モンさん、ちょっとモンさん!これは一体どういうことよ!
ドゥ・ヤオイェよ!ここを開けてちょうだい!
ちょっとちょっとお嬢さん、もうそこまでにしな。門にかけられたプレートが見えていないのか?
昨日の夕食時にはもうすでに閉まってたんだ、用事があるのならまた明日にでも来な。
(ドゥが門をひたすら叩く)
ったく、全然話を聞きやしない……
モンさんったら!もしかしてあたしに何か隠し事をしてるんじゃないの!
ずっとだんまりを決め込むのなら、勝手に入らせてもらうからね!
(ズオ・ラウが駆け寄ってくる)
……
またなんか一人増えたぞ……
今頃の若いモンってのは、みんな夜中に鍛冶屋へ屯ってくるもんなのか?
おや?あなたは確か、行裕客桟を営んでいるテイ番頭の……
あんた、以前父さんのところにやって来たあの若い役人?
いつこちらへ来られたのですか?それと、こんなところで何をしているのですか?
ここの親方に用があるのよ。
そっちこそ何の用?
事件の捜索です。
役所まで鋳剣坊に来たってことは、やっぱり孟さんは何かしたの?
それを聞く限りでは、やはりここは本当に何かがあるみたいですね……
今はこっちが質問してるんだけど。
……
もし今回の事件となんら関係がないのでしたら、こちらの捜索の邪魔をしないようにお願い致します。
どっちがどっちの邪魔を……
無情にも、剣光がドゥ・ヤオイェの言葉を遮ってしまった。
門を閉めていた鎖は地面に落ち、“営業中”と記されたプレートは真っ二つに折られてしまい、ズオ・ラウもすでに鋳剣坊の中へと入っていった。
(モンさんからはここを見張ってくれとしか言われてはいないが、まさか本当に誰かが問題を起こしにやって来たとは。)
(このままじゃダメだ、助けを呼ぼう。)
ちょっとあんた、何してるのよ!
……
ちょっと!話を聞きなさい!
(ドゥがズオ・ラウを殴る)
なっ――
何よ、一発殴ったぐらいで!役人ってのはどいつもこいつもそうやってガサ入れするわけ!?
そこの者、出てきなさい!
……
(山海衆の影が姿を表す)
どうぞ、開いているわ。
(リーガ部屋に入ってくる)
あら、リーさんじゃない。
さっきワイフーのやつがそそっかしく出て行ったところを見かけましてね。なんだかカンカンな様子だったから、呼んでもまったく返事がこなくて。
……
まあ大学を卒業してばかりで、熱血に駆られるお年頃ですから、ついカッとなってしまうのも仕方がない。ユーシャさんからも、どうか色々と教えてやってくださいな。
リーさん家のスタッフなら、私が手取り足取り教えてあげる必要なんてないでしょ。むしろ機嫌を損なわせてしまって申し訳ないと思っているわ。
いえいえ。若者ですからね、今のうちに見識を深めてこそですよ。
それにあの子はそれなりに実力がある。悪~い大人と何人か出くわしたとしても、心配はいりません。
昨晩、父がそちらへ会いに行ったと思うのだけれど、もしかしてリーさんに手伝ってもらいたいことでもあったのかしら?
手伝いってほどでもありませんよ……ただこちらが人探しをしてる間に、ちょっと面白い話が聞けましてね。ほら、探偵の耳ってのはいつだって冴えてるもんですから。
もし事件を捜索してるユーシャさんのほうを手伝えるのでしたら、そりゃもう、こちらとしても幸いですよ。
どうぞおかけになって。いつまでも立って話をするわけにはいかないもの。
(ユーシャとリーが部屋の中に入る)
さて、どこから話しましょうかねぇ……
一つ例えですけど、もしウェイ総督とお父様が不仲だった場合、龍門はどうなっていたと思います?
