
……

六割の感染者はここ一週間のうちに感染したことが分かりました。進行がかなりはやいです。

ほぼ全員が感染者として生きる術を身に付けないまま、アーツを濫用している傾向にあります。

もしここにシャイニングさんがいれば……いや、ごくごく一般的なロドスの医療オペレーターであれば、きっと私よりもうまく対処してくれたことでしょう。

私にできることは……あまりにも少なすぎます。

自分を責めることはない、アーミヤ。貴様もずっと手を動かしてくれていたではないか。

ノーポートにいる感染者の数なら、以前まではそこまで多くはなかった。確かに今はどこでも争いが頻発しているが、それでもここはロンディニウムだった場所だ。

そのうち私は幸運だった、ここを出て行ってから徐々に気付かされたよ。これまで当然と思っていたことは、すべて幸運がくれた例外だったのかもしれないとな。

人という生き物は、身を置いてる環境によって己の実力を見誤ることがある。自分の暮らしは自分自身が努力して勝ち取ったものなのだと……

そしてその暮らしが崩壊した時に、ようやく自分は所詮幸運のもとに生まれ落ちただけなのだと気付かされるんだ。

ハッ、ご立派な自覚をお持ちじゃねーか、ヴィーナ様よォ。

つまり、ここでいっちょ自分が即位する際に持ち上げてくれる崇拝者を大勢確保するために、ここへ戻ってきたってわけか?

ケッ、俺もとんだバカ野郎だったぜ。お前は義理人情に厚い“シージ”なんだって……あいつらが言っていたことをすんなりと信じ込んじまっていたからなァ。

そんなことをするつもりなら毛頭ないぞ、カドール。

私は一度だって自らを殿下と称したことはない……が、あの状況だ、モーガンはよくやってくれた。

貴様は以前から常々、“団結しなければならない”と言っていたな。確かに、今は何よりもそれが――

こいつァ光栄だ、あのヴィーナ様からお褒めの言葉を頂いちまったよ!

感動して涙が溢れちまうな。できることならここで握手を交わして、それからお前んとこの王家御用達のカメラマンにツーショットを撮ってもらいたいぜ。

……

どこで不快にさせてしまったかは分からないが、私たちは貴様らの味方であることに変わりはない。

……味方だァ?

まあたいそう清純無垢でいらっしゃって……その代わり俺たちがどれだけ汚ねえ連中かは分かってんのか?

……ついこの間、俺たちはある老夫婦をこっから追い出したんだ。

俺が住んでいたアパートのお隣さんでよ、たまに作り過ぎた鱗フライを分けてくれるくらいにはいい人たちだった。

俺たちがサルカズにここへ連れてこられた際、人混みの中で逃げ回ってる二人の姿を見かけたんだが、何度はぐれそうになっても、必死に手を繋ごうとしてた……

で、俺はたまらず二人をこのボクシングジムに匿ってやったよ。

婆さんのほうはかなり働き者でな、色々と助けられた。爺さんのほうに関しちゃ……まあ、少なくとも話は面白かった。おかげで夜の見張りは退屈せずに済んだよ。

だがそんな二人を数日前、俺は追い出した。

ダフネは二日分の食料を渡して、サディーンデパートの地下駐車場に送ってやったんだ。

あそこはもうすでにあらかた他の連中に漁られちまってるが、運がよけりゃまだ食料が残ってるかもしれねえからな。

……避難場所としては無難だ、少なくとも安全は確保できる。

そうさ。

だが二人は感染者だった、ついこの間どっからか飛んできた源石粉塵のせいでな。かなり歳を召していたから、すぐに病気が進行しちまったよ。

なのに俺は……

……

一人分の抑制剤も残してやらなかった。ほかにまだ若くて動ける連中が必要としてるからだ。

……

貴様の選択は理解できる、が……

分かってる、あいつらは老いぼれだ。サルカズの巫術だったり建物の崩壊で死ぬかもしれねえ。なんだったら砲撃音で心臓病発作が起こることだって……だが、俺は二人にとって最後の希望を奪ったんだ。

