
こちらで少々お待ちくださいませ、関連契約は後ほどそちらにお送りいたします。

今回の契約に関する詳細はすべてこちらでまとめられております、どうかお持ち帰り頂いて、伯爵閣下にご一読頂ければと思います

もしまだほかにご質問がございましたら、いつでもわたくしに……カーネリアン様?どうかされましたか?

ん?

あ……失礼、少しボーっとしていた。

……

では今回の提携について、なにかご質問等はございますか?

しばらくは問題ない、私が責任を持ってホーエンローエ様に届けよう、すべては伯爵が決裁してくださる。

それは何よりでございます。伯爵様もわたくしたち双方にとって有益なご決断を下して頂けることでしょう。

ではお帰りになられますか?もしほかにご予定がなければ、フォイエルバッハ様にお送りして差し上げろと……

それなら結構だ、どうか私の代わりに感謝の意を伝えておいてくれ、お気持ち感謝すると。

では、ガイドを一人手配致しましょうか?直ちに手配できますので。

それも結構だ。適当に散策するよ。

……そういえば、前回の提携も私が伯爵を代表して伺いに来ていたな、女皇たちが宮廷で宴会を設ける前の時だったかな?

左様でございます。

確かあの時ここには異種族の角を装飾として並べていたね、今はスタイルを変えたのかな?

ふむ、たとえばこのテーブルの置物、このような質感と光沢はめったに見ない、おそらくだが、これらはすべて源石結晶を固形化した製品なんじゃないかな?

さすがの推理力です。

カーネリアン様、以前よりさらに鑑識眼が優れておりますね。

……恐れ入るよ。

私が知るに、こういった安定した結晶は、基本的に源石鉱脈の奥でないと掘り出せない、それに大半は源石内部に包まれている形で掘り出される、市場にはあまり出回っていないがかなりの価値を誇る品だ。

それにこういった結晶は、岩石よりもかなり硬い、一般的な彫刻技術では傷すらつけられないだろうね。

加工の難易度を加えて、これほど精巧な装飾品を手に入れるためにも、フォイエルバッハ伯爵はかなり手を焼かれたんじゃないかな?

カーネリアン様がおっしゃるほど手は焼かれておりませんよ。フォイエルバッハ様は以前領地の視察に励んでいらした際、偶然にもこの源石を加工した秘蔵品を見つけたのです。

フォイエルバッハ様が思いに、この黒色の光沢には趣のほかに隠された意味があるため、とても観賞に適していると。そのためここに飾り、訪れたお客人様方と共に賞玩しようと仰せつかった次第です。

であれば、フォイエルバッハ様の嗜みに乾杯したくなったよ。

カーネリアン様も、かなり嗜んでいるように思えます。

嗜んでいるほどでもないさ、ただ……ふむ、この置物の製造過程を昔一度目にしたことがあってね、それで少しばかり詳しくなっただけさ。

ほらここをご覧、とても小さな結晶があるだろ、これを採掘したければ地下数百、数千メートルも潜らないと採れない、仮に足を踏み外すものなら、ほぼほぼ助からないだろう。

風の噂だが、最近そちらの領地内にある採掘場で事故が多発しているらしいじゃないか?こんなちっぽけな石ころを採るために、さぞかしフォイエルバッハ様がお持ちになるプールを満たすほどの血がこの石にこびり付いているんだろうね。

……

カーネリアン様、あまりご存じではないのですね……

ほう?

他者からしてみれば、これは確かに入手困難な逸品です、しかしフォイエルバッハ様にとって、これはただの装飾品にすぎません。

フォイエルバッハ様もあなたがおっしゃったことを考慮してはいないでしょう。

あの方が何かを欲しているのであれば、ただ一言言えば済む話です。わたくしたちも、そのためにここに立っているのですから。

ふむ……

カーネリアン様は、これについて異なる見解をお持ちのようですね?

聞くに値しないような見解だよ。

……お言葉ですが、あなたは伯爵様の恩情を承っている身です、カーネリアン様。

ふむ。

二年前、当時未成年であったホーエンローエ様のお傍に、突如身元不明のよそ者が付いたことに、皆様たいそう驚かれました、未だかつてなかった出来事だったので。

あなたも伯爵様の立場と対面に気を付け、慎重に立ち振る舞うべきです。

その口ぶりからして私にたいそうご不満なようだね。

ただそう焦らず否定しないでもらいたい、事実、私は私自身に敵意を抱いている人をかなり見てきた、伯爵を貴族の中の異類と見なしている人も確かに多く存在する。

どうかな、間違ったことは言っていないよね?

