
……

市外まで一緒に脱出してくれる自救軍の人員は……これだけなのか。

予想よりもかなり少ない。

一部は残るって決めたからな。拠点はサルカズに破壊されちまったけど、あいつらが俺たちの協力者を全員把握できているとは思えねえ。

どれだけ情報が漏れちまってるか分からねえもんだから、みんなきっと“まだ事態はそこまでひどくなっていない”と思って残ったんだろう。

フンッ、自分は穏やかに暮らせているってフリをすることなら誰だってできるさ。

こっちはもう後がないっていうのに、それが分からないわけ?

そう言うな、ロックロック。彼らのほとんどは非戦闘員だ、私たちに僅かばかりの希望を寄せていただけにすぎない。

それは今ここにいる人たちも……同じことだ。

誰に忠誠を尽くせばいいか分からない兵士に、仕事を失った記者。それとサルカズにすべてを奪われてしまった労働者たち……

ここにいる者たちは、全員これまでにないほど虐げられてきた一般人だ。

そんな自救軍はそういった人たちによって結成された。

私たちが昔から過ごしてきたこの場所を離れるということは、ただ情報を伝えたり、武器を作ってみたり、あるいは軽くサルカズと交戦してみたりすることではなく……

いつまで続くのか、どれだけの人間を巻き込まれるのかが分からない戦争の中で、自分たちの居場所を見つけ出すことだ。確かにそう考えれば恐ろしく思うのも当然だろう。

ここは私たちのロンディニウムだと、私たちが守るべき場所なのだと……昔ならそう考えていた。

私たちはずっと、そういった恐怖と抗ってきたのだ、とも……

だが本当に戦争がやってきた時に気付かされてしまったよ。私たちが守るべきロンディニウムは、想像する以上に重くのしかかってくるものであるという事実に。

……

率直に言って、私たちがこれからどういう目に遭うかは分からない。これまで私たちは盟友を獲得することはできたが、同時に敵も牙をむき出してきた。

ここにいる私たちも、いずれはすぐ皆殺しにされてしまうかもしれない。あるいは荒野を彷徨い、野垂れ死ぬことだって……

気が沈む話はもうやめて。

あたしがここまでついて来たのは、自分たちで自分たちを救いたいと思ったからだよ。

みんなだって同じ。

あたしはただの労働者だから、大義名分なんてものは分からないけど……でも自分たちが作り出した物こそが一番信用できるってことなら知ってるよ。

宮殿や城の中に隠れてるだけのヤツらの手からあたしたちの街を救い出したい。そう思っても一人だけじゃどうしようもなかったから、君たちに加わった。

もしそれでも人が足りないのなら、もっともっと人を集めればいい。それでもダメだっていうのなら……

まあ、その時は潔く結末を受け止めればいいだけだよ。

ちょっとちょっと、まだそこまでのことにはなってないでしょ!

ほらほら、みんな気を落とす前に足を動かして!いつまでもこんなくっさい配管の中にいたら、ケガ人たちの健康状態も悪くなる一方だよ。

そうだな、少なくとも郊外は市内よりも空気がきれいだ。

んでロドスの分析結果によれば、この先にサルカズが利用してる補給線の入口があるってことなんだが……
(キャサリンが近寄ってくる)

戻ったよ。

婆ちゃん!どうだった?

見張りもいないし巡回してる痕跡もない、ひとまずは安全だね。それと用途不明の計測器が転がっていたから、おそらくあそこは点検用の通路だったのだろう。

しかし変な話だね、あんたたちが言うその“補給線”はどこを探しても見当たらなかったよ。

とはいえ撤退するだけなら、あの通路は十分利用可能だがね。

ほれ、さっさとみんなを連れてってやりな。安全とは言え、あくまで一時的なものだよ。

おう、分かった。

あたしは奪ってきた機械設備の中に使えるヤツがないか確認しに行ってくるよ。それとクローラーも拾ってきたから、運がよけりゃまだ使えるかもしれないね。

婆ちゃん!

