
現代
2:48p.m. 天気/晴れ
サルゴン中部 イバテー地区、名の知れぬ町


……


誰もいませんね。(……ここにもいない、みんな大丈夫なんでしょうか……)

おっかしいなぁ、集合地点はここって言ってたはずだが?

座標はここで間違いないです。

もしかしたら砂嵐に遭って遅れているのかもな、ゆっくり待とうぜ。

シェーシャさん……いけませんよ。

はぁ、迎えの人がまだ来ていないんだ、そんなに畏まってどうする、やることないだろ?

……だとしてもゲーム機はしまってください。なんで持ってきたんですか?

そんなのどうだって――

……おそらく何かがあったのでしょう。最低でも一回ぐらいは定時連絡をかけてくるはずです。

……

……私たちも何かしたほうがよいのではないでしょうか?

そう焦んなって、俺たちに何ができるってんだよ?最善の方法は大人しくここで待機して、連絡を待つことぐらいだ。

でも……それにしても遅すぎます。

待ってください、誰かが――


(サルゴン語)ご機嫌よう、お二方。

ヘビーレイン、待て!
(斬撃音と爆発音)

ッ――

も、申し訳ありません、反射的に攻撃してしまいました……

(サルゴン語)ふむ、外見に反して、中々血気盛んなお嬢さんですね、しかしそれではみなからの第一印象を損ねてしまいますよ……

(サルゴン語)ここは沁礁(しんしょう)闇市、ここにいるものはみな商売人です。お互い話が通じるはずです、兵戈を交える必要はないと思いますが?

(サルゴン語)今日はなんのお祭り騒ぎだ?“サンドソルジャー”がなぜここにいる?

ふむ、私をご存じなのですね?

(サルゴン語) 沁礁闇市最大手の情報屋、イバテーで発生しているほとんどの武力衝突の黒幕、現地の人からは“ゾゾ”とも呼ばれている。

(サルゴン語)古い言葉では、呪い、あるいはお守りを意味するとか――

(サルゴン語)だがアンタが公開しているコードネームのことなら知っているぜ、“サンドソルジャー”さんよ、アンタは大物のはずだ、なぜこんなところにいる?

(サルゴン語)まあそうおっしゃらずに、私はただお二方とお話がしたいだけです。そう……ロドスとね。

(サルゴン語)それとも……お二方本来のスケジュールの邪魔をしてしまったのでしょうか?

……!

(サルゴン語)……私たちのオペレーターはどこにいるのですか?

ふむ……そちらのお嬢さんはサルゴン人でしたか、それは結構、なら単刀直入に話をしましょう。

そちらのオペレーターたちは無事ですよ。あなた方のあの実験薬物材料にも……触れてはおりません。

……皆さんはどこにいるんですか?

……さあ。

この――

ヘビーレイン、落ち着け!

その通り、どうか落ち着いてください、ここで私と衝突してもあなた方にはなんのメリットもありませんよ。

あの計り知れない価値がある実験薬剤より、経歴不明の運搬者など私からすれば大した価値はありませんので……

あの原料を狙っているのですか。

……もし私が頷いたらどうするのです?

……

俺たちのオペレーターを解放してくれれば、ブツはアンタに譲る、それでどうだ?

ふむ、あっさりしているのですね?

そちらの人員を数人捕らえただけなのに……怪しいですね。

ブツの量はさほど多くはありませんが、それでもかなりの価値があります。「ロドス製薬」もそれほど大金を持ってる企業にも見えませんし、本当にそう簡単に手放してくれるのでしょうか?

そう言うな、そもそも相場が違うんだよ、こっちは人命を最優先にしているからな。

人道的な考えをお持ちなのですね、では誰が彼らの命の価値を量ってくれるのですか?

あの「ケルシー」ですか?

……あなたは薬剤だけでなく契約内容まで……ケルシー先生を知っているのですか?

いいえ、その名で呼ばれている人は割といるものでね、ここ数年、私もかなり人を間違ってきました……それはもうかなり。

さっきの話に戻ろうぜ。

おっと、これは失礼、まあ実を言うとあなた方の仲間は外で待っておられますよ、あなた方の品物への興味も冷めて――

――ヘビーレイン。

……見てきます――気を付けてください。

どうぞご勝手に。
(ヘビーレインが外に出ていく足音)

けっ、闇市の総轄者が……俺たちみたいな新顔を脅すのは勘弁してもらえねぇかな?

