くっ……私から……離れろ!
(アーツの発動する音と雷鳴)
なんというポテンシャルだ。
シュコー……!お前には脱帽したぞ!
しかし残念ながら、今日は軍帽を忘れてしまってな。
はぁ、はぁ……
このまま戦っても無意味だ。
我々はウルサスの衛兵にすぎない。自分の隊を維持したいのであれば、そうするがいい。感染者の衛兵として生き長らえるがいい。お互い成すべきことに集中しよう、そのほうが合理的だ。
よくもその口から衛兵という言葉が出たな……これまで誰かを守ってきたとでもいうのか……!?
各国には衛兵を自称する人は必ず存在する。守らねばならないものが多ければ、自ずと衛兵を名乗る人も多くなる。
ああいう連中のほとんどは腐敗していてかつ無能だ、しかし我々は我々が守護するべきものがあるがゆえに卓越している。
我々はウルサスの未来を守護しているのだ。
それで貴様らの悪行が隠し通せるとでも思っているのか?
お前たちは筆舌に尽くし難い悪を犯してきた、セミョンコ市を湖に落し、エラフィアの村々からは誰一人脱出を不可能とした――
貴様らの悪行を次々と暴き、貴様らがしてきたことを世間に公にすることもできるんだぞ!!
そんな貴様らが、国家の意志を代弁するだと……?貴様らの愚かさはいずれ未来で現実によって粉砕されるだけだ!
……
各々の国家は最後の最後にならないと自国の最も怠慢で最も愚かな人々を鞭打たないものだ。しかしそうであっても、我々は刃であり、鞭ではない。
樹木の栄養しか吸い取ることしか能がない無用な枝を剪定することを悪行というのであれば、我々は悪で違いない。
お前は我々の「行い」を「暴く」と言ったな。しかし今のお前は我々を直視できていないではないか。その上いつまでもその考えで居続けるとも限らない。
我々がお前に立ち向かえば、お前は退くのか?
タルラ……!
来るな!戦士たちを守れ!
ウルサスの善行と悪行の重さは同じだ、我々の悪行と対面するであれば、我々の善行で培ったすべてにも目を向けるべきだ。
すべてにな。
善悪を秤にかけられる国家など存在しない。そんな尺度で語ったところで、何の価値もない。
……今のお前にかの高みへ到達することを、かの叡智を理解することを求めるのは、あまり現実的ではない。
もし仮にそれが真実だったとすれば、その日が来れば、お前の提案に少しだけ耳を傾けよう。
しかし、お前には奥底に潜んでいる力と種子以外、何もない。
今のお前に帝国を理解することはできないのだ、ヴィーヴルよ。
いや待て。ヴィーヴル……違う……
お前まさか……
パトリオットが攻撃を仕掛ける音と皇帝の利刃の無線音)
36……【暗号】!
――ウェンディゴ――
二人の親衛だけでは私を殺すには不十分だ。それでまだ我らと相対するのであれば、せめて三人でかかってこい。
大尉!!
盾を押せ!前進だ!
いや。パトリオット。よせ。
この場にいる親衛は、私の娘が戦ってるのを加えて、五人であったな。
私の知ってる親衛は動揺などしない。さあ話すがいい!貴様らは己の実力にどれほどの自信を持っているのだ?
貴殿と敵対するつもりはない!
ウェンディゴよ……貴殿は帝国軍史に存在する常人では知りえないほどの伝説だ。
たとえ移動都市の市民が貴殿を忘れてしまったとしても、前の世代の人がいつも話してくれた物語のことはよく憶えている。
ここで貴殿に敬意を示したい、ウェンディゴよ!
……
あ……
……貴殿が彼女について行ってるのだな。雪原にいる兵卒どもはみな嘘をつくのが癖になっているようだ。
……
貴殿が感染者になったのは事実だったか。
私が感染者のために戦うのは必然のことだ。
それは違う、ウェンディゴよ。そのような試みは必ず失敗する。
この国には多くの感染者がいるのだぞ。
多くの人が信じてるからといって幻想が真実に変わることはない。
それを幻想と定義する前に、貴様は何度ウルサスの失敗と勝利を経験してきたというのだ?
貴殿の言う通り。私の代の者はそれほど多くそれに立ち会ってはいない。
そのため……貴殿を我々に招待したい。ウルサス大尉のボジョカスティよ、どうか我らと共に。ウルサスは貴殿が必要だ。
貴様何を!?
……なっ……
先代陛下の下で百年以上戦ってきた貴殿であれば、当時のウルサスの強大さを知っているはずだ。
あれはどれほど繁栄を謳い偉大な時代であったのだろうな?
我々は種族を問わず、ウルサスの名の下に団結し、ウルサスの未来のために戦ってきた、多種多様な敵も尽く我らの刃と砲火によって倒れた、あの時の我らは敗北を知らなかったのだ。
あの時代に戻りたいという渇望は普遍的だ……我らはみなあの全人民が同胞と志を同じくし同じ仇に敵愾心を燃やしていた時代に戻りたがっている。
貪欲な諸国から略奪した土地を吐かせ、蹂躙され続けてきた人々はウルサスの輝きの下に尊厳を取り戻した、我らの征服は消滅させることではなく、再建だったのだ。
我らはこの大地に新たな生を与えてやったのだ。
あの時代を共に再建しよう。全人民を団結させ、打ち付けてくる嵐に立ち向かおうではないか、少なくとも雪原で孤独に息絶えるよりはマシであろう。
圧政により俯くことしかできないウルサスの人々にその綺麗ごとを言ってみろ!
