三百賭ける、あれはただのガラクタだ、手間をかける価値もない。
そうか?なら俺は五百賭けてもいいぜ、あれは俺たちにとって有意義なものに違いない
根拠は?
直感。
天災に吹き飛ばされたガラクタ装置なんて荒野じゃ珍しくもないんだぞ。
だが俺の直感が訴えてくるんだ、こいつは絶対タダモノじゃないって。
(扉が開く音)
なにを話しているんだ?
む、ドクターか。
こんばんは、Dr.●●。
昨日の外勤で、難民集落に行ったんだが、なんとそこでかなり面白いものを見つけてな。
ただの工業廃棄物だ、西部荒野でいやというほど見た、ドクターが気にする必要はない。
だがその工業廃棄物はまだ動くんだぞ、それになんか音も発してるようじゃないか。
……音楽か?
あの音が音楽とは甚だ言い難い。
拾った時の状況は?
……そこの難民集落のど真ん中に変なマシンが置いてあったんだ、紅いペンキで塗りたくられて、重かったよ、それに人が近づいたら変な音を出すんだ。
難民たちは近づこうとしなかったが、そいつを囲ってキャンプは建てていたけどな。
あの時に持って帰るべきだった、もしかするとケルシーさんがなんのテクノロジーか知ってるかもしれんしな。
金を支払ってガラクタを買って帰るというのか?俺たちはいつからそんなお暇を持つようになったんだ?
あのバンシーが喜ぶかもしれないだろ。
……お前たちの間にどんな個人的な事情があるかは知らないが、仕事にまで持ち込むことはおすすめしないぞ。
聞いてるばかりでは面白そうだな。
もしいつか日が空いてたら、一緒にその難民集落に行ってみよう、もしかすると私もなにか知れるかもしれないからな。
ほう、どうやら俺たちの賭けが決まりそうだな。
じゃあ約束だぞ、殿下の事情がひと段落したら、一緒に行こう。
泣き言はなしだぞ。
(バイブ音)
耳障りな機械音の中で、あなたは目を覚ました。
普通の一日だ。
あなたの目に映るのはロドスの標準的な居住室の天井だ、設計は標準的に見えるが、通気システムが稼働する音はほかの船室と比べて低く重苦しい。
これはあなたの数多くある特殊な箇所で最も目立たないうちの一つだ、あなたはその原因を知っている。
簡単に顔を洗う、これは一般人と変わらない。身体状況を維持するために特別に配給された薬品を服用する、これは一般人と違う。
それから特製の全身防護服に袖を通す、活動上不便をもたらすが、あなたの身体状況を考慮すれば、必須と言っていいほどだ
着込むのはしばらくの間かもしれないが、それもあなたの回復具合による。
これらはすべてケルシー先生による指示だ、彼女によれば、昔はあなたのほうが、彼女と比べてこれらの事情をよく理解していたらしい、だが今、あなたの健康を保てるのは彼女だけだ。
当然だが、Dr.●●、君は彼とは違う。
私たちの同類は誰だ?
……君の同類は誰なんだ?
あなたにとってこの大地は友好的ではない、その点はよく知っている。
あ、ドクター、起きたんですね。
本当ならもっと休んでもいいんですよ、あんなに夜更けまで徹夜したんですから。
・今日は仕事の催促をしないんだね?
・……問題ない。
・大丈夫、すっごく元気。
ドクター……私は毎日仕事の催促をしてるわけじゃないですよ、休む時は休んだほうがいいです。
あ、そうだ、ケルシー先生は今日出かけているんで、先生から伝言があります、会議は二日後にやるとのことです。
・ん?つまり今日はスケジュールが空いたってこと?
・まさか今日は休んでいいのか?
はい、今日はしっかり休んでくださいね。
(アーミヤは去っていく足音)
・休みか。
・……
・なんて贅沢な言葉なんだ。
7:33a.m
ロドス食堂
あ、ドクター!おはようございます。
あれ?あ、ドクターだ~
おはよう。
珍しいね、ドクターに食堂でご飯食べる時間があるなんて、今日はそんなに忙しくないの?
・うん……今日はちょっと休めるらしくて。
・……
・私はいつも忙しくしてたのか?
ヘイへ~イ、珍しい人がいるじゃねぇか?
