
援護感謝します、パトリオット殿。

――タルラよ。

雪原を出るつもりなのか?出たとしてもウルサスの鉄甲に粉砕されるだけだ。

父さん?どうして今そんなことを?私たちは勝ったんじゃ――

盾衛兵たちが物資を回収しに行った。お前は隊を撤退させろ。全員移動させるように命令を出せ。

……わかった。

お前とお前の計画は全員無駄死させるだけだ。
タルラは意識した、目の前の巨人が初めて自分に意見を出したことを。たとえその意見が揺れ動かなかろうと、骨を突き刺すような鋭さを備えていようと。

北西凍原にいても生存は困難です。私たちの隊が大きくなればなるほど、必要になる食料やエネルギーの補給も大きくなります、我々を毛嫌いする集落も我々を支持してくれる村落よりよっぽど多い。

一年に一度収穫を行っても……我々が畑仕事に加わっても、いくら収穫できると思いますか?

我々の畑は治安維持隊に壊滅させられると思いますか?遊撃隊なら撃退は容易でしょう、しかしほかの感染者には無理な話です。

お前は彼らの死を早めているだけだ。

私たちは凍原を出るだけです。サーミにも、荒野にも行くつもりもありません……東へ、南へ、温かいところに向かいたいだけなんです。

ではどう生き延びるつもりだ?お前はどうやってこれほどの大勢を死なせないようにできるのだ?

遊撃隊だって救助を行っている。遊撃隊が隊以外の者を犠牲にすることは万に一つもない。犠牲になるのは戦士だけで十分なのだ。

しかし、各都市や都市周辺で生活している感染者は、凍原よりはるかに大人数です。

あなたは北に常駐していますから、北に住まう感染者の痛みや苦しみをよく熟知している……しかしそれゆえあなたはあまり理解できないのでしょう、南にいる感染者たちがどのような生活を送っているかを。

彼らの暮らしはどうだ?

暮らしは最悪です。

お前は彼らを吸収したいのだな。

彼らを団結させたいんです。

帝国が感染者を狙えば、真っ先にお前に斬りかかってくるぞ。

私の下に団結させるのではありません。断じて違います。同じ理念の下に団結させるのです。

理念だと?感染者は凍原でおがくずにされ、採掘場で鉱物の滓にされ、集落では罰の示しと見なされ、都市ではよくわからん燃料にされている。

凍原の感染者とて無知でも愚蠢でもない。我々に幻想など必要ない。いかなる理念も現実の前ではただの幻想に過ぎん。

凍原にはまだ採掘場、巡査部隊、愚鈍で怠惰な防衛軍が残っている。物資を獲得できる場所も残っている。

凍原の物資は遅かれ早かれ消耗しきってしまいます、私たちに物資を開発できる手段がないのも原因ですが。

我々には長く稼働する移動都市を持っていません、トランスポーターのプロフェッショナルさえも……

都市に向かったところで、得られるものなど一つもない。

新たな友を得られます。

ではその友とは一体誰だ?

お前の計画の雄大さは認めよう。

それに、お前の企みも、ずば抜けた点があったとしても疑いの余地はない。

だがどれくらいの策略家が凍原に倒れ死したと思う?お前はその理想のために、何ができるかも、何をもって実現できるところなど想像できん。

なぜ先代の皇帝が大地を震え上がらせられたと思う?なぜなら彼はそれに固執していたからだ、遠くぼやけた理想を一度たりとも語らなかったからだ。彼はただそれに向かって歩み続けたからだ。

それゆえお前には不可能だ。

……

パトリオット殿!

私はウルサスの鉄甲に粉砕されるとあなたはおっしゃいました、それは認めます、やつはいずれ必ず我々の元にやってきます。我々はいずれ捕まってしまう。全員逃れられない。

「なら奴らを来させよう」。そう考えているのですか、パトリオット殿?

凍原ならあなたによりよい戦場を用意してくれるからですか?

お前は新たな戦場を探し求めているのか?

私は勝機を探し求めているだけです。

多くの感染者にとってそれは希望だからです。しかし私やあなたみたいな戦士にとっては、それはただのきっかけに過ぎません。一つの戦略の固執から逃れられるためのきっかけに過ぎません。

凍原を彷徨うことも結局のところは緩やかな死を迎えることと変わりません……我々が感染者として残されたわずかな命のように。何度でも言います、この点に関してお互いよく理解していたとしても。

――

私の娘はお前に従うかもしれない。

だが私は事実に打ちのめされ失望せず、空理空論にすがる人などを決して信じないがな。

……

タルラ?どこに行くんだ?

なんでもない。採掘場に生存者がいないか見てくる。

遊撃隊はすでに撤収し終えて出発した、集落も遷移を始めたぞ。ウルサス軍からの追跡も見当たらない……

父さん?どうかしたのか?