誰一人とてよい暮らしを過ごせてはいない。この時代はそれだけ惨たらしい。ウルサスの市民もその苦しみを十二分に味わっている。
秩序の欠乏、力の流失、道徳の欠如、これらはすべて誤りだ。
これらの誤りが今のウルサスを蝕んでいったのだ、何が問題なのかはすでに承知している。
我々であればその誤りを正すことができる。
……ふざけたことを!
ではそちらの首領に聞いてみるといい、我らを信じるかどうかをな。
貴様……!
ボジョカスティよ、我らであればウルサスを正しい道に導くことができる。
貴様は間違っている。今の首領は私ではない。
彼女だ。聞くなら彼女に聞いてみるといい。
……
私は貴様らの父たちと共に戦った。貴様らの実力は十分、戦術も彼らと遜色ない。
しかし貴様らはあの時のウルサスに幻想を抱きすぎている。それらはただの、貴様らの幻想にすぎん。
かといってその時代を否定することはできないでいる。貴殿の一挙手一投足はすべて貴殿とウルサスを紐づけている、貴殿の称号も貴殿の意志と願望を示しているではないか。
では問おう、貴様らが仕えている今の皇帝が思い描くウルサスの中に、感染者の居場所はあるか?
そのような「恩寵」から得られた地位など、貴様らの幻想同様、一抹の幻にすぎない!
タルラか……シュコー。
……その通りだ。
貴殿らの助けがあれば、事態はまた違っていたのかもしれない。
何の……話だ?
利刃は許諾しない。武器が許諾することなど一度たりともない。
しかし感染者はウルサスが本来持ち合わせている力であると私は考えている。
皆々ウルサスの栄光なる象徴であるべきだ。ウルサスの感染者に反対するものは滅ぶ敵だ。そして諸君らは、もし諸君らがウルサスのために戦っているというのであれば、それは栄誉ある行為として見られるべきだ。
今までになく騒々しいささめきがタルラの耳に入ってきた。
私が貴様らの学説に反対しないからとってそれを賛同と見なすなど、その単純さは傲慢にも等しい。
貴様らはすでにそのような権力を味わい尽くしているのだろう?その身勝手な思い込みが、己のしてきたことすべてがより良い時代に奉仕するための権力とでも思っているのか?そんな貴様らは自身を栄光と謳う資格などあるものか?
では、少数派のために戦い貴殿らは、何をもって多数派の賛同を得ている?感染者のために戦うことに、一体どこに正義があるという?
貴殿なら賢明な答えを出してくれるだろう、ウェンディゴよ。
――正義のあるなしと人の数に何の関係があろうか?
親衛よ、私が問いたいのはたった一つだけだ、当時の陛下を敬愛していた人はどのくらいいた?多いか少ないか?
……フ……
そして陛下の死に貴様らは関わっていたか?
もし私が「関わっていない」と答えれば……
……フ……
どうやらお互いのわだかまりを解くことは叶わないな。
パトリオットはタルラを支え起き上がらせた、まるでこの時からタルラも彼の家族となったようだった、まるでこの先もずっと、彼が彼女を失うその日まで。
シュコー……
なぜ彼女のほうを選ぶのだ?
]彼女とはもうすでに熟知の仲だからだ。
貴様が思い描くそれは、確かに広く光明に満ち溢れた道なのかもしれん、しかし此度に関しては私の選択はもうすでに決まっている。私は感染者側を選ぶ。
軍人が奉仕するは国家と信仰のため、統治などではない。ゆえに、私は今の帝国を滅ぼし、正義のための戦争を起こそう。
我らとて同じく感染者の支持は必要だ、我らの行いも同じく正義だ。
貴殿は何をもって我らを拒否しているのだ?
もしや貴殿は今あるその「レユニオン」とやらの道のほうが、団結と革新より素晴らしいと思っているのか?もっと効率的だとお思いなのか?それともそちらのほうがウルサス人民へもたらされる被害が小さく済むとでも?
いいや。ただこの戦争がすでに始まったからだけだ、私はその戦争を最後まで見届ける責務がある。
私が仕えた仁慈に満ちた陛下とて感染者を受け入れることはなかった、今更それに似た類の約束など今ではでたらめにしか聞こえん。
もし貴様らが本当に感染者を団結させれていれば、戦争も起こりえなかったからだ。
我らは貴殿の下に感染者が団結することを望んでいるのだ。
本当に彼らを団結させたいのであれば、私の出る幕など必要ない。
もういい、親衛どもよ。
貴様が謳う道はもうすでに歩んだ、それに私が「より良い選択」を信じることもない。先見の明があると自称する人など未だ運命のいたずらに遭遇していないにすぎない。
貴様らもいずれ理解するだろう。落日峡谷で戦死した二十数名の親衛のように、彼らは北原で戦死した、同胞の手によって死ぬよりも、異種族に手によって死んだほうがマシということを。
声明は所詮声明だ。
貴殿はそう考えているのだな、ウェンディゴよ、しかし貴殿の後ろの人々はどう思っている?その人らも同じく彼女をそれほど信頼していると言えるか?
