
思い出したぞ……あの服はロドスのものだ。

Guardも同じようなものを着ていたし、スージーちゃんもカラドンを出て行った後、確かロドスってところに行ったはず……

あいつらはきっといい人だ、さもなきゃスージーちゃんを助けることもないだろ。

そんなヤツらが今、ここで感染者たちに手を差し伸べてる。

まあ、いい人っていうのはいつだって損する側だ。毎度毎度、余計な責任を背負いこんでしまうからな。

そしてその責任の中には、そこらの者じゃ背負いこめないものだってある。

可哀そうに……あんたたちは最初から道を間違えてしまったのかもしれないな、ロドス。

ナインの言う通りだ、注射と服薬じゃ鉱石病は解決できない。痛みを和らげることはできるかもしれんが、他人の白い目まで変えることはできない。

俺たちに目を向けるように、俺たちの声が聞こえるように、俺たちが腐りきったふきでものじゃないってことを、そいつらに思い知らせなければならないんだ。

どうだ、あんたたちはどう思う?
(ダブリン兵らしき影)

……

ずっと俺の後をついてきたんだろ?ならさっき俺が話したことに何か意見はないか?

レユニオンの者だな。

貴様は我々が遂行する任務の目標には含まれていない。

なら、お互い自分たちのやるべきことに集中しておいたほうがいいんじゃないのか?
(ダブリン兵らしき影達が立ち去る)

……本当に行っってしまうとは。

しかしダブリンも来てしまったとなれば、そろそろあいつらを連れてここから出て行かないとな。

……まったく、もう少し時間があればもっと説得できたろうに。

まあいい、はやいとこ彼女を迎えに行こう。

あなた、自分のことを詩人だなんて言ってたけど……

何か気になるところでも?

私はこれまで他にもたくさん詩人って人たちを見てきたわ。みんなあなたよりも強かな人たちだった。だってその人たちは……

むやみやたらと比喩表現を用いらないからね。

埃やら紙やすりやら……

この区画にこの国家、あるいはこの大地でも構わないけど、一体誰が埃で誰が紙やすりなの?

そんなあなたにはなんの資格があって、ほかの人たちを埃や紙やすりとして決めつけられるのかしら?

戦争を軽々しく比喩表現なんかで着飾らないでちょうだい。

ご立派な大遠征でもなければ、再び栄光を作り上げる炉の光でもないし、ましてや復興へ向かう帆船でもないのよ。

あれは泥沼の中で藻掻く人々と、廃墟の中で吹き飛ばされた四肢、そして永遠に拭いきれない死臭でしかないの。

それが戦争ってものよ。

……それが私のよく知る、戦争ってものなのだから。

そういう意見はお互い一旦保留にしておきましょうか。戦争を何度も潜り抜けてきたベテラン傭兵の考え方なら、私も尊重しておりますので。

だが駒からこちらの盟友になるか否かについては、はやく結論を出していただかないと。

イネス。

何かしら?

ダフネの返事は?

協力に応じてくれたわよ。無事ここから一緒に逃げ出せればね。

彼女ならすでに通信施設のほうへ向かったわ。そろそろラジオが放送される頃じゃないかしら。

……それがあなた方の選択ですか。残念です、本来であれば手を取り合えたはずなのに。

であればあなた方はヴィクトリアからの誘いを断った、と解釈してもよろしいのですね?

・カスター公がヴィクトリアの代表者にはまだなっていないはずだが。
・……
・三流詩人からの誘いを断っただけだ。

いずれはそうなります。

賢明な判断とは思えませんね。

屁理屈は通用しませんよ、ドクター殿。
(爆発音)

おや、これもあなた方が仕込んだ小細工の類ですか?
(ダフネとパーシヴァルが駆け寄ってくる)

ダフネ?どうしてまだここに……

はやく逃げて!あいつらが……!
(何者かが”グレイハット”に斬り掛かる)

あなた方は……

随分と賑やかじゃないか、ここは。

あなたはヘマタイト近衛隊の隊長……いや、この場合はダブリンの”将校”とお呼びしたほうがよろしいですか?

