自分を見てみろ、未だに彷徨い続けている、まるで大海に迷う魚ではないか。
(一瞥する)
私が彼女をどこに連れて行ったのかを知りたいのか。とても気になるのだね。我々の集会に、君が参加する資格はない、だが君の目が私に訴えかけている、我々が彼女に何をするのかが知りたいのだね。
君は君たちの間にあった手足の愛を取り戻せたか?君の心は旧知との遭遇でブズタボロに引き裂かれてしまったのか?不公平を、怒りを感じているか?
あなたは己の見えないものを探ろうとしているのですね。
もちろんだとも、そう答えてもらっても構わない。
私は彼女を傷つけようとしているとそう君は思っているのだな。それは違う、私は彼女を助けたいのだよ。
彼女の――君たちの苦痛の源を把握しなければ、私もしっかりと君たちの問題を解決してやれん、違うか?
そう、君とて同じだ。君は自ら我々に参入しようとした。真なる海に溶け込もうとした。この任務を終えれば、君の汚れた本質は浄化されると。海が君へ与えたの恩賜としてね。
そしてその恩賜は、同様に君の旧知たちにももたらされる、彼女たちも君と同様に、過去の敵と見なしていた偏見を捨て去ればの話だが。
第一歩は、君たちを団結させる。第二歩は、君たちのことを理解する。そして最後、君たちも私を理解するようになる。
……
そちらが無駄話を減らして頂けるのでしたら、お互いの協力も少しはスムーズになれるかと思いますよ。
なら君の興味がある話をしよう。君の旧知――目が覚めてるほうだ、彼女がすでに到着した。
スカジが?
彼女はここにはいませんが。
もちろんいないとも。私の招待がなければ、誰だろうとここには入れんからな。
彼女は町に来たのですね。
意外という顔をしたな、これは面白いものを見た。この町にある音や声は、すべて私の耳に届いているのだよ。
あの方は私の為すことをすべて褒めて頂き、私に力を与えてくださった、私の命をより長引くようにと。私の知覚も、私の心も、もはや君が今見ているこの身体に縛られることはない。
私は完全に近づいているのだよ。そしていずれ君の憎しみも私が請け負うことになろう。
フッ。
君の旧知の話に戻るが――彼女の到来は予想よりも早かった。
“アビサルハンターは一蓮托生”。
彼女は自身を待ち望んでいるモノが何なのか分かっておらん。ただただ君がもう一人を連れて行ったため、彼女もここへと追いかけてきた、休むことなくな。
なんて驚嘆すべき友情なのだろう。彼女は今の君を知っているのだろうか?裏切者と対面すれば、彼女はまた何をするのだろうな?お互いの関係を、同僚の旧情を信じるのだろうか、それとも君の身体を剣で一刺しするのだろうか?
大変楽しみだ。
(身を翻してこの場を去る)
そう急いで彼女を探さんでもよい。君はよくやってくれた。君は彼女をあるべきところへと連れ戻てくれた、そしてもう一人を町へ誘い入れてくれたのだからな。
彼も満足してくれよう。
彼?
君が知る必要はない。
今は待てばよい。時が来れば、その旧知のもとへ行き、我々の招待を伝えるといい。
彼女が来るとは限りませんよ。
来るさ。自ずと私の元へな。
(アニータの駆け寄る足音)
ただいま!
私が住んでる部屋は一番北にある一番いい部屋なんだよ、ほら、このドアなんかまだ閉められるんだ。閉められるドアがあれば、雨の日とかかなり助かるからね。
近くに人がいるわ、二人も。
彼らのことね、いつもここにいるんだよ。
百三十、百三十一、百三十二……
やっほー、ラドリージョ、元気?
……
一、二、三……
邪魔しちゃった、ごめんね!
可哀そうに、また最初から数え直しだよ。彼っていっつもここに座って、街のレンガを数えてるんだよ。こっそり教えてあげるけど、数えても毎日違う結果が出るんだよ。
それと、あそこにいるのはピラール、街にある柱を回りながら散歩するのが好きなんだよ。雨の日とかはさすがに散歩しないけどね、彼もそこそこ歳だし、水に浸かっちゃったら足が痛むからね。
彼らのことなら放っておけばいいよ、あっちもあなたのことなんか気にしてないんだし、私を気にしてないようにね。
さあいらっしゃい、詩人さん。改めて紹介するよ、ここが私のお家ね。
(ドアの開く音)
……
……
やっほー、プランチャ。やっほー、セニーザ、目が覚めたのね!
