06:50a.m. 天気/晴れ
ロドス本艦、オペレーター宿舎
(クリフハートの走る足音)
おっはよう!
あれ、ドアにカギがかかってない……ならお邪魔しちゃいまーす。
クーリエ兄、ヤーカおじさん、お邪魔しま――
あれ、誰もいないの?
ヤーカおじさんたちの習慣だと、この時間ならもう起きてるはずなんだけどなぁ……部屋にいないのなら、もしかして出かけちゃったのかな?
ダメだ、確認しにいこう!
(クリフハートの走る足音)
ん?エンシアお嬢様、こんな朝っぱらからどうされ……お待ちください、廊下で走っちゃダメですよ、危ないですから!
あ!クーリエ兄はっけーん!
大丈夫、何も起こらないって――うわぁッ!
あ、危ない!
ふぅ……危ない危ない、なんでこんなところに荷物が置いてあるの?
ありがとうね、クーリエ兄。
まったく、だから危ないって言ったじゃないですか、万が一コケたらどうするんです?
えへへ、クーリエ兄ならちゃんと私をキャッチしてくれるって信じてたよ。
はぁ。エンシアお嬢様もオペレーターになられたのに、なんでまだこんなにそそっかしいんでしょうか……
どうしたんだ、クーリエ、何かあったのか?
ヤーカ兄貴。
おはよう、ヤーカおじさん!
お嬢様でしたか、おはようございます。
ロドスでの生活はもう慣れましたか?こんなに朝早くから起きられて……もしかして任務の準備ですか?
ただ単にここのベッドに慣れてないだけじゃないですかね?なんせエンシアお嬢様は睡眠環境の質にはめっぽううるさいですからね。
ご実家にあるエンシアお嬢様のベッド、まだ小さかった頃にヤーカ兄貴に選んでもらったヤツですよね?それからずっと交換したがらなくて……しかもご自分のお気に入りの毛布がないと寝てくれませんでしたよ。
むぅ、それは確かにそうだな……
ちょ、ちょっと待って、変なこと言わないでよクーリエ兄、あたしそんな甘えん坊じゃないよ!
冒険家を舐めちゃダメだよ?言っても早寝早起きなだけじゃん、あたしだってできるよ!山で眠れなかったから体力を回復できないとなると、優秀な登山家にはなれないからね!
空気がどれだけ寒くて、どれだけ薄い環境にいても、あたしは眠れるんだから!
エンシアお嬢様……本当に立派になられましたね。
(小声)それに、毛布ならちゃんと持ってきてるし、寝つけないことなんてないよ。
あ、やっぱりちゃんと持ってきてるんですね。
持ってきたっていいじゃん!
あーはいはい、この話はもうおしまい!
クーリエ兄もヤーカおじさんもこんな朝早くお出かけして、それに荷物まで持って、これから任務なの?
うーん、この荷物の量、短期間なヤツじゃないよね……もしかして実家のほうにでも戻るの?
ええ、後ほど出発します。
そうですよ、ちょっと持って帰らなきゃいけないモノがあるんで。旦那様も向こうで処理しなきゃいけない仕事があるので、ボクと兄貴が一緒に戻って手伝いに行くんです。
エンシアお嬢様から旦那様に渡すモノとかはありますか?ボクと兄貴がよろこんでお渡ししますよ。
うーん、お兄ちゃんに渡したいものはあるっちゃあるけど、でも……今回はそれだけじゃないんだ!
それだけじゃない?
それは、えっと。
あ、クーリエ兄、ちょっとこっち来て……!
あとでまた食堂で会おうねヤーカおじさん、ちょっとクーリエ兄借りるよ!あとお兄ちゃんとグノーシス兄によろしく伝えといて!
(クリフハートの走る足音)
ちょ、お待ちください、エンシアお嬢様、もう少し力を緩めて、服がズレてしまいます……!
(クーリエの走る足音)
……
お嬢様……
ふぅ……よし、ここなら大丈夫そう。
わざとヤーカ兄貴から離れて、ボクだけに知ってほしいことでもあるのですか……?
まあそうなんだけど……
じゃあ言うよ?クーリエ兄、絶対に秘密にしてよね?
そうですねぇ、話の内容にもよりますかね、もし危ない内容でしたら、旦那様にこっそり教えちゃうかもしれませんよ?
えぇ――!そりゃないよ!なんでクーリエ兄もヤーカおじさんもお兄ちゃんばっかりなのさ!
あはは、旦那様もエンシアお嬢様のために思ってるからですよ。
ふん……まあそれでもいいや、本当に言うからね、危ない内容でもないから、絶対にお兄ちゃんには教えないように!