……なるほど、あなた方でしたか。

ここでのクソみたいな日々も今日で最後だ。

ダフネとあのドクターってやつが通信施設のほうを片付けてくれるはずだったな。

うまく行きゃ、俺たちはノーポートから出られる……いや、きっとうまく行くはずだ。

その後はどうするつもりなの?

……分かんねえ。

ノーポートでチンピラをやってる人間なんて、孤児院出身か、幼いうちに身寄りをなくした人たちしかいないんだよ?

まあ、あたしたちも同じようなものだけど。

心配すんな、食いっぱぐれない方法ならいくらでもある。ヘッ、もしかしたら……例の“ラスティハンマー”ってとこに入ってたりしてな。

とにかく俺は大公爵の領地で難民になるつもりはねえよ。地面に跪いて、鼻の穴がお天道様を見上げるくらい人を見下してる連中のおこぼれをもらう気はさらさらねえ。

でもカドール――

うるせえ!どうせ今だって、あの時“サルカズどもをぶっ飛ばす”と同じような馬鹿げた話を言ってるぜって思ってんだろ?

……

……なあベアード、俺はもう色々と捨てちまったんだよ、このクソみたいな日々の中で。だがな、最後に自分の意志までをも捨てちまうことはできねえ。

もし最後の最後に、痛みやら苦しみやらに押しつぶされるようなタマ無し野郎になっちまうくらいなら、ここで死んでやったほうがまだマシだぜ。

鋼の背骨を持ってる人なんていないんだから、そんなものに押しつぶされること……気にしなくてもいいのに。

……

今日のお昼、ビデオホールに行ったんだ。マクラーレンがあのラゲージカートの揉み合いに加わらなかったからさ、何かあったのかなって。

あいつなら昔っから猜疑心の強い変人だったからな。

昔っから彼のところで飲料水を買って飲んでたくせに、少しは心配してやったら?

あーはいはい、いつまでも健やかでいられますようにってな。で、そいつはどうだった?

……生きてたか?

ビデオホールの外はひどい有り様だったよ。たぶん、何度も襲われたんだと思う。

名前を呼んでみたけど、返事はなかった。ほかのところに隠れたのかなと思ってたら……窓のバリケードの隙間から、彼の両目が見えたんだ。

目はぎょろっとしてて、血走ってた……恐怖と絶望に満ちた目、二回も見れなかったよ。

マクラーレンは……

もう、ビデオホールから出られないかもしれないね。

分かってると思うけど……私たちだって外にいる連中に、あんたが言う“タマ無し野郎”に、もしかしたらなっていたかもしれないんだよ?

……フンッ。

だが、ここを救うチャンスはまだある。

その前に、起こるかもしれないサルカズから攻撃から、大公爵の軍の砲撃から逃れなければならない。非常に困難なことに思えるかもしれないが……

決して不可能ということではない。

だから今はまず、ここに居座っているサルカズの動向を探りながら――

ヘッ、いつ何をするべきなのか、そうやって俺たちを導いて励ましてくれる頼もしい陛下なこった。

……

カドール……

ほかにまだ何かご命令でも?

貴様が思う王とはなんのか……それを考えていてな。

なんだよ、俺もお前の臣下にしてくれるのか?

違う。何度も言ってるはずだ、今の私はグラスゴーのヴィーナだと。

ただ、一度もそういったことを真面目に考えてこなかったと思ってな。

私はまだ分かっていないんだ。あの謳われ続けてきた栄誉やら威厳やらを除いて、王が貴様らにとって……

いや、私たちにとって、一体どういう存在なのかということに。

どういう存在か、だって?どういう存在でもねえよ。

俺にとっちゃこれっぽっちも関係ねえ存在だ。そいつに敬意を払うくらいなら、いつも金が足りねえ時に安くしてくれる出店のおっちゃんに払いたいもんだぜ。

だがヴィクトリアは古来、王を持つ国だ。

へぇ、その王ってのはどういう連中のことなんだ?申し訳ねえが、俺は高貴なアスランでもドラコでもねんだ。そいつらなんか誰一人として見たことねえよ。

もし新聞紙にしか存在しない連中だったとしたらすまねえな。広告によく載ってるシラクーザレストランでコック長をやってるヴィトーのほうがまだ聞き覚えがあるぜ。

確かに俺たちは長い間ずっと王を失ってきたが、それで俺たちの暮らしはもっとひどいもんになったか?