ロドスとサルゴン闇市との関係はそれほど緊密じゃないんだ、俺たちだってクルビアで滞ってる医療実験材料を貰うために仕方なくリスクを冒してここを通ってる。

鉱石病は俺たちを待ってくれない、そうだろ、やましいことなんてしてねぇよ、アンタらと衝突したわけでもないだろ?

あなたのことなら耳にしたことがありますよ、武器エンジニアの“橋”ですね、あなたは三社の違法軍事企業に勤務したことがあり、評判の中々よかった。あぁ、今では、「シェーシャ」と呼ばれているらしいですね。

恐縮だぜ。

……それで、アンタはなぜロドスに目をつけたんだ?

普段通り闇市の勘定をしていた時に周密な取引が目に留まったんです、ご存じの通り、沁礁を伝う金貨は一枚だろうと私の目を通らなければなりませんので。

……それで?

まあまあ、そう強張らずに、取引に漏れはありませんでしたよ、それに、私はその取引に興味はありませんので。ただその契約にあった……サインが、とても気になっていましてね。

さあ、今日の私は暇でしてね。教えて頂けますか、ロドス製薬とは、一体どんな場所なのですか?
大地を行くは、千万もの命。

二十二年前
1:09p.m. イバテー地区、赤角町
(銃撃音)

連中が撃ってきたぞ!待ち伏せされた!待ち伏せだ!

撤退――うわッ――

あいつらイカレてんのか!?こっちにはまだ一般人がごまんといるんだぞ!

やはく!こっちに隠れるんだ!

危なかった、助かったぜ。
(爆発音)

――ひ、火が!俺の家が――がはッ――(喉を貫かれた音)

逃げろ!はやく逃げろッ!

イヤああああああ――!!!

一般人が巻き込まれ過ぎている……あいつらイバテーの王族軍を全部こっちに引き寄せるつもりか!?

王族軍だと?じゃああいつらは偽装した王族軍なのか?

それって――

これを見ろ。

……これは紅標……?敵からこの契約書を見つけたのか――?

ああ、俺たちは身内にハメられたんだ、こんなハチャメチャな状況の中で、お前にこれの授業をしても理解できるか分からねぇが――

あの小隊を捕らえようとしてる連中は俺たちだけじゃないってことだ、クソッ、なにが例のブツを手に入れれば金を渡すだ、これじゃあもはやただの全面戦争だぜ――

スパイが沈黙する前に座標を全部俺に送ってくれた、こんなボロっちい場所に、今じゃ四つも異なる識別コードの小隊が群雄割拠してやがる!

お前ならこの意味がわかるだろ、俺たちに残された道はイチかバチか戦って大金を手に入れるか、それか今すぐ投降するかだ、それならまだ間に合う!

――クソが!どいつもこいつもイカレてやがる!
(爆発音)


ハァ……ハァ……ゲホッ、ゲホッゲホッ……

……ここなら、人はいないはず……

ゲホッ……

……だ、誰ですか?

ガキ?それになんで死体を背負って……気持ち悪ぃ、さっさとどっか行け!

待て……その恰好、お前クルビア人だな!?しかも“サンドソルジャー”小隊の!

こちらB8、生存者を一人発見した、リーベリのガキだ、成人男性の死体を――

――!

おい、待て!


よぉし、野郎ども、全員聞いたな。“サンドソルジャー”の生き残りが残ってやがったぞ!俺たちでそいつをとっ捕まえてやれ!

俺たちの目当てのブツはすでにほかの連中の手に落ちてるかもしれねぇ、だから念のために、目に入った人は一人残らず殺せ。王族の人だろうと関係ねぇ、たとえパーディシャだろうとここで死んでもらうぜ。

いいか、銀色の箱だ、日が暮れる前にその箱を手に入れろ。


あいつらの通信をキャッチした、“サンドソルジャー”小隊に生存者がいる模様。

子供だ、死体を背負っている、おそらくは仲間だろう。パーディシャが欲しがっているブツは、本当にそいつが持っているのか?

