
それで、あなたはダフネ・ウィンダミアで間違いないのね。

……

どうやって知ったの?

もしかしたらと思っただけよ。

そう、もしかしたら……立派な洞察力で。

で、さっきの人は“グレイハット”だった。つまりあなたたちのバックにはカスター公がついているってことだね。

……どうりで宝剣を欲しがっているわけだ。フンッ、向こうはもう野心を隠すこともしなくなったってわけ。

どうやら私よりも厄介な場面にいるみたいだね、あなたたち。

それで、ロンディニウムにヴィーナさんが戻ってきたけど、本当に王位を取り返すつもりなの?

それは本人に聞いてちょうだい。私は興味ないから。

じゃあ何に興味があるの?

自分の衣装を汚さないことに。

……

母上のところに戻ったら、もっとロドスに目を光らせたほうがいいって伝えなきゃ。

これまでずっと見くびっていたよ、あなたたち“製薬会社”を。

あら、私が医者に見えないって言いたいのかしら?

見えないね。

なら、これからはそう見えるように努めるわ。

さて、これでお互い腹を割って話ができるようになったでしょう。

それでウィンダミア公のことだけど、この区画にどれだけの人員を配置してるの?

……私の周りに護衛が二人ついてたけど、もう死んじゃったと思う。

サルカズがここを封鎖しようとした時に私を逃がそうとしたんだけど、失敗しちゃったんだ。

護衛を二人だけ……庶民に優しい後継ぎだこと。

ならあなたたちも、あの剣を狙っているわけ?

ウィンダミア公なら興味はないよ。大丈夫、私が保証するから。

じゃあどうしてあなたはここに?

……たまたまだよ。


……分かってると思うけど、あなたは一つ私に借りができてるの。
答えたくないのなら、今すぐここから出て行っても構わないわよ?あの“グレイハット”も、きっと喜んで大公爵の跡継ぎと話がしたいと思っているはずだわ。

もしこんなところで自分の娘の身に危害が及んだと知ったら、あの剛直で戦上手なウィンダミア公はどう出るんでしょうね?

きっとどの大公爵も見たいと思ってるはずよ。自分たちのライバルがテレジスと戦って自滅するところを。

無論、私があのハット帽のことを誤解しているって可能性もあるわね。もしかしたら、本当にデザートをご馳走してあなたと話がしたいだけなのかも。

確かに、イネスさんのアーツのおかげで助かったよ。

でもこの街に閉じ込められているのは本当にただの偶然なの。

大公爵たちはみんなそれぞれ自分たちの情報網を持っている。サルカズの動きを監視するためだったり、ほかの大公爵の動向を探るためだったり。

まあ正直に言って、後者のほうが重要なんだけどね。

ノーポート区は……単に身を隠すにはもってこいの場所なだけだと思うけど。

それだけじゃなくて、あなたにとって失踪した王位継承者がかつて所属していたグラスゴーギャングは非常に有益な情報源だから、という理由もあるんじゃない?

……それは違うかな。

私もベアードも……同じビデオホールに行くのが好きだったってだけだよ。

……そう。

で、ヴィーナさんがあの剣と一緒にカスター公のところまで連れていかれることもなく、今でもノーポートの中にいるってことは……

あの“グレイハット”があなたたちに厄介な仕事を押し付けたってことなんじゃないかな?

まあそうだよね、だってあなたたち飛空船を探してるんだもん。

確かに、あれは大公爵たちにとって垂涎の的だ。私だって、どうやってサルカズがあんな戦争の形を変えてしまうような飛行要塞を作ったのか知りたくなっちゃうよ。

ここまで聞く限りじゃ、あなたたちってば本当に“戦争”ってものを愛しているのね。

サルカズの傭兵さんも同じように愛してると思ってたけど?

まあいいや、私はあなたたちに借りがあるんだし。それで、優しいお医者さん組織のロドスはどう私を利用するつもりなのかな?

さっきも言ったけど、ここにはもう私を守ってくれる護衛も部隊もいないんだ。ガッカリするなら今のうちだよ、イネスさん?

あなたたちとあの“グレイハット”との間にある厄介な仕事、私じゃ手伝ってやれそうにないから。

あの飛空船のことなら、私たちだけでなんとかするわ。

じゃあ目的は何?カスター公にとって私がどれだけの価値があるかはあなただって分かってるはずでしょ?なのに私を助けるなんて……

まさか今になって、普通に助けたかっただけだから助けたって言ってくれるの?

