(斬撃音と弾く音)

シュー……!

なんという技だ……!貴様の肉体の強度と判断速度はやはり桁違いだ、一体何者なんだ?

(嘶き)

待て、Mon3tr!
(斬撃音)

(悲鳴)

……貴様は私を侮辱した、バケモノ、これは相応の対価だ。

フンッ!

――

Mon3tr、態勢を整えろ、彼の力はもう衰え始めている。

シュー……フゥ……シュー…………フゥ……

重い傷を受けたな、近衛兵。

それはお互い様だ、反逆者。貴様は自分に薬物を注射しているのか……さもなければ激痛でのたうち回っていただろうな。

奇妙なことだ。貴様はまるで戦士の影だ、最も優れた戦士の素質を備えている、だが貴様は外からの力を……バケモノの力を頼らざるを得ないとはな。

戦闘の痕跡はまだ隠せる、だが君が染めた土地はもう原状に戻すことはできない、己の一存でそんなことをすべきじゃない。

……恐れているのだな貴様は、きっとそうだ、貴様がもし近衛兵の秘密を知っているのであれば、恐れていて当然だ。

“近衛兵は一人ごとにその内に国を持つ”、修飾的な描写にしか聞こえないが、実際は事実を語っている。

私から指摘してやろうか?君のマスクが破損しているぞ。我々のいる現実の次元が君の体内に存在する魔物と反応して、儀式が施した檻に亀裂を生じさせているぞ。

それとも、皇帝の近衛兵が伯爵の荘園内で恐ろしい隠滅を行っても、ヴィクトリアがそれに目を瞑ってくれるとでも思っているのか?

……

近衛兵の責務は、ウルサスが存在しうるすべての理由にあるべきだ。

……くだらん!反逆者に“責務”という言葉を言われる筋合いなどない!

なら、君が今忠誠を誓っているのは、昨今のウルサスか、それとも偉大なる幻影か?

……

教えてくれ、近衛兵、その名称に泥を塗るな。

――今日のウルサス皇帝は、サスナ谷の事件をどう考えているんだ?

まさか、あの反乱の種子は、反乱の波風の起因は、すべてウルサス皇帝の意志によるものだとは言わないでくれよ?

すべては貴様が引き起こしたことだ!

(咆哮)

――自分を欺きたいのであれば好きにしろ、だが事実だ、あの若き皇帝はあそこで何が起こったのかすら理解できていないからな。

皇帝が知る必要はないと、君たちはそう思っているのだろう。

……

君は、君たちは失われた時代を渇望しているんだ。

それが正しいかどうかは評価しないが、一人の大公が政治闘争で死んだことを放置すれば、たちまち新たな反乱の火種になりかねないぞ。

貴様がそれを判断できる資格はない。

私には彼の死が様々な結末をもたらすことが予見できる。ある者は怒り、俗に言う公正を求めるために彼の死を望んでいる、証拠を消すために、関係を断ち切るために彼の死を望んでいる。

だがその一方、彼に生きることを望む者たちもいる。彼に逃れられぬ責務を全うすることを望んでいるのだ、あるいは生きてる証人を踏み台にし、第三師兵団と関与してるすべての勢力に蜂起を起こすことを望んでいる。

まさか……

平凡なウルサスの暗殺者は、政治目的ではなく彼女の個人的な感情で本来接触すら許されない大公を暗殺した、そうでないと駄獣が呑み込んだ草籾のように罪が消化されることはないのだ。

……まるで、高みからの見物のような言い草だな,一介の平民風情が、我らの代わり大難題を解決してくれたとでも言いたいのか?

あれがウルサスがまた内部紛争になることを避ける、最もな選択だ。

(異様な声)白々しい!
(斬撃音)

(嘶き)

反逆者!貴様の詭弁はウルサスに対する侮辱だ!

たとえ貴様の言った通りであろうと、貴様の行いはウルサスにとって有利だと数百数千もの言い訳を吐こうが、それを決めるのは、断じて貴様ではない!

――自分を抑えろ、近衛兵。

貴様から嘘偽りの匂いがするぞ――己はウルサスのためにやっているとよくも言えたものだな!

(アレが拡散している、あの身に着けた装置の中に封印されたのがただの魔物の破片だったとしても、この荘園を消滅させるには十分の威力を持つ。)

――すでに恐怖の地を化してしまった落日峡谷を忘れたのか!