その人らが貴殿の武力と率直さを尊重していたとしても、貴殿はどうやって、その人らが強い偶像を崇拝していないと証明する?
強く自分たちを庇護してくれる邪悪な偶像がよいのか、それとも傀儡となった崇高な偶像のほうがいいのか?
私が尊敬する者を前者で例えていないと願おう。
現実は北西凍原の雪風より寒い、ウェンディゴよ。力を失えば……貴殿らはいずれ傀儡と化す。
そして貴殿らに牙を向く最初の相手は、何も貴殿らが対峙する敵とは限らない。
感染者たちはコシチェイが誰なのかすら知らないだろうが、公爵のことなら知っている、公爵の娘が次期公爵になることも知っている。
貴殿の傍にいる者は貴殿が思い描くような人ではない。彼女はいずれ貴殿に対抗しうるほど力を伸ばし、智謀も貴殿と争えるようになり、狡猾さも貴殿より勝るだろう。
それは彼女を褒めているのか?
いいや、ウェンディゴ、違う……貴殿はウルサス人になって久しいがそれでもまだ足りない。貴殿にはまだ理解できないのだ。私が言っているのはコシチェイ公爵のことだ。
汚れた知識を受け継いだからといって受け継いだ者が同様に汚れることはない。彼女が雪原に残した足跡は十分にあの老いた蛇と同じ結末を歩むことはないと証明してくれた。
シュコー……フフ……
……噂を幾度も耳にしたが、貴殿は確かに若人に甘いのだな、甘いというより、もはや溺愛に等しいか。
彼らは真に尊敬するに値する者たちにすぎない、彼らの若さから彼らの衰弱と死を見出したとしても、私は依然彼らを尊敬する。
ボジョカスティ……
ここから立ち去れ、即刻。
今しばらくは我らの戦士を傷つけた罪を問わないでおこう、もしくは今ここで貴様らを殺し、ほかの親衛たちに貴様らの屍を回収させるのを待ってやろう、そして一方が全滅するまで滅ぼし合いをしても構わないが――
――たとえその一方が我らだとしてもな。
……ああ。ウェンディゴよ……私が言える秘密は以上だ。
我々の警告がただの飾りではないことを憶えておいてほしい、ボジョカスティ。
貴殿に哀悼の意を。
再び相まみえたときは、こちらが貴様らに、哀悼の意を示そう。
そのような日が来ることはない、ウェンディゴよ。来ることはない。
ではさらばだ、「パトリオット」よ。今日の結果は誠に遺憾だ。
そして、タルラよ……お前のさらなる変化に期待しているぞ。
お前はその人らを導くべき人だ。お前は適任者だ。
(フロストノヴァが駆け寄ってくる足音)
父さん……!
エレーナ!
はぁ、はぁ……撃退……したぞ……スノーデビル小隊と共にな……はぁ……
一人だけだが撃退したぞ……!しかし、あれは……自分から退いたのか?
全部で……たったの五人だったのか?私一人では……小隊を守りきれなかった……
よくやった、我が娘よ。次はもっと上手くいくはずだ。
当たり前だ……!
……ここで何かあったのか?全員どうして……
タルラ?盾衛兵の兄貴たちも……どうしたんだ?
……大尉……奴らが言っていたことって……
歴史から茫漠な軌跡を掴み、未来はその歴史と同じ道を歩むと定め、身分が明日のすべてを決めつけること、それも自惚れだ。
私は彼女の支柱となろう。しかしほかの者たちはまだ受け入れられないだろう。みなどうか口外しないように。
承知しました!もちろん承知していますとも。タルラがどういう人かも皆分かっています。
……
しかし奴らが言っていたことは……本当なのでしょうか?
まさか……
……何を考えているんだ?お前たちは自分でそう言ってたじゃないか!出生はその人の――
本当だ。
タルラ……
……
私は確かに貴族によって養われた「跡継ぎ」だ。
問いには答えた。ほかに何かあるか?
首領よ。
パトリオット殿、私をそんな風に呼ばないでください、言ってたじゃないですか。撤収だ……ファウストと射手たちにはまだ訓練が残っている、あなたも参加されますか?
お前の品性が私を失望させない限り、私は最後までお前を支えよう。
ありがとうございます。
タルラ……やっと父さんの支持を得られたんだな。
同じことをしてくれとは言わないさ、エレーナ。
フンッ。まさか私が――
飴をくれ。
ほらっ。まさかそっちから飴を求めてくるとはな。
フッ。さあ行こう。
撤収だ、戦士たちよ。知りたいことがあれば、話せる限りすべて話そう……
……
どうしたんだ戦士たち……?
……
タルラ……
……お前は何を企んでいるんだ?