残念だけど違うわ。

そう、残念だよ。

一人の大公爵と抗えるほど、私の勢力は大きくないわ。

カスター公だって、きっとロドスよりも他のことに労力を注いでいるはずだわ。

そこであなたには、今回の一件を手伝ってもらうようあなたの母親を説得してもらいたいの。

……だとしたら高くつくけど?

母上の介入を利用して、カスター公の支配から逃れたいわけだ。

よく分かっていると思うけど、そんなことは綱渡りだよ?

生憎、私たち優しいお医者さん組織にはもうこれしか道がないの。

ドクター……

ホテルにある通信施設を借りたいとの直談判なんですが、上手くいってるのでしょうか……?

やっぱり私もついて行ったほうがよかったんじゃ……

心配するな、アーミヤ。ドクターの傍にはイネスがついている。何より、通信施設を少し借りるだけではないか。

……そうですよね。なんならここの負傷者たちのほうが私を必要としていることですし。

彼らがここを発つ前に、すでに撤退する時間は決めておいたはずだ。

ここに居座ってるサルカズたちの攻撃を凌ぐ必要はあるが、公爵らがサルカズに攻撃を仕掛ければチャンスはやって来る。

……計画はうまく行くさ。

はい……ただ、やっぱりどうしても不安でして。

何か……圧を感じるんです、この場所で。何なのかはまだ分かりませんが。

最初は、ここノーポートの重苦しい雰囲気によるものだと思っていました。それからはテレジアさんが……また私に何かを見せようとしていたんじゃないかと……

でも、どれも違っていました。

……本艦にいる時に聞いたのだが、一部のサルカズたちからは“魔王”と呼ばれているようだな、アーミヤ?

貴様にとって、“魔王”とはどういう意味だ?貴様はサルカズではないはずだろ。

民衆を導く統治者になろうと考えているのか?それとも誰よりも前を突き進む英雄にか?
その傍らでシージは横に置いてある諸王の息吹を軽く撫でるも、剣は相変わらず冷たいままだった。

……分かりません。ただ、正直に言いますと……

テレジアさんは私たちにある未来を描いてくれたんです……彼女が信じる未来こそが私たちの生きる希望なんだと、私は今でもそれを信じています。

でも、あの人が私にこの王冠を渡した際、その未来に辿りつく方法は教えてくれませんでした。さらに言えば今、テレジアさんは……私たちに立ち向かってきています。

だから私はこう自分を説得させるしかありませんでした。これはあの人が私に与えた試練なのだと。

……正直言って、どうやってあの人と対面すればいいのか、今でも分かりません。何を話しかけてくるのか、私がしてきたことをどう思っているのか……

……

もしかしたら、私が私のために選んだ道を見て、あの人は……失望してしまうのでしょうか?

本当に、私なんかが“魔王”を受け継いでよかったのでしょうか……

だが、貴様は今でもそれを背負っているではないか。

私も同じ悩みを持つ。はたして人々が期待する人物になれるのかどうか。

天災を切り開く英雄に。民衆を団結させる君主に……

そのためには、私は何をすればいい?どうやってあの重く積み重なった期待に……応えてやればいいのだろうか?

人々を隔てている壁を壊せばいいのか?それとも貴族らを説得させればいいのか?

人々へ団結するよう呼び掛けるのか?それとも、静かに威厳を表せばいいのか?

……だが、そんなことはどれも不得意だ。ガウェインからも、そういうことは何一つ教わっていない。

私はこれまでほとんどの時間をグラスゴーで過ごしてきたからな。私が知るのは、迷惑をかける酔っ払いを殴り飛ばすことや、友人らと一緒にサツから逃れることだけだ。

ロドスに入ったおかげで、私は色々と学ぶことができたよ。だがそれでも、どうすればいいかが分からない。

てっきりここに帰ってこれば……それが分かると思っていたんだが……

モーガンが市民らに向かって、私を“王女殿下”と呼んだあの時……私は相変わらず何も言い出せなかった。

幸いなことに、あれは一時的に群衆を宥めるための一芝居だったのだが……やはりど何をどうすればよかったのやら……

本当にこの道を進まなければならないのだとしたら……私は一体……

最初は単に、苦しむ人たちが見過ごせなかっただけだというのに……

……その思いがあるだけでも十分ですよ、シージさん。

テレジアさんから一つ教わったことがあるんです。“魔王”は単なる重荷ではないんだと。

私も同じですよ……見て見ぬフリをしたくなかっただけですから。

ドクター殿、今の仕事はお好きですか?

・ああ。
・……
・好きではないな。

なるほど。どうやらご自分は有意義なことをしていると思い込んでいるようですね。

そこまで長く考えなければならない問題でしたか?