ゴホッ……

ただの咳だ。
ゴソゴソ音

――

誰かいるのか?

……そこにいるのは分かっている。ウルサス軍の人ではないね、木の枝を踏まなかったからね。

こちらに悪意はない。君たちが感染者でないのであれば、すぐに立ち去ろう、もし助けが必要であれば……

こ、これ以上近づくな!

動くな!でないと矢でお前を撃つぞ!

あ。

か、感染者だ!サーシャ、ぼくのアーツなら感染者をやっつけられるよ……!

アーツはダメだ!

でもサーシャ……

さ、さっさと消えろ!俺たちは採掘場でものをとっただけだ……人は殺したくない!

本当に撃つからな!死んじまっても知らないぞ!!

サーシャ……で、でもさっき……

……

お前たちもう何日も食ってないだろう?

お前には関係ない!

軍が駐在している採掘場の付近だから、火を起こすことも出来なかったのだろう。

……ふるいをかける小麦みたいに震えているじゃないか。

うぅ……

クソッ。

怖がる必要はない。
タルラは木の枝を一本手に取った。
彼女はその木の枝をそーっと二人の子供に手渡し、木の枝は内から外に向かって火花を散らした。

お前……

少しは温まるだろ。

そうさ、私も感染者だ。

なるほどね。

そうしてサーシャとイーノを見つけたわけね……あの子たち今でもほかの人に昔のことを話してくれないのよね。

もし私が彼らを見つけなかったら、きっとこの先長くはなかっただろう。

パトリオットが私を否定したあとに起こったいいことなんて、これ一つだけだったよ。

じゃあ今日のあれはどういうこと?

……訓練中に私のアーツが隣にかけてあったフロストノヴァのマントにかかちゃって。ぶっ殺してやるってさ。

じゃああとで絶対縫い直してあげるって約束したのね?

そのことなんだけどさ、アリーナ……

分かったわよ。私が縫ってあげる、あなたに任せても針に糸を通すこともままならないだろうし。

私のチームに入ってくれないか?君の口先が加われば、パトリオットを説得できる可能性も高くなるはずだ。

言ったでしょ、タルラ……この前も言ったはずよ。遊撃隊に私のアーツは効かないわ。

血に染まることは構わない、でもこっちから人を傷つけたくはないの。あなただって今後治安維持隊としか対峙しないとは限らないのよ。

それだとあの時君を連れてきてしまったことで……君に申し訳がつかないよ。

あ、それわざと言ったでしょ、そうでしょ?

違っ、私はただ……

間違わないで、私は自分の意志であなたについていったんだからね。

今までついてきたのは、たった一つの理由のためだけ、それは……タルラ、あなたが忘れちゃうかもしれないから。

忘れるって何を?

自分のなすべきことが何なのかよ。

私は今までずっと感染者の未来のために努力してきたじゃないか。

最初はそうは言ってなかったわ。

……

タルラ、人は変わる。

でももし私たちがずっと抱き続けてきたものを一つ一つ捨てたとしたら、あるいは新しい何かに換えたら、ある時、もう何も抱いていなかったとしたらどうする?

そりゃあ次々とやってくる戦いや各種状況の変化の中で、方針は随時変えるさ。凝り固まった思考は私たちを弱めてしまうからね。

じゃああなたが抱き続けているものは何?

――

感染者は普通の人と同じことの証明?それとも、普通の人が感染者と同じことの証明?

それって何が違うの?

感染者しかいない世の中だったら、誰が普通の人なの?私たちはすべての人に鉱石病を患わせたいのか、それとも徹底的にその普通の人たちと隔離したいのか?

もし普通の人しかいない世の中で、感染者がいないのであれば……鉱石病に感染した人がいてもそれは普通の人だし、感染してなくても普通の人。

神民も、先民も、村の農民たちも、都市に住んでいる人たちも、みんな普通の人であるべきなのよ。

タルラ、家族のところに帰りたい?

私の家族は君たちしかいないよ。

もう。違うってば。

もし私たちの身体にある鉱石病を取り除くことができたとしたら……家に帰れると思う?

君と同じ考えだよ、それは不可能だ。

凍原と今の生活は私たちを徹底的に変えてしまった。感染者はもう自分たちの過去の生活に戻ることはできない。

タルラ、あなたは今でも自分は感染者であることを誇りに思っている?

どうしてそんなことを聞くの?

アーツロッドを使わなくてもアーツが使えるから?私たちの命がこれほど短いものだから?それともこんなにたくさんの困難に遭遇しても、必ず乗り越えて生きていくと決心しているから?

タルラ、あなたならどれを選ぶ?

