

???
果てが見えない……濃い霧が覆っている……


アニータ
ふんふん~ふん……♪

スカジ
うぅ……

アニータ
詩人さん、起きたのね!おはよう!

スカジ
誰が歌ってるの?

アニータ
こ、これって歌なのかな?私は歌えないよ。あなたが眠ってる時、いっつもそのフレーズを口ずさんでいたからさ。

スカジ
私が……

アニータ
痛っ!詩人さん……そんなに強く掴まれちゃ痛いよ……

スカジ
あなた……

スカジ
お母さん……

スカジ
バケモノ……

スカジ
バケモノ。

スカジ
バケモノ!

アニータ
キャッ!

アニータ
ゴホッゴホッ……詩人さん、箱……胸を押し付けられて苦しいよ……

スカジ
私は……

アニータ
て、手を緩めた?ビックリしたぁ……

アニータ
詩人さん、てっきり私を殺すのかと思っていたよ。

スカジ
……

スカジ
殺そうと思えば殺せるわ、簡単にね。

アニータ
でも殺したくはないんでしょ。

スカジ
分かるの?

アニータ
分かるよ。

スカジ
でも、私には分からないわ。

アニータ
え?

アニータ
ま、またなの?また急に外に飛び出ちゃって……詩人さん、どこに行くの!


審問官
……長官、もうすぐ満潮になります。

審問官
海の色が……あそこ一帯の色がもうすでに変化しています。

審問官
海の中に何かがいます……あ、あれは貝類と鱗類でしょうか?どうして海の中に突然あんなものが?しかもじりじりと岸へ向かっている?

大審問官
本来存在しない海流に沿って、より深い場所からやってきたんだ。

審問官
なんですって!?

審問官
私はてっきり……住民たちが海に向かおうとしてたのは、食料を得られるという、ただ単に迷信の類かと思っていました。てっきり、彼らは絶望の淵に何者かに惑わされ、ウソを仄めかされたのかと……

審問官
まさか、彼らは、本当に海と取引していたのですか?自分たちを餌にして、海のバケモノたちに自分たちを分け与え、バケモノたちも彼らの飢えを凌がせていたと?

審問官
なんて恐ろしく不気味な共生関係……どうりで、ここの恐魚の数が多すぎると思ってましたよ!

審問官
私は昨日……昨日阻止してやったんだとてっきり!

大審問官
すべての矯正に結果が伴うわけではない、今ようやく学んだな。

審問官
私は……

審問官
私が間違っていたのでしょうか、長官?私はただ彼らを助けてあげたかっただけなのに。

大審問官
その過ちを正すか、もしくは過ちを正しさの道に戻すしかない――

審問官
しかし……彼らにとって、正しい道とは一体何なのでしょうか?

審問官
塩風町は……この土地と海岸は、もうどんな食料を育むことはできません。

審問官
結末なんてとうの数十年前に決まっていました、どんなに足掻こうとただの徒労です、移動都市も、文明もここに住まう人々も、みんなゆっくりと死の道を辿っているんです。

審問官
彼らは私に聞いて来たんです。もし……もし行く道がすでに途絶えていたのならば、どうやって正しさと過ちを判別できるのか?

大審問官
――ならば過ちを存在しないものにしてやればいい

審問官
長官……!それってつまり……

大審問官
疑っているのか。

審問官
私は……いや、そんなつもりはありません。私はただ……

審問官
今の彼らは……こんな風になってしまいました。でも彼らだってイベリアの民でした。彼らを守りたい、ここの人たちを……この国を良くしたんです。

大審問官
ならば疑え。

審問官
え?

大審問官
それを決めるかどうかは、お前次第だ!

審問官
はい、長官……

大審問官
お前はあの海を見て、何がわかった?

審問官
脅威が……見えました!

大審問官
答えを暗唱せずお前の見たままを言え。

審問官
海が……動いていました。形をどんどん変えながら。

大審問官
自分が見たすべてを忘れるんじゃないぞ。

大審問官
変化はすでに過去、現在、未来で起こっている。もし見定められていないのなら、お前は自身を見失ってしまうぞ。

審問官
長官、その足元にあるのって!?

大審問官
何だと思う?

審問官
恐魚……昨晩街道を襲った討ち漏らしたヤツ!?いや、違う……コイツは海岸を彷徨って……街道の奥まで進んできた……見た目も違う……

審問官
これが何なのか……私も、くっ、分かります……

大審問官
これは浄化すべき悪だ。

審問官
……そうか。取り引きの全貌が……やっと理解しました。

審問官
海に入った人はみんなこんな見た目になってしまうんだ……ここはただのバケモノ巣窟じゃない、温床だったんだ。

審問官
くっ……

審問官
じゃあ、ここの住民たちはいずれ全員バケモノになってしまうということですか!