食堂であんたに会えるだなんて、珍しいこともあるんだな。
私はいつも君たちの目にどう映ってるんだ……
どうって……年中無休残業しかしてないワーカーホリックだが?
ぶっちゃけると、少しは休んだほうがいいと思うぞ、龍門から去ったあと、ずーっとその調子だ、身体壊さないように気を付けてくれよな。
少しは自分に甘えてもいいんだぜ、ドクター、なんせ当時俺たちは――
(ノイルホーンが打たれる音)
――痛ッ……いててて、なんだよ!
口は災いのもと。
あぁ?
・いや……君の言う通りだ。
・私だけの命じゃない、いつでも自覚を持たないとな。
あ、いや、ドクター、そういう意味じゃ……
まあいいや、まだ食事中だったな、なら邪魔したぜ。
オペレーターたちは各々散っていき、あなたはようやく食堂の隅っこに座れた。
ロドス・アイランド、あなたがよく知っていてよく知らない場所だ、あの明瞭だが細かく判別できない記憶のように。感染者問題の解決をメインの目標に掲げている医療会社だ。
聞く話によると、かつてのあなたはロドスのすべてと深い関係にあったらしい、あなたはこの中でのキーパーソンであり、ロドスのブレインでもあり、ロドスはあなたの意志の延長線だったようだ。
一部の“聞く話”は今のところ徐々に戻ってきている、だがあなたはそれがいいのか悪いのか確信を得ていないままだ。
あなたはあまりにも多くを忘れてしまった。ロドスはあなたを歓迎しているが、あなたは歓迎される資格はあるかどうか分かっていない。
目の前には自分の朝食が置いてある、淡泊な味だが健康は保証される品々だ、あなたは分かっている、これもケルシー先生による指示だ。
この三か月以来、あなたの生活はこんな感覚で溢れていた――
なにもかも未知だが、そこはかとなく懐かしく思う、この感覚が概念上お互い完全に相反しているが、あなたの目の前に同時に現れているのも事実だ。
三か月前、突発的に起った騒動と衝突の中で、彼らは……ロドスは、混乱の爆心地からあなたを救出した。
あの衝突で、多くの命が失った。
死者の多くはあなたを知ってるが、あなたは彼らのことを知らない。死者の多くはあなたのことを見聞きしたが、あなたは彼らのことを見聞きしたことはない。
あなたは自分で成せる最大限の努力を尽くし、その過程で多くの尊重を得た、最終的に努力は勝利をもたらしたが、勝利は相も変わらず避けて通れない傷と痛みをもたらしてくる。
そして今に至る……今に至る、あなたは疑問を抱いていた、繰り返し自分に問いかけるが、答えを得られない疑問だ。
果たして価値はあるのか、と。
2:45p.m.
ロドス総合生体処理室
今あなたの目の前に広がっているのはロドスの中で最も特殊な倉庫だ。
この倉庫の中には引き取り主を持たない品々が大量に眠っている。
そこには華奢なペッローのオペレーターがひどく破損した盾を一生懸命拭いていた。
あなたはその盾を知っている、その盾の持ち主のことも知っている。
あの図体がデカく、武骨だが爽やかな笑顔をするオペレーターのことをあなたは憶えていた、彼はあなたのかつての友である、そう伝えられたが、あなたはなにも知らない。
あなたはこういう繰り返し相反する無駄話を嫌っているのだ、だがあなたの今の状態を一番よく描述してくれるのはそれしかない。
どんな詳細も指の間から抜け落ちて行った。あなたは手を伸ばし掴み取ろうとするが、記憶の砂粒は重力に引っ張られ、次々と深淵へと落ちていく。
ど、ドクター?
どうしてこんなところに……
それは……Aceの盾か。
はい、Ace先輩のです、毎週……拭きに来ているんです。
うっ、お……重い。
あのドクター、手伝って頂けますか、やっぱりどうしても重くて……毎回棚に仕舞うだけでも大変なんです。
あなたは持ち上げようと試みたが、すぐに自分は力になれないと気付く、盾を地面から1センチも持ち上げられないからだ。
昔のあなたなら持ち上げられたかもしれない、しかし回復途中の身体で持ち上げられないのは明白だ。ケルシーから言われた、ケルシーから口うるさく言われたではないか。
きゃっ、うわぁ!ドクター気を付けて!