ほほぅ。なら、今よりもさらに大きな野心をお持ちのようで。

私はですね、正直言ってこの仕事を好きにはならないのですよ。

闘争を好んで生まれてくる者などおりません、私も同じです。

一貴族として、どこか大きな敷地を持つ辺鄙な郡にでも移り住んで、暖炉を焚きながら呑気に日々を過ごしたかったものです。

できることなら小さな牙獣も飼っておきたいですね。毎日荘園の林の中を散歩しながら、文学や詩や歌に考えを巡らせることができますから。

ただお恥ずかしいことに、たまに『ロンディニウム日報』の文学ページに私の作品が載ることがあるのですが、詩人としては三流でして。
そう言って目の前のこの男は、まるで恥ずかしさを隠すようにハット帽のつばを摘まむ。

まあ評論家たちがどう評価するにしろ、本人が楽しんでいればそれでいいのです。

ただ知っての通り、これはあくまで理想に過ぎません。言わずもがな、理想が現実として叶うことは非常に難しい。

この時代に生まれ落ちてしまったのであれば、この時代に教わった生き方で過ごさなければならないのです。

では本題に入るとして……教えていただきましょうか、先ほどここにいたあの人は誰なんです?

・ロドスのオペレーターだ。
・このホテルのマネージャーとドアマンだ。

誰のことを指して言ってるのか、分かっているはずでしょうに。

ならこうしましょう。もう一つ取引をするのはどうです?

そのオペレーターとやらと一緒にこのホテルを出て行ってからでも、引き続き以前話し合った仕事に取り掛かってもらっても構いません。

そしてその仕事を終えた際には、あなたとアレクサンドリナ殿下を公爵閣下へご紹介して差し上げましょう。

駒や人質としてではなく、客人と友人として。

もっと緊密なパートナー関係になっていただきたいと思いましてね。

その際心配はいりません。約束を遵守する、それが公爵閣下の信条ですから。

サルカズよりも、よっぽど一人のヴィクトリア人に興味を持っているのだな。

当然ですとも。なんせ我々はヴィクトリアに身を置いているのですから。

彼女の外観に騙されてはなりませんよ。この区画が単にサルカズらが建てたかわいい牢獄だとでもお思いですか?

かわいいとは思えないがな。

ならば凄惨な牢獄とでも……いや、この際はもうお好きなように。

あなた方が自らヴィクトリアの王位継承者と呼称し、感染者らに注射を打ってやってた間も、こちらは忙しかったものでしてね。

確かにここには虐げられている一般市民が大勢います。だがその他にも……

自分たちの痕跡を隠し、悪巧みをしようとしている不届き者も大勢混ざっているのですよ。

私が仕えている公爵閣下は、本気で困難を乗り越えたヴィクトリアにもう一度栄光をもたらしてやりたいと考えられておりますが、他もそうとは限りません。

その他の者たちを炙り出す。それが私の仕事なのですよ。

なれば、ここの一般人たちはどうでもいいということか?

どうやら私を責めるおつもりでいるようですが……

そうではありません、もちろん関係はあります。私とて市民ら一人ひとりの平穏を取り戻してあげたいと考えておりますとも。

だがそんなことは不可能だ、違いますか?

今に固執し、現状を変えるためにこつこつと頑張ることができる人はいるでしょうが、誰かしらそれよりも重い使命を背負わなければならないのです。たとえそれが不本意だったとしても。

例を挙げるとすれば、国家が生き残るための未来を探るという使命を。

前者の考えも尊重してはいますが、だからといって後者の考えを否定するようなことはしないでいただきたいものです。

どの大公爵も口ではそう言っているのだろう。

自分は国家の未来を探っている、そう思っているのかもしれないが……

それこそヴィクトリアが今回の災難に見舞われた元凶だろ。

……否定はしません。

浅はかにも、公爵らは単に権益を奪い合っているだけに過ぎないと考える者もいますが……どうやらあなたはそうではないようですね、ドクター殿。

権力はあくまで手段であり、利益は道具でしかありません。

大公爵らが奪い合っているのは、この国を未来へ導くための資格なのですよ。

ヴィクトリアはもう、王を失って久しいですからね。

そしてサルカズはいわば紙やすりのようなもの。一通り磨き終えれば、我々の国は再び輝きを取り戻すことができるのです。
(イネスが戻ってくる)

さっき自分は詩人として三流だって言ってたけど、どうやら本当みたいね。

……ようやく戻ってきてくださりましたか、イネスさん。

これ以上は待てないと思っていたところでしたよ。