まあ、そうかもしれねえな。

だがよ、それが王様と関係があるとは思えねえな。お前だろうが、ほかの玉座に上り詰めたヤツだろうが、一度だって俺たち庶民に関心を寄せてくれるこたァなかった。

お前らからすりゃ、パーティやら酒やらに溺れるのは暗君であって、戦争と税収を思案するのが名君って思ってるかもしれねえが……

俺からすりゃな、ンなもんは自己満だ。どれもすべてを手中に収められると思い込んでる虚栄心にすぎねえんだよ。

そんでシージ、お前は今ここにいる連中からまるで唯一の希望って具合に崇拝されちゃいるが……

そういうお前は、ちゃんとその気持ちよさを味わっているか?

そいつらを救ってやることこそが、お前のクソッタレな使命だって思っているのか?

……“使命”など、一度もそんなことは思ったことがない。

ただ――

ただ、お前にはそういった期待の眼差しに応えなければならない責任があるってか?

それとこれとは別のことだぜ、陛下よ。

……

お前だって分かっているはずだろ。そいつらがそういった眼差しをお前に向けてくれているのは、お前がストリートギャングの一員だからなのか……

それとも、そのご立派な“ヴィクトリア”って名前を持ってるからなのか。

正直に言って、俺だって求めちゃいるさ。この街を、ここにいる連中を、このいつまで経っても先が見えねえ糞溜めみてーな場所を救ってくれるヤツを。

だがそんなこと誰にできるってんだ?寝言は寝てから言えってやつだよ。

確かに進んで責任を背負う志は、街ん中で過ごしていくための人としての道徳になる。

だが、“王様”気取りで他人に偽物の希望を振舞うんじゃねえよ。

自分は期待されるべくして生まれてきたんだ、なんて考えも捨てておくことだなァ。
(サルカズの兵士が近くを通り過ぎる)

シッ、誰か来た。

チッ、殺っちまうか?

いや、ここはやり過ごそう。下手に動いたら取り返しがつかなくなる。今はあいつらの居場所を把握しておくことが……

……様子がおかしい、油断するな。

てめ……ら……

ご、誤解しないでほしいかな~。わたしたちはただここを通りかかっただけで、面倒事を起こすつもりは……

おいベアード!やり過ごすって言ったのはテメェだぞ!

ちがッ……あたしは何もやってない!

この出血……以前から重傷を負ってここへ逃げてきたのだろう。

ここにいる連中の仕業かしら?

いや……俺たちも一人か二人くらいなら殺せると思って、やった試しはあったが、連中は訓練された軍のモンだ。

不意打ちが成功したところで、すぐに気付かれて殺されちまう。

それよりもさっきから気になってたんだが……ここ、こんなに静かだったか?
封鎖されたエリアのバリケードの上に設置されたサーチライトは、いつものように薄暗い光を照射している。
ここにいる面々の鼻は、すでにノーポートの悪臭に慣れてしまっていた。だがなぜだろう、この辺りに生暖かい血腥さが弥漫しているのは……

……急いでここを離れよう。

今すぐこの区画にいる残りの人たちを一か所に集めるんだ。

でも、イネスやドクターからはまだ連絡が……

今は向こうが無事交渉を終えたということにしておくしかない。

もうすでに、誰かが動き始めたんだ。
(シージ達が走り去った後、ダブリンの兵士達が姿を現す)

見間違いではないな?

ああ、あれはアスランだった。間違いない。

だが、我々が遂行する任務の目標には含まれていないはずだが?

問題ない、あのお方が自ずと判断してくださる。

チッ、ドアが動かない。閉じ込められてしまったわ。

ドクター、私の後ろに。

皆様、ようこそサンセットホテルへ。これほど大勢のお客様をお迎えするのは久しぶりです!