審問官
……

審問官
(鞘を握りしめる)

審問官
長官、もう一度町を見てきます。


アニータ
はぁ……はぁはぁ……し、詩人さん……走るの速すぎるよ……

スカジ
まだ速さが足りなかったようね。

アニータ
え?

スカジ
またあなたに追いつかれてしまったもの。

アニータ
あ……あはは……詩人さん、ここは私の地元なんだよ……ここの地形なんて、あなたよりよっぽど熟知してるんだからね。

スカジ
もう行くわ。

アニータ
行くってどこに?

スカジ
ここを離れる。

アニータ
え、もうお仲間さんの在処がわかったの?

スカジ
……せめて、あなたたちから遠ざかりたいから。

アニータ
え?どうして?

スカジ
あの審問官、一つだけ正しいことを言っていたわ。

アニータ
色々言っていた気がするけど……

スカジ
あなたたちにとって、私は危険そのもの。

アニータ
昨日の夜の出来事?私たちを助けてくれたじゃない、詩人さん、みんな感謝してるよ。

スカジ
助けた?あなたはそう思ってるの?

スカジ
もし、あの恐魚のうち、一匹でも私が殺し損ねたら。アイツはこの町を這いずりまわって、あなたを食い殺していた。

スカジ
あなたはそいつに殺されてたかもしれないのよ。

スカジ
アレは私がもたらしてきたもの、だから私があなたを殺したことになるわ。

アニータ
いや、そんなことないよ……

スカジ
そうじゃなければ何なの?こんなこと、一度や二度起こったわけじゃないのよ。

スカジ
みんな私のせいで死んだ。みんな私を恨み、恐れ、私を責めた。

アニータ
それは……その人たちが間違っていたんだよ!

アニータ
だって詩人さんはわざとじゃないんでしょ。

スカジ
わざとじゃない?

スカジ
私には分からないわ。

アニータ
え……

スカジ
あれから、もう何も分からなくなった。

スカジ
アレを殺せば、答えが出ると思っていた。

アニータ
詩人さん……顔色が悪いよ。

アニータ
さっきの怪我もあるし、それにあれだけ体力を消耗したんだから、まだ完全には回復できていないんだよね?

アニータ
やっぱり私と一緒に戻って休もうよ、少しでも寝たら、よくなるからさ。

スカジ
……

スカジ
あなたはどうして私を怖がらないの?

アニータ
え?

スカジ
あなたのお婆さんは私をバケモノと呼んでいた。あなたの仲間は私を敵意まみれの目で見ていた。

スカジ
どこに行っても……そんな視線ばかり。もうとっくに慣れたけど。

スカジ
あなたはどうなの?私はあなたの目に、どう映ってるの?

アニータ
あなたは……あなたは詩人さんだよ。

スカジ
詩人ね。私がそう言えば、あなたはそう信じるのね。けどあの審問官のことは信じようともしなかった。今私が自分はバケモノだと言ったら、あなたは信じるの?

アニータ
……信じない。

スカジ
……

スカジ
なんでずっと私についてくるの?

アニータ
え?

スカジ
こっちがあげられるモノなら何だってあげる。でもあなたはいらないって。

スカジ
ならあなたも私を殺そうとしてるのかしら。

アニータ
こ、殺す?違うよ、詩人さん、そんなこと考えてるわけないじゃん?

スカジ
私が仕事をこなせば、相手は報酬をくれる。その逆もそう。陸の人たちはみんなそうしていたわ。

スカジ
トレードがあるから、約束が生まれる。約束があるから、信用が生まれる。

アニータ
やくそく?

スカジ
約束が何なのかが分からないのね。

アニータ
(首を横に振る)

スカジ
じゃあ教えてあげる。約束っていうのは、あなたが私の手伝いをしてくれたら、私はあなたの欲しいものをあげる。これが約束よ。

アニータ
……別に何も欲しくないけど。

スカジ
ウソ。

スカジ
ハン……私の鼻と目はよく利くのよ。

アニータ
うぅ……

スカジ
ここはあなたの地元、だからここもすぐに見つけられると言っていたわね。それもウソ。

スカジ
本当のことを言わないのなら、私はあなたを信用できないわ。

アニータ
いや、詩人さん、行かないで!

