

おお、ケルシー女史、ようやく来てくれたか。えっと、その恰好は……

ご招待して頂き至極光栄に存じます、それが想定外のことが起こりまして、修道院から相応しい礼服を用意できなかったのです。そのため急ごしらえでこのような装いを選ぶことになりました、どうかお気になさらず。

あぁ、もちろん気にしないとも、むしろとても……とても英姿颯爽に思うよ。

ハイジもボーっとしてないで、ほら、こちらはケルシー修道士だ、一言挨拶をしなさい、済んだら屋内に入っていいから。

――――

ハイジ?

ミス・ハイジ、お会いできて光栄です。

あっ――えっ――えっと、その、ハイジでございます――

存じております、可愛らしいお名前ですね。

――あなた様が、ケルシー修道士で、いらして?噂はかねがね叔父様から聞いております。

光栄です。

――

ケルシー女史、ミスター・トムソンのことは知っているね。そう、このハイジ・トムソンそこがあのおかしななやつの娘でね。

そうでしたか、あなたのお父上はとても尊敬に値する御仁ですよ。

――

立ち話もなんですし、どうぞお入りください、ケルシー女史。

いま一度感謝を申し上げます、ヴィンセント閣下。


あら、伯爵様がロンデニウムに行かれたとこをご存じですのね?あなたもあの都市に行かれたことが?

その話はよしてくれ、あの時荷物をすべてまとめておいたにも関わらず、天災トランスポーターからこんなことを言われてね、予定していたルートが封鎖された、だから帰還しようと。

私は意気消沈して家に帰ったよ、そしたらあろうことかすぐさま大きな病に罹ってしまってね。

まあ、災難でしたね。

あの大詩人は今日いらしてないのかね?今しがた文を何篇か綴ってきたから、彼に是非とも見てもらいたいんだが。

今日は諦めろ、トムソンが伯爵の面前で、どれだけその所謂“思想家”の手稿を破り捨てたかを忘れたのか?

あ、わたくし憶えていますわ。トムソンも容赦しませんわね。しかも、“思想の摩擦は容赦なくて当然だ”とも言い残しちゃって。まったく恐ろしい人ですわ。

才気あふれても、いいこと尽くめとは言えんな。

あら、でもああいう若気があるからこそ魅力的じゃなくて?意気揚々で、男気があって。

私もあの頃のトムソンに憧れを抱いていた、しかし伯爵閣下が目の前にいるにも関わらず、彼は自身のわざとらしい傲慢さを払拭しきれなかったか

わざとらしい?あのトムソンが?

ああそうとも、我らが敬愛してやまない伯爵のことだぞ。爵位だろうと身分だろうと、その数年間、伯爵は彼の土地をきちんと治められている、みんな知っていることだ。

ほう、確かダラムは伯爵閣下の領地ではなく、みなが共同でここの自治を行っているんだったな、なら伯爵閣下の頭領たる名声も、実に彼に相応しい、この一杯は閣下のために!

それだけじゃないぞ、伯爵は何度かロンデニウムから招待を受けている、そこで開かれる宴会に参加するためのね。これはまさしく我々のこの小さな地方の――私たちを受け入れ私たちを認めてくれた辺境の――誇りではないかね?

なに、貴族であれば誘われて当前じゃないか。

もう、そんな生真面目でつまんない話題にすり替えないでくださいまし。私たちはみなヴィクトリアの臣民、ではなくて?

ほほう!臣民ときたか!あの想像もしなかった絞首刑があって以降、私たちはもはや一体誰の臣民であったのかすら分からなくなってしまったというのにか!

その話もよせ。陛下が去ってしまったことは誰もが遺憾の念を禁じえないことだ、しかし見てみろ、私たちは依然とこうして心ゆくまで酒を嗜めているではないか?

そうよ、今日は愉快な日ですのよ、そんな恐ろしい話を持ち出さないでくださいまし――ほら見て、伯爵がいらっしゃいましたわよ。

話はすべて耳に届いているよ、しかし興味深いね、リチャード、またぜひとも君の文を拝読してみたい。

とんでもない、伯爵閣下、私のこの些細な文とあなたを比べたら、それこそ月とすっぽんみたいなものですよ。

そうよヴィンセント、はやくあなたがロンデニウムへ赴いたお話を、皆さんに聞かせてくださいな。どなたにお会いになったの?もしかして伝説の大公爵とか?