……
天災が差し迫っている中、市内には山海衆が潜伏している状況だ。将軍も今現在、自ら部隊を率いて城門の守備に就いておられる。一般人と面会する暇なんてないだろ。
でもあの人、昔将軍とは知り合いだったと聞いているぞ。
なら一応、将軍にお伝えしておこう。もしかすれば、本当に何か将軍を訪ねなければならないような事があるのかもしれない。
……
将軍からの許可が下りました、どうぞお上がりください。
すぐ上の城壁のところにおられます。
夜はすでに深まって久しい。
軍用の源石ランプは城壁に埋め込まれており、階段を見上げれば、周囲はまるで白昼と思えてしまうほどに明るく照らされている。
しかしモン・テーイーの歩幅はとてもゆっくりなものであった。後ろに控えている兵士らも、彼を促すつもりはないらしい。
彼にとって玉門の城壁を登るのは、これで十数年ぶりとなる。
……
……
お会いできて光栄です、平祟侯。
……直接ここへ来た理由を申せ。
どうか平祟侯に、都市から出ることを許可して頂きたい。
トランスポーターの部隊が襲撃された後、骨すら拾ってあげられていないと聞いたものですから。
部隊にはうちのもんも何人か加わってたんです、だからあいつらだけでも拾ってあげたくて。せめて死んだ場所に酒を撒いて、そこの砂を持ち帰って弔ってやりたいんです。
誰か。
なんでしょうか。
都市封鎖の命令は、すでに市内全域に届いているはずだな?
……はい、すでに。
……
聞いたな。
だからこそ、こうして平祟侯のところに来たんです。
許可はできない、絶対にだ。
親方殿、玉門は今現在、一日数十里もの距離を走るほど高速で移動している上、外はゴビ砂漠が広がっておりますから、ここで都市から出ることを許可したところで……
喋り過ぎだ。
そうだな、玉門はもうこんな遠くまで来ちまった上に、こんなだだっ広い砂漠のど真ん中で、どうやってあいつらを見つけてやればいいのやら。
亡くなられたことは私も気の毒に思うが、玉門の足を止めるわけにはいかんのだ。
信使部隊を虐殺した賊どもはすでに市内に潜伏し、市内全域には戒厳令が敷かれている。一日でもはやく連中を一網打尽にしてやれば、亡者たちの御霊も安らぐことができよう。
なら、俺たちにも事件の捜索に協力させてもらいたい。
ここしばらくは街中も混雑していて、隅々まで手が回らないだろう。俺たちみたいな練り歩いて連中なら、少しは力にもなれるはずだ。
犯人を捕らえ、玉門の平穏を守ること。それが玉門軍の務めだ。
そんな務めも、一般市民らの力を借りなければ遂行できないというのであれば、それはこの左宣遼が能無しだということになろう。
……
ほかに何か言いたいことがあるのではないのか?それだけのために、ここへ来たわけではないだろう。
空中で繰り出された剣筋であるにも関わらず、その力量の凄まじさたるや。しかも思うがままに、剣筋をコントロールすることができるとは。
まさに川を飛び越えんとする羽獣、水面から飛び跳ねた鱗獣、しかしその水面に残るは漣のみ。姐さんが習得した発勁(はっけい)収勁(しゅうけい)の技量は、また新しい境地へと達しましたね。
もう一度見せて頂くことはできませんか?
……
もう一度、驚いて穴に引っ込んでしまったあの砂地獣を誘い出してくれれば。
……それはできませんね。
技というものは所詮、人間の反応活動を理解しやくするために抽象的にまとめられたもの。ですが人の反応というのは絶対的なものではありません、その場で生じる臨機応変こそが武術の妙意です。
あなたも武術を記録する者であれば、いつも一つ一つの技に驚かないで下さい。
“形”はその身であり、“意”は要するに精神である。とっくの昔に、師から教わりましたよ。
人というのは、改めなければならないところを自覚しても、中々自分では改められない生き物です。
だからあなたは、少しボーっとし過ぎているところがあります。
ん?
何やら千夫長が兵を集めているみたいですね。
百人はいる部隊だぞ、すごい規模だな……
千夫長、部隊の編制が完了しました。
よし、では装備を整えた後、南にある鍛冶屋へ向かう。
了解しました。
これはこれは、チュウバイ殿に録武官殿ではないか。
部隊を編制しているということは、山海衆を突き止めたのですか?
