儂が最後に己の信仰を裏切ったことにか?
あなたが逃げたことにですよ、ステファノ。
何かしら外部による影響を受けたからなのかは分かりませんが、もしもそうであるのなら……
もしもなんてものは存在せんよ、アウルス。
儂はまだアーツの影響を受けてしまうほどではないさ。
私たちの本心を変えるのは、必ずしもアーツによるものとは限りません。ほかにもたくさんの物事が私たちに影響を及ぼしてくるのですよ、ステファノ。
……それは儂に考え直せと言っているのか?それは何故か、異教の修道士よ。
この儂の決定は、まさにそなたが望んだものではなかったのか?
それは否定しません。
しかしこの立派な建物がイベリアで建造された時、私は運よくこの場で知識を学ぶことができました。あの頃の私にとって、ここでの時間は非常に貴重なものでした。
だから私もこの場所には思い入れがある。その点に関してはあなたと同じです、ステファノ。
それだけでなく、あなたと一緒にラテラーノからやって来たもう一人の修道士のことも憶えていますよ。
その人だけでなく、他の人たちだって。
……
そなたが記憶している彼なら、六十年前に自身の銃を携え、当時の国教会の決定に従うことを選んだ。その一方で儂は……
ここに留まり、残された人たちを守ることにした。
それを信念とし、今日まで堅く貫いてきましたね。
それを分かっているのなら、まだ儂に待ち続け、耐え忍べと言うつもりでいるのか?
まさかこれまでずっとそなたが宣揚してきたもの全てをそなた自身が否定し、儂に堅持するよう斟酌するつもりでいるのか?
いいえ。無論違いますとも、ステファノ。
私自身が正しいと考えている道を、私自身が歩んでいるからこそ、あなたにもその道を歩んでほしいと望んでいるだけです。
……
明朝まで、それでもまだその考えを貫くというのであれば、それがあなたの選択ということにしておきましょう。
その際はあなたが必要としているものをご用意いたしますよ。
……
ただし、まだ考えがまとまっていないのであれば、改めて考え直すことをお勧めします。
何はともあれ……あなたの決断が、あなた自身の本心から来たものであることを切に願っておりますよ。
……そなたは一つ勘違いをしておるな、アウルス。
なんでしょう?
儂にはもう選択肢などない。
……
そうですか、であるのなら……
あなたを歓迎しましょう、ステファノ。私の新たなる同胞よ。
(ドアのノック音)
入ってもいい?
……どうぞ。
(スプリアが部屋に入ってくる)
邪魔するよ。
……
あんまり……調子よくはなさそうだね。
……
……一つ、質問してもいい?
もちろん。
……フィーヌは、もしかしてもう……
もう、いないの?
……できればほかの話題にしてほしいかな。
私、あなたにウソをつきたくないから。
……
そう……
正直言って、私も最初から予感していたよ……
ふとした瞬間、フィーヌのことが感じられなくなったの……あんなに怒って、悲しんでいたのに……
彼女、すぐ私の目の前にいたんだよ……?なのにどこを探しても見当たらなくて……
……
もしあの時、あなたの銃を直さなければこんなことには……
やめてッ!
――!
……お願い、言わないで……
……わかった。
……頭に生えた角、これ触れるの。レイモンドたちと同じ角。
もう銃を握ってお祈りすることはできなくなっちゃったけど、でも少なくとも今は……
ようやくレイモンドや、キャロラインさんたちと……
みんなと同じになれたかな。
……
おっ、去年の今頃ならまだ咲いていなかったのに、今年はタイミングがいいな?
まっ、最後に一回は咲いてくれたってとこかな。
こうすれば……
……
これだけありゃ大丈夫だろ。
今さっき……堕天したサンクタが出現した、しかもその女の子の名前はフォルトゥーナって言ったわね?
はい。
そんなことが……
堕天した件は……帰って聖下の判断を仰ぐしかないわね。これは私たちがその場で解決できる問題ではないわ。
……
けど、私の部屋に入ってきた侵入者は別個の事件よ。あとでまた説明してあげるけど……今はできるだけ早くそいつを見つけ出さなきゃならないの。
その際あなたの協力が必要よ、執行人フェデリコ。
ヤツはそれなりに動きが速い。頑張ってここまで追ってきてけど、結局は見失ってしまったわ……
……
あら、すぐに返事をしてこない?
珍しいわね、その様子じゃなにか大事件でも起こった風に思えてしまうのだけれど……いや、いま眉をひそめたわね?本当に何かあったの?