はぁ、やっぱり、私に任せてください。
・……役立たずですまない。
・しかしこれは……Aceの盾だ、私が……
大丈夫ですよ、ドクターはロドスで一番賢い人なんだって彼らも言ってましたから。
支えてあげるよ。
わかりました!こうやって――気を付けてください!
よっと!これでよし。
しかし、“彼ら”というのは?
そうですね、ドーベルマン教官たちはみんなそう言ってましたよ、あとエリートオペレーターたちも。
それとAce先輩も……
昔Ace先輩がドクターのことを言ってました、ドクター一人だけでも軍隊半分の力を有しているって、あはは。
……君はAceと仲がよかったのか?
え?うーん……よかったんでしょうか……
Ace先輩は誰とでも仲がいいですからね、そういう人でした。
Ace先輩はとっても頼りになる人でしたよ……昔訓練してた時、私たちに色んなことを教えてくれたんです、団体戦闘とか、協力の仕方とか包囲突破の仕方とか。
エリートオペレーターたちは毎日すっごく忙しいんですけど、それでも先輩はよく訓練場に来てくれました。
私前からずっと考えていたんです、私はいつになったら先輩と同じように頼もしくなれるのかなって……
悲し気な笑みを浮かべたビーグルは、盾を見つめていた、髪の毛には倉庫の埃が付いていたが、このペッローのオペレーターはまったく気にしていないようだった。
あなたは倉庫をぐるっと見渡し、物置き棚の隅っこに、なにやら気になるものが置いてあった。
様々な写真とアクセサリーが同じ箱の中に乱雑に置かれている、箱の底にはすでに色褪せてしまった身分証明書の類のものが積まれていた。
これは……
あ……それは……
……
ドクター……
どうした?
それは……以前龍門にいた時、たくさんのレユニオン構成員が残した……遺品です……
処理室のオペレーターが長い間議論した結果、全部ここに置いたって話を聞きました。
あなたは適当に数枚の写真を手にした、このボロボロで黄色がかった、所々汚れた写真に写っているのは、ほとんどウルサス人だった。
写真に写ってる人のほとんどはズボラな衣服を纏っていて、向けられたカメラには戸惑いや、あるいは喜び、またあるいは強張った表情を見せていた。
箱の中にあった銀色のアクセサリーの後ろには、ウルサス語でこう刻まれていた――
――「ヤジャーナへ、私の愛しい娘、幸せな暮らしが送れますように」
彼らの中にはかつての敵と、かつての友がいた。
その中にはロドスと最後まで対抗した人もいれば、危機的状況の中でロドスの盟友となった人もいることをあなたは知っている。
あなたは彼ら一人一人の物語を知らない、しかし感染者としての苦痛を知っている、あなたは知らないが……知ってもいるのだ。
時々ですけど、私たち作戦行動に参加するオペレーターは、よく自分にこんなことを問いかけるんです……
ウルサスも、感染者も、私たちも災いを経験した、でも……
そのすべてに果たして価値はあるのでしょうか?
……
あ、ごめんなさい、こんな重苦しいことを言うんじゃなかった……ただ毎回ここに来て、ここに置いてあるものを見ていると……
と、とにかく、聞かなかったことにしてください、ドクター――ドクター?
いや、なんでもない。
あ、もう三時だ!訓練場に行かなきゃ、でないと遅れたら、またドーベルマン教官に怒られちゃう。
私は先に行きますねドクター!鍵かけるの忘れないでくださいね!
(ビーグルが去っていく足音)
ペッローのオペレーターはそそくさに出て行き、あなたと倉庫に置かれた主無きものたち、それとゆっくり落ちていく時間の塵を残していった。
あなたもその場を後にしようとしたが、奇妙な赤い影があなたの視野へ入ってきた。奇妙ではあった、しかしそれの功が奏じて、あなたの足取りを止めるに至った。
ただただ、奇妙な赤い機械だった。
3:53p.m. 天気/曇り
ロドス本艦、下層区
この際言うけど、ずっとこんな場所に籠って、熱くないわけ?たまには上に上がって気晴らしとかしないの?
こういう温度は俺たちゴリアテ人からしたらまだ平気さ、それに設備から目を離すわけにもいかないだろ。
ロドスが正常運航できるかは全部ここの動力機構にかかってるんだからさ。
まあいいわ、楽しくやってるんだったらお好きなように。
もう行くのか?
