
あれが……飛空船。

これまで何度も試してみたのだが、潜入できたやつは一人もいなかった。近づいただけで人が忽然と消えていなくなってしまうんだ。

サルカズに伝わる一種の巫術なのだろうか……?魔王、お前なら抜け穴は分かるんじゃないのか?

それは……

テレジアさんも……あそこにいるのでしょうか?

でも、何も感じ――

ウッ!
重苦しいプレッシャーが襲ってきた。
上手く言葉では言い表せられないが、とても重く、そして冷酷なプレッシャーだ。
それを受けて、アーミヤよろめいてしまう。

これは……一体……

何をしているんだ、魔王?余計なマネをするんじゃないぞ!

さっさとお前の術を使って、その巫術を解除するんだ!さもなければ――
(アスカロンが”グレイハット”に斬り掛かる)

うぐッ――
(”グレイハットが倒れる)

ようやく来てくれたか、アスカロン。

遅れてすまない、ドクター。

待ってください、アスカロンさん!

これはこちらの同僚の勝手の行為であって、私は関係ありません!私からも手荒な真似はしないよう説得したんです!

私はあなた方のドクターを傷つける意志はない!今はお互い取引をしている関係、あなただってあの場で見ていたでしょう!

ならさっさと目の前から消えることだ。

……ッ!

・どうした?
・……
・辛そうな顔をしているぞ。

お前はサルカズじゃないから感じられないのだろう。

今、私たちは……自分たちの歴史というヤツと向き合わされている。長きに渡るサルカズが受けてきた苦難と向き合わされているんだ。

そいつは怒り、私たちに訴えかけている。そいつの哀号に耳を傾けるように、私たちに迫って……

……なるほど、道理で。

フッ、これは大公爵たちも失望することだろうな。あそこにあるのは複製して生産できる工業技術の類などではない。

あの船は、死んでいった者たち意思なのだ。
サルカズが以前、どのようにして生きてきたか分かるか?
まだあの頃の、サルカズの生き方を……
あの時。神民と先民がまだこの大地に侵入してこなかった時、ここはすべてあるべき姿のままであった。
だがそれから、ヤツらがやって来た。
ヤツらは殺戮を始めた。野蛮と怒りというものを我々の土地に持ち込む、互いに向けていただけの牙を、あろうことか我々にも向け始めたのだ。
誇り高きサルカズがヤツらに屈服することなどあるはずもない。だから我々は反撃に打って出た。
憎悪という果実を呑み込ませるために、さらなる怒りをヤツらに向けて!
だがなぜなのだ?瞬く間にカズデルは滅ぼされてしまった。
これもすべてはあの卑劣な輩たちの仕業だ!
ヤツらはあらゆる方法を尽くし、カズデルを滅ぼした!卑劣で狡猾な、残忍で無知な輩どもめ!
なぜ純潔なるカズデルを踏みにじったのか!
なんの資格があって!?

くッ――

こ、この声は……

アーミヤ、引き込まれるな!

耐えろ、これはただの幻聴だ!

分かっています、私もなるべく……

うッ……くぅッ……!
カズデルは滅ぼされてしまった。
そんな屈辱と失敗などサルカズが認めるはずがない。ゆえに魔王と王庭が我々を導き、あの下衆どもに戦いを挑んだ。
だが!サンクタなどと自称する惰弱なサルカズどもは己の責任から逃れ、一族と己の使命を裏切った!
そして建て直された城壁は再び崩れ、我々の夢もまた消え去った!
だが問題ない、カズデルは再び蘇る。裏切者にもケジメを受けてもらう。
魔王が我々の傍にいる限り、我々が潰えることはないのだ。

この影たちは……

おかしい、あのイネスさんのアーツから生み出された影ではない!これは一体……?

ドクター、飛空船の影から離れろ!
蠢き、次第に広がっていく飛空船の影。アスカロンに倒されたもう一人の“グレイハット”は、瞬く間にその漆黒の海に呑み込まれてしまった。