……ほかの小隊がまだあの町から撤退していないってことは、まだターゲットを見つけていないってことだな。

ああ、あんな小さな町に押し寄せたら、混乱を招くだけだからな、あんなの時間の無駄だ。

……待て、術師からの連絡だ、動きアリだとよ……

なんて言ってる?

トラックが来ている……クルビアのティカロント市のナンバープレートを付けている……中煙市場で停止した。

女の人とバケモノ?バケモノだと?バケモノってなん――チッ。

通信が切れちまった。あいつ油断してるんじゃねぇだろうな?

いや、あいつが潜んでいるポイントは市場から少なくとも1000mも離れている、切られるには早すぎる。その小隊がここの地形を熟知しているか……あるいは、おっかないぐらい経験豊富じゃないと無理だ。

ヴィーヴル人か?それともクルビアから雇われたおっかない他勢力か?

……とりあえず様子見だな。


ハァ……ハァ…

ゲホッゲホッ……どうして……先生……ゴホッゴホッ!
(爆発音)

――!?

ターゲットはこの近くにいるはずだ!死体を背負ってる以上、遠くには逃げられないはず――

チッ、邪魔が入った、問答無用で殺せ!
(銃撃音)

……こ、こっちに来ない……?

……先生、先生……目を覚ましてください……

ち……血が止まらない……ぼくはまだたくさんあなたから教わりたいんです……これからどうすれば……

……ターゲットを発見した。

――

動くなッ!動くとその首を斬り落とすぞ!

死体に向かってブツブツ言いやがって、おかしくなっちまったのかお前?あぁ?

背負ってるそいつを下ろせ、言えッ、ブツはどこにあるんだッ!?

……し……

知りません……
(殴打音)

ぐはッ――

さっさと言え、このクソ……ん?

この死体……“サンドソルジャー”のリーダーか?なぜお前が……まさかそいつが持っている?

――この人に触らないでッ!
(殴打音)

チッ、俺を殴ったな――どけッ!
(斬撃音)

うがッ……

銀色のケースだ!やっぱりここにあったか……クク、ハハハ!

それを返せ!この、放せ!
(殴打音)

フン、目標のブツが手に入ったんだ、もう生かす必要もねぇな。

恨むなよ、クソガキ、俺だって仕事で――

――

な、なんだこりゃ――!?

(唸り声)

何なんだよこりゃ――おい、応答しろ、不明物体に遭遇――

(咆哮)

――ひぃ!
(クロスボウで射る音)

機械……いや、生き物なのか!?何なんだよお前はァ!?

来るな――なんでクロスボウの矢が通らねぇんだ――来るなァ!じゃないとこのガキを殺すぞッ!
(斬撃音)

(ケタケタ笑い)
バケモノは少年の目の前で傭兵の身体を貫いた。
それはのびのびと身体を伸ばした、まるで早朝に起きた腰のように。


……Mon3tr。

(返事)

あ……あ……
少年は微動だにできず、もはや泣き声すら出なかった。
彼は冷たくなった死体を抱きかかえるだけだった、死者の血液が彼の胸元で、花のように凝固した。

……

エリオット、もう安全だ。

……!

あ、あなたは誰ですか……ぼくを知ってるんですか?

私はブライアン生命科学研究所の尊敬する科学者誰一人とてを知ってるのでね。

だが君たちはこの事件にどんな陰謀が巻き込まれているのかをまだ分かっていない、だから私が君たちを阻止しに、保護しに来た。

保護……?

もう遅いですよ……遅すぎます……

君は君の恩師の遺産をあの陰謀家たちの手に落ちないように防いでくれた、それだけでも十分だ。

……

何が保護ですか……

――あなたが保護したいのはコレなんでしょッ!この図案と、このサンプルを、ぼくじゃなくて!先生でもなくてッ!

あなたもアイツらと一緒だ!先生は死んだ!ぼくたちを助けてくれた人たちもみんな死んだ!みんなこの箱を目掛けて、お前たちなんか、お前たちなんか――ゴホッゴホッ、ゲホッ――

……

顧問、各地王族に雇われた傭兵隊を三つ確認しました、それと町はずれの岩壁に潜んでいるサルカズの部隊も、所属は現時点では不明です。

計画に従えば、こちらはまだ七分残されています。

……こちらで生存者を一名発見した、サンプルは彼が持ってある。

撤退ルートはすでに確保してあります。

三分後に合流する。

……

教えてくれ、エリオット、君が今背負ってるそのヴィーヴルの戦士は、いかにして死んだ?

