
どうやらしくじったようだな?

両方とも想定外の連中がついていたため、手を出すチャンスがありませんでした。

あの若い持燭人なら好きにさせろ、こちらの計画に然したる問題を起こすことはない。

だがあの龍門からやってきた女は計画にない、なのにこちらへ目を向けてきたとは。

厄介極まりないな。

引き続き目を光らせておきます、いずれは必ず仕留めますよ。

いいや、すでに二回も鉢合わせてしまった以上、政府側も警戒心を引き上げたはずだ。ここからは慎重に行動せねばなるまい。

あの女を二日ほど長生きさせてやっても構わんが、組織の在処がバラされることだけは絶対許されん。

承知……ではここからはどう致しますか?

待つのだ。直に上から次の指示が来よう。

“山海八荒、尽くその主に帰さん”。

大地の盗賊でありながら、それを知らずにのうのうと生きおって……ここに住まう人たちは、いつか必ず己の傲慢さの報いを受けよう。

その日がやって来るのももうすぐだ。

貴様ら、ここで誰かと待ち合わせをしているのか?

……

朝廷の重臣への暗殺を試み、民の安生を乱さんとする貴様らの行為は、どれも大炎の律令を蔑ろにするものだ。

二つ、選択肢がある。

武器を捨て、私についてくるか。それとも、私が貴様らを捉えるかだ。

おい、尾けられていたぞ。

こいつはさっきの人です。

却って利用されてしまったといったところか。中々の実力者だ、お前じゃどうにもならん。

だがこいつをここへ連れて来たのはお前の落ち度だ、意味は分かっているな?

分かっています。

よし、なら先にこいつを片付けるぞ。お前の処置はその後だ。

不埒な輩どもめ、まだ抵抗するつもりか!?

夜も深まってきただろ、まだ休まれないのか?

昨日起った事件のこともあって、気を引き締めなければと思ってな。

宗帥がこんな真夜中に私を呼びつけたのは、ここで景色を共に眺めたいだけではないのだろう?

最後のここを去る前に、せっかくウェイ殿がおられたものだからな。まあ確かに、本来なら玉門を回って、しっかりとここの光景を目に焼き付けておくべきだとは思ったのだが。

平祟侯の決断なら、自ずと彼なりの考えがある。

私が言えた口ではないが、平祟侯が背負っているのは、何もここ玉門のみの安全だけではない。

一つでもしくじれば、後々大惨事になりかねん。“信頼”という二文字も、何も意味は果たさないだろう。

それもそうだな。これまで私とズオ将軍は共に何十もの難事を潜り抜けてきた、“信頼”だけでは語り尽くせん関係だ。

どうか理解してやってくれまたえよ。

なぁに、別に恨み節を吐きたいわけではないさ。

ところで、まだしっかりチョンユエ殿と懐旧談に興じてはいなかったな。

私が前回玉門へ来たのは五年前だ。そのさらに前は十年前。どれも忙しなかったよ。

そして私たちが最後に顔を合わせたのは、そのさらに前……京城でだったな。

うむ、魏殿が京を離れたその年、私はちょうど報告しに上京していたところだったか。

まさか重岳殿がそこまで遠い昔のことを憶えていたとは驚きだ。

魏殿もしっかりと憶えていたではないか。

しかし具体的に何年だったかまでは、さすがにもう憶えてはいない。確かあの頃は春だったか。

晩春だ。今よりも少しだけ遅れた時期だった。

あぁ、そうだったな。

あの頃のウェイ殿は、まだ剣を使われていた……いや、そもそも“ウェイ”という姓ですらなかったか。

……

見事な景色や、見事な武功をいくら目にしたところで、長い歳月を跨いでしまえば、印象に残るのはほんの僅かでしかない。

だが今こうして各種の武学を品評する際は、時折よく赤霄剣の最後の技を思い出す。

……武学で宗帥からお褒めの言葉を頂けるとは、誠に光栄だ。

あの日の晩は、雨が降りそうな空模様であった。蒸し暑く、雲もとても低かった。

その時私は城楼にいたのだが、それでも遠くにある宿駅から煌めいた剣刃の光を目に入れることができたよ。

一剣の寒光、天光乍ち(たちまち)に破られん。なんとも凄まじく、果敢なる技であったか。

“雲裂の剣、立つるに当たりて則ち立つ”とはまさにこのこと。

その後、ウェイ殿は京を出られたのであろう。あの雨も、ついぞ降ってくることはなかった。

また懐かしい頃の話を。

しかし、宗帥がそのことを口にしたのは一体……
城楼の高所で、両者の袂が風に煽られる。
今宵は本来、風のない夜であったはずだ。
目の及ぶところ、玉門の内にある家屋と哨楼は夜の色に混じりながら連なっており、見たところ果てしない。ただ高所に吹き付ける風だけが、この都市は今高速移動してることを伝えてくれる。

