
……ガァ。

墨魎、墨に、魎、いい名前じゃない。

嵯峨って子、やはり生まれつき慧眼の持ち主だったわね。

毎回毎回まったく損傷しない器物を守っていたら、いつしか、彼女らは心の内にある正義を諦め、この徒労な道徳心に嫌気をさしちゃうのかしら?

きっとするでしょうね。もし陶器が簡単に元の姿に戻れるのであれば、それを割っちゃったとしても心を痛めないもの。

いいえ、むしろそれを割ることに快感を覚えるでしょうね。

……ガァ?

でも、そんな酷なことしなくてもいいじゃない……人間の本性なんて試練になんか耐えられないんだもの。

……ガゥ……

見ているんでしょ、シー?

本当にいけずな人ね……だったらこっちが何かやましいことをしても睨まないで頂戴ね?
(戦闘音)

――ふぅ!

恩人様、やっと片付け終えたか……!

冷やかしをするつもりではないが、このままこのバケモノ共と消耗しても、いつまで経っても手がかりは手に入らないしここからの脱出も叶わないぞ?

サガが、なんとかすると言ってたから仕方ないだろ。

それで私たちはここで日夜墨魎たちの相手をしていると?割に合わないと思うが……

……大丈夫だ、そんな気力を使うことでもない。

自分のアーツ鍛錬のためだと思えばいい。

――ラヴァちゃん。

ん?どうした?

……

なんか言ったらどうだ?

……さっきラヴァちゃんがアーツを放ってただけど、ちょっと危ないと思うかな。

……アタシの……?あ……

わかった?もうかなりの店舗を燃やしちゃってるんだよ。

それとね、ウユウちゃん。

さっき村に突っ込んでいった墨魎の一匹をあえて無視したでしょ?

てっきり恩人様がなんとかして処理してくれるかと……

違うね、君はこう考えてたでしょ、「なにかミスをしたところで、明日になればまた元通りだからいいや」って。

……

そうだな……否定はしないよ……わかってはいるさ、しかし……

今日でもう七日目。

やれって言ってるわけじゃないんだけど、意味のない目標を、毎日毎日守ってたら、いずれこうなることはわかった。

でもレムビリトンで起こったあの……あの血腥い教訓だけは忘れないでね。

戦いは人の心を削るって、だから常に気をしっかり持とうね。

クルース……

ごめんね……ラヴァちゃんもわかっているよ、私もずっと……

大丈夫だ、わかっている。

アタシらなら大丈夫だ、きっと無事ここから脱出して、ロドスに戻れるさ。

……

よ~し、じゃあ戻ったらクルビアコーヒーを奢ってね。

ああ。

サガはまだ部屋にいるのか?

今日出かける前にチラッと覗いたが、もうすでに七日間も座禅していたよ……恩人様、この絵の中でもし何も食わず飲まずしても……死ぬのだろうか?

さあな。あの時サガは「拙僧に任されよ」と言って、それっきり引き籠っているからな……

今一番現状を理解しているのはサガだけだ、アタシらにはどうしようもできない、なんならお前もサガみたいに、ほかの絵巻に一通り旅行しに行ってみたらどうだ?

いやいやいや、遠慮しておくよ。私はサガ殿ほど強い意思を持っていないね、ちょっとでも気が抜ければ、もう絵から出られなくなってしまうよ。

……嵯峨が結果を出すまでの間、アタシらはなんの手助けもできないしな。
(黎の足音)

皆さんここにおられましたか。

黎さん?なんか用事か?

一つだけお伝えしたいことがあるのです、本心を忘れることなかれ、です。

「仮の真なる時は真もまた仮なり、無の有なる所は有もまた無なり」ですよ、サガさんにもお伝えしておきますね。

えっと、彼女はどちらに?

サガなら瞑想するためにあれからずっと部屋に籠っているぞ。

……あぁ、目を覚まそうとしているのですね。

絵巻から自ずと目を覚ます人は極々少数です、いや、誰一人とて叶わなかったほうが正しいですね。

しかし……サガさんならわかりませんね。

ラヴァさん、「爆竹」、というものは聞いたことがありますか?

大炎における、一種の古い民俗習慣です、その起源は――

――古のバケモノたちを退治するため、なんだろ?

まあ……ラヴァさんは異郷出身のサルカズでしたよね?大炎の伝統文化にも造詣があったのですか?

……いや、これはあたしの友人が……

あ。思い出した。

思い出さなくていい。

『エンシェントフォージ』のストーリにあったよね?年は爆竹を怖がるから、最後は玄極巨兵も都市防衛砲で――

――ああああああ、聞きたくなああああい!

黎さん!爆竹と現状に何か関係性があるのか!?

え?ええ……たぶん、あの墨魎たちもきっと爆竹を恐れるはずなんじゃないかと。

爆竹を村の入口に吊るしておけば、あの墨魎たちも、近づけないと思いますよ。

それは本当か!?

ほほう、それは便利なものだ、これで日夜ここを防衛しなくて済むのだな、もう腰が痛くてしょうがない。

なら善は急げだ、はやく村の市場に置いていないか見に――

残念ながら、市場には置いておりません。

――そうだろうと思ったよ、ではどうすればいいんだい?

方法ならあります……

爆竹が、なぜ爆竹と呼ばれているかご存じですか?

……原初の大炎の民たちが、先帝の偉大な功績を讃えるために、火で竹を燃やし、あの曠世の対戦を記念したと……

かなり詳しいじゃん。

あはは、暇な時に読んだ書物に載ってあっただけだよ……

なら結構です。

では墨魎たちを驚かせて差し上げましょう。

あの木とかは如何でしょう?

うむ……いい木じゃないか、勿体ないと思うが……

どうせ明日には元通りですから心配いりませんよ。

結構遠慮しないのだな、黎殿は……

戻ったぞ、これで足りるか?

多ければ多いほどいいです。

煮傘さんも気前がいいね、タダで竹をこんなに譲ってくれたなんて。

もしお気に障ったのなら、あとで私が謝りに行くので大丈夫ですよ。なんなら見返りに私の店をあげちゃってもいいぐらいです、どうせものを買いに来る人なんてこの先誰一人いませんし。

それはさすがに割に合わないだろ?

どうせ明日には元通りなんですから大丈夫ですよ。

うーん、燃えたマッチがパチパチと鳴るのは知ってるけど、竹ってそれよりも鳴るの?

雨が降ったあとの竹はもっと音を出すと聞きますよ、でも、それはよしとしましょう、ここは雨なんか降りませんので。

よし、こうして……土で窯を作って……

問題は火なんですけど――

――アタシに任せな。

……火加減には気を付けてくださいね、ここからはちょっと技が必要になりますので。

ど、努力しよう……

恩人様!墨魎たちが来たぞ!

今です!

フン――
(爆竹の音)

ガ、ガァ――!?

よし!連中が怯んだぞ!

ギャア――!!

逃げた?本当にビビッて逃げていったぞ?

……本当に効いたなんて、でもなんで……?

それならニェンに聞いたほうが――

……ニェン?