](箱に手をかざす)
痛い……
おい、フエゴ。お前またこのよそ者を家に入れたのか。
彼女は悪い人じゃないよ。
バンコも彼女のことを気に入ってるじゃない、そうだよね、バンコ?
うっ……あむ……
か、かじっちゃダメだよ!詩人さんのスカートがボロボロになっちゃうじゃない!
オホン。
……ボロボロにはならないと思うけど。
よだれまみれになっちゃったら、綺麗なスカートが台無しだよ。
あむ、あむあむ……
この子にモテモテだね、詩人さん。
……
ほら、バンコだって彼女と居たいって言ってるじゃん。
お前また何か企んでいるな。俺には分からない、とでも思うなよ。
え……
ロクなことが、ない。
そんなことないよ、何も企んでなんかないって。
どうとでも、言え。
規則は、破ってはいけないものだ。
お前だろうと、そいつだろうと。
俺は見ているからな。
行くぞ。
(男性住民たちが去っていく足音)
ふぅ……やっと行った。
詩人さん、大丈夫だよ。プランチャはああいう人だから。口ではああ言ってるけど、別に私に何かしてくるわけじゃないから。
そう?
まあそうだよね、あなたが彼らのことを何とも思ってないものね、だって彼らよりずっと強いもんね。
私が言いたいのは、もし本当に何かしてきたら、フン、私だって容赦しないんだから。
そうね。
はぁ。
どうしたのその溜息。
この筒は空っぽ。このお皿も空っぽ。
えーっと……確かベッドの下に食べ物がまだ残ってたはず。
これが、ベッド?
そうだよ、そんなに変かな?あなたのベッドも鉄で出来てるんじゃないの?
あまり気にしたことないわ。
木で出来たベッドが置いてある部屋もあるんだけどね。木は色んなことに使えるんだよ。木を燃やせば、部屋を明るく暖かくしてくるんだ。もし病気にでもなっちゃったら、冬なんか大変だよ。
よいしょ――見て見て、これは私の宝箱なんだ。朝起きる時ちょっと置くまで詰め込み過ぎちゃったかな。
この乾燥しちゃった海藻を取っ払ってくれるのを手伝ってくれないかな。いや、地面には捨てないで、食べられなくても、せめてベッドに敷くことはできるから。
色々あるのね。
そうだよ、使えそうなものは全部ここに隠してあるんだ。
これを見て、これは今縫ってる服なの。最近の貝殻を削ってできた針って、数年前のより使えやすくなったの。
けど生地が足りないんだよね、やっぱり町の南に行ってしっかり探したほうが良さそうかな、もしかしたら奥まで埋もれてまだ持ってかれていないモノとか残ってそうだし。
もうすぐ冷える時期になるから、急がないと。
……
ちょ、ダメだよ、バンコ、この服は弄っちゃダメ!これはペトラお婆さんにあげるモノなの、最近ますます咳が酷くなってるんだから。
……
これもダメ!はやく手を放しなさい!
フエゴ。
だから、フエゴ(木枠)じゃなくて、マルコ(額縁)だってば!
それと、これは食べられないものだから、あげても無駄だよ!
フエゴ……マルコ?
この子が私をそう呼んでる名前が気になる?
アニータって名前しか知らないから。
アニータは自分でつけた名前なの……ペトラお婆さんが話してくれた物語で知ったんだ、その女の子もあなたの同じ、すごく歌が歌えるんだよ。フエゴなんかよりよっぽど響きがいいでしょ?
ここにいる人たちはね、ほとんど名前を持たないの。だから馴染みやすいもので呼び合ってるんだ。いつもレンガを数えているからラドリージョ、家の外がブリキ板で囲まれているからプランチャ。
彼らはみんな私のことをフエゴって呼ぶんだ。ペトラお婆さんが額縁の下で私を見つけたのがその理由。
以前自分の母親について話していたわね。
お母さんは私を他人には預けなかったんだ、それだけでもすごいことだったよ。私が生まれた頃って、ここには子供はいなかったの、子供は生きていけないからね。
それにあの頃のペトラお婆さんは誰も歯向かえないぐらいの人だったんだ……お婆さんは私に食べ物をいつも分けてくれたの。今じゃ身体はあんまり良くないけど、当時はこの町で一番すごい人だったんだからね。
へぇ?