何なんですか、これは!?
深い絶望と怒りを体現したかのようなドス黒さ。
魔王さえいれば……魔王が我々を導く限り……
カズデルは三十四回も滅ぼされてきた。
六百七十五回も。
三千四百二十一回も。
一番短かった時は、たったの三日で滅ぼされてしまった。カズデルの城壁が建て直されて間もなく、ペガサスどもの鉄蹄によって捻り潰されたのだ。
何度も滅ぼされてきたが、何度も再び立ち上がってみせた。
やがて時間が我々の姿形を変え、ヤツらの外見を捻じ曲げたが、戦争が終わることはなく、我々の抗争も留まることを知らない。
とはいえ、カズデルが再建される時間もまた次第に長くなってきてしまった。
我々の文明は滅ぼされ、芸術は忘れ去られていってしまったのだ。
だが憎しみだけが残った!魔王はその憎しみを武器に、我々の敵を斬殺してくれたのだ!
私はそれを誇りに思っている。我々の不屈の精神を。
だが、それが今やどうなった?
醜いキメラが……
異種族が我々の魔王を務めているではないか!?
フハハハハハ!私の目の前に、異種族の魔王が立っているだと!?
なんの資格があってその冠を戴き、我々の苦しみに味方しているのだ!?
なんの資格があってサルカズの怒りを背負っているのだァ!!!
答えろ!身代わり如きが!答えろ!このペテン師が!
死した魂たちの問いに答えろと言っているのだァ!

死した、魂たち……
目を開いてよく見てみろ!紛い物の魔王が!
貴様は何も見た!?

私が、見たのは……

よせ!見るんじゃない、アーミヤ!それはヤツらの巫術だ!

……

涙が、見えました。

なんて、息苦しい悲しみなのでしょう。

死した魂たちよ、あなたたちは常にこの悲しみといるのですか?
悲しみだと?違うな、これは悲しみではない。
悲しみなど、とうに昔に消え失せた。

あなたは今、傷痕に怒りの炎を当てているのですね。

とても……辛いでしょうに。
偽りと真実の分別ならついているぞ!
貴様は今、私の問いに答えるだけでいい!
貴様、なぜ貴様が――
醜い異種族である貴様が――
なぜ――
サルカズのすべてを背負っているのだァ!!!
アスカロンは思わず後退りした。

大丈夫か、アスカロン?

ああ……平気だ……

それよりアーミヤを――
死した魂たちの巨大な影に覆われながらも、アーミヤは依然と顔を見上げていた。
ここからではアーミヤの表情が見えない。唯一分かるのは、彼女が顔を見上げていることだけだ。

あなたの言う通り、私はすべてを見ました。

すべてを。

三千四百二十一回にも及ぶ滅びを。すべての瓦とレンガが灰燼と化してしまうほどの時の流れを。

抗う歴代の魔王と、彼ら一人ひとりの心の内を。

揉み消された涙と血を。そして、巻き起こった砂塵と破片を。

……次々と人たちが倒れていき、何度も何度も同じ場面が繰り返されるばかり。

そう、私はすべてを見ました。けど、私はこれからも見届けていきます。

私なら、一度だって目を逸らしたことはありませんよ。

しっかりとこの胸に刻み込んでおきます。

一つひとつの困難な選択を。死と犠牲を。滅びを。一つひとつの希望を。
――それを見せているのはこの私だ、キメラ!
私が貴様に見せているのだ!
身代わり風情が!この私が一時もこの怒りの烈火に身を焦がすことはなかったとでも!?
それに比べて貴様はどうだ!?
まるで地図を、演劇を、あるいは崖の上から眺めてるでもいい。そうやって貴様は所詮外から我々を見下ろしているだけの観客に過ぎないのだ!
偽りの魔王め、貴様は咎人だ!貴様が憎い!その愚かさに、高慢さに、自惚れていることに対してではない!
永遠に、我々の味方につくことがないから憎いのだ!

けど私はすでに努力してあなたたちの傍に――
努力……努力だと?
目を逸らさぬようにする努力ならできるかもしれないが……
だが、貴様はいつだって我々の傍から離れることができるだろ!

そんなことは……
貴様はサルカズではない、永遠に。
サルカズの魂たちが貴様を受け入れることなど、断じてありえないのだ!
我々の境遇を苦痛と言ったな?貴様はそれに耐えられる、とも……
だが我々の運命は永遠にそう定められているのだ。
貴様自身には勇気が備わっていると宣っているが、もしいつの日かその苦痛に耐えられなくなった時――
貴様はいつだって我々のもとから離れていくことができるだろ!