俺……

俺、別に自分たちがやってることに自信がないわけじゃないんだ。失敗したから気を落としてるわけでもねえ。

なあ、俺たちって……またここに戻ってこれるんだよな?

それをあたしはなんて答えてやればいいんだい?

……

俺、ずっとみんなを励ましてきたけどさ……俺自身、こっから出て行ったことなんてなかったもんだから……

しかもこんな形で。

昔、たまにこう思うことがあるんだ……あたしたちはまだ運がいいほうだってね。

ロンディニウムっていう街で生まれて、信頼できる人たちを持って、やりがいのある仕事をもらう。

休みの日になれば、横町にある酒場で軽く飲んだり、ポーカーをやって小遣いを稼ぐことだってできた。

むろん、その間もヴィクトリアはドタバタ続きだったさ。

サルゴン人やリターニア人を穴あきチーズにするため、あたしたちが作った製品は辺境に送られていったけど――そんなの知ったこっちゃないね。

あたしたちは工場の中に引き籠もって、鉄の塊にボルトを引き締めることだけをやっていればいいのだから。

確かにこれまで色々とつらい目に遭ったし、傷ついてきた……けど明日には誰を殺さなければならないとか、誰に殺されるかの心配をする必要はなかったんだよ。

あたしたちは生きることができていたのさ、少なくともそういうフリをすることがね。

サルカズたちがやってきて、工場も引き渡すことになって……そりゃ日に日に生活は苦しくなる一方さ。

けどあたしからすればね、これでもまだまだ運がよかったほうだと思っているよ。
[フェイスト]なんでそう思えるんだよ?

今こうして過去を振り返ることができるからだよ。

とはいえ、その運もとうとう尽きてしまったみたいだがね。それもそうさ、いつまでも宝くじで当たりを引き当てることなんてできないんだから。

けど、それがなんだって言うんだい?ほとんどの人は運がない人間さ。そんな人たちだって、今もなんとかなっているじゃないか。

……

だから今は目の前のことだけに集中しな、あんた“自救軍の大物”なんだろ?旋盤が自分勝手について来てくれることはないのさ。

あの時あたしに約束したように、あんたはしっかりと自分のやるべきことをしてくれればそれでいい。

フッ、あの時はなんて言ったかな?“俺はどんなに暗い夜だって――”

うわあああ!勘弁してくれ、婆ちゃん!あん時はただ……

なんだい、今さら大ぼらを吹いたことを後悔してるのかい?

いや、そうじゃねえ。

……分かったよ、やるさ。あん時約束したようにな。

……

こういう時に限って、あんたはハービーに似てくるもんだね。
(キャサリンが立ち去る)
そうしてキャサリンはフェイストを横目に、人混みの中へと消えていった。一方フェイストの傍には様々な様相をした人たちがそそくさに行き来しており、その顔はどれも疲労困憊の色が見えているが、諦めの感情だけはそこになかった。
ここにいるのはどれも信頼に値する仲間たちであることを、フェイストは何よりも分かっている。
そういった気を紛らわせてくれる慰めで不安を押しとどめ、フェイストはほっと一呼吸を入れ、長時間の緊張で凝り固まってしまった腕を動かした。
チャンスやら機運やら、そのほか諸々といった霧を払い除ければ、俺たちの暮らしっぷりはこの先どのように変ってくるのだろうか。
そうしてフェイストはそれを考えることを諦め、身をもって知ることを決心した。

フェイスト。

ケガ人たちが全員予定の場所まで行ってくれたよ。あとは例の点検通路に入ってロンディニウムから脱出すれば、しばらくは安全になるね。

それでさ……そのあとはちゃんと自救軍の十一番隊を建て直すつもりなんだよね?