(もしこの近衛兵が私の命を奪うことに執着しているのであれば……Mon3tr……先手必勝だ。彼を殺せ、私を守るよりはそっちのほうが有効だ。)

帝国の栄光が一万年続こうが、あの漆黒の地はもうウルサスのものではなくなったんだ、もうこの大地のものではなくなったんだぞ!

その轍をもう一度踏むつもりか!?君一人の暴走のせいで、帝国を再び予見することもなかった戦争に巻き込ませるつもりか!?

君は先帝が遠望していた景色に囚われているだけだ、ウルサス人よ!

……シュー……!
湧きだった恐怖が瞬く間に実体へと収縮していった。
激しい闘争の末、淡くて黒く謎の光が、近衛兵の破損したマスクの内側から漏れ出した。

……ふぅぅ……

Mon3tr、待て!

(不満げな鳴き声)

……どうした?なぜこの機会を逃した、貴様の唯一の機会を……

君の実力はよくわかる、もしMon3trを攻撃させていたら、その漆黒の棘が私の胸を貫いていただろう。

シュー……どうやら探りを入れてももう意味はないな。貴様はよく知ってるだろ、近衛兵の稼働原理を……貴様は私を異形の類と言ってたな、だが今、そんな私を人間として扱うのか?

私が君をまだほんの少しでも認めていると言うのであれば、それが君が今働きかけた意志とはなんら関係はないさ。

君は一瞬でもアレらと抗っていた、であれば君は人類の偉大な防壁の一人だ。誰だろうと、君たちの人としても栄誉を剥奪することはできん。

少なくとも、あの滅びの定めにある幻想に欺かれるまではな。

シュー……

……貴様の言う通りだ、私は確かに多くのことを見誤ってしまったようだ……

ヤツらは“認知”によって強さを増す。ヤツらと対抗するための、ヤツらを抑えるための知識は、全国家が不成文の法として継承し続けられている。

貴様はサーミの雪祀でもなく、ましてやサルゴンの不死の軍団とも無関係なのだろう……テラの大地の外を見れるのは、従来にして各国の知識権威のトップだけだ……貴様は一体何者だ?

責務を全うする者だ。

その責務とはなんだ?

もう分かっているのだろう、君たちほどのことはしていないさ。

……ふん。

認めよう……近衛兵の機密を知るよそ者よ。

貴様が犯した罪と把握してる秘密は、依然と貴様に多くの罪を背負わせている。だが私と対等にやり合える古の怪物は、今回目にするのは初めてだ……

(挑発的な叫び)

シュー……貴様は私の予想を超えた……貴様の謎は気掛かりだ、もっと慎重に貴様と相対すればよかったものだ。

貴様の助言を聞き入れよう、“ウルサス人”。だが忘れるな、皇帝の利刃はいつでも貴様を見ているぞ。

……くっ。

……お互いもう時間がない。伯爵が君の存在を知れば、一息もつけていないウルサスを再び新たな渦中へと引きずり込むことになるぞ。

誰もそんなことを望んでいなかろうとな。

……あまり思い上がるな、一人の反逆者を処理するのに、これほどまで時間を浪費してしまうとは思いもしなかっただけだ。

フゥ……

貴様を慎んで相対する存在として認めよう、反逆者。

君の責務はワーリャ大公の護衛だった、そしてワーリャ大公の“事故死”の原因を探るのが、君の唯一の使命だ。

私は彼の死を穏やかなものにしただけだ、それに、今の私はウルサスの国土から離れている、なら私は本当に……ウルサスの権益を犯したとでも言うのか?

であれば私は己の生死で過大な代償を支払うべきなのだろうか、どうなんだ、近衛兵なら誰だろうと合理的な判断をしてくれるはずだろ。

貴様――
(斬撃音と両者が倒れる音)

――くぅ!

だが今、君は直ちにウルサスへ帰還しなければならない。

君にとって傷の痛みは何ともないだろうが、Mon3trによって潰された気管が君を窒息へと至らしめて――

邪悪な魔物の影響によって溺れ死ぬだろう、それがたとえ屍の破片だとしてもな。

……

はやく決断してくれ、そうすればまだ無事ウルサスに戻れるかもしれないぞ。

ターゲットに心配されるとは、得難い経験を得たものだ。

ましてや貴様は、反逆者だ、一般のウルサス軍人より私への理解がはるかに勝っていたとは。

私も帝国の利刃とこうも長く対話できた経験を得たのは初めてだ。

――貴様はどのくらい生きているのだ?そしてどういう身分にあるのだ?

