イーノー、この本は何の話をしている?
よし、僕が読んであげるからもってきてよ。
サーシャは好きだろうね!この本は理想を語る本だ。
理想?
ああ。
イーノーにはどういう理想があるの?
…理想か。
よく分からないね。僕にも理想はあるのかな。
もちろんあるさ、むしろ無いことなんて無いさ!
あ、しまった。そろそろ帰らないと…。
行きたくないの?
…家には帰りたくない。
でもイーノーは家に帰らないとお父さんが殴ってくるって…。
明日また会おう?また明日会えるからさ。
分かったよ。パンと本はここに置いておくからね。
…サーシャ、僕は行きたくないんだ。痛いんだ。今帰っても殴られてしまう。
…。
明日ここに来て、君が殴られたのであれば、僕を殴ってくれない?
え?…ははは、サーシャ。あいつらと喧嘩をして頭が馬鹿にでもなった?
君の体にはまだ傷がある。こんなにも。
そうすれば、誰かが君が傷ついてるってことに気付くはず。少なくとも誰かが気付いてくれる。
まあ、君の考えは分かるよ。でも出来ないな。
あの子どもたちがまた道でいじめられていたら、教えてよ!あいつら全部ぶっ叩いてやるから!
分かった!
また明日!また歌を歌ってあげるから!
彼が何に遭遇したのかは全く分からない。
彼が俺に食べ物をくれたのは知っている。
彼は本を読むことが出来るのを知っているし、俺も読みたいから、彼は教えてくれた。
他の子供達は彼をいじめることが好きだと知っていた。でもパンをくれたから、力をこめてあいつらを殴ってやったら、あいつらにも殴られた。
彼が何をしていたのかは知らない。
怖いよ、サーシャ。僕怖いよ。
僕は…あの家の人じゃないらしいんだ。こっそり聞いたら、僕の母さんは…僕の母さんは家にはいないって。
あいつらは僕の目を見てきた。全部怖い、帰りたくない。もう帰りたくない…。
でも、ここには食べ物も無いし、住むところも無い。ここは単なる下水道なんだよ。
気にしないよ。
でも…。
…。
君も僕が嫌いなの?
何で?…どうして?
僕を笑うことが好きなんでしょ?。
ちがう…違うよ。どうしてそうなるの?
僕は笑っちゃいけないから。
そんなことないよ!イーノーは笑うべきだよ。
そう?
そうだよ。
その日、彼が帰らなければ何か変わるのだろうか?
ここは汚いと思ったんだ。それに寒かった。彼を帰らせる?
彼が帰らなければ全てを変えることは出来るのか?
君の傷、お腹の傷は…何が、何が起きたの?!
サーシャ…僕、ずっと笑ってたんだ。
君が、君が僕は笑っても良いって言ってくれたから、ずっと笑ってたんだ。
ずっと笑ってた…
サーシャ、僕の歌を聞く?
その後も彼はいつも俺に会いに来ていた。
だが、彼の体の傷はますます多くなっていった…。
どんどん多くなっていった。
俺も自分の話が彼に影響を与えていることを分かっていたから、口を開く回数も少なくなっていった。
これで物事は良いことに進むのだろうか?
君の背中!
君の背中…。
…。
…痛いよ?
…
このままじゃだめだ。
一体だれがこんなことをした!どうしてこんなことをするんだよ!
何があろうと…こういうやつは全部壊すべきだ!どんなことだろうと、壊すべきだ!
イーノー、俺を連れて行け!
…分かったんだ。
え?
僕は出来るんだって。
自分が何を言ったのかは分からない。
自分が何を言えるのかも分からない。
何をしたんだろう?一体何をしたんだろうか?
俺はたくさんの本を呼んだ。でも、俺に教えをくれた本は無かった。
何も教えてはくれなかった。
ほら、ほら見てサーシャ…。
君は僕に言った。僕を傷つけるものは全て壊してあげるって?
…。
早く来て。
君の傷は…。
大丈夫。大丈夫だから。
ほら、軽く打たれただけ…全部大丈夫だから。全部大丈夫だからさ。
早く来て!巻いてあげるから!布、残りの布はどこにあったっけ…!
あの男は僕の足を切って…軽く打っただけ。いいんだ。
とあるお年寄りが僕の背中をなでてくれたんだ。
これは全部あの太った女が僕の喉に詰め込んだオリジ二ウム!
もういい、イーノー、もういいんだ。
僕はもう歌が歌えないんだ。でもね、見て。これもそのオリジ二ウムもおかげなんだ!
今の僕は何でも出来るんだ!
イーノー!
…君はとても嫌がっている。どうして?君の言ったとおりにしたのに。
どうして君は楽しく無さそうなの?
あいつらはみんな楽しいのに。あいつらの言うとおりにすればあいつらは喜ぶはずなんだから…。
…君の家族は全員馬鹿だ、全部馬鹿。
そうだね!
だから子どもたちがあいつらを殺したんだ。
…何だって?
感染した子どもたち、まだ城外に追いやられていない子どもたちは…。
彼らをどうしたんだ?