えっとね、クーリエ兄、今回は霊山に行く予定はない?
今のところその予定は聞かされていませんね。行くか行かないかは、すべて旦那様のご予定次第ですからね、グノーシスさんと鐧(カン)さんなら何か新しい予定を立てるかもしれません。
どうして急にそれを……エンヤお嬢様と関連が?
うん。クーリエ兄には隠し事は通用しないか。
実はエンヤお姉ちゃんに手紙を書いたんだ……
実家にいた時は、お兄ちゃんに厳しく制限されていたから、こっそりお姉ちゃんに会えなかったんだ、ロドスに行く直前まで会えなかったよ。
ロドスに来たあとなんかもっと会う機会なかったよ、あたしずっとお姉ちゃんに会ってないんだよ!
お嬢様……
だから……クーリエ兄、この手紙を霊山まで届けてくれない?
あたしはただお姉ちゃんの現状を知りたいだけなんだ、巫女は大変じゃないかとか、あとあたしの心配はしなくていいよとか……それだけだよ、手紙に変なことはほかに書いてないからさ!
お兄ちゃんは言っても聞いてくれないし、もうずっとあたしと言葉も交わしてないんだよ、ヤーカおじさんもきっともうしばらく辛抱してくれって言ってくるだけだし……
だからお願い!クーリエ兄、クーリエ兄だけが頼りなの!
……申し訳ありません、エンシアお嬢様。
……
やっぱり……ダメなの?
ボクも不本意なんです、ただ……近頃イェラグの情勢が複雑に変動していまして、曼珠院のほうからも、巫女との接触は堅く禁じられています。
え?
だから手紙を送ったとしても、おそらくエンヤお嬢様の手に渡るのは困難でしょう。
そんな、そんなの聞いてない、なんでお兄ちゃんはそれを教えてくれなかったの……
知らない幸せもあるからですよ、旦那様もエンシアお嬢様を思っての沈黙です、あまりそれで悩んでほしくないがための。あなたをロドスに送ったのも、あなたを守るためなんです。
……いっつもそうだ。
あたしを守るためだからと言って、何も教えてくれない、その結果お姉ちゃんは霊山に連れて行かれ、家を出て行ったじゃん。
エンヤお嬢様も、あの時は不本意ながら山へ行かれたんです……
……
ふぅ……よし!この話はもうここでおしまいでいいや!
え?
もうそんな顔をしないでよ、クーリエ兄、そういう事情なら、手紙はもういいよ!
悔しいけど仕方がない、でしょ?
お嬢様……
でも言った通り、このことはお兄ちゃんには言わないでよね?知られたらまたうるさくなるからさ、もうお説教はコリゴリ、耳にタコができちゃうよ!
それを旦那様に聞かれると、さぞかし悲しまれるでしょうね。
お兄ちゃんはそんなんで悲しまないよ!だって仕事仕事で忙しいからね、ふん。
これ以上引き留めてちゃ悪いよね、あたしはクロージャさんのところに行くよ、この前注文した品が届いていないか見てみたいし……うっ、この時間帯に行くのはマズいかな、もしかしてあたしを追い出しちゃったりして?
クロージャさんの生活習慣からすると、今は就寝したばかりだと思いますね、たぶんドアをノックしても返事はないと思いますよ。
そうだよね、じゃあ暫く経ってから行くか。
あそうだ、帰りにチーズとジャーキーを多めに持って帰ってきてね、外じゃどこにも売ってないんだし、もうずっと食べてないよ!
あはは、安心してください、ヤーカ兄貴が長いリストを作ってくれましたから、お嬢様の好物も漏れなく入っていますよ。
よかった、じゃあ道中気を付けてね!ヤーカおじさんもきっと食堂で待ってるはずだから、急いで行ってあげてね!
ありがとうございます。なるべき早く帰ってきますね。
(クーリエの去る足音)
行ってらっしゃい。
(手を振る)
……
ふぅ……やっぱりダメだったか。まあ分かってたけど、それでもやっぱりガッカリしちゃうなぁ。
ふん、お兄ちゃんのバカ、クーリエ兄とカーヤおじさんに面倒を見られても関係ない、あたしは諦めないから。
雪山の登山道具、クロージャさんのお店に置いてないかな……ああもう、ムズムズする、クロージャさんいつになったら起きるの!
エンヤお姉ちゃん……待っててね!