……もしかしたらまだ生きられたかもしれねえところを、俺が殺しちまったんだよ。

だがな、俺は間違ったことをしたとは微塵も思っちゃいねえぜ。

……

……お前に分かるか?あいつらがここを出ていく前にどんな顔をしていたのかを……

わか――

いいや、お前にゃ分からねえ。

泣いたり懇願してきたり、罵ってくることさえなかったんだ。爺さんに至っては最後まで、そのデパートのガリア料理屋で働いてたコックの冗談を話してくれた。

そうして二人は、自分たちすべての希望が詰め込まれた小さな包みを抱えながら……とぼとぼと、互いを支え合えながらこっから出て行った。

もし運が悪けりゃ、出て行ってすぐ頭のイカレた野郎に身ぐるみ全部剥がされるかもしれねえってのに。

そんで昨日、そんな二人の夢を見ちまったんだ。

貴様が責任を感じることはない。貴様はただ――

鉱石病か飢えか、あるいは戦争に巻き込まれた二人が惨めに死んでいったサマを夢の中で見たとでも?

ハッ、違うな……俺は、戦争が終わってロンディニウムへ戻ったノーポートを復興させる夢を見たんだよ。

街に秩序が戻り、城壁も再建され、俺たちはまた広々としたキレイな部屋に住むことができた。だがそれに喜ぶ人混みの中に……あの爺さんの顔を見たんだよ。

爺さんはまだ生きてたんだ、あるいは婆さんでもいい。舞い落ちる花びらのその先で、俺を睨みつけていたのさ。

二人が死んだからって後ろめたい気持ちになるこたァねえよ。他人を犠牲にするようなひどいことをしたかもしれねえが、他の人を救うことになったかもしれねえからな。

だが何もかもが元通りになったあと、やられた時の恨みまでもが元通りになるわけじゃねえ。爺さんはずっと俺を見つめていた、問いかけていたのさ。

そんな俺はどう答えてやりゃいい?どうすりゃこのクソみてーな戦争から逃げ出すことができるってんだよ?

すまな――

うるせえ!テメェに謝る資格なんざねえんだよ!

女王はもとギャングで、周りにいる騎士やら臣下らももとはただのチンピラ!

神話にしか登場しない剣を掲げながらテメェはこう言うんだ!俺たちを助けに、救いに帰ってきた!俺たちはテメェの傍で団結すべきだってな!

ハッ、笑えてくるぜ。誰もがこんな惨めな目に遭ってから――

グラスゴーがみかじめ料をもらってただけのチンピラから戦争の中を生き抜くコソ泥に、強盗と殺人犯になってからテメェらは帰ってきた。

そしてテメェらは徳の高い聖人やら、女王やら騎士やらに祀り上げられる。

よくもまあのこのこと帰ってきたものだぜ、“シージ”よォ。

ここにはもうテメェのグラスゴーはねえ。今のグラスゴーにとっても、テメェは何者でもねえんだ。

だが今は協力し合わなければならない時期だろ!

そうしなければ私たちは戦争を阻止することが――

……いや、戦争から生き延びることはできない。

……分かってるじゃねえか。そうさ、俺たちは何も止めたいと思っちゃいねえのさ。だからテメェの崇高な理想のための犠牲になる筋合いもねえ。

テメェら貴族は、俺が一生考えようともしないようなくだらねえモンを今でもサルカズと奪い合っているが……

その間に俺たち丸腰の庶民は、少しずつ戦争の荒波にここまで追い詰められてきたんだよ。

これも生き残るためだ。今はテメェをぶっ殺す衝動を抑えといてやる。

テメェらの素晴らしい計画を推し進めて、この街や国を救おうとしてるのなら好きにやってくれや。

そして終わったら、コソコソとここへやって来たみたいに、コソコソとこっから出て行きやがれ。

反対意見ならないぜ、“ヴィーナ殿下”?そりゃそうさ、俺ごときが意見する権利はねーもんな?