あいつらも僕を殴ったことがあるでしょ。それにあいつらは君をも傷つけたこともある。
今のあいつらはまるで碁盤の駒のようだよ。駒。
あいつらの体の傷を治して、あいつらに何をさせて、あいつらをどうしてやろう。
僕はあの醜くて吐き気がする人たちを、全部…全部!
サーシャ、僕がやったことどうかな?
火で燃やし尽くすんだ!全部!
…。
サーシャ、どうしたの?
もうこんなことをしてはいけない。
でも君は…。
俺はこんなことになるとは思わなかった。
イーノー、本当にやりたいことをやるんだ。こういうことじゃなくて。
俺も手伝うから。もうこんなことはしないでくれ。
でも、僕は…。
もう二度とこんなことをしないでくれ!それで本当にしたいことをするんだ!
何かをさせられるんじゃなくて、血も涙を流すんじゃなくて、復讐もするんじゃなくて!
そんなこと君は好きじゃなかった筈だ…!。
…サーシャ…
僕は…。
僕は…歌いたいんだ…。
うう…。
…。
俺は何も出来なかった。
本当に役立たずだ。
イーノー…。
もう歌が歌えないんだ…。
一緒に行こう。俺たちは生きていくんだ。
…生きていく?
何か良いものもあるかな?
…。
無い。
でも一緒に生きていける。
君は何をしているの?
これは俺が鉱場から盗んだオリジ二ウム。これを売って食べ物に変えるんだ。
サーシャ!
そうだ!
これで俺たちは感染者だ、
一緒に生きよう!
そんなことが?聞いたこと無かったな。
お前がしたことに理由なんてものは無い。お前は何の理由があってこの地上で生きていいる?
いいや、誰も助けてくれなくても良い…。
お前の好きな名前を選ぶが良い。
これか?そうだな。
メフィスト…。
メフィスト。これからお前はメフィストだ。前のお前とは関係はない。
お前を信じない。お前を信じる権利も無い。お前を信じられるのはお前だけだ。
お前のしたことは全て無かったことにしてはいけない。お前がしたことはいつまでも背負わなければならない。お前が忘れ、お前が何をしているのか理解が出来なくても。
お前がした全ては、お前が経験した全ては、お前の糧となるべきだ。それらはお前を追い詰める。お前の心の中の炎は燃やし続けろ。
全ての大地が解放されるまで、お前は全ての人がお前に与えたものを捨てることでようやくお前は自身を理解することが出来る。
その時までお前はこの名前を捨てろ。生きるか死ぬか、自分で選べ。
メフィスト、お前の理想を変えることは出来ない。もしお前にないのであれば探してみろ。私達は自分で自分を救う。
私が誰かだと?それは重要ではない。
私の名前を知りたい?
…タルラ。
私はただの反抗者、普通の人だ。私は誰でもない。ただ、今はタルラと呼ぶが良い。
タルラは僕にたくさんの話はしてくれなかった。
彼女は僕を抱きしめた。そして3回背中を叩いた。
タルラは僕を信じている、エレナ、博卓卡斯替、リュドミラ、彼らは僕を信じている。
ただ事情はすぐに変わる。あの村のことから始めよう。
それは惨劇だった。でも、なぜこんな惨劇が彼女をこのようにさせたのだろうか。
なぜこうなったのだろうか?
あなたは僕に何をしてほしい、僕には何が出来るのだろうか…
大丈夫だ。お前がやりたいことをやるといい。
私が許可する。何しろお前はメフィストなのだから。
でも、あなたは以前に言っていた…
それは何年も前のことだ。
私達のやっていることが進むにつれて、自然に変わることだってある。
状況に合わせなければ、私達は淘汰される。
だからこそ、私達と私達感染者の同胞は未来を勝ち取らなければいけない。
全ての人はこの理想のために犠牲にすることも出来る。
あなたを信じても良いのかい?リーダー?
ああ。私はタルラなのだから。
僕はやるよ!
お前ならきっと出来る。信じているぞ。
お前なしでは出来ないことだ。お前は何でもすることが出来る。お前なら何でも出来る。
入れ。
…。
全て見ていたはずだ。
お前は誰だ?
もちろんタルラだ。
昔の彼女は…お前のような人では無かった。
タルラは名前だけ。タルラはタルラというだけだ。
彼を助けてやれ。メフィストにはお前の助けが必要だ。メフィストに、彼に価値を持たせるためにはお前が必要だ。彼はお前だけを信じている。
タルラはそんなことは絶対にしない、お前はあいつの信頼を利用しているだけだろ!
私達に選ぶ権利はない。
…。
お前は彼のためにやり遂げろ。全て。
それとも彼の死を見たいのか?
お前は意識していないのか?あの村を通ってからタルラはすっかり変わってしまった!完全にだ!
分かっているさ。
なら何故そんなことをしている?
君とタルラ姉さん以外は誰も信じないからだよ
僕も選びたくはないんだ。
…
僕たちは何処に行くの?
…俺は…。
ファウスト、教えてよ。僕はどうすれば良い?
…生きていくんだ。
生きることは辛くないかい?
辛いな。
だが俺たちは一緒に生きていける。
この本は理想を語るものだ。
俺の理想は…。