……リターニアに異種族の人間を受け入れらせることなど、容易なことではございません。

しかしあなたはそんな流言飛語など気にしてはいないのでしょう。あなたにはそれ相応の才能と、度胸をお持ちになられている、わたくしが吐いた言葉もあなたにとっては賞賛にしかなりえますまい。

ふふ、ずるい返しだ。まあ、褒めてくれているとして受け止めよう。

それと先ほどおっしゃっていた、採掘場の事故ですが……ご心配には及びません、すでに衛兵隊と術師団が動いてくれています。

ただあなたがおっしゃった通り、今の状況下、わたくしたちもよりいっそう気を付けなければなりません。この一件はこちらで妥当に処理致します、如何なる者どもが侯爵様を攻撃するための口実にはなりえませんとも。

私はその件について憂いていると君は思っていたのか?

まあ、そういうことにしておこう。しかし、私が知るに、君たちの処理方法はいささか平和的とは言えないね。

絨毯にある埃を払うだけでございますよ。

ほう、一連の事故と関連する人はすべて処分する、それが問題解決にあたる一種の方法と言いたいんだね?

……

分かったよ、どうやら喋り過ぎたようだ。ならそろそろ失礼させてもらおう。

一つ忠告しておこう、侯爵様は彼の感染した領民を意に介さなくともよいが、女皇たちは優しい子羊などではない、彼女たちを軽視すればロクな目には遭わないよ。

あ、いえいえ、誤解です、カーネリアン様。わたくしたちは女皇たちを軽視したことなど一度もございません。

女皇たちは権力を、さらに強く、力ある統治が必要なのです、彼女たちは追随だけでなく、服従も求めておりますので。彼女たちもお暇をする時間を割き、わたくしたちに目を向けられております。

分かっているさ。どんな統治者だろうと、その方向に向かうことは避けられないだろうからね。

珍しいことでもありません、なんせわたくしたちはお互いの考えを熟知しておるますから。

かなり把握されているようだね。

あなたがそう危惧しているのは、リターニアの過去を経験したことがないからですよ、カーネリアン様。

女皇たち、金色のほうだろうと、それともより恐ろしい黒色のほうだろうと、かつてリターニアを覆っていた陰影とは比べ物になりません。

彼女たちがあの陰影を自らの手で覆しただろうと。

それはなんの話だい?

あの時代はこの目で見ておりました、塔の上にぶら下がっていた赤い水晶は親たちが子供を大人しく躾けるための一番の方法でしたよ。

……巫王か。

もうその名前はほとんど聞きませんね。

それも確かにそうだね。今ではしがない噂でしかその名は聞かなくなったよ、夜に輝く赤い光が、夜空を明るく照らし、リターニア全土でその光が見えたという噂などでね。

年配者たちは今でもあの時の光景が忘れられないようだ、しかもいざその話題になったらみんな口を閉じて押し黙ってしまう。

……そういうものです。人に口を閉ざすのは、服従のほかに、恐怖がありますから。

わたくしも満天の赤色をこの目で見ておりました……そして翌日、隣の町は静まり返り、生きてる人は一人も残っておりませんでした、羽獣もすべて地面に落ちており、その翼が折られておりました。

誰も何が起こったのか分かっていませんでした。ただ赤い光と、目に映る限りの干からびた死体だけが残っていました。

まるでホラーの作り話のようだね。

残念ながら、作り話などではありません。

原因も、規則も、説明もありまでした。誰一人議論しようとしなかったためです。そういう時代にかつてのリターニアは生きていたのです。

女皇たちの統治も楽とは言えません、けど少なくともどう対応すればいいかは分かります。

少なくとも、お互い舞踏会で体面的に挨拶を交わせばいいのです、空虚な玉座に口を噤む必要も、あるいは厄運が道理を弁えず、自分の身に降りかかるのではないかと内心怯える必要ももうありません。

……想像し難いね。

その目で見たことがないのであれば、確かに想像し難いでしょうね。

今や過去はすでに口の奥に封じ込められた、それに今は……わたくしたちの為すことが為せる時代になったのですから。

為すことを為せる……か。

君の言う通りだね。今の私たちは確かにいろんなことが為せる。

提携が順調にいくことを願っているよ。

では、私はこれで。
(カーネリアンが去っていく足音)