アニータ
本当のことを言いたくないわけじゃないの。私はただ……分からないんだよ。

アニータ
詩人さん、私たちにとって……私にとってあなたは謎の人なの。あなたは外から来た人、あなたみたいな人を見たのは初めてだから……

アニータ
なんで詩人さんの居場所がわかったのかが知りたいんだよね、本当のことを言いたくないんじゃないの、ただ……ちょっと申し訳ないかなと思ってるだけなんだ。

アニータ
ここは……縁なの。町から一番遠く離れた場所なんだ。

アニータ
あなたが私たちを避けてることは理解してるよ。だから、ここから出たかったら、多分あなたもここに来るんじゃないかって、そう思っただけ。

スカジ
も?

アニータ
私もよくここにこっそり来るの。もちろん、プランチャたちに知られずにね。私がこんな遠くまで行ってることを知られたら、あの人たち機嫌を悪くしちゃうから。

アニータ
あそこを見て、すごく高いでしょ。たまにそこに登るんだ。風が強ければ、遠くまで見れるからね。

スカジ
外が気になるのね。

アニータ
どうなのかな。私……よく外の世界を考えるの。無意味なのは私にも分かるよ、みんなもそう言うから、一人でこっそり考えるしかないんだ。

アニータ
外で拾い物をする時とか、一番遠くに行くにしてもここまで。これより外に行っても……使えそうなものはなさそうだからね。

スカジ
気になるのなら、もっと遠くまで行けばいい。

アニータ
昔一番西側に行こうとしたら、プランチャに脅されたことがあるの。外はバケモノだらけで、外に出たら一瞬で死ぬって。

アニータ
詩人さん、あなたは外からやってきたんだよね。あなたについて行ったのは、色んなことを……知りたかったからなの、プランチャが言ってたことは本当なの?

スカジ
多分ね。

スカジ
外に出たら、あなたは死ぬわ。

アニータ
ふーん……本当にそうだったんだ……

スカジ
失望しないのね。

アニータ
詩人さん、いつかチャンスがあったら、見てみたいんだ。

アニータ
バケモノがいたって大丈夫……私もそんなに怖いとは思ってないし。

スカジ
ん?

アニータ
審問官さんが言ってたじゃん、私はバケモノを怖がっていない、なぜなら私はバケモノが何をしてくるのかが分かっていないからだって。

アニータ
たぶん彼女の言ってたことは合ってると思う。

スカジ
あんなのデタラメよ。

アニータ
……

スカジ
私も怖くないもの。

アニータ
あはは……そりゃだって、詩人さんも分かってるじゃん、バケモノがあなたに何かできるわけじゃないんだしさ。

アニータ
でも私は違う。昨日の夜、あんなバケモノを見たのは初めてなの。自分はどうなっちゃうんだろうって、心臓もバクバクだった、初めてだったよ――あんなに激しく飛び跳ねたのは。

アニータ
その後、朝目を覚ますと、こんな天気でもすっごく気持ちがいいように感じるようになったの。風の流れや、漣の音も感じ取るようになったんだ。

アニータ
こんな日って、今まで過ごしてきた日々とまったく違っていたわ。これから何が起こるのかが分からないからだと思う、ただただボーっと明るい空が暗くなるまで眺めてるんじゃんくて。

スカジ
興奮してるのね。

アニータ
これが興奮?

スカジ
恐怖、興奮。この二つに違いはないわ。どれも心臓の鼓動は速くなるし、血は熱くなるから。

アニータ
じゃあこれって病気なの?

スカジ
病気ではないわ。一部の人間にとって、これが生きてるってことよ。

アニータ
生きてる感覚ってこんなに素晴らしいものだったんだね。外にいる日々って、毎日こんな感じなの?

スカジ
少なくともここよりは。

アニータ
……私って本当に外に行けるのかな?

アニータ
宝箱……私の宝箱が満杯になったら行こうかな。

アニータ
いっぱい……食べ物を蓄えなきゃだね。ペトラお婆さんのことも安心させなきゃ。

アニータ
それから……うわぁ!

スカジ
気を付けないと、バケモノに食べられちゃうわよ。

アニータ
詩人さん……また助けられちゃったね。

スカジ
……ついてこなかったら、こんな面倒事は起こらなかったんだけどね。

アニータ
あはは……ご、ごめんね……

アニータ
ん?んん?

アニータ
私の足……また何かが私の足を掴んでいるみたい。

アニータ
ぬ、ヌメヌメしてて……それに重い!

スカジ
……また来た。そこかしこね。ホント面倒臭い。

アニータ
うっ……詩人さん、私、もうあなたにしがみつけない……

スカジ
目を閉じて。

アニータ
え?

スカジ
それから手を放すのよ。

アニータ
……本気で言ってる?

スカジ
私を信じようが信じまいが、あなたの勝手になさい。