コルバートさん!隠れていてって言ったでしょ!

お客様がお越しいただいたんだぞ?ここでお出迎えしなきゃマネージャー失格だよ。

申し訳ございません、ご覧の通り当ホテルは現在この有り様でして……こちらとしてもできることなら、お茶をお出しいたいのは山々なのですが……

ただ、わたくしのできる範囲であれば、なんなりとお申し付けくださいませ。今のところ、何かご要望はございますか?

……

……

じゃあ……お水をもらえるかな?ちょっと、喉が乾いちゃった。

それならば喜んでお力になりましょう!少々お待ちくださいませ、ダフネお嬢様。

やはりウェリントン公としては、ここは見過ごせないということでしょうか。

そちらのカスター公とて同じことだろう。

私のことを見逃すおつもりは?

ない。お前もあの青髪のフェリーンも。

カスター公とウェリントン公、どちらもサルカズに対抗することにおいては暗黙の了解があるはず。

それはお互いの目標に対しても……同じことだと思っていたのですがね。

私は命令に従うだけだ。

やれやれ、ターラー人というのは皆あなたみたいに頭が固い人たちなのですか?

そういったユーモアは私の友人たちだけに留めておこう。

おぉ、それはいいですね。友だち作りは大好きです。なら同じ“ヴィクトリア人”として、まずは天気のお話からいかがでしょう?

ふむ、天気ですか……そうですな、ロンディニウムの天気は日に日に悪くなるばかりです。

四十年前であれば、まだ日差しが出ていたことも多かったというのに……

あの時は当ホテルもすこぶる調子が良かったものです。本当に立派なホテルでした。

今もドアマンを雇った時の光景が鮮明に思い浮かびますよ。

聞いた話によれば、当時は公爵の方々も好んで当ホテルに宿泊してくださったとか。

あなたを話に誘った覚えはありません。下がっていない、サルカズ。

これは申し訳ございません。しかしできることならお客様と同じく、わたくしのこともヴィクトリア人として見ていただきたいのですが……

わたくし含め、皆ヴィクトリアの臣民なのです。ほんの少しだけ肩の力を抜いて話し合われてみては如何でしょうか?

自分のことをヴィクトリア人として見ているサルカズなんて珍しいわね。

おや、それはお客様とて同じことではないのですか?

……

わたくしのようなカズデルの外で暮らすサルカズとて、とにかく拠り所となる家を探さなければならないのでは?

ほとんどのサルカズはそうとは限らないと思うけど。

だからこそ彼らは常に失望に苛まれ、疲れ果ててしまっているとわたくしは考えているのです。

わたくしは一生ここで暮らしてきました。だからここにある壁の隅々や床に敷かれたタイルの一枚一枚に至るまで……どれもカズデル以上の親近感を覚えます。

ただ、以前なら自らテーブルを一台ずつきれいに拭いて回っていたのですが、ここのところサボり癖がついてしまって……どうかお許しくださいませ。

しかしわたくしはこれでも、自分の仕事に誇りを持っております。できることなら、ぜひ皆さんに当ホテルの以前の姿をお見せしたいと思うばかりです。

あの日々は常々……“いつまでもこうして毎日が続いて行くのだろう”と錯覚させられるものでしたが……

……はぁ、そういった日々もついぞ終わりを迎えてしまいました。

パーシヴァル、あなたが入職してきた時にはすでに、このホテルは落ちぶれてしまっていた……本当に残念だよ……

……正直に言っていいかな?私はそこまで気にしちゃいないよ。

このまま戦火に巻き込まれ、建物が倒壊してしまったほうがどれだけ良かったものか……

しかし……

いつものと変わり映えしない午後の時間帯に、いつもと同じようにテーブルを拭き終え、そして顔を見上げてみれば――

ふと周りのすべてがボロボロに、古臭くなってしまったことに気付いてしまうのが何よりも悲しいのです。

わたくし自身が……一体なぜこんなことになってしまったのかと気付けてやれないことにも。