……うるさい……

今、君はここに立っている、そして生きている、君はここにいる傭兵の誰もが欲しがっているものを持っている。

小隊は“サンドソルジャー”というコードネームを謳っているが……その実はサルゴンにやって来た、ただの研究チームとティカロントからきた常備武装組織に過ぎない。

彼は最後まで己の職務を放棄せず、最後まで君の安否に心を向け、その重責を君に託したのか?

君は己の不成熟が原因で、戦士たちの努力をすべて水の泡にでもするつもりなのか?

答えは一つだけでいい。

その図案とサンプルがどの王族の手にも渡っていないことを確認できさえすれば、ほかのことなど、気に留めないでおこう、君にもその点を理解してほしい。

……

警戒しているな、まだ何も喋ろうとしないか。

それと思い出した……君が背負ってるその男性は、ソーン教授だな。ブライアン生命科学研究所の首席研究員だ。

彼は真の戦士とは言えず、真の戦士とも言えた人物だった。

あなたは……

彼を下ろしてやってくれ。それとも君は彼と共に黄砂に埋もれたいのか。

彼はきっと自分の死期を覚悟していただろう、だから君は彼の犠牲を無駄にすべきではない。

いいです……

彼はもう死んだんだ。

もういいですよッ!ほっといてくださいッ!

形式だけでも彼を埋葬してやろう。

……Mon3tr。

(唸り声)

な、なんですかその光の玉は?

伏せろ。
(爆発音)

うわッ――!

……あなたは……ぼくに先生をここに埋葬しろって言うんですか?

ソーンは私の旧知の仲だ、状況がアレなため、今は丁重に彼の犠牲に向きあえることはできない。

誰の命だろうとそれは果てしない闘争だ。

彼の先祖はとある原因でサルゴンを離れた、幾度も経るうちに、彼はようやく自分の人生に属するものを見つけた、だが最終的にまたサルゴンの荒野へ戻ってきてしまったか。

彼の為したこと、彼の正義心、彼の欲求はすでに終着点へと辿りついた。

私の知っているソーン教授は世間に疎い人物だったよ、だが彼は率直に自分の死と向き合った、そして最後までそれと抗おうとしていた。

だからエリオット、彼を下ろしてやってくれ。

ぼくは……

これは死者への敬意でもある。君も理解できるはずだ、彼がこれから君が行く道の足枷になろうと思っているとでも?

わかり……ました……

(古いヴィーヴル語)彼の者の魂が長き川に沿って帰れるように。

ヴィーヴル語……?あ、あなたもヴィーヴル人なんですか?

(古いヴィーヴル語)彼の者に砂利の如くの安寧を。

(古いヴィーヴル語)彼の者の耳に故郷の言葉を、彼の者の目に彼岸にて滾る波を。

(古いヴィーヴル語)我らの友ここに永眠す。彼の者は再び輪廻へと帰す。
その女性はこうべを垂れて祈りを捧げた、戦火もまるで妨げないためにピタリと止んだ。

……

……時間が惜しい、向けられる敬意もここまでだ。さて、君にはある選択をしてもらう。

(警戒心を帯びた唸り声)

そうだな、数は少なくない、だが陣形が崩れて穴が開いている、彼らとて一枚岩で構成された武装組織ではない。

私たちと遭遇する前に、勝手に滅んでくれるさ。

……思い出した……どこかであなたの顔を見たことがあると思えば……すごく昔に……先生がぼくにあなたを紹介してくれました……

てっきり、あなたはただの理論的な研究員だとばかり……

そうだ……あなたの名は……

ケルシー……?


ふむ。

悪くない記憶力だ、エリオット。
若き研究員、エリオット・グラバーは、謎の女性を気にもとめないでいた。
塵が漂う空気の中、彼は呆然と彼の恩師が埋まっている土壌を眺めるだけだった。
彼は、自分は恩師に火葬をしてやれる力すらないのか思うようになり、刹那の間に悲しみに暮れた。
砲火が響き渡るその時まで。