大公の専属医師なだけだ。

……

私が車に乗って脱出する時に私を殺すべきだったな。

今でもまだ間に合うだろうよ。

期待しているよ。

――ハッ!

貴様はウルサスのために尽力してると思い込んでいるのだろう、しかし反逆者、貴様は本来己を無限に輝かせてくれる国家を裏切ったんだぞ!

そうか、それなら遺憾に思うべきだな。

シュー……

君はあの繁栄したウルサスを愛しているのだな。

なら、きっとあの燦燦と燃え盛る太陽の下で腐敗している部分も目に入るはずだ。

ウルサス人は代を重ねるごとに、徐々に忘れていっている。日を追うごとに過去を、偉大な幻影を懐かしむようになっている。

だがそれが果たして本当にウルサスのためになるのか?戦争がもたらした利益が無くなった後、我々は果たしてウルサスの幾千もの難題を解決できただろうか?

栄誉だけでは民は養えないぞ。

それは私に忠告しているのか?

こちらの独り言として扱ってもらって構わない、なんせ私はもうウルサスには属していないのでな。

……もうウルサスには属していない、か。

大公の死は、大公の苦痛を和らげる意図を持った専属医師の判断によりものとしておこう。

君がヴィクトリアの国土から離れられることを願っているよ。

……残念だ。

もし貴様が我々が防いでいるものを理解していれば、ソレらをより強大なものに仕上げられただろうに。

さらばだ。

また相まみえよう。
(皇帝の利刃が去る足音)

……

…………。

Mon3tr、戻れ、彼はもう去った。

この痕跡を……処理しなくては……くっ。

ケルシー!

外に出てはダメだ、ハイジ。

怪我をしてるじゃない!ひどい怪我……救急箱を持ってきましたわ、えっとこれ、どう使えば……

……自分でやろう。

ケルシー、一体何が起こったの?

皇帝の利刃が現れた、この名を君の父親に伝えといてくれ、それだけでいい、今の君が詮索する必要はない。

わ、分かりましたわ、でもウルサス人ですわよね?どうしてウルサス人がここに?

彼らはウルサスの陰影みたいなものだ。

そしてその果てしない陰影がどこを覆い隠すかは、すべて帝国の太陽次第だ。

運よく陰影を撃退できたとしても意味はない、あれは依然として私たちの足元にある道を覆い被さってくる、建物もそれによって寸分たりとも揺れ動くことはない。

……これもウルサスだ、ハイジ。ウルサスの一部なんだ、帝国の冬、黒い雪花だ。

……

だがその前に、まずは荘園にいるほかの人たちを誤魔化さないといけない。

最悪の事態は回避できた、彼は“国”をこの地にまき散らすこともしなかったが……

だがこの痕跡は、簡単には誤魔化しきれん。

Mon3tr。

(乗り気じゃない唸り声)

キャ――!?

こ、これってケルシーの……?

最速で野獣を二匹殺してこい、そしてここに持ってくるんだ。

(唸り声)

その後は……ハイジ、すぐに父親に連絡を入れてくれ。彼らの助けが必要だ、なるべく真実を隠蔽しなければならない……

ど、どうすればいいんですの?

証拠の偽装、誘導、必要なら賄賂も。トムソンより騎馬警官隊の扱いを熟知している人はいないだろう。

はい、分かりました――雪を掴み取ってどうしましたの?

体温を下げる。

私はただ二匹の野獣の争いに巻き込まれて、運よく脱出できただけだからな。

野獣の庭への侵入を許してしまった門番のことだが、きっと厳重な処罰を受けてしまうだろう。

でも、でも怪我がひどいじゃないですの、やっぱり先に――

私たちは最悪の事態を回避できた。

もし彼が頑なに命の交換を行おうとしていたら……ここにいる誰一人とて、五体満足では済まされなかっただろう。

……それとすぐにトランスポーターに連絡を入れてくれ、サーミに向かえるトランスポーターに。

サーミ?でもあそこは辺鄙すぎますわ……かなり時間がかかるかもしれませんわよ。

時間ならたくさんある。彼女が生きてさえいてくれれば、こちらも返信を受け取れる……まだ返信を受け取れるといいんだがな。

でも傷が……

……む、手紙が血で濡れてしまったか……

……

何やら外が騒がしかったような?