朝廷に蔓延る疑心暗鬼に、人心からなる不信感、ウェイ殿以上にこれらを理解している方もいないだろう。

しかし内側に権謀術数を潜めている者が、あのような剣術を繰り出せるとは万に一つも思ってはいない。

そこで一つ、ウェイ殿に頼みたいことがある。

宗帥自らの頼み事であれば、聞かぬわけにもいかんだろう。

どうかウェイ殿には一度、玉門のことを信じてもらいたい。

……

ウェイ殿も平祟侯と同じく、大炎の安寧を担う者。気を遣わなければならないことも多いだろう……しかし玉門は龍門とは違う。

ここは軍事によって建てられた都市であり、ここに住まう者たちもみな義侠心に厚い。それも実直な人たちばかりで、やましい謀を考えるような者は少ない。

だがどうであれ、みな國のために民のためにと、悪を許容しない心だけは同じだ。

だがしかし、単純な者たちであれば、知らず知らずのうちに利用されてしまうこともある。それが心配だ。

ズオ将軍が約束してくださった日時は三日だ。三日のうちに、必ずやウェイ殿が満足いく回答を出してくれよう。

だからそれまでに、どうか魏殿には平祟侯への異見を置いて頂き、しばし見守って頂きたい。

客は主の便宜に従うものだ。平祟侯からこの軍営で待っていてくれと言われたからには、いくら私が彼を憂いていようが、為すことも為せぬさ。

数日前に、龍門からやって来たあの林特使なんだが、とても巧妙に、数日以内に何件もの事案を片付けてくれていた。

さしずめウェイ殿のもとには、ああいった有用な人材が数多くいるのだろう。

……宗帥の考え過ぎだ。

太傅にしろ、平祟侯にしろ、このウェイ・イェンウーにしろ。みな民のため、国のために心を砕かれている。

そういった者たちの間に、不和を生じるべきではない。

だが振り返ってみれば、幾百幾千年、同じ目標を目指していたというのに、ついには反目し合って互いを仇として見なすようになった例は多い。そう思わないか?

宗帥が口にするのであれば、納得感も違うものだな。

いいだろう、宗帥の顔に免じて……ここは一つ信じるとしよう。

感謝する。

では夜も中々に深まってきた、宗帥も早めに休まれよ。

……そうだ、一つまだチョンユエ殿に伝えていなかったことがあったな。

雲裂の剣は、赤霄剣の最後の技ではない。
(斬られた音と岩が砕ける音)

(重苦しい息遣い)

今ならまだ投降は間に合う。さもなければ、次で二度と起き上がれない身体になるぞ。
(後ろから襲いかかる陰険な山海衆をタイホーが吹き飛ばす)

(悲痛な悶える声)

今はまだ腰の辺りだが、少しでも動けば土塊が貴様の肩をも埋めるだろう。

左の路地に三人、右の軒下にまだ二人隠れているな。

貴様ら両者の先ほどの行為は、そこに隠れている伏兵に手を出す機会を与えるために、あえて私に隙を作らせるためにあった。

だが、そんな機会はもうない。

お前のことなら、確かに見くびっていたよ。

しかし珍しいことだ……アーツも武術もここまで極めた者がいるとはな。

貴様に武芸を評される筋合いはない。

……へっ。

昨日、林特使が都市へ帰還する際に襲撃を敢行し、今日も企みを実行しようと彼女の後を追った。つい先ほど司歳台の持燭人が危うく市場で暗殺されかけた一件も、大方貴様らの仕業だろう。

天災信使を謀殺し、データを強奪。山海衆は一体玉門で何を企んでいる?

貴様らの後ろには誰がついているのだ?

そんなに気になるのなら、まずは自分の後ろに気を付けることだな!

なッ――
(斬撃音と共にタイホーが倒れる)

……
(陰険な山海衆にまとわりついていた岩が剥がれる)

あ、ありがとうございます……助かりました……

申し訳ございません、お手を煩わせてしまいました。

ここで時間を費やしてはいけないわよ。

あの龍門から来た女がすでに鋳剣坊の倉庫を調べ上げています。厄介なヤツですよ……

そんなに厄介なら、直接この局面を変えうるあの唯一の不安要素を排除してやればいいじゃない?