いいえ、私は絶対に――
“絶対に”だと!?よくもそんな言葉が言えたものだな、碌な年数も生きてこなかった年端も過ぎない幼子風情が!
いや、違うな。貴様なら言えて当然だろう、なんせその力を持っているのだからな。
なぜサルカズがこんな魔王を……こんな魔王、サルカズが受け入れられるわけが……

テレジアさんが私にそれを望んだんです!彼女が……異種族でも、同じ気持ちを分かち合うことができるって!
それがヤツの愚かさだと言っているのだ!
仮にだ、仮に分かち合うことが本当にできたとしよう……ならこれまでの全てを目にした貴様は……
なぜ今こうして私の目の前に現れた?
なぜ今もこの戦争を阻止しようと奔走しているのだ?

それは……
アーミヤは忽然と、一言も反論できないことに気が付いてしまった。
どうして私はこの戦争を阻止しようとしているのだろうか?
この怒りを、苦しみを、懇願を見た。
それなのになぜ、私は今もこの戦争を阻止しようとしているのだろうか?
サルカズにとって……この戦争こそが唯一の方法だというのに。
サルカズであれば、誰一人とてあれを目にすれば、これまで抱いてきた他の考えはすべて消え去っていくことはずなのに。

それでも……
そこでアーミヤは気付いた。一瞬だけではあったが、テレジアの選択を理解したような気がする。
涙で涙を濯ぎ、苦痛で苦痛を埋め立てる。
すべてを焼き尽くした土地でしか、サルカズに新たな生を授けることはできないのだと。

それでも私は……

……そんな道を歩むつもりはありません。
やはり、死した魂たちの言った通りだ。
彼女は拒んだ。であれば彼らを味方することは決して叶わない。
ここで背を向けて踵を返すことだってできる。
さっさとここから出ていくがいい!
我々のもとから!
実体化してしまうのではないかと思わせるほど、影は激しく蠢き分裂していく。
蠕動する死した魂たちの影が、くっきりとこの飛行船のドックの中に現れたが……
(辺りに紫の炎が広がる)

やれやれ、こいつは大物だな。
紫の炎が黒い影と鉢合わせた。

お前たちに興味が湧いてきたぞ、死した魂たちとやら。

もし今も炎に身を焦がしていると言うのであれば、はたしてどんな残り火を見せてくれるのだろうな?

――

あのドラコは……エブラナ!

あの人がここに現れるなんて、任務の通達事項には書かれていませんでしたよ!

クソ!ここは一時撤退しましょう!

アーミヤ!

私は……平気です……

さあ、肩を貸して。

ドクター、私……

やっぱり私では、彼らの傍にいてあげられることが……

だからこそだ。だからこそ君が必要になってくる。

……え?

あのドラコの炎が襲ってくるぞ!

私には分かる……ヤツは強い。今は相手にするな!

……

ほう、これは面白い。

ロドスではないか……

近頃はよく耳にする名前だ。

しょ、将軍……例のドラコが……

放っておけ。

ヤツの炎は、ヤツ自身の狭隘な野心しか燃やすことができないのだから。

死した御霊たちよ、どうか我々をここから導いてくれたまえ。こんな狭苦しいドックと騒々しい異種族が相手では、あなたの憤怒もお時間も無駄にしてしまうだけだ。

摂政王から連絡が来られた。あちらの準備が整ったとのことだ。

……

殿下。

飛空船が飛行を開始しました。ゆっくりとロンディニウムの方向へ船頭を向けています。

こちらの高速戦艦の艦隊はすでに外周で引き留める用意ができておりますが……

……ほかの勢力も向かってきているとのことです。

ほう、ほかの勢力?

すでにこの区画へ接近しているウィンドミア公を除いて、カスター公の艦隊も動き始めました。おそらくはすぐにもここに到着するかと。

皆ここが気になって仕方がないといったところか。

さあ、本当にそうかな?

それなら、大公爵たちが来るのはちょっと遅すぎなんじゃないのかな?

お前は……あのホテルにいたマネージャー?

なぜこんなところにいる?

まさか……早々にロンディニウムへ送り込まれたサルカズのスパイだったのか?

いやいや、この人は自分のことをヴィクトリア人と思い込んでいるサルカズの清掃員に過ぎないさ。

そういうお前は誰なのだ?
(エブラナがコルバートを紫の炎で覆い尽くす)

ボクたちのことかい……?

友だちと楽しくお話をしていた最中に、余計な仕事が入ってしまった可哀そうな人ってだけだよ。

君のことさ、ドラコ。よくも茶々を入れてくれたね。

それは申し訳ないことをした。なら、私がその話し相手を務めてあげようか?

……いいや、結構だよ。

さっさと終わらせちゃいたいからね。