そんなことありませんわよ、伯爵閣下、話題を逸らさないでくださいまし、はやくあの公爵のハンターに勝った話の続きを!

はは、あの時は知らぬうちに公爵閣下へ不敬を働いてしまったものだ、頭に血が上ってしまって、大人げもなく全力で試合に挑んでしまったよ。

なぜならそのハンターからこんなことを言われたものでね、サヴラ人とザラック人を雇うじゃなかったな、とね。

それに、公爵が彼に賜った邸宅には、自分の鼻が高くなるほどのリーベリ人のメイドと、力自慢なミノス人しかいないと自慢してきたんだよ。

それで私は以前私の庭で剪定をしていた庭師を思い出してね、私が物心をつけた時からすでにここで働いていた庭師だ。彼もザラック人だったよ、それが一体なんの自慢になることやら。

おほほ、さすがの包容力ですことね!

そして最後、私は狙っていた羽獣を撃ち落としてやったんだ、それにより公爵のハンターはチャンスを失ったけどね。

さすが伯爵閣下だ!

しかし公爵閣下にもメンツを残してやったほうがよかったかもしれんな。

あなたは公爵閣下からお気に召されているんだ、もっとご自分の武勇を披露しても構わんだろう!

はは、その通りかもな。

ハンターにしかり、弓や羽獣にしかり、自分を一番よく理解しているのは自分であるものな。

……
親愛なるケルシー士爵様
ケルシー様が予想した通り、先日サルカズ諸王庭がテレジア殿下を謁見されました。古からの血族たちはテレシス将軍閣下に敬服の念を抱いておりますが、バンシーの主はご自身の最も若い継承者を遣わしただけに留まりました……
……テレシス将軍及び軍事委員会はカズデルの再起はいかなる国家勢力から干渉されないと強調しております。通常規模の移動都市ブロックを数十隻建造するのに十分な建築資材もすでに将軍閣下の監督下でカズデルへと送られていきました……
以下はここ一か月内の全報告内容でございます。
…………
……
ケルシー。

(テレジアの字だ……)
ケルシー。
本当に驚いたわ、あのバンシー直属の継承者が、まさかの男性だったなんて。
まだまだ若かったわ、男の子の顔だったもの。バンシーの血統が長い間若さを保たせてくれるけど、彼は口を開けば、巧みに言葉を操っていたわ、きっと天性の呪術マスターなんでしょうね。彼からは、王庭の変化を見ることができたわ。サルカズは新たな段階へと突き進んでいる、私はそう思っているわ。
ケルシー。
テレシスがこの頃ずっと軍事委員会で徹夜して過ごしているわ、彼らの方策が外界の圧力で本来辿るべき道から外れてきている、私の言うことも聞かなくなってきたわ。
みんな心配しているわ、一旦ほかの国家がカズデルの再集結を察知したら、すぐさま私たちを版図から消し去るんじゃないかって。
ケルシー。
あなたが見てるのはこの大地のすべてだってことは分かってる。
でもやっぱり帰ってきてほしいの。
こちらもそれ相応の準備をしなくちゃならないわ、これからやってくるどんな異変にも対応できるようにね。それをあなたにも手伝ってほしいの。
それと、レムビリトンのエンジニアチームから新しい報告があったわ。あなたが言っていたのと合致する遺産の痕跡を発見したの、ボロボロだったから、進捗はかなり難航しているわ、チームがその全貌を掘り起こすためにはかなり時間が必要みたい。でも――
――ケルシー、“ロドス・アイランド”がどういう意味かは……知ってるよね?

……早いな……

……
あなたはこれからどこに向かうんですか?

……ウルサスだ。

チェルノボーグへ向かう。

……聞いたことない都市ですね。

そこに行って何をするんですか?

私と一緒にサーミには行かないの?

いや、リュドミラをシラクーザへ連れて行く。

それからヴィクトリアへ向かう。

君が望んだことじゃないか?

私は……

……

私もあなたに生きててほしいわ、ケルシー。

……

ケルシー?