……

あれがヒヤシンス伯爵のよそ者侍従か……

おかしな性格をした主に、低俗で大胆不敵な侍従、やはり噂通りだったな。

まったく我慢ならん連中だ……

ふぅ……

相変わらずここの空気はひどいな、煙臭い。はぁ、まあさっきよりは大分マシだけど。

“発展”と“先進”の匂いか、この二年で私も随分と慣れてしまったようだ……

あちこちで目に入るのは煌びやかな衣装を纏った人々と豪華な店舗、ほかの場所にある繁華街と大差ない、いい加減見飽きてきたよ。

この都市の普通の人たちは一体どこに行ってしまったんだ?どこも同じフレーズの音楽なんて聞いてても何も面白くないのに。

ここは……もうすでに都市外郭まで来てしまったか?

……

ん?

(なんだ、違う景色ならここにあったじゃないか。)

(私の見間違いでなければ、あれは……)

(こういう状況下ではどうすればいいのだろうか……ふむ、一先ず“専門家”に連絡を入れるか……)
(無線音)

(これで問題はないはず。)

……

(……誰かに、後をつけられている?)

(また衛兵なのかな?ダメ、彼らに後をつけられるわけには……)
(少女の走る足音)

ふぅ……

もうつけられてないみたい。

町を出て、ここまで来たらもう大丈夫だよね……

へぇ?それはどうかな?

むぐっ!?

……

見つかったか?

いや、こっちにはいないようだ!

なら捜索続行だ、あの逃げ出した感染者はそう遠くに逃げてないはずだ。よし、こっちを探すぞ!

……あ、危なかった……

まさかまだ後をつけられていただなんて……

あれは貴族の衛兵たちだったね、ふむ、それにアーツの痕跡がついている、ということはおそらく術師も一人二人ついているんだろう。

あの、どこの誰かは分からないけど、その……

さっきは、ありがとう。

取るに足らないことさ、礼には及ばないよ。

しかし今はまだ気を緩めていい場合ではない、あの連中はそう簡単には振り撒けないよ、きっとまだ君を探し続けるだろうね。

その恰好を見るに、君は町の市民じゃないね?

……

その……

そんなに強張る必要はないよ。ふむ、しかし警戒を抱くことも悪いことじゃない、特に君が今置かれてる状況下ではね。

そうだねぇ……君はあの人たちにそれなりに追われてきたんじゃないかな?

……

感染してどのくらい経ったんだい?

な、なぜそれを!?

ち、違う、私は感染者なんかじゃない、誤解よ!

首回りのここ、見えちゃってるよ、結晶が。

――

ほら、ここをしっかり締めて、これで大丈夫。

今度からは気を付けるんだよ。

……

あんたは一体誰なの、何が目的なの?

]安心して、君を捕まえて売り飛ばすつもりはないから。

ほら、私が君をどうこうしようと思えば、あんな衛兵よりもっと簡単にできる、こうして君とここで話す必要もないじゃないか。

……

(確かに言われてみれば……)

ではあなたは……

おや、やっと信用してくれたのかい?穏やかな口調になったね。

え。ご、ごめんなさい!

謝らなくてもいいよ、私はそんな人から敬われれるような人じゃないから、いつも通りの話し方でいいよ。

リターニア貴族の振る舞いは最初から肌に合わなくてね。

あなたは――

“あんた”でいいよ。

しかし――

しかしじゃない。

うっ、わ、分かったよ。

あな、あんたはここの人間じゃないの……?

私はサルゴン人だ。サルゴンは聞いたことがあるかい?

ない……

サルゴンって……どんなところなの?

とても遠い、遠い場所さ。とても自由な場所でもあるよ。

そこには砂漠と、ジャングル、大小様々な王族が統治してる領地があるんだ、年貢さえ納めてくれれば、みんな穏やかに暮らせる場所だよ。地図にすら載らないとても辺鄙な場所もあるんだよ。

そこでは、みんな自分で自分を管理しているんだ。

そんな場所聞いたこともないよ。

それもそうだろうね。

私もリターニアに来たばかりの頃は、こんな場所が私の実家と同じ大地にあるとは想像すらできなかったからね。

不思議だわ……

信じがたいかい?