ああ、もちろんだ。約束する。

ほら、俺たちも行こうぜ。
だが突如、フェイストは小さな揺れを感じた。
(機械音と小さな揺れが起きる)

なに……この揺れ?
遠くを見れば、今いる地下空間を繋いでいる出入口が同時にゆっくりと閉鎖されている。

出入口が閉鎖されている!?もしかしてサルカズに居場所がバレた!?

まずい!キャサリンとクロヴィシアたちがまだ入口のところにいるのに!

ウソでしょ!?こっちはずっとサルカズたちの通信チャンネスを盗聴していたんだよ!あたしたちの居場所がバレるようなことはなかったよ!

もしかしてだけど、門を制御する電子回路が故障しちゃったとか……?

いや、ここの門は手動で開閉する仕組みになってる。入る前に一通りチェックしておいたが、どこも問題なんてなかったぞ。
フェイストは目がいい。いつも明かりを点けている工場内で働く者からすれば珍しいことかもしれないが、彼はいつも目の良さを自慢に思っていた。
しかしこの時ばかりは、そんなハッキリと見えてしまう自身の目を呪った。
入口の向こう側、今にも閉じてしまいそうな隙間の先に、馴染み深い何人かの人影が見えたのだ。
その何人かの人影は、閉まろうとする門から差し込んでくる光と共に、鉄でできた幕の後ろへと消えていった。
やがて暗闇がその場にいる全員を覆い尽くす。
フェイストは辛うじて足腰に力を入れ直すことができたが、口の中では血の匂いが弥漫していた。
彼はそんな血腥さを呑み込もうと試みたが、そんなことはできなかった。

こんなの聞いてないんだけど!?

通路の向こう側にいるのは誰!?一体なにがしたいわけ!?

フェイスト、どうしたの?って……唇から血が出てるよ……?

……

誰の仕業か分かったぜ。

……俺のツレ、十一番工場の連中だ。

あいつら、ほかにも持っていけそうな機械設備がないか見てくるってさっき言っていた。

だからそこの門を閉めることができるのは、あいつらだけだ。

……トミー。

お、俺が言い出したことじゃないんだ!これはみんなで決めたことなんだよ!

あたしを救い出した時と同じようにかい?

それはそれ、これはこれだぜ、キャサリン!

トミー、お前は自分の仕事に戻りな。はやいとこ防衛軍にここの状況を知らせるんだ。

わ、分かった……!そいつらの居場所なら把握してるよ。
(ロンディニウム工員が走り去る)

正直に言おうか、あんたたちの誘拐の手口はサルカズ以下だよ。

俺もあんたを困らせるようなことはしたくなかったよ、長年の付き合いだからな。お互い知り過ぎちまったんだよ、お互いのことを。

でもな、俺たちだってロンディニウムの郊外で、あんなバケモノどもの怪しい術に殺されたかねえんだ!

俺はただの鋳造作業員なんだよ、分かるか?溶解炉だったり旋盤だったりで、それらしいパーツを作り出すことしかできねえんだ。

それが今、一緒にここを出て、大公爵とサルカズどもがドンパチ騒いでるとこを見届けようだって?ふざけんじゃねえよ!こっちはスパナ―しかまともに扱ったことがねえんだぞ!

不安なのは分かるが心配することはないさ。俺の叔父は防衛軍で兵隊をやっているんだ、俺たちだけでも見逃してくれないか頼み込んでみるからよ。

なら、あたしたちがやったあのツケはどうなるんだい?あたしたちはサルカズを襲ったんだぞ。

それは全部自救軍がやったことだって言えばいい。俺たちは仕方なくそれに付き合わされたんだってな。

フッ、それを向こうが信じてくれると思うかい?

そりゃこの先もっとひどい目に遭うかもしれねえが……でも大公爵がこの戦争に勝ったら、また元の暮らしが戻ってきてくれるんだぞ!

俺たちだって、この手でロンディニウムっつー街を作り出した人間じゃねえか!