……

君の父親、それと君は、ハイジ、私たちがヴィクトリアで成したことを受け継いでくれ。

どんな手段を使おうが構わない、私たちの唯一の目的は、この栄光を謳う都市を、公爵たちの内乱に沈ませないことだ。

……ケルシー様?

え……もう行かれるのですか?

いずれな、ハイジ。

伯爵に疑われないように気を付けてくれ、とりあえず、先にパーティに戻ろう。

なんてことだ!一体何が起こったんだ?その怪我は一体!?

はやく医者を呼んできてくれ!

(リチャードおじ様……)

……何かが見えたぞ!巨大な二匹の野獣だ!ありゃ怪物か何かか?まさかあの野獣たちに襲われてしまったのか?

そう言えば、数年前の天災で凶悪な野獣たちが感染してしまったって噂を耳にしたことがあったわね……

……ご心配なく、皆様、ただの外傷です、ハイジがすでに応急手当をしてくれました。

(本当に動いて大丈夫ですの?あれはただの……)

話は後だ、私の宴会でこんなことが起こっただんて!無能な門番共だ!

はやく横になったほうがいい、誰か!庭に行って様子を見に行ってくれ、何が起こったのかを確認するために!

いや、私が行こう、伯爵閣下、私の剣術はあなたもよくご存じのはずだ。

ああ、リチャード、しかし君は私の客人だ……でもそうだな、ちょうど君のヒロイズムを披露するチャンスでもあるようだ。

さあこちらへ、ケルシー女史、私の専属医師に傷を処置させておくれ、彼ならもうすぐに来る。

申し訳ない、伯爵閣下、あなたの宴会の興を冷ましてしまった。

……それはこちらの過失だ、レディ、まさか刺客を堂々と我が庭への侵入を許してしまったとは!

どうかこの一件には深く首を突っ込まないでほしい。

ああ……それは分かってるさ。それにしても君はやけに冷静だね。

でもせめて、君が何者なのか教えてもらえないだろうか?ヤツらもなんて大胆な……

……

……わかった、誰の目をも容易く誤魔化せた殺し屋だ、確かに一介の役立たずな貴族が知っていいことではないな。

しかしケルシー女史、どうかこれだけは約束してくれ。

何なりと。

この一連の陰謀からどうかトムソンを、私の一番の親友を守ってやってほしい。

彼は大物でも何でもない、国を守ることは彼にはできん、だが彼は私たちのヴィクトリアを守ることはできる。

彼は私みたいな貴族ではできないことを成し遂げてくれる、なら私にできることは、彼を陰で支えてやることだけだ。

こちらの具体的な計画を知らないでいながらも、私たちを暗黙のうちに庇ってくれて感謝する。

はは。私がそれを知る必要なんてあるかい?私はただ自分のキャラクターを演じておけばいいんだ……屠られるのを待つ肥えた羽獣をね。

分かっていたさ、学生時代から、彼はああいう人だった。

……ケルシー女史。

あなたに感謝を申し上げます。

あなたを欺いてきた人に感謝を申し上げる必要などないさ。

我が一族と民たちが平穏な日々を一日でも多く過ごせるのであれば――大地だろうと私を欺き、私を嘲笑うといいさ。

君も私も分かっていることだろう。

もう行かれるのか?まだ傷を負っているじゃないか。

ただの外傷だ、不幸中の幸いだったよ。

伯爵閣下、“あの二匹の野獣”がもたらしか損害だが……

分かっている、分かっているさ。

ケルシー……

どうやら、別れは若い者に任せたほうがよさそうだ。

それに私は屋敷に戻らねばならならないようだ、みんな野獣に驚かされてしまっているのでね。

……どうか達者で、ケルシー修道士。

伯爵の言う通りだ、若者はいつだって未来を背負っている、たとえ彼らが準備を済ませているかどうかは関係なくな。

おじ様も知っていたのですか……?

たとえ守っているところがヴィクトリアの最も辺鄙な一角だろうと、そこの平和に偽りはないさ。

我が家を守ることは――数多の世代のヴィクトリア人が信奉してきた真理であるからな。

……

君の父親はそれを試みた、しかし……

大雪がもうじき来る。

準備はできているか?

覚悟はできているか?

……

うん。

……君の父親に尋ねてみるといい。君の父親なら私を見つけられるだろう。

またいつか、別の場所で会おう。