ううん。ただ、ちょっと想像しづらいだけ。

あはは、自分の目で見ないと、確かに難しいかもね。

(……以前も同じような話をしていたね。)

(不服だけど、あのわざとらしい貴族の腰巾着が言ってた話は、少しはまともだったってことかな。)

(……)

……?

ん?あぁ……またボーっとしてしまった。

何はともあれ、ここは安全とは言えない、また衛兵が戻ってくる可能性がある。さきに場所を換えよう、それから詳しくサルゴンの話をしてあげるよ。

え?あ、分かった!

え!?さっき話してたことって全部ホントだったの!?

本当に空から落ちてくる川や、村全体よりも大きい木があるの!?

もちろん全部本当さ、山のように高い砂地や、黄砂を越えないと見つからない巨大な洞窟、その中に埋蔵された無数の宝とかもあるよ……

わぁ!

これはウソだけどね。

えぇ――!

まあまあ、そんな顔をしないでくれよ、完全にウソというわけでもないんだ、これらは私が昔聞いた民話にあるものでね、本当かどうかは、誰にも分からないのさ。

もしかしたら金銀財宝が敷き詰められた洞窟が本当に存在するかもしれないよ。

本当だったらいいのになぁ……

いやぁ、話してるうちに実家が恋しくなってきたよ。

じゃあなんで帰らないの?遠すぎるから?

うーん、なんて言えばいいんだろうね、私も最初は長く滞在するつもりはなかったんだが、ちょっと予想外のことが起きてね、それに面倒臭いヤツにも引き留められているんだ……

もし私が去っていったら、あいつはきっと自分の世話もままならなくなる、だからできるだけ残って面倒を見てやってるんだ。

面倒臭い人なんでしょ?なのにその人の面倒を見るなんて……友だちにでもなったの?

ふむ、これは友だちと言えるのか?もっと複雑な関係だとは思うけどね。

私にはよく分からないけど……

まあ、この話はこの辺にしておこう。衛兵も追ってきていないようだし、しばらくは安全になったかな、ただ念のために、君ははやくここから離れたほうがいい。

……

あの、もう一つ聞いてもいいかな?

もちろんさ。

サルゴンにも、感染者はいるの?

いるね。

やっぱりそうなんだ……

けど私たちはあの人たちを洪水や猛獣として扱って辟易したりしないさ――少なくとも私の実家ではね。

病にかかった人は病にかかっただけだからね。ジャングルにいる猛獣だって同じように人の命を奪う、果物を採る時に木の上から運悪く落ちたら、同じように血を流す、なのに一種の病だけを恐れる必要なんてどこにあるんだい?

……それならよかった。

いいことでもないさ。生活が苦しい場所もたくさんある、苦しいがゆえに、ほかのことに気を向ける余裕がないってだけさ。

君たちはどうなんだい?ここの領主はいつまでも変わっていないよね、感染したら、衛兵に逮捕されるんでしょ?

……本来なら、私たちはこんなはずじゃなかったの。

私の両親は二人とも採掘場で働いているの、住んでる町も採掘区域から近いから、たくさんの人がこの病に罹ってるわ。

坑道で働いてるおじさんおばさんも、みんな最後にはこの病に罹っちゃってる、身体から石が出てきても、働かなきゃならない。

ちょっと金を持ってるお偉いさんなんかこの町には一歩たりとも近づきゃしないよ、まだ健康な人も、どうにかしてさっさと引っ越すことしか考えてないんだ……

まるで隔離区域のようだね。

そうかもね、けどいい隔離区域にはお金を収めないと引っ越せないって聞いたことがあるわ、あそこだとパンも支給されているようなの、私たちんとこにそんな待遇なんてないわ

でもないにしても、私たちは今のままでも十分に生活できてるからいいんだけどね。

それでどうやって生きるんだい?君の両親みたいに、採掘労働者になって、一生その区域から出られなくてもいいのかい?

……それでもいいかな。住む場所もある、お金ももらえる、それでももう十分だよ。

少なくとも昔ならそう考えてた。

でも坑道が崩れたあと、お父さんとお母さんももう二度と帰ってこなかった、町も急に衛兵によって封鎖され、町で外にいた人たちは全員逮捕された。

それから、誰も外に出ようとしなくなった、みんな家に引きこもるようなったの、あの衛兵たちが勝手に家に上がり込んでくるかもしれないからね……私たちが何をしたっていうの?

