相手が諦めてくれたおかげでもあり、片やその相手がすでに土の下に埋まっているおかげもあってな。
しかし先ほど遭遇したかの刺客については、まったく見当がつかない。
……
ズオ・ラウ、そちらで何か発見はあったか?
突発的な事態であったため、手に及ばず、刺客を捉えるには至りませんでした……
なぜ刺客を捉えられなかったのかを聞いているわけではない、そこで何を見たのかと聞いているのだ。
剣を盗みに潜入してきた刺客は若い女性でした、逃走した際にケガを負っています。そのほかの手掛かりは……何も。
……
盃は粉々に砕かれ、残された僅かな破片は平祟侯の掌にしっかりと握りしめられていた。
今は賓客らがおられる場面ではあるものの、それでも彼は一瞬だけ怒りを抑えられずにいたのだ。日中、弓を引く際に震えてしまっていた手を抑えつけられなかったように。
事態がここまで進展してしまった以上、言い訳は無意味だ。
下に伝達せよ。直ちに城門を封鎖し、区画ごとに歩哨所を増設させ、不必要な移動を禁止させるように。
それと市内全域に通達せよ。玉門城は二日後の申時に、減速し航路の調整段階に入る、住民らは相応の準備に取り掛かるように。
了解しました。
ズオ・ラウ。
はっ!
刺客を捉え、宗帥の佩剣の奪還し、さらには市内に潜んでいる山海衆の捜査の任務を言い渡す。必ず今伝えた三つの任務を完遂させよ。
三日の時間を与える、私の兵もお前に預けよう。
情報を漏らすことなく、一般市民らを巻き込まないように心してかかれ。
はっ!
リン殿はどちらへ?
玉門軍らが配置についた後には、もうすでにその場から立ち去っていた。
なにせ政府役職の者ではないからな。平祟侯の命令を受けるにしても、色々と不都合であろう。
だから代わりとして、私に何か手伝えることはないかな?
今日の刺客は明らかにウェイ様が目当てでやって来た輩です。ならばまずは、ご自身の安全を第一に考えてくださいませ。
事が収まって龍門へ戻られる際は、こちらから軍を護衛につけて差し上げましょう。
そのためここしばらくの間、ウェイ様にはあまり動かないで頂きたいのです。
その“動かないでもらいたい”というのは……
字面通りの意味でございます。
残りの仕事は、我ら玉門だけでも片付けられる。そちらのお手を煩わせる必要はございません。
……当然だろうな。
今回の相手は中々いわくつきの存在だ、だからここはやはり私に任せ……
宗帥にはここ軍営に留まって頂き、太傅と魏様の警護にあたっていただきたい。
しかし賊共を市内でそのままにしておくのは危険だ。
此度の一件は巨獣を起因に引き起こされたものだ。宗帥の身分からして、あまり手を出すには不都合であろう。
なにせ宗帥の正体を知っている人は、この屋内にいる方々に限られているからな。
将軍は淡々と伝えるも、室内は却って静まり返ってしまった。
そこへどこからか、誰かのため息が聞こえてきたのであった。
分かった……それも良かろう。
末将の手はずは以上になります、太傅。何か異議はございますかな?
平祟侯の判断を信じよう。
承知致しました。
では手はず通りに、直ちに行動に移れ。
……
師匠、大丈夫ですか?
この世の中に、あいつに傷を付けられる人などいるはずもないでしょう。死んでも信じられませんよ。
お前は相変わらず私をよく信頼してくれているのだな……
どうやら二人とも話はすでに聞いたみたいじゃないか。
市外に配置された兵はまあ一旦置いておくとして。市内の治安維持は、本来ならあの人の管轄でしょう。左宣遼からそう言い渡されたのは、明らかにあの人を信頼していない証左です。
ズオ将軍の考えなら理解している。
だからここしばらくの間は、私に代わってお前たちに色々と動いてもらいたい。
今回の事態は今までとは違う、相手も殊更に厄介だ。できることならズオ・ラウのほうも、手伝ってやってほしい。
あの人のあの性格では喜んで手伝いを受けてくれるとは限りませんよ。
なら私たちの間にあることも、このタイミングで解決するわけにはいかないだろうな。
言われずとも、それぐらいのことは分かっています。
となれば、ここ数日はお暇を戴くことになる。せっかくだ、『武典』最後の数章を書き上げよう。すまないが、また手を貸してもらうことになるぞ。
いいえ、生徒である僕の当然の務めですから。
すまないな。
ではほかに用事がないのでしたら、僕たちはここで一旦失礼致します。師匠もお早めに休まれてください。
(チュウバイと録武官が立ち去る)
剣を失い、がらんと壁にかけられた刀掛けを見たのやら、はたまたほかの何かを目にしたやら、男はついその場ため息をついた。
この一局で、お前は一体どれだけの人たちを巻き込むつもりでいるのだ……
清らかな水が濁流に注がれれば、もはや二度とその濁流から元の水を掬い上げることはできない。そんな道理すら、お前はまったく弁えていないというのか?