選ぶ必要なんてないよ、アリーナ。

一人の感染者として、それだけでも誇りだよ。だってこの大地はまだ私を殺せそうにないからね。

ついでに言うと、私が公平を追い求めていることにも理由なんて必要ないよ。だって私たちは公平を追い求めて当然だからね。

もしこの大地がそれを与えてくれないのであれば、大地から奪い取ってやればいいだけの話だよ。

あなたってば本当に勇敢な人ね。

笑わないでよ。

そんな、笑ってなんかないわ。

うん、でもきっと私だけじゃなく……自分たちの運命に抗おうと決心してくれた人たちはみんな勇敢な人だと、私は思うな。

ならあなたはきっと――

うーん。

きっと?

この運命はクソみたいだって思てるはずでしょ。

そりゃあもちろんさ。

でも私はそうは思わないわ、タルラ。

……また真逆のことを言ってる、アリーナ。

そうじゃないわ……私が言いたいのは、私がここに座れるのも、あなたとこうして雑談できるのも、集落の外は私たちの戦士が守ってくれていることを知れたのも、全部その運命のおかげだって話。

そんなこと言っちゃダメだよ。運命はよく人を妬むんだ。君がそんなことを言った暁には、運命が君の言っていたことを全部奪ってしまうかもしれないんだよ。

でも私は運命なんて信じないわ、タルラ。

運命を変えられるから?

運命は目に見えないからよ。

タルラ、見えるもの触れるものは全部そこにあるものなのよ。

自分が今縫ってるマントは触れられる。蝋燭の火は見えるし、手に持ってる針も見える。

感染者の子供たちの笑顔は見えるし、美味しそうに焼きあがった野菜から上がってきた白い湯気だって見える。

雪も見えるし、夜空にある二つの月が舞う軽やかなステップも見える。

でも一部の人々はそれすらも見えないのよ。

タルラ、もしある日私たちみんながあなたの傍から消えてしまってとしても、あなたは戦い続けられる?

何の話?

いつか起こる話よ。そのときになっても、あなたはこの運命と抗うことに価値はあると思える?

こんなのはもううんざりだ、もう何もできっこないって、考え始める?

もしパトリオットが私に何かを教えたのであれば、どれだけ些細なものでも私はすでに習得した、とっくに習得したさ。

決してこうべを垂れないことをね。

あれが私を嘲笑う限り、絶対に灰になるまで燃やし尽くしてやるってね。

バカね、タルラ。よぼよぼの老人以下ね。

ちょっと!

そんなことを言って馬鹿に見えないのは老人だけよ。

その人がどれだけ老いてもまだそんなことを考えているということは、あまりにも多くのことに遭遇してしまったからよ。

大地がその人の身に残した残酷な傷痕を残してしまった以上その人はもう安寧な暮らしを送ることはできないわ。

……そんな人は過去の砂漠に生きてるようなものよ。もし私だったら、一歩踏み出す勇気もないわ。

もし私がそれほど老齢な上にそれほど頑固だったら、私がこれまで歩いてきた道は過去のすべてで自分を串刺しにするようなもの。

それに、その記憶と過去の砂漠の中で、自分が未だに前に進めている証明ができるなんて想像できないわ。

またどれほど強靭な精神がないと、過去とは異なる一歩を、新たな一歩を踏み出せるようになれるわけ?

それって彼のことを指しているんだよね。

言ったじゃない、彼のことは何となく知ってるけど、パトリオットさんのことは本当によく知らないの。それに一言も彼だって言ってなかったわよ。

あなたが彼と思うのだったら、はぁ、彼でいいわ。

仮にパトリオットさんだったら……

代入早いなぁ。

オホン。

彼らみたいな年老いた戦士と違って、若者というのは忘れることや、諦めること、自分を許すこともできるの。

つまり、私は目に見えているものだけのために戦っているって言いたいの?それとも、それは間違っているって言いたいの?

あなたと一緒に村を逃げ出したときに私に言ったことに比べて、それはあまりにも浅はかだわ。

この数年で、あなたは確かに立派なリーダーになった。でもだからといってすべていいことずくめではないわ、あなただって自分をこんなところで立ち止まるわけにはいかないでしょ?

「より多くの暴力がないと広がらない正義など、正義と言えるか?」

その言葉には随分と悩まされたわ。ここ数年ずっとそのことについて考えてた。答えはまだ出せてないけど、ずっとずっと考えてきた。

それは良かった、じゃあさっき話してた運命とか抗うとか一旦全部忘れよう。それでアリーナ先生、今日は私に何を教えてくれるんですか?

ふふ。あなたフロストノヴァにもそんな適当な喋り方してるでしょ?

冗談はよしてくれ。そんなこと言ったらフロストノヴァに口を氷漬けにされるぞ。

あなただったら、タルラ、あなたもしかして勝てる敵にしか戦いを挑んでないでしょうね?