まあまあ、みんなそう急ぐな、パーティはまだ始まったばかりだ、忘れないでおくれ、今日は祝いの日だ。

それより皆さんにご紹介させて頂きたい方たちがいるんだ、特別なお客様が二名本日ここにいらしてくれた。

ケルシー修道士、どうぞこちらへ。

ご機嫌麗しゅう、ご来賓の皆さま、心よりご挨拶を申し上げます。

まあ!あなたその恰好……淑女の方でいらして?勿体ないことですわ……

勿体ないところなどあるものか、ケルシー修道士、御機嫌よう。

おお、これはこれは、ケルシー修道士、お噂はかねがね、何やら以前伯爵夫人を助けたため、伯爵閣下のお目にかかれたとか?

伯爵夫人にとって、お辛い出来事でした。

どちらからいらしたのか是非とも教えて頂きたいですわ、サンクタじゃないラテラーノの修道士はめったに見ませんもの、それにあなた……とても魅力的で興味がそそりますわ。

麗しいレディよ、どちらから来られたのかな?

わたくしが今聞いたところでしょ、あなたは口を挟まないでくださいまし。

伯爵から聞いた話だと、あなたは棟梁の才だとか、哲学や芸術に関しても、あなたなりの知見をお持ちなのだろうか?

恐縮です、たまたま伯爵夫人を助け、それで伯爵閣下からお目にかかれただけに過ぎません。

ほう、なら伯爵閣下と仲がよろしいのであれば、トムソン閣下のこともご存じなのでは?

もちろんでございます、トムソン閣下はダラムでは珍しい文才あるお方です、よく伯爵閣下からお話を伺っております。

それは上々。使用人!私が持ってきたワイン持ってきてくれ、伯爵とこちらの修道士からぜひとも色々ご教授したい!

パーティを独り占めにしないでくださいまし、みんなで楽しくお話をすればいいじゃないですの?

たとえばあの時ロンデニウムで開催されたファッションショーとか……

何だっていいさ、皆さん、私はここで足を休ませていただきますよ。見識を深めることも兼ねた休息をね。

あなたね、いつも怠け過ぎよ、じゃなかったら今頃あなたの産業は今の倍も増えていること間違いないですわ

ワイナリーを三つも持つようになったんだ、もう十分じゃないか?

ああ、そうそう、それともう一人お客人がいると言っていたな、一体どなた――

ご機嫌よう、おじ様おば様方。

ハイジじゃないか!君も来ていたのか!

ハイジ、なんて可愛らしい装いなんだ……トムソンめ、子供に関しちゃ、私は到底彼には及ばないか。

いいか、ハイジはまだ酒が飲める年齢じゃないんだ、どさくさに彼女に酒を渡すんじゃないぞ、使用人、彼女にクリームソーダを淹れてくれ。

いつまでもわたくしを子ども扱いしないでください、ヴィンセント叔父様。

だからといって酒を飲ませるわけにもいかないだろ。君のお父上からも釘を刺されているんだ、なんせまだその歳で……

むぅ……

わかったわかった、すまないがクリームソーダをジンジャービールに変えてくれ。

もういいですわ!

はは、ハイジははやく大人になりたいんだね。

けど自分の娘がはやく大きくなって欲しいと考える父親なんていませんのよ、当時のわたくしも同じでしたわ、ジュエリーを欲しがっていたら、お父様にこぴどく叱られましたのよ。

酒がダメなら、せめて、パーティに参加したっていいじゃないですの?わたくし……ここで大人しく座ってますから!

もうその辺にしておきなさい、ハイジ、君は今日こっそりやってきたんだ、忘れたとは言わせないよ、あとで大人しく上に行って寝るんだぞ。

うぅ……

その恰好を見ると君の母上そっくりだ、ハイジ。

でも今は――

もう……!!

……ケルシー様、あなたわたくしのことをどう思ってますの?

ハイジ様が子供だろうと大人どうと関係ございません。

お酒を注がせてください、あなたのジンジャービールを。

――――

あ、ありがとうございます……

お味は如何かな?