たとえお前がそれに取って代わったとしても、一面の混沌から彼女と再び相見えることができるはずもない。
一体、何が目的なんだ……
今でも遠くから、微かに巡察する兵たちの甲冑がぶつかり合う音が聞こえてくるが、しかし聞こえてくるのもそれだけであった。
夜空はとても蒼茫としていて、ようやくこの喧騒な夜も落ち着きを取り戻す。
しかしそんな夜空に、とても長いため息が溶け込んでは消えていくのであった。
(異部族の恰好をした少女が冷淡な女性の前で倒れる)
……あら?
中々勇ましいじゃないか。
おやまあ、まさかあなたもここにいたとはね……
当然だ。
もしかしてあなたも私を止めに入るつもり?
名人というのはあえて妙手を意識せずに駒を打ちこんでいくものだ。お前の先ほどの行動は、少しばかり無理があったのではないか。
ふむ……あるいは、お前もすでに時間は残されていない、と言ったところか。
時間がないのを言うのなら、あなただって余裕はないと思うけど。
奴が“己”を剣に封じ込めれば、もはや手に掛ける必要もないとでも思っているのか?
私は“全”のために来たのよ、二十分の一の存在を気に掛けるわけもない。
むしろあなた、自分なら彼に取って代われるとでも思っているのかしら?
取って代わるつもりなどない、私は終始私であるからな。
彼は私に色々とデカい借りがあるの、それをきちんと清算しておきたくてね。
それはお前たちの恨み辛みだろ。
私たちは敵ではないはずだ。
それはあなたが決めつけられることではないわ。
だが少なくとも今、お互いにもっと重要なことをやらなければならないのは事実だろ。
それが互いの足枷になっているとは思えないのだがな。
それ、私に和議を申し入れるつもりなのかしら?
この二点の事実があるだけでも、お前が拒否する理由にはならないはずだ。
……あなたってば、やっぱりあなたのほかの“兄妹”たちとは違うわね。
なら次会った時、あなたから面白いものを見せてくれるのを楽しみにしているわ。
お嬢!今日なんか怪しい連中に襲われたって――
声を抑えてちょうだい。
言ったでしょ、こんなあからさまに会いに来ないでって。
す、すいません。でも、無事で何よりっす……
で、そっちの進展は?
数年ぶりに玉門の市場が開かれたことっすから、人も物もごった返していたせいで、有益な情報はあんまり手に入りませんでした。
……
なら私たちに代わって、ほかの人たちに調べてもらいましょ。このまま私たちが調べたって時間の無駄だわ。
それって……
玉門の市場に集まってる商人たち、一体どれぐらいが現地の人たちで、どれぐらいが龍門からやって来た人たちなんでしょうね?
そしていま言った後者のうちのどれくらいが、近衛局側からの手続きに不備があったせいで、私たちの世話になった人たちなのかしらね?私たちよりも上手く立ち回れる人なら、すぐ見つかるはずよ。
お嬢、それはちょっと……道義に反するやり方なんじゃないすか?
いいから、私の言う通りにしなさい。
(龍門からの観光客?が立ち去る)
……
半月前
巨獣の、信徒?
情報の出処なら詮索は不要だ。
大炎が幾千年にも渡って対峙してきた相手は、表面にしか存在してきたわけではない。今はそのことだけを知っていれば十分だ。
玉門は一年を通して龍門からの補給を受けておりますが、そこの治安維持は長官の管轄ではないはずです。
玉門は金城湯池の盾とも取れる要塞だ。しかしそんな盾にも虫は生えてしまうもの、それを誰かが代わりに駆除してやらねばなるまい。
そこで君にこの件を任せてやりたいのだ。
あちらへ向かう際は龍門近衛局の特別指揮官という身分を与えておこう、名義上の職務は両都市が接舷してる期間の治安維持だ。私からも一定の支援をやっておく。
徹底的に玉門の民間に潜む危険因子を調べ上げ、玉門が無事に帰航できるよう安全を確保するのだ。必要とあらば、過激な手段を取っても構わない。
……
どうして私なのですか?