最後の負傷者の応急処置が終わりました、よかったぁ、みんな大したケガをしてなくて。
今回の任務も無事達成です!このあとの予定はこの森を抜けて、リターニアとヴィクトリアの国境沿いを渡っての帰還っと……
あ、ごめんなさい、あたしはパスで。
あれ、クリフハートさん、何かご予定があるのですか?
うん。ちょっとやらなきゃならないことがあるから。
大丈夫、ちょっとした個人的なことで寄り道するだけだから、すぐに帰ってくるよ!
でも……
大丈夫大丈夫~、これからは個人名義で行動するから、ロドスに迷惑はかけないよ……詳しいことはあとであたしが直接ケルシー先生に説明するから!
心配してるのはそれじゃないんですけど……
はぁ……わかりました、クリフハートさん、くれぐれも気をつけてくださいね。
ありがとう、行ってくるね!
あれ?クーリエじゃないか!
こんにちは。
やあ。暫くの間見ないな、さっき戻ってきたばっかりで?
ええ、ちょっと仕事が多くなっちゃって、予定より処理にあたる時間が長引いてしまいました。
マッターホルンとクリフハートのお嬢さんも一緒なのか?
マッターホルンの兄貴ならボクと一緒でしたよ、お嬢様は同行していません。
(そういえば、戻ってきてまだエンシアお嬢様に会ってないな……)
そうなのか?ならすまなかった、多分俺が誤解してたよ。
この間あのお嬢さんが雪山用の登山道具を大量に準備していたんだ、まるで出かけるような装備してたから、てっきりあんたらと一緒に行ったかと思ったよ。
登山道具……しかも雪山用ですって?それ……本当なんですか?
間違いねぇ。実を言うとな、俺も登山する趣味があるんだよ、だからよくあのお嬢さんと一緒に道具を買い入れてるんだ、割引したらそれなりに金が省けるからな!
確か、あんたらの実家って雪山がたくさんあるところだったよな?
え、ええ、雪山ならそれなりには。
(エンシアお嬢様、まさか……)
(エンヤお嬢様に手紙を届けるために、直接雪山に行かれた?……エンシアお嬢様のことなら、可能性はある……)
(……まさか本当に行かれた?)
次機会があったら、休暇を取ってあんたらんとこに行ってみようと思ってるんだ、雪山はまだ挑戦したことがないからな、そん時は現地人のあんたらの世話になるぜ。
(ダメだ、やっぱり心配だ!)
(はやく確認しに行こう……もっとはやく気付くべきだった、エンシアお嬢様がそう簡単に諦めるものか!)
(もし本当に雪山に行かれたのなら、絶対に止めないと!)
すみません、ちょっと急用を思い出しました!
え、おいちょっと、何も逃げる必要はないだろ、そんなに俺が遊びに行くがイヤかよ!?
(クーリエが走り去る足音)
すみませんがちょっと急いで確認しなきゃならないことが起こったので――
イェラグならもちろん歓迎しますよ!今度いらしてくれた際は必ず案内してあげますから!
この道を進んで……それから西へか……
お!見えた見えた。
あの白いとんがりだ……外から見たイェラグの雪山ってこんな感じだったんだね。
うーん、遠くから見るとあんまり登り辛そうな山には見えないなぁ、しかもなんかかわいく見えちゃうぐらいだね、ウチらの霊山。
まあ実際、あのとんがった山を登るとなると、まあ大変だよね、登ったことない人には分からないよ。
……あたしたちシルバーアッシュ家みたいにね。
よそ者には絶対にわからないよ……
うーん、困りましたね。ボクもヤーカの兄貴もエンシアお嬢様からしたらよそ者だったってことでしょうか?
事実ではありますけど、改めて言われると結構悲しいですね。
――!
(クーリエの足音)
やっと追いつけました。
クーリエ兄!?
お嬢様が地形を熟知していなかった上に、ここのルートをかなり慎重に歩いてくれたおかげで、それなりに時間を稼げました、じゃないと追いつけませんでしたよ。
ちょっと待って、な、なんでクーリエ兄がここにいるの!
誰にも話し――むぐっ。
今更口を塞いでも意味ないですよ、“誰にもこのことは話していないのに”、そう言いたかったんですね?
うぅ……
ボクが手紙を送れないと知った直後から、雪山用の登山道具を用意し、イェラグから距離が近い任務を受けた。
任務完了後に小隊メンバーを先にロドスに帰還させ、ご自分は単独で寄り道して“個人的な事情”を処理しに霊山に向かわれた……
さすがはエンシアお嬢様、人並み以上の行動力ですね。
でも結局こうして捕まっちゃったじゃん……
こんなに手がかりが残されてるんです、それであなたの考えを察知できなかったのら、それはただ単にボクがバカなだけですよ。
うっ。
エンシアお嬢様、また一人で霊山に登られるつもりですか?