……意外と美味しいですわね。

まあ、ジンジャービールはノンアルコールじゃなかったかしら?お顔が真っ赤ですわよ?

この子は人見知りでね、いつもこうなるんだ。

さあ、皆さん!人は揃いました、これより正式にパーティを開催しましょう!


……

あなたの言う通りだ!リターニアの芸術は魅入るほど素晴らしい、だがあのリターニア人はあまりにも驕り高い、いつも私たちを見下している!

リターニア、そうね、リターニアは突発的に起こる出来事が多すぎるのよ……わたくしは小さい頃からそこの巫王の物語を聞いて育ってきましたの、その巫王を一目でも拝もうと旅行いった矢先、あろうことかあの双子の女王が巫王を処したんですのよ!

あの恐ろしい巫王に会うために旅行しに行った人なんて初めて見たぞ……

若くして即位した王たちと違って、巫王は半世紀近く経ってやっと皇帝になられた方です、そして長い間リターニアを統治し続けてきました。

疑いようもなく、巫王はこの大地で最も強大な術師だ、だが彼は自分をバケモノにしてしまったけどね!

あの恐ろしい物語で描かれたように、彼の角は異形に曲がりくねっていて、怪しいエネルギーを発しているんだとか……

そうなのか、生憎私は巫王の姿を見たことがなくてね、げっぷ、失礼、実にいい酒だ。しかし双子の女王の写真なら新聞で見たことがあるぞ。片方は金ピカで、もう片方か真っ黒だったよ。

…………

リターニアは目まぐるしい変化を遂げていますが、巫王が彼の塔から降りられることは極めて稀です、彼は終始リターニアを睥睨しており、王臣が謁見しても、姿を見せず塔の頂きから大いなる影を投じるだけでした。

しかし彼が生きて最後に地面に足をついた時は、双子の女王によって双角を斬り落とされた、目も当てられない姿でした、嘆かわしい限りです。

あの時起こった政変の全貌はあまり詳しく知らないが、たとえ我らの目を最も惹きつける侠客だったとしても、巫王の力を計り知ることは叶わないのだろうな。

これでなぜ女王の声が騎士たちに囲まれながらリターニアに辿りついた時、いがみ合っていた各大公爵が静まり返り、歓迎したかが分かるでしょう。

なんと?その口ぶりからすると、ロンデニウムにも行かれたことがあるように聞こますな?

私はそこからやってきました、まさしく現地のサンクタの教えがあったからこそ、私は修道士になれたのです。

あはは、ケルシー、言ったじゃないか、ここにいるのはみな私の良き友だ、みな君のことをとても歓迎している。

私にはあなたと歳が近い娘がいるんだが、如何せんいつも私が苦労して稼いできた金を無駄使いしているんだ……まったくあなたを見習ってほしいものだよ。

今宵あなたと知り合えて、本当に嬉しいですわ、それはそれとしてまだ独身でしらして、ケルシー?

ケルシー様!

こら、ハイジ、大人たちが話している最中に口を挟んでくるんじゃない、それにそろそろ寝る時間だろ。

彼女の話を聞いてあげましょう、ヴィンセント伯爵、この時代では、子供たちはいつも私たちが想像してる以上に成熟していますから。

そこまで言うのなら。

……ケルシー様……あの、ウルサスに行かれたことはありますか?

ああ、あの反乱と暴力しかない国のことか。

私が遊学していた頃、サンクトペテルブルクに暫く滞在したことがあります、ウルサスにご興味がおありなのですか?

ええ!

お父様が昔わたくしに本を読ませてくれましたの、ウルサスの作者が書かれた本でして……

ウルサスには二つの芸術しか存在しない、大衆を弄ぶ煽動と、正真正銘で永遠なる偉大さだけだ。

あのトムソンが気に入ってるということなら、十中八九後者なんでしょうね?

チッ、相変わらず彼をえらく信頼しているのだな。

お父様はその作者をいたく気に入っておりました、自らサンクトペテルブルクにまで赴いて彼を訪ねたいと思うほどでしたの、ただ商売にトラブルが起こったためずっと先送りになってしまい、今年は古傷が再発してしまったため、行けなくなってしまいましたの。

お父上はお怪我をされているのですか?