……

……何を言おうと、私はグラスゴーの者、貴様らのヴィーナだ。

……そうかい。なら見物だな、グラスゴーのヴィーナ。

うぅむ……

だから最初に言ったじゃないの、コルバートさん。食料をカートに積んで外に出すのはいいアイデアじゃないって。

確かに予想とは段違いの結果になってしまったよ、パーシヴァル。

何人かくらいなら助けてやれたと思っていたのだが……

一人ずつ豆の缶詰を二つほどこっそりと持っておけば、次の配給まで持ち堪えられたものの……

こうなると知っていれば、事前に知らせておいたほうが――

それでも結果は同じだよ。なんだったらもっと酷いことになってたりして。

ていうかこんな状況なんだから、あんたはどっかに隠れていたほうがいいって。むかし周りがまだコルバートさんを人として扱うフリをしていた時とは違うんだよ?

命を助けられるだけの食料と薬も持っているのはいいことだけど、周りからしたら、今のコルバートさんは聖人ってより余計悪魔にしか見えないっての。

ふふっ、わたくしはもとから悪魔と呼ばれるような種族だが?

しかし、あの噂は本当なのかね?

アスラン王の末裔がここに戻ってきて、大公爵もその人の命令に従ってここを奪還しに来ていると聞きますが……

フンッ、英雄伝説しか頭にない街のチンピラたちとは違うでしょ、コルバートさんは。国王がどうやって死んだかはみんな分かってるでしょうに。

そうだが、それでもあの者たちには助けられたんだ。ならばこちらも……
(イネス達が近寄ってくる)

その人たちと話くらいはしておいたほうがいいって?

ちょっとイネスさん!もう少しワンクッション置くとかそういう……

ッ!?

あんたは、あの時の……

心配しないで、こっちに敵意はないから。

二人と少し交流したいと思ってね。

……そんなことを信じると思う?フードで顔を被ったヤツとサルカズの傭兵が“自分たちはアスラン王の一味だ”ってほざいてるのよ?

フッ、なんでも起こり得るのがテラってもんでしょ?

……しかし考えてみれば確かに意外ね。まさか私がロドスで一定の身分を得るなんて。

……で、何が目的なの?

あなたたち、サンセット大通りにあるホテルの人たちね?

なんだか特殊な補給ルートを知っているようだったから。

心優しいサルカズの傭兵が分けてくださったのですよ。量はあまり多くはありませんが、それでも……

そう急いで説明しないでちょうだい。話ならゆっくりできるから。

こちらもお二人にとって魅力的な提案があってね。

……

そっ。本当にここの人たちを助けたいと思っているのなら、この際誰だって構わないわ。
(扉を開けてダフネ達がホテルに入る)

このホテル、まだ中に入れたんだ……外から見る限りだと、てっきり中もぐちゃぐちゃだと思ってた。

五時間は愚痴をこぼしてやりたいくらい大変だったわよ、外観を廃墟そっくりにすることが。

コルバートさんは戦いに不慣れだし、面倒ごとは極力避けたかったのよ。

どうか悪く思わないでください……わたくしはただ、このホテルの体裁を保ちたかっただけでして……

ここは本当に立派なホテルでした。わたくしも生涯をここで働くことに費やしていたものでしたから、すべてが灰になってしまうところが耐えられなくて……

気持ちはすごく分かるよ、コルバートさん。私も昔のここの姿は憶えてるから。

キラキラとしたシャンデリアに、積極的にもてなしてくれるドアマンとホテルマン。そして豪華絢爛なお部屋たち。

確か入口にはキレイな旗も飾られていたはずだよね?

旗……ということは、あなたは当ホテル最上級の賓客としてここへお越しいただいたことがあったということですね?

