(斬撃音)
援軍もろとも一網打尽にしたのか?さすがタルラだぜ……!
感染者の同胞たちは?
すでに配置完了だ。この前見つけた予備用の拠点が役に立った。
人数はちゃんと整理したか?
もちろんだ、何人かのちびっ子たちがお姉ちゃんが戻ってきてないとかで泣いていたが……
だがこういうのはよく起こることだから仕方がない。はぁ。
……
(盾衛兵が駆け寄ってくる足音)
タルラ!治安維持隊の残存部隊を見つけたぞ。どうやらずっと逃げ惑っていたらしい。
どの方向に逃げた?
東だ。先ほど追放した数人が奴らに見つかってしまうかもしれん。
(タルラが走り去る足音)
――タルラ!?
おい、ちょっと待て!タルラ、どこに行くんだ?
走る。
走る。
長靴は氷水でびしょ濡れになってしまっていた。
眩しい光を反射する雪地に深く足を踏み入る。
そりがあったことを忘れていた。
スノーモービルに乗ることも忘れていた。
雪をすべて溶かし尽くし。
泥の中を必死に走る。
どれだけ進んだのだろう。
どれだけ走ったのだろう。
寒風は肺を凍らせ。
痛みが脳を刺激する。
走れ。走れ。
雪はなぜ未だに尽きないのか。
冬はなぜ未だ終わらないのか。
大地はなぜ未だ果てしないのだろうか。
ポタポタと滴る。
タルラは足を止めた。
ポタポタと滴る。
涙が彼女の目尻から滴り落ちた。
彼女自身に何が起こったのか未だ理解できていなくとも。
アリーナは地面に倒れこんでいた。
彼女は空っぽの籠を握りしめ、鮮血が彼女の衣服を染め上げていた。
彼女を潜めていた草木と泥の純白も同様に暗い赤色に染まっていた。
雪は絶えず降り積もっていた。
……
あ……あ……
……
タル……ラ?
アリーナ……!!
こんな姿……あなたにだけは見せたくなかったわ。
もう喋るな!アリーナ、もういい……もう喋らないでくれ!
止血してやるからな……!私が止血して……!
もう……血は流れてないわ……それに……
じゃあ帰ろう……一緒に帰ろう!衛生兵に輸血させてやるから!
いいのよ……でも……交換したものが……
いいんだ……そんなものどうだっていいんだ……私が連れて帰るから……絶対連れて帰るからな!
ドラコは一人のエラフィアを背負った。その時になって、彼女はやっと気づいたのだ、この見るからに軽々しい小鹿が、なんと、なんと重いことか……まるでこの大地のように重かったのだ。
もうそんなことしなくて……
ダメだ!!
誰だ……誰にやられた……誰がやった!?
治安維持隊か……!?あの村人たちか!?あのゲスども……あのゲスどもが……全員燃やしてやる……この私が……
タルラ……!
あ……どうした……教えてくれ!
それは言えないわ……!
どうして!?どうしてなんだ!!?君のための復讐もさせてくれないのか!!
ダメよ……あなた自分で言ったことも忘れちゃったの?
復讐のために戦ってはダメよ?あなたは選んだ、タルラ、あなたは一つの道を選んだんでしょ……
それを私のためだけに……途中ですべてを無駄にしちゃうわけ……?そんなの私が許さないから……
誰かを憎んでは……ダメよ。
何を言ってるんだ、何を言ってるんだ!そんなこと……そんなことできるわけないだろ!!!
自分で言ってたでしょ……!誰一人とて憎んではいけないって……!でないとあなたは……あなたを呪ったあの人に……呑み込まれてしまう……
……あのアーツが本当は存在していなかったとしても、あなたは……彼を体現するものに……操られてしまうのよ?
あなた自らそう言ったのよ。
そうだ……君の言う通りだ。でも……でも……あいつらは……あいつらは……
……彼らがどこからやってきて、また……なぜそうしたのかなんてあなたも知ってるでしょ。
自分でも言ってたじゃない……私たちが立ち向かうべきはああいう敵では……ないって……
もう喋るな……アリーナ……もう喋っちゃダメだ……!
いいえ……タルラ……あなたが……話してくれたことは全部憶えているわ……だからあなたも……
あなたが打ち砕くべきは……その人たちではなく……彼らをああいう風にした、ああいう風に造り上げた……このウルサスよ……
今のウルサスと……今の……大地よ……
分かった……分かったから、アリーナ……もう分かったから!
