
私の言葉は重要じゃない。ひと時ひと時自分の意志に就き従う、それでこそ生きてると言えるわ。

この大地を味わってみるといいわ。あなた自身の思考は、歳月によって満たされる必要があるから。

だからケルシー、あなたには……
5:39p.m. 天気/晴れ
室外、ロドス甲板

最近忙しいな、まだ処理すべき仕事が溜まってるのだろ。

適度の休息も必要だ、最近君の生理パラメーターに小さな波が出てきてる、私が引き続き監視しておこう。

そうだ、ブレイズが今晩君に簡易報告書を渡すとのことだ、彼女は昨日の奇襲作戦を主導していたからな。
1:23a.m. 天気/雨
バベル臨時作戦指揮所
(ドアが開く音)

門外にいるのはScoutだ、彼は昨晩の作戦を担当してくれた。

これは彼がバベルに仕えてから出た数少ない任務失敗記録の一つだ。
(ノック音)

入ってくれ。
(ドアが開く音)

指揮官、先生。二人とも揃っていたか。なら昨晩のことを簡単に説明してくれ。

小隊が戦場の後処理をしていた時、追跡可能な敵軍の痕跡を発見した。これは敵軍の位置を割り出すチャンスと俺は判断し、追撃を行ったが待ち伏せを受けてしまった。

責任は俺にある、軍事処分を受けよう。

ベテランサルカズ傭兵が出す判断とは思えんな。

残念だが、あの時俺の経験は俺に警告を出さなかった。

経験は未経験によって呼び起こされることはない。危険が及んだあとでも、隊員の死傷はなかった、つまり撤退時の君の指揮は冷静で、的確だったと説明できる。

君が得るべきなのは表彰だ、処罰ではない。

なにをどう考えたらそんな結論を出せるんだ。

軍隊の規律が信賞必罰すら行えないのであれば、存在する意味などない。Scout、君も理解しているはずだ。

なぜそこまで彼女の名誉に拘る?理由が知りたい。

……ケルシー先生、レイカの様子はどうだ。

彼女はすでに危機から脱した。
Scoutはなにか喋ろうとしたが、言葉を呑み込んだ。

心が戸惑っているな。戦場でですら、君がこうも葛藤してるところは見たことがない。思ってることを話してくれれば、私たちが力に……

どんなことであれ俺はレイカに処罰を受けさせたくない。

彼女が孤児だからか?軍規は溢れ出た同情心を考慮することはできんぞ。

レイカの父親はサルカズの傭兵だった、内戦で死んだが。

カズデルじゃよくあることだ。

レイカの母親は鉱石病の重症を負っていて、彼女を養う力を持たない。テレジア殿下はそのことを知ったあと、ずっと彼女たちに経済的な援助を施されている。

それも至って普通のことだ、もしそれより十分な理由がないかぎり……

レイカが軍に入ったのはただ殿下に恩を返したかっただけだ。

昔俺に言ってくれたよ、殿下のために戦うのが私の唯一の望みだ、自分自身の命のすべてなんだって……

続けてくれ、Scout、聞きたいんだ。

……カズデルじゃ、子供たちは、夢どころか、守りたいものすら持てない。

ただ戦争に巻き込まれて、死んでいくだけだ。

だから君はレイカの名誉を守り、彼女の殿下を守りたいという夢を維持し続けたいと。
Scoutは答えなかった、百戦錬磨のベテラン兵は再び沈黙した。
ドクターはゆっくりと身体を起こし、Scoutの肩を軽く叩いた。ケルシーが予想だにしなかったことだ。

さっきなにか不快に思ってしまったところがあれば、許してくれ、君にもっと真っ当な理由があることは知っている。

私が言いたいのは、誰も処罰を受けなくてもいいってことだ。だがこう判断してしまえば軍規が乱れる、非難も招いてしまう。

だからScout、君と君の小隊にはこの先の行動でその質疑に応えてほしい。

もちろんだ。では指揮官、先生、さきに戻らせてもらう。

その前に一つ約束してくれ。せめて自分の命と名誉も、ほかの隊員と同等の高さに置いてほしい。

わかった。

……それと、クロージャが君とロンデニウムのことについて相談したいと言っていた、この件についての私の立場をとても気にしていたぞ。

彼女と決定過程をもっと分かち合ってもいいんだぞ、彼女だって潜在的な作戦メンバーであるからな。

もちろん、ほかのことについても……話し合ったって構わない。
11:27a.m. 天気/晴れ
ロドスチーフエンジニア事務室

今度はなんだ。

ケルシー、ロンデニウムに行くことなんだけどちゃんと話し合ってるの?

今も討論は続けてる、行動自体にはリスクが存在してるのは明白だからな。急にそれを持ちだしてどうした。

君が怒っちゃいないか心配してるんだよ。君は絶対に行きたいと思ってるけど、ロドスが直面する危険にも考慮してることは私も理解してるよ。

葛藤してる時が一番体力を消耗するからね。

葛藤などしていない、ロドスの安全はいつだって最優先だ。

いつか君が好きなことをできるようになる日が来たらいいのになぁ。

この件については私の目は誤魔化せないよ、君とテレジアの友情と関わってることだ、ロンデニウムのことを無視するわけにはいかないんでしょ。

殿下と関係はない。私はただ行動に伴うロドスの利害を考えているだけだ。

君っていつもそうだよね、いっつも責任ばっかり気にしちゃってる、たまには自分のことも大事にしなよ。

面倒事はドクターに投げて、アタシら二人で愚痴こぼしでもしようよ、それでいいじゃん。

ドクターはもう十分苦労しているだろ。

それもそっか、ドクターは記憶喪失した前後でだいぶ人が変ったけど、ワーカーホリックなところは相変わらずだよねぇ。

そういえば、昔のドクターはえらく厳しかったなぁ、今のほうがよっぽどマシだよ。

今ならイジり甲斐があるからか?