……

(これがいわゆる“妥当な処理”ってヤツか……)

私含めほかの子供たちは、衛兵に気づかれないうちに、こっそり廃棄されたマンションの後ろにある裏路地から逃げ出してきたの、外にいるお偉いさんたちは病に罹ったら死ぬべきだって考えてるけど、私は死にたくなんかない!

うぅ……もう何もかもが怖いの……

泣かないで……君と一緒に逃げ出してきた人たちはどうしたんだい?その人たちはどこに?

この前私たちはこの近くまで追い詰められたの、ここには大人数で隠れられる場所がないから、みんなバラバラになって逃げるようにしたの。

だからもうほかのみんなとは会ってないわ、ここに残ってるのはもう私一人だけよ……

みんなを、みんなを探しに行かなくちゃ!

焦らないで、私が――

――

シッ、静かに。
……
ここだ。
人がいた形跡が残ってる……

(……!)

(慌てないで。彼らを見ないで、ゆっくり呼吸して……)

(……ふぅ……)

(いい子だ。)

(ここで待っててね。)
……
ようやく顔を出したか?

わざわざそちらから出向いてくれたんだ、待たせてしまっては申し訳ないだろ?

衛兵はどうしたんだい、君一人だけじゃないか?
ここに衛兵は必要ない。

その口ぶりからだと自信ありげだね。
サルゴン人、なぜ感染者を匿う?

特別な理由などない。たまたま出会った、だからついでに手を差し伸べた。

逆に聞くが、君たちは何のためにこんなことをしているんだ?

感染者を駆逐したいだけなら、わざわざ君みたいな術師が自ら出向かわなくともいいだろう、命令を受けたから、この二日あの採掘労働者たちを追い掛け回しているのか?
……私たちの動向を探っているな?

人聞きの悪いことを言わないでくれ、ただ提携を見定めるための定例調査だよ。

本来なら考えもしていなかったが、今日ちょうどきっかけを得たものでね。フォイエルバッハ様が君たちと彼の衛兵を使役してどれだけの平穏を壊したか、ここでみんなに聞かせてやってもいいんだぞ?
……

そんな黙りこくらないでくれ。君たちはアーツを扱う際いつも傍に奴隷を連れていたね、あれはみんな感染者なのだろ?

どうやら巫王が残した暗黒の記憶は、まだ根深く残っているようだ、あのような残虐なアーツを、まだ研究する人がいたとはね……

君たちが感染者を捕らえているのは、それのためなんじゃないかい?
……

沈黙か。つまらない話し相手だよ、君は。
私たちの間に対話など必要ない。
私はただ同じアーツを扱う者として見識を広めに来ただけだ。礼節に則りな。

ならやるかい?本来なら面倒事を避けるべきなのだが、かのリターニア術師の実力と相まみえるのであればこちらも本望だよ。

――!

(なに……あの二人は一体何を言ってるの!?)

(奴隷……それに研究?連れて行かれたおじさんおばさんは……まさか……)
ホーエンローエ伯爵を敵に回したくはない……
サルゴン人、お前の噂は聞いている。敬意を払うに値するアーツを持ってるらしいな。

私は感謝を申し上げるべきなのかな?
いや、必要ない。

君たちのことは終始理解に苦しむよ。

私はリターニアに来てその膨れ上がった巨大な権力を見てきた、同時にその権力に対する人々の崇拝もね、ここに二年も留まってきたが、未だに理解しがたいよ。
お前はこの地の空気を吸っていないからな。

私からすればここの空気はあまりにも濁りすぎているからね。
ならお前はここで窒息するだろうな。合わない空気の中にいてもいずれ溺れ死ぬだけだ。

呪いの言葉のように聞こえるね。
奇怪な巫術によって死にたいのなら、古い血脈を持つサルカズでも探すといい。
計画ではお前と衝突しろとは書かれていない……そこに隠れている感染者なら、お前にやろう。

おお、それは何より。さっきまで悩んでいたもんだからね、君に鮮やかな悲鳴を上げさせない方法はないか、とね……なんせ私たちの今後の提携に影響を出すわけにはいかないからね。
ふん、イカレたサルゴン人だ。今日のことは追究しないでやろう、だが憶えておくんだな……
リターニアには己の規律がある、何人たりとも変えられん。
(リターニア術師が去っていく足音)

……ふぅ。

やっと行ったか。戦いに発展しなくてよかったよ、ここで何かを壊しちゃって、あとで伯爵くんに説教されてくないからね……

もう大丈夫だよ、出ておいで――
(少女が茂みから出てくる音)

……

ん?やけに静かだね、怯えてしまったのかな?