……鋳剣坊のジジイを、ですか。

彼を見つけなさい。できることなら天災のデータ諸共この世から消し去ってやるのよ。

了解しました。

お気を付けください――

……

あなた、さっきの一撃を食らって立っていられるはずがないのだけれど。

行かせは……せん……
突如と地面は凹み出し、まるで力強く生き延びようとする生命体の如く、隆起した土砂は瞬く間にその場にいた人たちを囲い込んだ。

こいつ、やはり侮れませんよ――
だがそこに、寒々とした一閃が瞬く間に現れては消え失せた。
そして太合は倒れてしまい、土砂はついぞ土砂のままであった。
街も依然と静寂を保ち続けている。

時間の無駄ね、至極退屈だわ。

ユーシャさん、帰りが遅かったですね?

知り合いとばったり会ったから、挨拶をね。

龍門人だってのに、よく玉門でこうも知り合いとばったり会うわね……

さあ、無駄話はこれぐらいにして、あたしたちがそれぞれ調べた情報をまとめてみましょう。何か手掛かりが見つかるかもしれないわ。

あと午後に街中で話してたアレがまだだったわね、そっちで何か進展はあった?

ちょっと杜さんに聞きたいことがあるんだけど、街の南にある鋳剣坊の親方さんってどういう人なのかしら?

モンさんのこと?

そうよ。

モンさんは父さんが当時まだ鏢局稼業をしていた時に知り合った友人よ。腕っぷしは強いし、何より話が通じる人だから、玉門で武術を習ってる人たちはこぞって彼のことを信頼しているの。

あたしは玉門のことはよく知らないし頼れる人も少ないから、会社を立ち上げる際はかなりお世話になったけど……

……

それ、今回の一件でモンさんとなんかあるわけ?

適当に聞いただけよ。

とぼけないで!言いたいことがあるのなら直接言いなさいよ!

この都市で跋扈してる盗賊連中は、物資補給で都市同士がドッキングした際に、龍門から玉門へ紛れ込んできたヤツらだとずっと思っていたの。

密輸者からの手掛かりに従って、鋳剣坊の倉庫へ辿りつくことができた今日まではね。

それが何よ、なんか発見でもあったわけ?

倉庫には鉄塊と鍛錬用の燃料しか置いていなかったわ、鋳剣坊が物を置くために使っている倉庫で間違いない。

問題はそこにいた見張り番だったわ。

彼、首元にとても奇妙な日焼け跡を残していたの。あれは特製の防護装備を着ていなければできない日焼け跡だわ。

私の知る限りじゃ、欽天監が出してる天災トランスポーターの部隊は長期的に砂漠の中を行き来しなきゃならないから、防風と直射日光の防止もかねて、常に制式のマスクを装着する必要がある。

……

なのにあの人の日焼け跡はまだ新しかった。そして近頃玉門の欽天監が出したトランスポーターは、あの一部隊だけ。

それって、トランスポーターの部隊が都市の外で襲われた事件には疑問点があって、モンさんがそれに関わっているって言いたいの?

こちらが調べた事実をあなたと共有しただけよ。

でも、玉門はつい砂漠の奥から戻ってきたばっかりで、ここも日照りは多いままだし、街中の住民らだって普通に日焼けしてるじゃない。

それだけでモンさんを疑うだなんて……

あなたたち、これは見たことがないかしら?

……

(震えた声)あんた、これ……どこで見つけたの?

鋳剣坊の倉庫。

私が調べに入った時、角っこで拾ったの。目立っていたから、燃料の中ですぐに見つけられたわ。

これは“行裕物流”の腕章、あたしがデザインしたものよ……
赤を基調としたその腕章には金色の縁が彩られており、尚蜀特有の刺繍技法から五芒星を通り過ぎるように二本の流線が入れられ、吉星の加護の下、商売繁盛の願いが込められている。
しかしそんな縁起の良い図案には、今では人を不安がらせるような赤が染められており、貼りついた黄砂によって古めかしいように仕立て上げられている。

尚蜀から一緒に玉門へ来て、会社の立ち上げに関わった若い連中しか持っていないものだわ。あいつらが街を出た時だって……

もしトランスポーターの部隊が都市の外で事故ったのなら、こいつが市内に現れるはずがない!

もしかしてあいつらはまだ生きてるの!?でもなんで今も隠れて……いや違う、きっと誰かに誘拐されてしまったに違いないわ!