それとも、エンヤお嬢様に手紙を届けるためだけに、ご自分の安否も顧みずに、巫女の居所に侵入するつもりですか?
万が一曼珠院で何かが起ったらどうなるのか、考えたことはありますか?
……
小さい頃こっそり抜けだしても、いっつもお兄ちゃんとクーリエ兄に捕まえられちゃうんだし、隠しても無駄だよね。
その通りだよ、そのつもり、霊山に一回は挑戦できたんだから、二回目も当然できるはずだよ。
そんなの許されません。危険すぎます!
けど何もしないなんて無理だよ!
見てられないの……見て見ぬフリをしたまま、お兄ちゃんとお姉ちゃんの関係がどんどん悪くなっていくところが見てられないの!
……
エンヤお姉ちゃんが家を出て行ったあの日、あたしは隠れていた。お姉ちゃんも不本意だったのは分かってるし、お兄ちゃんならきっとなんとかしてくれると思ってた、けどお兄ちゃんは止めなかった……あの人たちがお姉ちゃんを連れて行くのを止めなかったんだ。
エンヤお姉ちゃんはそれで泣くのかと思ったけど、泣かなかった。
お姉ちゃんが出て行くところをあたしはただ見てただけ、お姉ちゃんもお姉ちゃんで泣いたっていいじゃん。
……
旦那様も……やるせない気持ちでいっぱいですよ。
分かってるよ、クーリエ兄たちはこれまで全然あたしに何も教えてくれなかったけど、あたしだってバカじゃない、あたしにも分かるよ。
お兄ちゃんがヴィクトリアから帰ってきて、あの会社を立ち上げた時から、クーリエ兄とヤーカおじさんも一緒に忙しくなってきた、何もかも知ってるよ。
お兄ちゃんを責めてるわけじゃないよ。でもクーリエ兄、クーリエ兄はイェラグの巫女を見たことがあるの?
エンヤお嬢様のことですか?……いや、“巫女”、ですね。
そう。あたしたちイェラグの巫女。
昔遠くからチラッと見たことがあるんだ。
本当なら、またエンヤお姉ちゃんに会えるとウキウキしてた、でも……あの時あたしが見たのは固まった氷のような霊山の巫女でしかなかった、相手も遠くからこっちを見ていたけど、まるであたしは目に入っていないようだった。
それから理解したよ、エンヤお姉ちゃんは霊山で、本当に求めていた暮らしを過ごしていないんだって。
……ボクたちは今それぞれ自分の立場というものがありますから、相手の心境を察するのは難しいでしょう……けどボクが思うに、エンヤお嬢様は、もう当初とはまったく違うお方になったと思います。
イェラグにとって巫女はとてつもない意味を持つ存在です、なのでエンヤお嬢様の近況なら、それほど悪くはないでしょう。お嬢様が支えているのは、この宗教全体、イェラグの信仰全体なのですから……
違う。そんなの違う。
ほかの人は巫女は高貴で、栄誉ある存在だ、我々庶民の考えなど知る必要はないって言うけど、でもあたしが見たのはそれだけじゃない――あたしたちは兄妹なんだよ!
兄妹がお互いを理解しないのなら、それにもしも、もしもいつか相手を仇のように恨むようになっちゃったら、落とし前をつけてくれるって言うの!?
あたしはそんな日待ってられないよ。怖いんだ……だからあたしが何とかしなきゃならないんだ。
せめて、せめて自分からでもお姉ちゃんに会って、ちゃんと暮らせてるかどうか聞いてあげないと……
もし、望まない答えが返ってきたとしたらどうするのですか?
なら霊山に登って、盗もうが攫おうが、お姉ちゃんを攫ってあげる、外に連れ出してあげる!
……
あたしは本気だよ。本当にやるからね!
……ぷっ、あははは。
まったく、そう簡単に行くものですか。
ちょっと、なんでこんな時にあたしを笑うのさ、こっちは覚悟だって決まってるんだよ、さすがにひどすぎるよクーリエ兄!
お嬢様を攫う覚悟ですか?
うっ、それは最悪の事態に備えての覚悟だから。
なら、その最悪の事態に発展しないように祈るばかりですね。エンシアお嬢様が山に登って人攫いですか……いやぁ、考えるだけで頭が痛くなってきましたよ。
どうやら、こっちが何を言おうと、考えを改めるつもりはなさそうですね?