ズオ公子から兵を連れて鋳剣坊の捜査にあたるよう命令を受けたものだから、それでな。太合御史がその付近で重傷を負わされたんだ。
出動の一件は平祟侯には?
将軍なら今現在、城壁で守備に就いておられる。昨日すでに一定の権限を左公子に与えられたものだから、三日以内は将軍の兵を彼も動かすことができるようになっている。
鋳剣坊がやったという確証はあるのですか?
いや、具体的なことはまだ。
でしたらズオ・ラウは今どこにいるので?
一足先に、現場へと直行された。
あの太合御史が襲われてしまったものだからな、とても焦っておられたよ。
……
――
中に輩どもを匿っていたとは!やはり鋳剣坊はクロだったか!
どこにもターゲットはいませんでした。
それにあの持燭人と裏で通じていたとは。やはりあのモンというヤツ、信用できません。
天災のデータはまだヤツが所持している、必ず見つけ出すんだ。
その前にこのガキ二人を片付けるぞ。
あんたたち一体なんなのよ!モンさんはどこ!?あんたたちにやられたのか、それともあんたたちの一味なわけ!?
……
あたしの部下はどこ?
……
そう、何を聞かれても喋らないわけね?
だったら喋りたくなるまでタコ殴りに……
剣光はドゥ・ヤオイェのすぐ傍を過っていき、山海衆に向かって大きく踏み出していくズオ・ラウ。
彼は一言も発さず、眉に深い皺を寄せながら、一気に剣を振り下ろした。
これでドゥ・ヤオイェが言葉を遮られたのは、本日で二回目になる。
こんの――
あの爺さんは、帰ってくるまで屋内に隠れて、しっかりと養生するように言っていた。
誰かが中庭に入ってきた、とてもうるさい。役人たちに私の居場所が見つかってしまったのだろうか?
そう思い、しっかりと剣を抱き締めるジエユン。
師匠が言ってた、この鋳剣坊を見つけることは簡単だって。
移動都市には、宿屋の数だけ鍛冶屋がある。もし単に鍛冶屋を探していると人に尋ねれば、聞かれたその人たちはきっとみんな同じ場所を指し示してくれるだろう。
師匠の言ってた通りだった。
そこの鍛冶屋はそれほど大きな場所ではないって、師匠が言ってた。幾つかの炉と、中庭に古い木が一本植えられているだけで、派手でも豪勢でもない。
けどそこにはいつも、親しい仲の人たちが出入りして、酒を飲んでは歌を歌い、互いに武芸を磨き合っている。みんなそれぞれ身分は違えども、共に戦を潜り抜け、たくさんの場所へ赴いた仲だ。
そんな彼らは、自らこぞって炉に薪をくべ、なんなら刀鍛冶の金槌を奪っては彼の代わりを務めようとしてくれる。炉はとても猛々しく炎を吐き出し、夜ですらそこへ近づこうとはしない有り様だ。
そういった場所が、都市であればどこにも存在すると、師匠が言ってた。
まったく目立つことはなく、けれど誰にとっても大事な場所が。
晩年の師匠は、そういった賑わいと、人と、その場所を語った時だけ、少しだけではあるが目に輝きを取り戻していた。
誰だ!
だから、ここは絶対に壊されちゃダメだ。
そこまでだよ、あなたたち。
中庭がもうめちゃくちゃじゃないか!やるなら外でやれ!
……
チッ、増援が隠れていたか。
(山海衆がジエユンに襲いかかる)
(うッ――)
おい、なんであいつがあの剣を持っているんだ……?
かしら、あのガキ怪我を負ってますよ!
まずはそいつから片付けろ。
それはまるで突風が起ったかのように、中庭で積もりに積もった砂は巻き起こされてしまい、人影は朧気でよく見えない。
負傷してしまった異部族の少女は傷口を抑えながら退いていき、あの老いたエンジュの木に寄りかかりながら息遣いを荒くする。しかし彼女は、杜遥夜が傍に近づいていることに気付いたいなかった。
仮面をかぶった不埒な輩どもは、また軒下の影へと潜んでいく。
そこへ若い持燭人は中庭の中央へと駆けつけ、二人の少女を庇うかのように、彼女らの前に立つ。そんな彼の腰にはいつの間にか剣が一本増えており、しっかりと留め金によって固定されていた。
私の剣がッ!
