死傷者の人数を整理しろ。
お前の思った通り、我々を餌にした戦いが発生してしまったな。
失望したか、タルラよ?
――いいえ。
彼らがそうしたのには必ず原因があるはずです、私もその原因を理解しています。その確実な原因が私の過度の期待を阻止してくれましたので。
……密告者は処されて必然だ。
では戦場から逃れようとする人々からどうやって一人の裏切者を探せばよいのですか?
あの連中は束の間の息継ぎのためだけに同胞を売った。奴らへの擁護は戦士たちへの傷害に等しい。
いいえ、彼らは一度たりとも「忠誠」を誓ってはいません、パトリオット殿。
部隊に属する全員完璧であるように求めているのですか?不可能です。そんな部隊など存在しません。
遊撃隊は――
遊撃隊の戦士とて完璧ではありません。
あなた方の中でそう考えている人の数などその程度です、その他の人は、様々な理由でここに残り貢献してくれているだけで、そんなたいそうなことなど考えてはいないでしょう。
退け、兵士たちよ。彼女との論争は不要だ。
街を建てることより街を破壊することのほうがよっぽど簡単です、パトリオット殿。彼らの好きにさせましょう。
もし感染者が多種多様な方法で生き残れるのであれば、それらの方法がないよりあったほうがよっぽどマシというのが私の考えです。
タルラ、犠牲なくして事を為せると、思わないことだ。
犠牲……
そんなこと私が決められるとでも?
我々はとうの昔に覚悟は決めている。血を流さずして、勝利は得られん。
私はよく理解している。お前も理解しているだろ。お前の南へ行くということ自体、新たな戦いへ導く導火線に過ぎんのだ。
帝国は感染者が大きく団結することを決して見逃さない。もしお前が謳うように、感染者がその一つ一つの行いで己の運命を変えようとするのであれば、帝国との戦争はまぬがれん。
――分かっています。
そのためにまず感染者に理解させるのです、自分たちの命にも意味はあるのだと。
そのあとに起こった出来事など、感染者にそれらと対面する義務はありません。
お前は遊撃隊をこの戦争に参加させようと考えているのか?
タルラよ、お前は争いでの火事場で利を得られる、機会を窺ったウルサスと他国との戦争を待ち望んでいるのか……
それともお前自身でその戦争を引き起こそうと考えているのか?
(沈黙)
答えたくないのだな。
惨烈でない勝利を妄想するのも大概にするのだな。
あなたの言う通りなのかもしれません。
しかし私は他者を犠牲にするつもりはありません。
ではお前は巨大な苦痛に耐える用意はあるか?
用意はしていません。なぜなら私たちはその苦痛を味わう定めにあるのですから。
すべての人が善良であると妄信しているのか?
私はただ利己と残忍だけがウルサス人の本性ではないと信じているだけです。
お前はいつか、真の邪悪を目にするだろう。
それならもう目にしていると思います。
そう願おう。
もしある戦士が自分の部隊や自分の同胞に忠誠を誓い、最後は己の利益のために裏切ったとしたら、そんな行為を起こせば、私も処罰の名簿にその名を記しましょう。
しかし未だ同じ志を持たない感染者に、我々が彼らを屠殺や征服する理由などあると思いますか?我々の敵はそこではありません。
――
タルラ!
ッ……!
何でしょうか。
私もかつて多くの人々に尊敬の念を抱いてきた、そのほとんどは彼らの強さにではなく、彼らの正直さにだ。
――お前みたいな人々をな。
……肝に銘じておきます、パトリオット殿。
ペトロワ、フロストノヴァたちの位置は分かるか?
……まだ山あいのくぼ地にいる。こちらが都市の奪取を成功するまで拠点を死守すると言っていたからな。
私たちは彼女たちと合流しよう。彼女に直接謝りにいかないと。
これで……これでいいのですか、大尉?
ここには少なくとも現地の駐在軍がまだ三つ残っている。奴らを各個撃破しなければ、物資は出ない。
結論を言えば彼女がしたことは間違いではなかった。移動都市にはもう歩める足はない。
あ、タルラ姉さんだ!
……
機嫌悪いの、タルラ姉さん?
いいや。
……イーノ、サーシャ。
君たちはまだ本名で呼ばれたいかい?
……なぜそんなことを聞く?
私たちは外を行く上で、自分の名はあまり表に出さないほうがいい。
もし自分で名前を選ばなかったら、そのときは、この先ずっと他人が選んだ名前で呼ばれてしまうかもしれないよ。
でもあんたは名前を変えてこなかっただろ。
私は変えたくないからだよ。
なぜだ?言ってることと矛盾してるぞ。
それは……私は表裏ともに同じ人でありたいからね。
だから考えてることとやってることが違うわけか。
サーシャ!
そうだね、そうかもしれない。
だから私はこの名で歩み続けたいんだ。ただまあ、みんなにとって、この名前に意味なんてないけどね。
なぜならみんなにとって私は何者でもないからだ。この名前は私にしか意味を成さないからね。
じゃあ俺はあんたをどう呼べばいい?そんなことを言われたら、あんたをどう呼べばいいかわからなくなっちまう。
――
サーシャ、よく聞いてね。
私はただの抗う者、ただの普通の人だ。
名前?そんなものは何だっていい、誰であろうと私の名前を憶えるべきではないし、私の名前をシンボルにするべきでもない、この名前に何らかの力を備え付けることもダメだ。これはただの私の名前、ただの名前なんだ。
もし君がどう呼べばいいかわからないときは、今のところは、私をタルラと呼べばいい。その名で呼ばれれば、私も振り向くことができる、今はそれぐらいしかないけどね。
タルラ。
イーノもそう呼んでいいんだよ。
君たちにはまだ早いと思うけど……でも君たちに伝えたいことがあるんだ、サーシャ。
言ってくれ。
私のことはタルラと呼んでくれ、私を友と思ってくれればいい。志を共にする友として。
たとえ私が死のうと、君ならこの名を憶えていてくれるはずだ、私が私の人生で何かを成し遂げたからではなく。
私はただ君に私と君が一緒に過ごしてきた時間を憶えていてほしい。タルラは君の一人の友だちだったということを。
でもあんたは悪い奴らを殺してくれている。あんたはあいつらと戦ってくれているじゃないか。
戦ってる私にどんな名であろうと付けてほしくないんだ。なぜなら私たちはみんな戦っているから、私たちはみんな戦士だから。
下を向いて戦士の後をただついていかないようにね。絶対ダメだよ!
みんなパトリオットみたいにはなれない、誰だって間違いは犯してしまう。だから上を向いて、彼らがどの方向に向かっているかを見定めるんだ、彼らの肩書きだけを見るのではなく、目をつむって彼らの後をついていくのではなく。
君が憶えているのは君の友の名前だけだ。君と寝食を共にした人々の名前だ。
君が憶えているのは君にすごく辛い飴を食わせていずらっ子のように笑うフロストノヴァだ、君によく分からない野菜のお雑炊を作ってあげた先生だ、決して諦めず君を鍛え上げてくれたパトリオットだ。
彼らはみんな君の友だちだ、戦士ではなく。
私たち戦士に名前なんてものはないからね。
……タルラ姉さん、ぼく分かんないよぉ。
うーん……つまり私の身分に信頼を向けるのではなく、私は君たちの友だちとして、君たちに信頼されたいと言えば分かるかな。
私のすべての友と同じようにね。