……ええ、膝をやってしまいましたの、それにいつまでも手術を受けようとしなかったため、病が根付いてしまいましたわ。

私も彼に言ったんだがね、はぁ、一体去年に何が起こったのやら。彼が傷まみれになって帰ってきても、強盗に遭っただと、崖から落ちたとしか言わなくてね、ほかの詳細をまったく教えてくれないんだ。

……ウルサスに行ってみたいのですか?ミス・ハイジ?

それはダメだ!ウルサスの前皇帝の死と叛乱が未だにあの国に多大な影響を及ぼしている、そこで勉強したいにしても、せめてあと数年経ってからじゃないとダメだ!

言ってみただけですわよ……ケルシー様はあの国にどのような印象を抱かれておりますの?

……一つお話をして差し上げましょう。

ウルサス第六集団軍が、たった一本のウォッカで滅んでしまった噂を。

根も葉もない噂にしか聞こえないが。

何事もその事の発端しか保持していないのであれば、得られる往々にして奇想天外な結末ばかりです。私たちはみなその過程に慣れ親しんでいる、違いますか?

それは確かに。

起因は軍の統制区域内で“収税”を行っていたとある軍の輩が、誤ってとある貴族を脅かしてしまったためです。

この事件は徐々に拡大していきました、当時の第六集団軍は腐敗に腐敗していて、旧貴族の権力が奥深くまで根付いていました、それにより第五集団軍は無条件で若き皇帝と新たな帝国議会側についたのです。

発起人が誰だったかは具体的にわかっておりません、しかし結論から言うと、最終的に第五集団軍はこの機に乗じて、二つの移動都市の航路中央で、第六集団軍と正面から衝突したのです。

“大反乱”の序幕には様々な説がある、第六集団軍の様々な噂なら、私も耳にしたことがある。

じゃあ彼らはそのまま戦い始めたのかしら?

……そんな簡単なものでしたら、大反乱とは呼ばれていなかったでしょうね。

終始国境の守備につき、権力も影響力もウルサスの中枢に及んでいなかった第四集団軍が突如と帝国議会に反旗を翻したのです、さらに積極的に第六集団軍という“反逆者”と一切関係はないと身の潔白を装いながら。

用意しておいたスケープゴートを数匹処分したあと、旧貴族の手中にはすでに第六集団軍と第八集団軍という二つの切り札しか残っていませんでした。

なら、孤立した第六集団軍が最後にどうなかったか、もうお分かりでしょう。

この一連の原因は――とても簡単です、皆さんもご存じでしょう。一人の酔っ払った軍人が、手に持っていたウォッカの酒瓶で一人の若い貴族に傷害を負わせたからです。

……面白い話ではあった、ケルシー女史、だがこの話は真実とはなんら関係がないと私は考えているよ。

ハイジ様、“これこそがウルサス”とは言いません。大地にあるいかなる文明も、自らその目で見るに値するものばかりです、楽しむべきものではありますが、それについて深く考える必要もあります。

……

あなたはご自身がお気に召しているウルサスから、何を見ましたか?

きっとおそらくはのどかな田園風景、あるいは英雄豪傑、またあるいはサンクトペテルブルクにある劇場での演目なのかもしれません。

しかし私が見たのは、どれもこれも大反乱の余波がもたらした、崩壊した時代なのですよ。

……ヴィクトリアもそのような時代が訪れるのでしょうか?

……保証はできかねます、ミス・ハイジ。

そんなまさか!まったくハイジは、ケルシー女史が話してくれたウルサスの噂話で、怖くなってしまったのかい?

私は別にウルサス人を貶しているわけではない、しかしウルサス帝国が野蛮で無法な国なのは確かだ。

でもそれはロンデニウムも――

――それを言うんじゃない、あの事件は確かに遺憾に思ったが、だからといってそれでヴィクトリアが少しでも動揺したことがあったかい?

まあまあ、伯爵閣下、この話題はこの辺にして、それよりも、あなたがロンデニウムに赴かれた話をしてくれないかい?みんなそれを一番聞きたがっている。

どの大貴族とお会いになられたのかな?