だから大丈夫だ、心配いらねえ……きっと何もかもよくなるよ。

昔のあんたは、貴族なんぞに希望を託すような人間じゃなかったはずだよ。

じゃあどうすりゃいいって言うんだよッ!教えてくれ!ほかにどうすりゃよかった!?

俺はな……!我が家を離れたくないんだよ!もう一度この街を歩いたり、みんなとフットボールでもしたかっただけだったんだよ!

俺はなァ……

あんな郊外の……砲弾できたクレーターの中で死んでたまるかってんだ!木端微塵になってよォ!見たことがあるから俺には分かるんだ……

サルカズどもは……惨いことしかできねえ連中だ。俺の娘ですら、パパの死体だって見分けをつくことができねえくらいバラバラになって……!

……

だから一緒に行こう、キャサリン。あんたに荒っぽいことはしたくねえんだ。

しかしだ、レジスタンスの指導者ちゃん。あんたにはすまねえが……

ってあれ……?どこに逃げやった!?
見ればクロヴィシアがいたはず場所には、断ち切られた紐だけが残されていた。

あれ!?さっきまでここにいたのに!いつの間に……

そんだけ頭数があるのに、ガキ一人見張っておくこともできねえのか!

あ、アーツだ!きっとアーツで逃げたに違いない……!

ったく、もういい!逃げたきゃ逃がしゃいいさ。どうせただの仕立て屋の娘だったらしいしな。

そいつもこの暗いロンディニウムのどこかで、身を潜められる場所が見つかることを祈ってるよ。

……ひどい臭い。

ここ数日でえらい数の人たちが死んだからな。

東っ側にある路地には行くなよ、昨日そこで感染者が爆ぜたんだ。あたり一面、源石粉塵まみれだぜ?

クソッタレが……サルカズの野郎、俺たちをここに閉じ込めて殺し合いをさせるつもりだったんだ!

……ねえ、昨日商工会に行ったんだよね?マーシャルはなんて言ってた?

あぁ、そこならもう鉄筋しか残っちゃいなかったぜ。マーシャルなら探してねえよ、そこにある屍の山に紛れ込んでるかも分からねえんだし。

……

なぁおい……ノーポートにいる連中は、全員が全員マヌケだったり腰抜けだったりってわけじゃねえはずだろ?

俺たちはただ……一発デカいのを食らっちまって、混乱しちまってるだけなんだ。

少し落ち着きを取り戻しゃ、今度はノーポートがやり返す番だぜ!お前もそうだろ?

そうかもね。でも、もうすぐ大公爵たちもここを攻め込むかもしれないよ?その時になったら……

んだよ、お前も大公爵にすがるようになっちまったのか?なんだったらお前、タンスの中にウェリントンのサインでも隠してたりしてな。

いいか、ここは俺たちだけでなんとかしなきゃならねえんだよ!

俺たちならきっとここから逃げ出せるはずだ。そん時は俺がお前らのために先陣を切ってやる、誓ってだ!

それ、前の見張りの時も絶対に寝落ちしないって誓ってたじゃん、自分でもどうなったか分かってるはずだよね?

あの時は……!

いいんだよ。夢を見るにはまず、お腹を満たしてやらなきゃだもんね。

そう考えると、ダフネにはすごく助かってるよ。彼女、買い溜めする習慣があるからさ。おかげでジムの倉庫はパンパンだけど……

そうじゃなきゃ、私たちもここにある死体と仲良く横になっていたかもしれないね。

まただよ……この先でまた争いが起こってる。

チッ、なんでどこもかしこも争ってばかりなんだ……

仕方ねえ、道を変えようぜ。卸売り市場んとこにあるレストランなら、まだ食料が残ってるかもしれねえ。

そこにいる連中から、少しは食料を買っておこうぜ……なんだったら物々交換でもいい。

もし売ってくれなかったらどうするの?

……

武器、持ってきてるんだね。

これは……ただの護身用だ。使うこたァねえよ。

状況はまだそこまで……悪くなっちゃいねえからな。