……何年も前のことだよ。

まっ、こういう話はまた後にして……二人の話を聞く限りだと、とあるサルカズの傭兵が食料を分けてくれているんだってね?

ええ、パプリカと言う娘が。きっと向こうも危なかったはずなのに……

パプリカ?

知っているのか、イネス?

……この前ハイバリー区での行動をまとめたアスカロンの報告書で見たことがあるわ。

あっ、思い出した。キャサリンたちを逃がしてくれた子か。

その後マンフレッドに捉えられたものだから、てっきりもう死んだと思っていたのだけれど……

じゃあ、本当にその優しいサルカズがいるってこと?

いや、おそらく食料を分け与える行為もきっとあのマンフレッドの計画の一環ね。

軍事委員会からすれば、ノーポートの人たちを生かしておく必要があるってことよ。今のところは。

向こうは何かを待っているのかしら?

そうだとしても、今はサルカズの計画に関心を寄せてる場合じゃないよ。

で、話を戻すけど。このホテルには通信施設が置いてあるよね?それを少しだけ借りたいの。

……

目的は?

大公爵に私たちの存在を把握させ、ここへ向かわせること。

……なるほど、例の“殿下”の噂話は本当だったってわけ。

その殿下がここの人たちを救ってくださると言っておきながら、全部ウソだったのね。

それをいま現実にしようとしているんだよ!

通信さえ送れば、大公爵たちだって黙ってはいられなくなるはずだよ!私が約束するから!

そんなにあの貴族たちの良心を信頼してるわけ?

……野心を信頼してるだけだよ。

で、通信したあとは?ここのチャンネルは暗号化できないから、サルカズにも筒抜けだけど?

ヴィーナさんが言ってたけど、今彼女はグラスゴーギャングたちとバリケードの突破を計画してる。もし成功すれば、外にある区画外へ通じる裏道に行けるはずなんだ。

彼女たちも昔は一度使った道だから心配はいらないって。

それまでの間、私たちは大公爵が到着するまで“辛抱”すればいい。

“辛抱”するって言うけど、どのくらい?

多くて四時間。

ふーん、確信めいているのね?

……

で、区画を抜け出したあとは?もう戦争は始まっているけど?

……その時また決めるよ。最初から最後まで計画を通すことはできないから。

けどここさえ抜け出せれば、その後はきっと……

話の腰を折って申し訳ないのだけれど、このホテル、ほかに住んでいる人は?

え?いえ、いませんが……

これまでずっと、わたくしとパーシヴァルしか利用しておりませんよ。

まずいわね……!
(ダフネ達の影が大きくなる)

影が……大きくなってる?

隠れておいて。私についてらっしゃい。

え?でも――

ちょっ!引っ張らないでよ、イネスさん!

死にたくないのならさっさとついて来てきなさい!ダフネ・ウィンダミア!

ッ!?

な、なんでそれを……

お二人もここから離れたほうがいい。

え?一体どうしたんです?

……

こいつらの言う通りにしましょう、コルバートさん。
(コルバートとパーシヴァルがその場から離れる)

ドクター、あなた……

・ここは任せてくれ
・……
・まだ協力関係は継続中だ、心配はいらない。

君はダフネとしっかりと話し合ってくれ。

この先におけるロドスの立場に関わることだからな。

……分かったわ。
(イネスとダフネが影に覆われ、その場から姿を消す)

さて、君もかけてくれ。
(”グレイハット”が近寄ってくる)

いえ結構、立っているほうが好きなのでね。

しかしとんでもないことをしてくれましたね、ドクター。殿下のご身分は、今のヴィクトリアではとてもセンシティブなものなのです。あなたもそれはご存じのはず。

てっきり、そちらもこのことについては理解してくださっていると思っていたのですが……

しかしまあ、この話は一旦置いておきましょう。

先ほどそそくさとここから離れていった青い髪をしたお嬢さん、彼女をご紹介していただけませんか?一つ、面識を深めたいと思いましてね。

それから一曲、お供できれば幸いなのですが。