ええ、ここに留まり続けても意味はないし、ケルシーのババアはアタシのことをいけ好かないと思ってるしね。
あはは、あのババアがアタシにどれだけ保険をかけてるか知ってる?
もちろん、それだけじゃないわ……ほら、あそこに廊下があるでしょ、その曲がり角に誰が立ってるかわかる?
……ヴィクトリアに行くのか?
まあね、だから出る前にアンタたち古い馴染と少し話そうと思って。
お前が何を考えてるかは、俺たちみんな知ってる、お前は止めても聞かない人だ、そこもよく知ってるよ。
だがそれでも言わせてくれ……ヴィクトリアか、行き先がヴィクトリアはあまりいい選択とは言えんぞ、W。
サルカズは……
はぁ、まあいい。俺はただのボイラー整備員だ、お前に言っても仕方がない、聞かなかったことにしてくれ。
逆にずっと聞きたかったんだけど……ほとんどの人は出て行ったわ。けどどうしてアンタたちは残ったの?
アンタたちだったら、どこに行ったって食っていけるじゃない?
……
殿下は俺たちのためにこの家を残してくれた、ここを出る理由なんてないさ。
荒野を彷徨うより、属する場所があるというのはいいことだからな。
それに……
大柄なサルカズの男は傍にある機械を叩いた。
殿下が残したものは俺たちが守る。お前がこれからやろうとしてることと大差はないだろ……分かってるはずだ、W、お前が一番よく分かってくれる。
……守るってボイラーのこと?ボイラーを家とはさすがに言えないでしょ。
まあそんなとこだ、W、それでも俺はずっとボイラーを守ることが俺の使命だと思っているよ。笑いたきゃ笑いな。
……こんな状況下で笑えないの知ってるくせに。
ははは、お前がまだ俺たちのことを憶えてくれただけで、もう十分感激だよ。
幸運を祈ってるよ。
はぁ……まったくあの人たちったら。
……もう行くんだな。
影の中から声がした。Wは顔を向けた、明かりはついておらず、影の中から終始誰かが彼女を見つめていた。
分かってる、分かってるわよ……アスカロン、一番堪えられないのはアンタなんでしょ?
けど本当にアタシにあの“ドクター”、もしくはあの龍女に会わせてもらえないわけ?アタシは前々から彼らとたっくさんお話がしたいと思ってるんだけれど――
……
はっ、冷たいヤツね。
じゃあイネスはやっぱりまだ生きてたわけね?ロンデニウムは今どうなってるの?
アンタはどうするつもりなのよ?アンタは昔からテレジアと――
……
……ふふ、分かったわよ、一言も発さずにアタシを脅かせる人なんてそうそういないわ。昔のアンタはそんな寡黙なキャラじゃなかった、アタシが気に食わなくなった?じゃあすぐ消えてあげるから、それで勘弁してくれる?
ちょっとあのババアに確認したいことがあっただけよ、じゃなきゃアタシだってこんなとこに来たくなかったわ。
お互いしばらく協力しよう。
“協力”ねぇ、これが協力とは全然思えないのよね、ただ万が一、今後戦場でばったり会ったとき、うっかり敵の敵を誤って殺さないように防ぎたいだけなんでしょ。
もうロドスには来ないから、それだけは安心して、あいつらも面白い目つきをしていたわ、戦場に行ったヤツなら、みんなそんな目をするものね――
……
陰に潜んでいたサルカズは答えなかった。
Wには分かる、これはアスカロンが仕事をする時にたまに出る癖だ。これ以上喋れば、自分の頭が斬り落とされた時の音がより早くアスカロンの耳に届くはずだろう。
……親愛なるアスカロンさん、アンタはもうアタシの上司じゃなくなったわ。
またいつか、ロンデニウムで会いましょう。
(Wの去る足音)
どうしたんだW?まだ出発してなかったのか?あれ……
……おかしいなぁ、人がいない?
4:10p.m.