治安維持隊に、採掘場の監視員、私たちの後をつける召集兵に、ウルサスの医学大臣……これらに勝てても、それは勝利と言えるかしら?

これらはとてつもない悪、だけど、それらに勝利しないといけないのかしら?

どうやらアリーナ先生は私に見えないものとも戦ってほしいそうだ。じゃあ私はどうやればそれらに勝てるの?

それらはあなたが受け入れられるもの、温かさとか、食べ物とか、寝床とか、それといずれ触れるものとは根本的に違うものよ。

この戦いに結果はないと思うわ、勝利できるとも思えない。

もうこれ以上受け入れるつもりはないよ。あまりに遠い出来事は嘘と変わりないからね。

永遠に勝てないのであれば、戦い続ける必要なんてある?

さっき聞いたじゃない?そのときになっても、あなたはこの運命と抗うことに価値はあると思うかって?

それすらも過去になったときは、あなたは自分の敵すら見失ってしまうわ。そしてあなたは未来が見えない人々と同じ敵を持つようになる。

……その時こそが、本当の戦いの始まりよ。

――

その精神とか、敵意とか、ウルサス人と私たちに刻まれたものか。

――つまり皇帝のことか?

皇帝はそれの一種の姿かもしれないわね。

人々が武器を下ろさない限り、この戦いは終わらないわ。

私はそうは思わない。人々が武器を持って自分たちを虐げてきたものを滅ぼすことこそが正義だ。

そうね。でもこの戦いに、終わりはないと私は思うわ。

リターニアとヴィクトリアの本を、パトリオットさんのおかげで、結構読んだわ。その中に好きな言葉があったの……

「我々の戦争とは己と向き合うための戦争だ。」ってね。

そうよ、タルラ、あなたたちは今手に握っている剣を下ろそうとしない――

……だから君も縫う針を止めないんだね。

今日の授業はここでおしまい!もうあなたに教えることはないわ。

子供たちが今すべきことは勉強よ。あの子たちには明日を生きるための知識が必要だから。

タルラ……コシチェイはあなたを聖人に仕立て上げようとしたけど、人である以上過ちを犯さないことなんて無理よ。

転んでしまったらまた立ち上がればいいだけの話。でももし彼があなたに転ぶことを許していないのであれば……

気を付けて進むしかないわ。

パトリオットと対面するときも一緒よ、実を言うと私、あなたと彼を同じタイプの人として見ているのよ。

二人とも自分の考えに固執しすぎだわ、それにあの元気で小さな命たちに、どっちが正しくてどっちが間違っていることなんて今は言えないわ。

いいや、アリーナ。私は自分ですら信じられないことを為すことなってできないよ。

そうね、コシチェイに言われたことだもんね。

彼を滅ぼすことは不可能だって言い草だね?

あれは一種の思想だから。思想を滅ぼすことなんて私たちにはできないわ……

でもちょっぴり自信はあるわよ。

なんの自信?

もしそのときになっても私たちがまだあなたの傍にいるとしたら、絶対あなたを連れ戻してあげるから。

コシチェイのアーツがどんなものであろうと、私たちならきっとそれを破いてみせる。私たちならきっとできる。

この戦いは、文字と言葉から始まった、そして次からは、表情一つで始まるわ。今この時から始まるわ。

どのキノコなら食べられるかとか、家畜はどう飼うべきかとか、風邪をひいたらどうすれば早く治るかとかね。

私たちなら負けないわ。

ふふ。

あなたもきっとパトリオットを説得できるわ。

少々厳しいけど応援として受け取るよ。

はい、縫い終わったわ。彼女に渡してあげてね。

すごくこのマントを大事にしてることが縫ってて分かったわ。軍で生産されたものらしいわね。中に三着で外にも三着重なっている、見るからにサイズが大きいわね。

きっと軍が支給したマントなんだよ。もしかしたら……

あ。

……

……パトリオットさんが戦い続ける原因の一つが、分かっちゃったかもね。

ありがとう、アリーナ。

……ちょっと待って!

どうしたの?明日の授業の準備をしないといけないんだけど。お絵描きの授業だから、みんな楽しみにしているわ。

今度またブラシを持ってきてあげるよ。

それと、それとね……聞きたいんだけど、君は本当に……フロストノヴァたちと顔を合わせないつもりなの?

戦士たちですらこちらに感染者教師が数人いることを知っているのに、君は自分を隠蔽しすぎているというかなんというか……

今じゃないわ、タルラ。

あなたの言う感染者の理想が実現したときになれば、自然とお互い顔を合わせるようになるわ。

それに、私たちはみんな戦士なのよ、ただ戦ってる場所が違うだけ。いずれお互い顔を合わせるようになるわ、そうでしょ?

そうだね、アリーナ。アリーナも感染者の立派な戦士だもんね。