そうだよ。
冗談なんかじゃないからね、あたしはやるって言ったらやるんだから!
ボクがここで止めても、旦那様にこのことを伝えてもですか――
お兄ちゃんが反対したとしても、あたしを閉じ込めたとしても、あたしは諦めないから。あたしを舐めないでよね、閉じ込めたってそう簡単には行かないよ!
はぁ……
仕方ありません、エンシアお嬢様はやると言ったら最後までやり通す性格ですものね、止めたところで意味もないはず。旦那様もどうにもできないんですし、ボクもここでお手上げですね。
!
じゃあ……
手紙をお渡ししましょう。
エンシアお嬢様がまたいつ無茶をし出して肝を冷やすよりかは、ボクがなんとかしたほうが、穏便に済みそうですからね。
はぁ、まったく無理難題を突き付けてくれましたね、エンシアお嬢様。
ありがとう、クーリエ兄!!
もしお兄ちゃんに断固反対され、それでクーリエ兄が罰せられたら、あたしが無理やり渡せって命令したって言えばいいから!
あはは、旦那様がそれで簡単に説得できればいいんですがね。
(小声)けど……悪くはないですね。
ん?なんか言った?
いえなんでも。ただの独り言です。
ただ先に言っておきますけど、渡すとは言いましたが、よくて手紙を修道院に渡してみるだけですからね、それから私用で山の中に送れるから考えてみます。
そこは曼珠院が管轄してる区域内で一番近い場所ですからね、それより奥の区域は……勝手に出入りできる領域じゃなくなりますから。
ちゃんとエンヤお嬢様にエンシアお嬢様の手紙が届くかどうかは、ボクも保証しかねます。
大丈夫!クーリエ兄が助けてくれるだけでありがたいよ、少なくとも試してみる価値はあると思うよ……もしダメだったら、また別の方法を考えればいいんだしさ!
直接山を登る方法だけはやめてくださいね。
えへへ!
(ふふ……この様子だと、諦めるつもりはまったくないようですね。)
(もしそうだとしたら、旦那様もまた頭を痛めてしまうでしょうね……)
おかわり!
クソぉ、もう食べられない……あたしの負けだぁ。
ふっふっふ、三日お腹を空かせたエンジニアと胃袋を競うからだよ、こんなのまだまだおちゃのこさいさいだし、今なら獣まるまる一頭も丸呑みにできそうだよ!
また工房に引きこもってたの?今度は何を作ってるの?
ていうか待って、誰もご飯を届けてくれなかったの?三日もお腹を空かせて……ロボットちゃんったいはどうしたのさ?
あはは、間違えてドアのセキュリティ設定を最高にしっちゃった上、ヘッドホンをつけてたから、ノックに気が付かなかったんだよ。
わざとじゃないからね!今回レユニオンとの衝突でまた器機がたくさん壊されたから、修理修理でもう頭痛ものだよ、音楽を聞いてないとやってられないよ。
どうりで……アーミヤが今日引っ張り出してもらってよかったね。
はいはい、口にモノ入れてる時はお喋り禁止!
そういえば、また新しい登山道具買うんだって?半年前に雪山装備を調整してあげたのに、あの後全然使ってるところ見てないんだけど?
あ、もし質に問題があったのなら遠慮なく私に言ってね、ぶっ叩きに……あいや、メーカーと相談しに行ってあげるから。
あれかぁ、いや、装備に問題はないよ、ただしばらく使わなくてもよくなっただけだから。
そっかぁ……
(クーリエの足音)
もし使われたら、こっちは心配でたまりませんよ。
この声は……クーリエ兄!
お二人とも、こんにちは。
おぉ、どもども。任務から戻ってきたばっかりなのかな、一人だけだね?
ほかのみんなはドクターを探しに行きましたよ。
ボクのことでしたら、ちょうど渡したいものがあったからここに。
エンヤお姉ちゃ――オホン、“彼女”からの手紙?
そうですよ。
やったぁ!じゃああの時みたいに、あっちで話そう!クーリエ兄……クーリエ兄?
どうしたの……顔色が悪いよ。も、もしかしてエンヤお姉ちゃんに何かあったの!?それともお兄ちゃんに何か――
いやいや、落ち着いてください、そうじゃありませんよ……
じゃあなんなのさ!
……
うーん……ちょっと説明しづらいですね。とにかく、エンシアお嬢様、お嬢様のほうから渡してほしいとこれを旦那様から頂きました。
あたしから渡してほしい?
はい。
シルバーアッシュ様から、ドクターへの招待状です――