口にするだけでも光栄に思うのだが、実はその道中、ノルマンディ公爵が私を彼の旗艦に招待して共に夜のパーティに赴こうとお誘いを受けてね……

なに!なぜそのことを今まで黙っていたんだい……!

よしなさい、ノルマンディ公爵……彼は昔からリターニア人を嫌っておりますのよ、彼は女王の声の使節と衝突を起こしてしまったのかしら?

いいや、ただ公爵閣下の使用人が、あの晩公爵は一目もあの優雅で美しい使節を拝められなかったと言っていたよ。

あはは、それこそ“公爵”のあるべき風貌だ。

ウルサスで気取ってる大公は数十人はおろか数百――いや、そんなに多くはないな、彼らは明らかに身勝手すぎだ。率直に言わせてもらうと、無能ですらある。

あれは一種の傲慢だからね、私からすれば、ロンデニウムの風貌を目にした人なら、誰だってそう言うさ。

だがノルマンディ公爵ならご自身の力のみで、リターニアに蔓延っている利益に目がない過激な連中を数十年は抑えられると私は信じているよ。ましてや大公爵など……

……

ハイジ、疲れたのかい?

え?いえ……まだケルシー様が仰ってくださったことを反芻しておりましたの、ケルシー様と二人っきりでお話させてもいいですか?

おや、ロンデニウムの話題にケルシー女史が外されては、たいぶつまらなくなってしまうな。

恐縮です。

まあ、時間はたっぷりあるんだ、それに麦畑男爵が私を呼んでいる、彼と少しばかり談笑しているよ。あとでまた話を聞かせておくれ。
(ヴィンセント伯爵が去っていく足音)

つまらなかったですか?ミス・ハイジ?

え?あ……い、いえ、大変興味深かった内容でございました。

……

そうですね……えっと、その、もっと詩や小麦の収穫云々の話をするのかと思っていましたわ、でも……

つまらない別の国の政治話題ばかりだったと?

えーっと、あはは……

……わたくしにも分かりますわよ、ケルシー様もつまらないと思っていたんじゃなくて?

本当はあなたのほうがもっと博識なのにね、ヴィンセント叔父様を囲ってワーギャー騒いでる人たち、あなたも本当は見下しているんじゃなくて?

少し誤解をしておりますね……

あはは、今晩初めて知り合ったんですものね、あなたの言う通りですわ、ケルシー様。

ケルシーで構いません。

じゃあ、ケルシー……少し付き合ってくださいます?

しばらくしたら、ヴィンセント叔父様に寝るようにと言われてしまいますの。わたくしこんな早く寝たくなんかありませんのに。

外の雪が強くなってますけど、構いませんか……?

――構いません、お付き合い致します。


すごい雪ね!

ここ数年こんな大雪はありませんでしたからね。

……雪は好きですわ、ケルシー、自分の故郷のことも。

……そうですね。

ハァー……寒い。

みんな温かい暖炉の傍に引きこもってますわね。

ええ。

……

二人っきりになれましたわね、ケルシー……えへへ、ケルシー。

――二人っきりにするのに大変苦労しましたのよ。

君はまだ若い……ハイジ。

君の父親は君をこうも簡単に巻き込ませるべきじゃない。

でもこれはわたくしの意志でやっておりますのよ、ケルシー。わたくしも何か手伝ってあげたいんです、子供と同じように、温室の中でただ外を眺めているんじゃなくて。

……冬が来たら、吹雪に免れるヴィクトリアのオークの木なんてあるのでしょうか?であれば、はやめに準備しておいてほうがよくてよ。

君は父親そっくりだ。

――それは褒めてますの?

もちろんさ。

……えへへ……あ、この近くに人が来ることはありません、だから……

今じゃないと、この手紙を渡せませんわね。

……

君の父が選んだ情報員はヴィクトリア最高のトランスポーターであり、労働者と各界の有志の者だ、一度も情報が遅れることはなかった――今回を除いてはな。

何が起こった?
うら若きハイジは彼女のその天真爛漫な足取りを止めた。
彼女の言う通りだ、騒ぎが嗅ぎつけてくる前に、若者は常に先んじて用意を済まさなければならない。

――手紙は二通あります、ケルシー閣下。

一通は全ヴィクトリアから、もう一通は“カズデル”からです。