ロドス本艦 下層区
機械が稼働する轟音がロドスの最下層区域を満たしている、ここはロドスの動力区域だ。
サルカズ族のゴリアテ人オペレーターたちがここの区域の稼働を担当している、技術スタッフを除いて、平日にここ下層区域に訪れる人はめったにいない。
このサルカズのボイラー整備員と談話して、あなたは一時的に考えごとに耽った。
あなたは目的もなく悠然とあたりを歩いている、この三か月もの間、あなたはロドスの各区域をしっかりと訪れたことがない。
ロドスはまるで小さな移動都市だ、規模は遥かに及ばないが、それでも五臓六腑は備わっている。
ロドスの内部構造は目で見る以上に複雑だ、動力区域もその一例である。
ん?今日はやけに騒がしいな、普段は人なんてめったに来ないのに……え……
ドクターさん?
・クロージャから聞いたんだが、私を探していたのは君かな?
・人事部の人から聞いたんだが、私を探していたのか?
……ええ、そうです。実はずっと……その、お話してみたいと思ってまして。
わざわざここまで来なくてもいいんですよ、見ての通り今の俺は全身汗まみれですし、ここの温度も高いですから、なので……
先に場所を変えませんか?如何でしょう?
・大丈夫だ、しかし私に何の用かな?
・……
・いいとも、しかしなぜ急に私を?
ただ……ちょっと昔話をしたくなりましてね、なのでどうか耳を傾けて頂ければと。
大柄なサルカズの男は手に持っていたスパナ―を置き、汚れた作業手袋を脱いだ。
彼は工具箱の底から、小さなティーポットとカップを取り出した、彼の荒く大きな手と見事な対比を見せた。
お茶いります?
・お構いなく……
・仕事の邪魔をしちゃったかな?
まあまあ遠慮なさらず、来ちゃったものですから、俺もちょうど休もうと思っていたので。
では遠慮なく頂こう。
その……あはは、実を言うと、こうしてあなたとお話できるとは思っていなかったんですよ。
彼はあなたよりロドスのことをよく知っている。
あなたは急にそんな感覚に陥った、ロドスの稼働を支えているのはこのサルカズと彼の同僚たちなのだ。
彼らは陸上航行の命を握っている、しかし意図的にほかの場面で自分の存在を誇示することはしない。
あなたの心は彼らがしてくれてるすべてへの感謝でいっぱいだった、しかしなぜかは知らない。
ここで仕事してると、天気がまったく見れないんです、下層にある格子窓を覗いても、履帯が巻き上げた砂埃しか見えないんですよね。
あなたがどんな複雑な難題を考えているかは分かりません、ドクターさん、俺はただのボイラー職人ですから。
それに俺は頭を動かくことが得意な人じゃないですしね。
・何か私に言いたいことがあるんだね。
・話してくれ、私もみんなとたくさん話したい。
そうですね、ドクターさん、アーミヤさんもケルシー先生もあなたの力になってくれています、だから彼女たちともたくさん話してあげたほうがいいですよ。
色々抱え込んで……ずっと内側に溜めこむのはいいことじゃありませんからね。
・口に出しづらいこともたくさんあるんだ……けど君は色々知ってるようだね。
・君はロドスで長い間働いてきたのか?
俺はここで長い間働いてきましたよ、ドクターさん、俺たちは昔知り合いだったんです、この技術職をやる以前は俺もあなたの指揮下にいたんですよ、憶えてないと思いますが。
俺があなたにあげられるアドバイスは、彼女たちと話したいことがあっても、もし彼女たちも答えを出せなかったら、あなたは誰に答えを求めるのですか?
(小声)彼女に信頼された人か……彼女が信頼するあなたと、彼女が信頼した彼女たちですものね。
答えを……求める?
……実は、ついさっき、Wに会ったんです。
・え……ここにいたのか?
・……
・意外だな、ケルシーはまだ彼女にロドスとの接触を許していたのか?
ドクターさん、あなたもお気づきでしょう、Wとロドスには……それとあなたの過去には、関わりがあるんです。
エンカクみたいなサルカズもロドスに現れた時から、俺はこういう日がやってくるんだと予期していましたよ。
奇妙ですよね、カズデルからウルサス、それから龍門、そして今に至る、もしくはこの先の未来も――
俺たちはこの先進み続けても、最後には一番最初に出会った人たちや物事、彼らが残した深い影響とまた出会うんでしょうね……
6:22p.m.
ドクター、お帰りなさい。
今日一日中見当たりませんでしたけど……どこに行ってたんですか?