君がリン・ユーシャであって、君ならやってのけると思っているからだ。
あの頃鼠王が龍門にやってくれたことを、もう一度玉門でもやってもらいたいのだよ。
……私に事情を伝える前に、父さんにはまったく相談していませんね、ウェイ長官?
(リンがユーシャに近寄ってくる)
ユーシャや。
父さん?ここに来るだなんて聞いていないんだけれど。
ウェイのやつから任務を受けたからには、ついて行ってやらんわけにはいかんじゃろ。
……知ってたのね、全部。
確か“密輸者の捜索”、だったかな?
父さんを困らせたくないだけよ。
儂に無理くり儂の娘にウソをつかせよって、まったく奴は何を考えておるのじゃ。
断ろうとは思わなかったのか?
危険を排除し、住民らの安全を確保維持する。どの道誰かがやらないといけないでしょ……
その任務をこなせる人物なら奴の下にはごまんと就いているはずじゃ、なぜよりによってお前さんに任せることにした?
それは……
まあよい、尻尾の先っちょぐらいのおつむでも思いつくわい。どうせまた奴が唆してきたのじゃろ?
なら今日の夜に起こったことも、お前さんと共有せねばなるまいな。
それで玉門の防衛軍が城門を封鎖したのね。
一日で連続してこういった事件が発生しただなんて、偶然にしては出来過ぎているわ。
龍門総督の暗殺未遂、宗帥の剣の盗難、欽天監のトランスポーターの殺害、どれか一つを取っても、世の中がひっくり返る大事件じゃ。
それが同時に発生したとなれば、これら事件を後ろで牽引している勢力の規模は計り知れん。
ウェイのやつがお前さんのとこに来た時、今回の事態がどれだけ危険なものなのかは教えなかったのか?
今までとは段違い、としか。
ここ玉門は龍門ではないし、お前さんは儂ではないのじゃぞ。
分かってる……しっかり気を付けながら対処するから。
今回龍門から連れてきた黒子たち、みんな長年父さんについてきたベテランたちなんだし。
こういった裏社会の事情なら、私だってそれなりに経験は……
そこまで考えがまとまっているのなら、儂もとやかく言わんでおこう。
さっさと事を済ませて、お前さんが無事ヴィクトリアへ行けるといいんじゃがな。
ただの留学でしょ、行かなくても大したことは……
じゃが、ここしばらくの間ずっと儂の手伝いか、近衛局の代打かで、まったく自分のしたいことができなかったじゃろうが。
あれは全部やりたいからやっただけ、これもすべては龍門のためよ。
道が見えていないからといって、その道がないわけではないんじゃぞ。
たまにこう考えてしまうわい。お前さんもチェンみたいに――
ゴホッ……ゲホッ……
どうしたの父さん?もしかしてケガ!?今すぐ医者を呼んでくるから!
まあ待て待て、そう焦るもんじゃない。
久しぶりに身体を動かしたものだからのう、ガタが来てしまっただけじゃ。どうやら毎日公園を散歩してるだけでは、まだまだ足りんようじゃな。
じゃあ、将軍府のところまで送っておくよ。
それも構わん、今夜はここら辺の宿屋に泊まっておくよ。
旧友への挨拶なら一回ぐらいでもう十分じゃ。色々とあって、今日のあそこの雰囲気はまあ耐えられたもんじゃない。
(リーが近寄ってくる)
おやまあ、こりゃまた奇遇ですねぇ。
城壁ら辺での騒動を聞いて、また何か起こったんじゃないのかって思ったんですけどね、今こうしてリンさんを見て、やっぱ大事が起ったんだなって確信したところです。
それはこの老いたネズミは、疫病神となんら変わりはないという意味かな、リー?
いやいや、そんなことは微塵も思っちゃいませんよ。
ユーシャや、少しリーと話がしたい。
わかった、じゃあ席を外しとくね。
(リン・ユーシャが立ち去る)
どうやら玉門での人探し、あまり順調そうではないみたいじゃな?
十数年も音沙汰がなかったヤツを、ほんの一か月で見つけられるなんて思っちゃいませんからねぇ。考えただけでも頭が痛くなってしまいますよ。
でもどれだけ時間がかかろうが、こっちとしては見つけてやらなきゃならないんです。
自由人なリーであっても、その旧友のこととなれば途端に足が絡まってうまく動けなくなってしまうんじゃな。
前世であいつにデカい借りでも作っちまったんですかねぇ……
あまり急いでいないというのなら、ここで一つリー探偵事務所に仕事を依頼しても構わんか?