いつ剣を取られた?まさかさっき襲われた隙に……
地面にはズタズタに引き裂かれた革が落ちていた。あれは一族が狩った獣の毛皮から作られた腰帯であり、頑丈でしなやか、剣を縛り付けるにはもってこいの品だ。
いつ時も肌身離さず所持していた剣を縛り付けていたはずの腰帯であった。
これは宗帥の剣です。
あなたが山海衆とは関わっていないと分かった上、剣もこうして取り返すことができましたから、窃盗は不問にします。しかし勝手に軍営へ侵入した一件は、また後程追及させて頂きますよ。
……クソォ!
返して!
(ドゥがジエユンを抑える)
今度は誰よ!私の邪魔をしないで!
ひどいケガをしているわ、あんまり動かないほうが身のためよ。
剣のことなら、あたしにはどうだっていい。けど最初から鋳剣坊に隠れていたということは、あんたもモンさんとは知り合いなのよね?
なら教えてちょうだい、彼は今どこにいるの?ここで二人の若い尚蜀人は見なかった?
もし喋りたくないのなら、その傷口に一発ぶち込んでやるわよ。
……
どうやらあの連中、一枚岩ではないみたいだな。
(無線音)
外にいる人たちは出口を封鎖しろ、ヤツらを逃がしてはならんぞ。
……
おい、聞こえていないのか?応答しろ!
フンッ。
(山海衆が斬られる)
その声は、まさにすぐ傍から聞こえてきた。レシーバーでやり取りをしていた山海衆は、咄嗟に後ろへ顔を振り向く。
しかし自分が動けば動くほど、痛みはそれに伴ってより鮮明なものとなっていった。真っ二つにされてしまったレシーバーのように。
その山海衆は、後悔する暇も与えられなかったのである。
(チュウバイが近寄ってくる)
チュウバイの姐さん。
外の連中ならすでに片付けておきました。
!!!
以前市場でお前を襲ったのと同じ連中、山海衆ですね?
はい、間違いありません。
まったく、無鉄砲なところだけは相変わらずですね。
腕も大して上達していないというのに……
姐さんの説教ならまた後で聞きます、まずはこいつを捕えないと!
(蝉の鳴き声)
……待って下さい。
先ほどはまったく気付いていなかったが、少し剣を振っただけで、なぜだかもうすでに手汗がひどく滲み出ている。
……
この中庭……少し熱くありませんか?
ええ、しかもどんどん気温が上がってきてるみたいです。
しかし今はまだ三月、それに今日は太陽もまともに顔を出せていない。なのになぜこうも気温が……?
まさか鋳剣坊の源石鍛造炉のせいなんじゃ……
いや、炉の炎ならすでに消えています。
(蝉の鳴き声)
かしら、あの女のせいでうちのモンが何人もやられてしまいました。
これ以上時間を無駄にしてはならん。
あら、自分たちが時間を無駄にしているという自覚はあるのね。
(蝉の鳴き声)
三月という時期に、はたして蝉の鳴き声は聞こえてくるものだろうか?
空気に含まれる湿気も段々と重苦しく圧し掛かり、衣服を透けさせて肌にへばりつけさせる。これは断じて早春の露のなせるものではない。
そこでようやくその場にいた誰もが、この中庭が起こってる異変に気付いたのであった。
しかしふと、一滴の水玉がチュウバイの顔へ滴り落ちた。
北の春の到来は遅い。老いたエンジュの木ですらも、未だに新芽をつけてはないというのに――
いや違う、これは刀身の冷たさから結露した水滴だ!
(チュウバイが刃を防ぐ)
――
門主様。
モン・テーイーは?
ここにはいませんでした。
……
ちょうどここから離れようとしたのですが、運悪くこの連中と遭遇してしまいまして。
その刀……
貴様が……タイホーさんをやったんだなァッ!