プランチャだってお婆さんにビビってたからね。
へぇ。
今は昔と比べて大分マシになったよ。あの司教様が私たちに生きる術を教えてくれたからね。バンコとか、ほかの子たちを見ればわかると思うよ。たぶんここもこれからどんどん賑やかになってくると思うなぁ。
ああ……あ……
あんまり私のモノを弄らなければ、まだまだいい子でいられるのに、聞いてるの、バンコ?
ほかのモノが取られてもそんなに気にしないよ。夜寝る時、この宝箱を隠すからね。この子たちじゃ見つかりっこないよ。
はぁ、ここは自分のモノとか他人のモノとかいう概念はないんだ。モノを隠す行為は良くないってって分かってるんだけどね。詩人さん、チクったりしないよね?詩人さんは私のモノにそんな興味なんものね。
私を警戒しないの?
詩人さんはお客人だからね、ペトラお婆さんに教わったことがあるの、お客人はちゃんともてなせって。
あった!やっぱりあると思ってたよ。ほら、ここに鱗がまだ残ってたよ。
この匂い……
半月前のものだね、それなりにまだ新鮮かな。
引きちぎって、この半分は……バンコにあげよう。ほら、バンコ、ここにご飯があったよ!
あ……ああ……(ごくん)
はい、じゃあこの半分は詩人さんにあげる、骨は残しておいてね、まだスープに使えるから。
食べ物なら、自分で探すからいいわ。
まだその日になってないよ!今外で探しても、何も見つからないって。
ものは試しよ。
あれ?
言ってるそばからもう居なくなっちゃった、本当に変わった人ね!
赤いスカートの吟遊詩人は、巨大な箱を携えながら、ゆっくりと街を歩いていた。
相変わらず彼女を見ている人は誰もいない。静止した石灰色の街道には、一抹の赤色だけが動いていた。
……まだついて来ている。
スカジは突如と歩みを速めた。
朧げな影が街道を掠める、まるで暴風に滾る波のように。
彼女はそのまま海へ突っ込むかと思われたが――音を立てて急に立ち止まった。
赤いスカートの詩人は手にハープを抱えながら、もう片方の腕で移動都市の残骸をよじ登った、目は断崖絶壁に聳え立つ教会を横切り、漆黒な海面へと落としていった。
なんて静かな海。
そして彼女は十数メートルある断崖から飛び降りた。
海だ。あいつは海に行ったんだ。
そうだな、プランチャ、お前の予想通りだった。あいつは海に行く。海の中に行くつもりなんだ。
まだ、時ではないのに。
司教様が言った。潮が百回繰り返した後でないと、海に行くことは、許されない。
プランチャ、俺たちも行っちゃダメだ。海辺に、行っちゃダメだ。
……そんなことを言ってなんの意味がある。私たちで、あいつを阻止せねば。
阻止?俺たちがあいつに敵うとでも思ってるのか?
司教様が言ってた、百回を待たないと、行けない。今はまだ、九十九回。
あいつは何も手に入らんさ。今日の海辺は、何もない。
ならあいつは何を探しているんだ?
プランチャ、ここは寒い、腹も減った、あそこに行っちゃダメだ、お前もこれ以上のことは聞くな。
海の中に何があるんだ?
知らん。
知っていたら、何があるんだ?
……俺に聞くな。プランチャ、お前が何を言ってるか、俺には分からん。理解できん。
昔、私たちはどこまで遠くへ行けた?
西のさらに西だ。もう随分の昔だ。あの時、俺たちの背丈は、これぐらいしかなかった。町の中も、まだ食い物が拾えてた。
境界線。この言葉、あまり使われていない。私たちは見たんだ、この町の、縁を。
それはお前だけだ、プランチャ、俺たちじゃない。
俺はあの時、飢えで意識を失っていたからな。
お前、まだ行くつもりなのか。なら、運“だまし”だな。
……運“だめし”だ。
チッ、お前はいつも、バカなままだ。司教様が何年もお前に学ばせてやったというのに。ちっとも上達していない。
へへ、プランチャ、お前がいるじゃないか。お前なら理解できるだろ。
あの時も、お前はそう言ってた。
お前はずっと私を信じていた。私にお前の缶詰を譲ってくれた。だから私はもう一日先へ進めた。
そしてお前は戻ってきた。
戻ってきた後、お前は何日もモノを食べなかった。てっきり、餓死したいのかと思ってたぞ。
考えてはいたさ。だが自分を餓死させて、なんの意味がある?