でも、タルラ……一つだけ憎んでもいいことはあるわ……彼らがしてきたことなら、あなたでも憎んでいいわ……
でも誰かを憎むことは……絶対にダメ。
私の言ってることは……正しかったかしら?私たちは有意義に……生きてこれたのかしら?すぅ、うっ……私には分からないわ。
私たちが何を誤ったのかは分からない……でもあの呪いがなんなのかは……はっきりと分かるわ。
あなたの怒りは……荒野を丸ごと燃やし尽くすことはできる……でも誰かを憎むことは……
アリーナ……
心配だわ。タルラ、すごく心配なの。もし私がいなくなったら、絶対エレーナさんに注意してもらうのよ……これもすべて……
アリーナ、もう喋るな!私は……君が私の傍から居なくなるなんて嫌だ、エレーナも、サーシャもイーノも、君たちを誰一人……
君たちを誰一人失いたくない……!
あぁ、タルラ……でも私たち全員……
出会ったのは……別れのためなのよ。
白髪のドラコは息を荒らしながら無垢な雪地を進んでいた。エラフィアの娘は彼女の背にもたれかかり震えながら、時折息を深く吸い込んでいた。
エラフィアの角から雪が滑り落ちる。冷たい雪に覆われた木々はタルラが通り過ぎたあとに静かに燃え上がった、彼女は無意識のうちに彼女が踏み進めた地に炎を燃やしていたのだ。
雪地は彼女の目の前だけに広がっていた。彼女の背にもたれかかっていたアリーナだけ暖かかった。
心臓の鼓動がタルラの背骨を伝って彼女の心に届き、徐々に弱弱しくなっていく。
彼女は叫びたがっていた。彼女は痛哭したがっていた。彼女はすべての感覚を肺から絞り出したがっていた、そうすれば今まで起こったすべてが身体のうちから消し去ることができると思っていたからだ。
しかしタルラは一声も発することができなかった。
タルラ……
もうすぐだ、アリーナ……もうすぐだからね!
だから目を閉じるな……目を閉じないでくれ!
遠すぎるわ……
嘘が……下手ね。
雪はますます降り積もる。
タル……ラ……?
なんだい、アリーナ。話してくれ。私に話してくれ。
……雪って……私の想像よりも……暖かいのね。
ごめんなさい……さっき話したこと……全部書き記せそうにないわ。
いいんだ。いいんだよ、アリーナ。いいんだ。
あの子たち……特に……イーノだけど……ちゃんと……
聞いてるぞ、ちゃんと聞いているから!アリーナ……続けてくれ!!
彼と話す……だけじゃ……駄目ね……
熱いわ……タルラ……
……死にたくない……私にはまだ……あなたの妹にも……
……
タルラ……必ず……生き……て……
これでよかった。
タルラはそのあとに起こったことは憶えていたくなかった。
タルラは何も憶えていなかった。
タルラが憶えているべきものは、すべて雪と共に溶けていった。
彼女は火の道を残し、彼女の背後にあるすべて、アリーナを除くすべては、烈火の中で悉く消え去った。
大地を覆い隠す大雪の中で、タルラは友との別れに歩んでいった。
タルラ!やっと帰ってきたか、通信にも出ないで、一体何が――
……おい……あんたが背負ってる人って……
おい、彼女息してないぞ!衛生兵!早くこっちに来てくれ!タルラ、少しだけ待って……
……タルラ?
(おい、止まらず行っちまったけど……どこに行くつもりだ!?)
タルラ、お前は指導者だ、勝手に部隊から離脱したことは厳重な――
待て。
エレーナ……?
……
行かせてやれ。
(あの哀れな娘を知っているのか……?)
(あまり面識はない。だが……集落で教師をやっていたらしい。)
(あぁ、教師か。子供たちはまたいい人を失ってしまったか。)
(しかしタルラはなぜ……)
(……誰にも心に留めていたい秘め事はある……)
(そしてあれは彼女だけのものだ。)
衆人の視線の中で、ドラコはエラフィアを背負い駐屯地を通り過ぎていった、彼女たちの姿はゆっくりとぼやけていき、徐々に森の輪郭へと溶け込んでいった。
そのあとに起こったことは誰一人知らなかった。
彼らはただ見ていた、タルラが黒夜に歩み入っていくところを。