リンさんからの依頼なら断れませんよ……
にしても最近、ちょいとあまりにも面倒事に巻き込まれ過ぎちゃいませんかね、おれ?
仕事ができる者は苦労も多い。今回の依頼は、まあ貸しにしておいておくれ。
いやいや、そんな気を遣って頂かなくとも。そこまで言うのでしたら、こちらもちゃーんと依頼をこなせるか、まずは色々と“見積り”を立てないと。
フッ、今回の依頼はお前さんみたいな悪知恵が働く人にしか頼めんよ。
一、二……九、十……
ンキング上位にいるこの人たち、みんな手強そうだなぁ……
いやいや、だとしても平常心、平常心。ベストを尽くさなきゃ……
ちょっと!なんで市内から出られないわけ?こっちは身内を二人も失ったばっかなのよ!
城門がすでに封鎖されているため、ここはお引き取りを。
ちょっ、待ちなさいってば――
おや、あなたでしたか?
(回想)
すげー、金瓜鎚使いのフォルテが一発でリングから蹴り飛ばされたぞ!
これであのフェリーンの嬢ちゃんは五試合連続勝利だな!
ふぅ――
こんにちは、初めまして。今日のあんたの試合は全部見ていたわ。
中々いい腕前をしてるじゃない、あたしの鏢局に入るつもりはないかしら?
鏢局ですか?
申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます。
まあまずは話を聞いてちょうだい。あんたのその実力なら、結構いい給料を払ってあげるわよ?
武術で食っていくつもりならありませんよ、これでも機械エンジニアリングを履修した大学の卒業生なんで。
機械エンジ……なんですって?
まあいいわ!要は理系ってことでしょ?理系でも結構よ、あたしの鏢局は言うなれば何もかもが新しい物流会社みたいなものだから、理系だとしても大いに活躍できるわよ。
ってちょっと!待ちなさいってば!あたしの言ってることは全部本当なんだから……
そんなことがあったんですか……
その方たちの遺物と訃報なら、この戒厳令が解除された後でないと、尚蜀には届きそうにありませんね……
あたしがあいつらをここに連れてきたんだから、どんな方法を使ってでもあいつらを必ず連れて帰らなきゃならないわ。
玉門に来る前、実はちょうど尚蜀でそちらの鄭さんと会ったことがあったんです。
誰もが身を守らずに済むその日がやって来てこそ、真の平和は訪れると教えてくれました。
父さんの言ってることなら一理あるけど、今はこっちの言葉で片付けたほうがスッキリするの。“目には目を、歯に歯を”ってね。
絶対に犯人を引きずり出してやるんだから。
(リン・ユーシャが近寄ってくる)
あなたたちじゃない、どうしてこんなところに?
ユーシャさん!?
あんた、昼間の……
隈なく隅々まで調べ尽くすって言ってたけど、戒厳令が敷かれた今じゃ手も足も出ないんじゃないの?
お二人とも知り合いだったのですか?
また少し状況が変わったのよ、想像よりも厄介になってきたわ。
じゃああたしもその調査に加えなさい!
わ、私も少しぐらいお手伝いなら……
ダメよ、危険過ぎるわ。一般人を巻き込むわけには――
(太鼓のような音が鳴る)
なに今の?なんの音?
外郭にある防衛地区からの太鼓の音でしょうか?
見てください、城壁に狼煙が上がりましたよ。
玉門の伝統行事、望烽(ぼうほう)節ね。毎年春に入る頃、三日三晩も行われる儀式よ。
軍営からの太鼓は、市内の兵士住民らに聞かせるものなの。聞こえてくる戦太鼓の音はこの都市と、この世と大炎の太平を伝える意味合いが込められている。
城壁から上がる狼煙は、戦場で犠牲になった英霊たちの、無事故郷へ帰って来てもらえるための道しるべみたいなものね。
故郷……
天災は迫り、外敵は襲来し、流賊どもが跋扈する……
十七回も鳴り響いた戦太鼓の音は、その一つ一つがこの一年で玉門が迎えた大小様々な苦難を表している。
しかし北方を鎮守して幾百年にも及ぶこの要塞都市は、その困難を一身に受けてきたからこそ、その堅牢さを保ってきた。この都市に住まう人々も、その困難を一心に銘記することで剛直に生きてきたのだ。
まさに「長風 原上火を滅さず、一夜の征人 尽く郷を望む」と形容するに相応しい。