どうせそんなに経たないうちに、みんな死ぬんだからな。
脅かさないでくれ。お前はあの時もそんなことを言ってた。何を言ってるのかさっぱり理解できん。
それから……司教様が来た。彼が来たからこそ、私は変化を感じれた、私たちはみんな変化したんだ。
司教様、いい暮らし。俺たちにはみんなそれを送る資格があると言った。彼は本当のことを言ってるんだよな。
本当のことだ。なぜなら……真理だからな。彼は私たちにそれを見せてくれた。
司教様がいたおかげで、私は生き延びれた。みんな生き延びれた。彼の、おかげだ。
線を越えられる人など、いない。
それは、海の線のことか?
すべての線だ。フエゴが作った罠みたいにな。外から来たモノは、すべて阻まれる。
私たちも出てはいけない。それが一番いい。
プランチャ……お前足が、海水に浸かりそうになってるぞ!
海水……そうだな。超えてはダメだ。
超えたとしても……たとえ超えたとしても、あそこは何もないかもしれないからな。
ふぅ……プランチャ、やっと止まってくれたか。驚かしやがって。
そんなに、考えすぎるな。ずっと考えてちゃ、まるでフエゴのようじゃないか。あいつは昔から変わっている、司教様も考え過ぎてはダメだって言ってた、そうだろ?
考え込んでも……私たちの助けにはならない。
答えのみ意味があるからな。
さすがだな、プランチャ。司教様が言ってたこと、お前が一番憶えている。
……
見ろ、あいつずっと海岸を歩いているぞ。
プランチャ、どこに行くんだ?まさかお前もついて行くのか?よせ、それは間違っている、俺たちは、あいつについて行ってはダメなんだ!
俺たちではあいつには敵わない、こんな俺でも分かる、俺たちではあいつを追い出せない。
あいつはもう戻ってこれないさ。
そ……それならいいんだが。
俺はあいつが持ってる大きな箱が欲しい、きっと中にたくさん美味いものが入ってる違いない。
箱はない。あいつが持って行ったからな。
代わりにコレしか置いてなかった……コレ、あいつが石の上に置いてあった。何なのかは知らないが。
あいつがずっと持ってたものだ、いいものなんじゃないのか?
一口だけ……一口だけ食ってもいいか、プランチャ?本当に腹が減ったんだ。
(ポロロン)
な、なんだこれは?こんな音今まで聞いたことがない。
(ポロロン、ポロロン)
やめてくれ、プランチャ、その音を聞くと胸の奥と歯が震えて止まらないんだ。それが欲しけりゃ持っておけばいい、俺はもう戻るぞ。
意味はない。これも意味なんてない。
こんな使えそうにないもの。地面に捨てておけばいい。腐り果てればいい。
(スカジの足音)
ずっと誰かがつてきていると思えば、あなたたちだったのね。
も、戻ってきたのか!そんなバカな?この時期に、海に行ったヤツは、誰も戻ってこなかったのに。
お前、海に行こうとしていたな。
この付近を散歩してただけよ。
海に何があった?
何もなかったわ。
ありえない。
お前もどんどんおかしくなってるぞ、プランチャ。また俺にはわけ分からないことを聞いてる、こいつを止めに来たんじゃなかったのか?
こいつは今引き返そうとしてる。俺たちも戻ろう。
お前見たのだろ。すべて見たのだろ。
プランチャ、お前震えてるぞ。病気でも移ったか?
……
(男性住民の足音)
近寄らないで。
だったらなんだ?さっきみたいに、私たちを打ちのめすのか?
……
海には何かがあった、そうなんだろ?
近寄らないで。
(殴打音)
ああああ――!!
セニーザ!
この石……この女動きが、速い。
これは俺が発した声なのか?プランチャ、俺声を出しちまった。心臓がバクバクと止まらない。俺も病気になっちまったのか?
お前の頭が、破裂するのかと思ったぞ。投げ捨てられた貝殻のように、中から白くてグチャグチャな何かが飛び出てくるだろうな。
そしたら俺は死ぬのか?
今度試してみるといい。今砕けたのは別の何かなのだろう。見たことがない。
なんでコレ……動けるんだ!?
逃げるといいわ、町に。即刻。
――あとハープは取っといて。