艦内を散歩してただけさ。
なら大丈夫です、適切な休憩も仕事の一部ですからね。
一日中仕事してないと、ソワソワしてしまうよ。
……ドクター。
ちょっとした秘密を教えてあげます、でも絶対ケルシー先生には言わないでくださいね。
実は今日ケルシー先生の仕事はそんな急用なものじゃなくて、わざわざ出かける必要もなかったんです。
……本当はドクターが最近疲れすぎてるのを見かねて、休んでほしかったからなんですよ。
……そうだったのか。
けどドクターはなにやら嬉しそうですね?なにかいいことでもあったんでですか?
いや、ただしばらくこうして人とお喋りしてなかったなぁと思っただけだ。
そういえば、アーミヤ。
オペレーターたちの遺品保管室で変なものを見つけたんだ。
遺品室ですか……もしかしてドクター……いや、それより変なものって?
・赤くて……
・工業装置みたいなもの……
ああ、あの“赤色の工業廃棄物”のことですね。
ドクターは憶えてないかもしれないですけど……あれはScoutさんとAceさんが賭けてたものなんですよ。ある日、お二人とも急にその装置をロドスに持って帰って来たんです。
クロージャさんに色々見てもらったんですけど、結局なんの使い物にもならなかったので、倉庫に置くことにしたんです。
もう一回見に行ってもいいか?
あ……もちろん。
倉庫に置いてある様々な廃棄された機械装置の中、その奇妙な物体はあった。
2mほどの高さを持つ箱型の装置、表面は赤いペンキで塗りたくられているが、長年砂嵐に削られて、すでにひどく掠れている。
これだね、ドクターも変だねぇ、なんで急にこれを弄ろうと思ったの?
持ち帰った当時は、人が近づくと箱から音を出してたんですよ、けど今はクロージャさんが壊してしまってもう鳴らなくなりましたが。
私が壊したってなにさ!持ってきた時からこのマシンはこの調子だったでしょ、私はただちょーっと“研究”してただけだよ。
今でもこいつがどういうものなのかさっぱり分からないままだよ、本来ならバラそうと思ったんだけど、カッターを三台も壊したあげく、外側を開くことすらできなかったからね。
それで……ドクター、これがなんなのか分かる?
・金庫かな?
・……分からん。
・もしかしたら飛ぶかもな?
こんなデッカい金庫に、目立つ色なんか塗って、泥棒に目をつけられないはずがないじゃん?デザイン性皆無だよ。
やっぱりかぁ、ドクターも分からないかぁ。
……ドクター、大丈夫?疲れすぎて頭おかしくなった?
あなたはじっくりとこの奇妙なマシンを観察していた、ひどく掠れた金属の表面には、ボタンも、隙間もなかった。
あなたがこれと似たものを見たことがない、少なくとも今のあなたの記憶、印象にはないものだ。
好奇心で、あなたはマシンの外側を軽く叩いた。
(起動音)
え?
ど、ドクター、気を付けてください!
な、なにもしてないぞ?
そんなことより、離れよう!
激しい騒音が響いたあと、装置から“ピコン”と音が鳴った。
完璧な箱型をした構造が突如開き、まったく隙間がなかった表面もゲートのように上下に開いた。
箱型の構造の中から、あなたたちは金属光沢を帯びた人工物が見えた。
箱の掠れた外層と違って、中身はどこもピカピカで、まったく時間が残した劣化の痕跡を見当たらなかった。
ただその人工物の形に、あなたたちには見覚えがあった。
……
これって……
これは……ビール……だよね?
どっからどう見ても……ビールだよな?
なんだよ!中身はもっとすごくて!もっと建設的なものが入ってるって思ってたのに!
こんだけ時間かけたのに、結局ただの自動販売機じゃんか!こんな硬く作ってどうすんのさ、源石爆発でも防ぎたいわけ!?
あっ……でもこのビールの色なんかおかしいなぁ?やっぱちょっと調べてみよう……
……
……ドクターはこれがなにか分かりますか?
いや、結局ただのガラクタだったな。
ただ肝心な点として、こいつは私たちにビールを一つ提供してくれた。
クロージャ、このビールなんだが……
……ここの部屋に置いておこう、Aceの盾の傍に。
賭けごとしてたんだもんな?