君の度胸は……私の妹よりよっぽど小さいね。

……怯えてなんかないよ!

ただ……あんたたちがさっき言ってたこと……

連れて行かれたおじさんおばさんたちは、どうなっちゃったの?

ウソを言って君を慰めたほうがいいのかな?

……

いや……

わかった。実際のことを言うと、その人たちの状況はおそらくいいとは言えないだろう。

ここの貴族は坑道の事故と共にその場にいた労働者全員を、“消そう”としている。あの術師の手に渡ろうと、命令によって人々を連行している衛兵に直接捕まろうと、ロクなことにはならないだろうね。

これが君が知りたがっている現状だよ。

……うぅ……

どうして……

もう、泣かないでよ、君みたいな年ごろの女の子に泣かれるとこっちも困ってしまうよ。

これからどうするつもりなの?君と一緒に逃げ出した仲間たちを……探しに行くのかい?

!

そ、そうだった!泣いてる場合じゃない、ほかのみんなを探さないと……!

もし……もしここのお偉いさんたちがそれでも私たちを受け入れてくれないのなら、もうここを出てってやる!ほかの場所に行く、私が最年長なんだから、私がお姉ちゃんなんだから、みんなを守らないと……

……それにおじさんおばさんたちの仇も、いつかは……

ここを出る?二度と帰れないかもしれないんだよ?

たとえ……すべてを置き捨ててもここを出てってやる。

どうせ、どうせ私にはもう失えるものなんて残っちゃいないから。

……それもそうかもね。

わかった、そう考えているのなら、私より、もっと頼りになる人を紹介しよう。

もっと頼りになる人?

姿を見せな、もう隠れなくていいよ、“専門家”さん
(ロドスオペレーターが茂みから出てくる音)

……たく、俺がわざと隠れてるように言わないでくださいよ、登場しづらいじゃないですか。

いやぁすまないね、けど君の足音が大きすぎるのがいけないよ、こっちも聞こえないフリをしてるんだ、君にカッコよく登場させたくても難しいよ。

あんたの耳が良すぎるからじゃないっすか!

ありがとう。

褒めてるわけじゃ……もういいや。

あの、この人が……“専門家”?

彼女が適当に言ってるだけだ、真に受けないでくれ、俺はただの――

なんだい、君たちは感染者問題を処理する“スペシャリスト”じゃなかったのかい?最初はそう紹介されたはずなんだが。

なら言わせてもらうけど、あんたもウチらの一員ですよ。

あ……うん。そうだね。

(適当すぎんだろ!!)

(いちいち気にしないでくれ。とにかく現状は把握しているだろ、この子のこと、君たちに任せてもいいよね?)

(それはいいんですけど。)

(あんたも今じゃこの身分だ……これ以上後をつけることは難しいでしょうね。)

(いやぁ、頼りになるねぇ。)

(揶揄わないでください。しかもまーた女の子を泣かしましたね、これで何度目ですか?)

(まったく理解に苦しみますよ、毎回あんたは面倒事には関わらないって言ってるクセに、毎回“面倒”を見てるじゃないですか?)

(あはは、なんでだろうねぇ、私にもよく分からないなぁ。)

(……まあ私も自分のルールに従って仕事をしてるだけだよ。)

あの……

ん?

また……会える?

そうだねぇ……

君が今後も自分の信念を貫いているのなら、きっとまた会えるさ。
謙遜な人はいつも言う、「私はここのものだ」と。
しかし狂妄な人は笑う、「ここは私のものだ」と。
サルゴン人たちの命は自分たちを育んだ砂によってそれぞれ異なる形へと磨かれる、ここにいる者たちに狂妄な人などいない、だが謙遜かと言われるとあまりにもかけ離れている。
もし剪定されないと、異郷に溶け込めないのであれば、こうすればいい、無理せずに――
いっそのこと異類のままでいい。
自分自身であり続ければいい。