もしかしてモンさんが……?でも、モンさんだって四人の仲間たちを……

一体どういうことなのよ……

ドゥさん、落ち着いて。今は冷静に情況を分析したほうが……

いくら考えたって、出ないもんは出ないでしょうが!ちょっと鋳剣坊に行ってはっきりとさせてくる!
(ドゥが扉を開けて走り去る)

ちょっ、ドゥさん!
(ワイフーがドゥを追いかける)

……
(ワイフーが戻ってくる)

ユーシャさん。

何かしら。

さっき下の階で観光客のフリをした龍門人を見かけたのですが、あれユーシャさんの部下ですよね?

彼からものを受け取ったんじゃないんですか?

……

あの腕章は、あの時トランスポーターたちが襲撃された現場で拾った証拠品よ。

杜さんを利用しましたね?

今はどこも鋳剣坊に目を付けている状況だから、こちらも探りを入れる必要があってね。

もし例のモンさんが何も問題がなかったら、良くない可能性を排除したということになるし、彼女からしてもいいことでしょ。

でも仮に鋳剣坊に問題があった場合、彼女を危険に晒したことになるんですよ?

今この都市の中で、危険なのは彼女一人だけではないわ。

……ユーシャさん、そちらにもそちらの責務がありますし、やり方もいつも通りなのは分かっています。

ですので、ここであなたと言い争うつもりならありませんよ。でも、あなたのそのやり方だけは断じて容認できません。

彼女を助けに行かせてもらいますから。
(ズオ・ラウが扉を開けて部屋にはいる)

……

公子様。

なッ、これは一体どういうことです!?
高大なフォルテの男は病床で横たわっており、顔面蒼白で、あの逞しい胸元はまるで起伏してる様子が見られない。
ズオ・ラウの記憶の中で、タイホーはまさに山のような男であった。
その山はいつまでも父と自分の傍に立っており、寸分も揺れ動くことはない。
どのようなモノであれば、山を切り崩すことができるのだろうか?それをズオ・ラウは一度も考えることはなかった。

つい先ほど、タイホー御史が一般人二名に軍営まで担ぎ込まれまして……

まずはタイホーさんの状況を教えなさい!

ぐ、軍医が言うには、命に別状はないとのことでして……ただ、それも文字通り“命”だけは……

外傷は多数箇所、深刻なのは臓器が破損していて、内部で大量に出血してしまっています。もしこれが一般人だったら、とっくに……

太合さんは本来なら今回の一件に加わる必要なんてなかったのに、裏でボクを助けようと……

父上は今どこです?

将軍は今現在、城壁におられます。

タイホー様の件ならすでにお伝え致しました、その際こう返事を頂いております。

“持ち場を堅守し、責務を全うせよ”と。

……

……太合さんをここまで送り届けた人はどこです?

すべて正直に話してください。

役職姿のフォルテの旦那が路地に倒れているのを見かけたものですから、何が起こったのかはさっぱりで、とにかくここまで運んでやらなきゃって思って……

今市内は戒厳令が敷かれているのに、なぜこんな深夜に外出していたのですか?

寝付けなかったから、ちょっと散歩しようと思っただけですって……それがまさか、家を出たらすぐそこに人が倒れていたものですから、俺たちもビックリしたんですよ。

現場のすぐ近くに住んでいるのでしたら、そこで何か異変は起こりませんでしたか?

いや、何もなかったですけど……

どこで負傷者を見つけたのですか?

街の南、鋳剣坊の近くにある路地のところです!

鋳剣坊……

あのー……もう帰ってもいいですか?

いや、ダメです。

あなたの証言にはまだ不詳な箇所がありますから、証人として、しばらくここに残って頂きます。

えぇ、そんなぁ……

千夫長。

はっ、ここに。

ボクは先に現場へ向かいます、あなたは直ちに部隊を編成してください。

これより鋳剣坊の捜査に取り掛かります。

しかし公子様……将軍からは“持ち場を守れ”との命令が下りています。

ボクは父から、三日のうちに剣の行方と危険分子を捜索し、玉門市内の安全を確保せよとの命を受けています。あのタイホーさんがここで倒れたとなれば、獣の信徒共が関わっていることは想像に難くない。

事件発生現場で真相を追及し、犯人を捕らえること!それが“持ち場を堅守し、責務を全うせよ”とこういうことではないのですか!?

……

さあ、はやく部隊を編成しに行ってください。

了解しました。