……弦楽器と思われる音が、聞こえました。
弦楽器を弾く音?聞こえて……いたかしら?私は何も聞こえていなかったけど……
こちらが推察するに、音はこの最上階にある聖堂から発生しています。
そう……
正直ね、しばらくの間あなたの役場における仕事っぷりを見てきて多少は理解したから、比較的あなたの判断は信頼しているほうなのよ。
だから今ここで、あなたに一つ尋ねるわ。
公証人役場執行人のフェデリコ、あなたは本当にこの発生源も影響の度合いも不明で、なおかつ完全に無害であるかもしれない楽器の音のほうが――
私からあなたへの協力要請よりも重要だって考えてるの?
……
いいえ。
顔に書いてるわよ。
確かに音の出現は偶発したことであり、私もこれに対し懐疑的です。しかし当分の間に起こったすべての事件との間に直接的な関係性が発見できていないことも、否定はできません。
目下の情況から判断して、あなたの協力要請に応じ、行動を優先すべきなのでしょうが……
……
あら、続けないの?
いや、ごめんなさいね、あなたをイジメるつもりじゃないの。ただこっちもあなたの意向を確認しなくちゃならなくてね……
それが今ようやく分かったわ。
とりあえずヤツが向かった方向だけでも教えてちょうだい、私が引き続きヤツを追うから。音の件はあなたに任せるわ。
……しかし今回の任務はあなたとオレンの身の安全を優先的に確保するものです。
責務を全うするのは立派なことだけれど、優先順位なんてものは、自分なりに判断して決めるものだと思うわよ?
あなたの感情を感じることはできないけど、私リーベリの友だちを一人持っていてね。共感性が通じないものだから、早い段階で他人の考えを予測することを覚えたの。
あの子、あなたよりも話は通じるけど、それでもやっぱりあなたと共通点は多いわね。
だから一つだけアドバイスしてあげる――たまには自分の直感を信じてあげなさい。
……
じゃ、そういうことだから。もう無駄にできる時間もないことだし……私も自分の身体に鞭を打ってやらなきゃならなくなったわ。
さあ、あなたも早く動いてちょうだいね。
急いでください。
フェデリコさん……!ちょ、ちょっと待って……!
上には一体……何があるんだい?ただの楽器の音でしょ?もう聞こえなくなっているじゃないか!
それにさっきの女性を、本当に一人で行かせてもよかったのかい?あの人、車椅子に座っていたんだぞ……
心配いりません。
心配いらないわけないじゃないか?私もさっき……あのバケモノを見たんだぞ!
レミュアンは第七庁の枢機卿による直々のスカウトを受けて教皇庁に加入した人物であり、とてつもない実力者です。
彼女を侮ってはなりません。
そういうのはよく分からないけど、要するにあの女性はとてもすごい人だってことかい?
けど……万が一ってこともあるだろう?
……
とにかく急いでください。あるいはその場で待機していただいても構いません。
その際あなたは後者を選択することをおすすめします。そちらのほうがより安全な選択肢ですので。
……
(誰もいない?)
(いや、違う。)
……
ぽつりとつぶやいた声がだだっ広い聖堂内で広がっていき、やがて弾丸を装填する音もそれに連なって響き渡った。
そして執行人が猛然と銃を構えた。
出てきなさい。
警告は一度きりです。そこから出てきなさい。
わわっ!見つかっちゃった!
見つかっちゃった。おねえちゃんの言ってたとおりだ……
うん!すぐおにいちゃんに見つかっちゃった!
このおにいちゃん、ほ、本当におねえちゃんが言ってたあのおにいちゃんなの……?
羽もあたまの上のわっかも真っ黒だから、たぶんこのおにいちゃんで間違いないよ。
おにいちゃん、ぼくの名前はアランデールっていうんだ!
あたしはエステラ……
私のことを言及していた人物は今どちらに?
おにいちゃん、なんかこわい……
こわい!しかもジコショウカイもしない……すごく失礼だよ!
ママが言ってた、名前の知らない人のしつもんには答えちゃだめだって……
……
フェデリコです。
こわいフェデリコおにいちゃんは、いい人なの……?
きっといい人だよ!お話に出てくる人たちのように!
じゃ、じゃあ教えてもいいのかな?
いいんじゃない?
えっと……えっと……じゃあ……
ある人が教えてくれたの……
ここでこわ~い、自分と同じようなあまたに真っ黒い輪っかがついてるおにいちゃんが来るのを待っていてねって!
それと、おにいちゃんならママを探してくれるからって……
そうそう!しかもおねえちゃんは、ほんの少~しだけ待っていればいいって言ってた!もしおにいちゃんが来なかったら、ここから出ていくんだよって!
うん……ずっとここで待ってちゃだめだって、おねえちゃん言ってた。
あとね、あとね……
うわぁッ!
(周囲から火の手が上がる)
おにいちゃんおにいちゃん!見て……火がもえてる!
……
(フェデリコがアランデールとエステラを抱える)
わわっ!
うわぷっ!
先にここを出ましょう。
口と鼻を抑えつけていてください、煙を吸わないように。