聞いたぞ、前回ドクターに試させたランニングマシンが訳も分からず空に浮かび上がったらしいじゃないか、商品の販売広告を見ないと降りれなかったそうだな。

限定販売してただけ、ドクターに節約を手伝ってあげただけだってば。

君にはドクターのためにもう少し考慮してやってほしいものだ。多忙の最中にサプライズなんか欲しがる人なんかいるものか。

はいはいわかったよ、急に厳しく当たってこないでよ。

たぶん記憶喪失前のドクターにビクビクしてたからだろうね、今じゃどうしてもイタズラしてやりたくってさ。

特に最後のあの日々とか、ドクターますますおかしくなっていったよね……

待った、クロージャ、その話はここまでだ。ドクターにそれを言うことも禁止だ。

大丈夫、ちゃんと分かってるって。そうだケルシー、ロンデニウムに行く前に、“開発区画”の整備を行いたいんだ、少なくとも船体素材はアップグレードしたい。

かなり大きな支出になるだけど、頼れるエンジニアの私としては、この程度の出資は非常に必要だと思うなぁ。

だから、アタシもうエンジニア部門を代表して決めちゃった、三日三晩働き詰めて、“開発区画”を一新させてあげる!

必要ない、“開発区画”は全艦で最も堅牢な区画だ。

オホン、それについてはアタシも発言権を持ってるよ。“開発区画”の真下はドローン倉庫でしょ、でドローン倉庫にはなんの支柱による支えもない。

上が破壊されようものなら、倉庫の天井も変形しちゃうんだよ、そしたら……

ケルシー、なんでそんなジッと見つめてるのさ、怖いよ。

君はただそこに入ってみたいだけだろ。

もうわかったよ、白状する、チーフエンジニアなのに入れない区画があるとか気になっちゃうじゃん。

こちらにも考えがあるんだ。

秘密をずっと隠してちゃいずれ具合悪くしちゃうよ。

ケルシーさぁ、いつになったら君が知ってることも私にシェアしてくれるのさ、自分で抱え込みすぎだよ。

いつか……そういう日が来るさ。

そっか。
(ケルシーが去っていく足音)

ん?ねえもしかして今デレた!?

コナー郡の患者移送作業だが、今日中にすべて完了する。あとで君にもう一度移転先の防衛力を評価してもらう必要がある。

関連のデータなら医療部があとで君に渡す。

今後類似した事務は遂次エリートオペレーターたちに引き継いでもらう、これで君は重要な議題により集中してもらえるだろう。

お休みのところ申し訳ありません、一度起きて頂けますか。ケルシー先生の毎日恒例の回診が始まりますので。

今日の夜間回診はいつもよりかなり早いな……あれ?それに後方勤務のオペレーターさんたちもたくさんだ。

お前のその忘れ癖もいい加減ケルシー先生に診てもらったほうがいいぞ。

看護師のお嬢ちゃんが一週間連続でわしらの病室に挨拶に来た際に、みんなコナー郡にある臨時医療拠点に移すって言っただろ。せっかく話してくれたのに全部無駄になってしまったじゃないか。

あはは、大丈夫ですよおじさん、急に決まったことですので。

じゃあ改めて言いますね、ロドス本艦は近頃ヴィクトリア近辺で模擬演習を行います。

みなさんの安全を考慮して、しばらく皆さんをコナー郡の医療拠点に移させて頂きます。

どうかご安心ください、コナー郡にある医療施設の設備は整ってますし、ほとんどの医療人員も同伴致しますので。

ほら見たか、これがエリー――

うわあああケルシー先生!いつから私の傍に?びっくりしましたよ……

お気になさらず、私もつい来たばかりですので。

エリー、こちらの方の今日の血液検査結果を私に送っておいてくれ。

ふむ、順調に回復しています、鉱石病の症状も悪化してるようには見えませんね。

私が今日生きてこられたのも全部先生のおかげです、鉱石病の急性発作を起こした時は、一日中寝ずに対応してくれましたもんね、だから……

私の医者としての責務を全うしただけです。

これから移転に関する説明をしますので、説明を終えたあとこちらの協議書にサインをお願いします。では『ロドスアイランド鉱石病収容治療規則』第四条に則り……

読まなくても大丈夫ですよ、先生も休んでくださいな、私は信頼を全部ロドスに置いてますので、このままサインさせてください。

ご好意感謝します。しかし協議項目を読み上げることはあなたの権利の保障にも繋がりますので。

エリー、時間が惜しい、患者を移す人手が足りないかもしれない、廊下に出て手伝える人がいないか探してきてくれ。

わかりました。

あれ、ドクター?こんにちは、ここに来てどうしたんですか?

・こんにちは。
・……
・久しぶり。

ドクター、今手空いてますか?今患者さんたちを移転したいんですが人手が足りなくて、できれば手伝って頂きたいのですが……

・手なら空いてるぞ。
・……わかった。
・喜んで。

……君の今の身体状況だと、体力仕事はおすすめしない。

・暇なんだ。
・……努力はする。
・少しは手伝わせてくれ!舐めてもらっちゃ困る!

ドクターって……もしかしてロドスの指揮官かい?エリーちゃんが毎日褒めちぎってたあの?

なっ……変なこと言わないでくださいおじさん!ドクター、私はただ彼らにロドスを紹介してただけなんですからね。

・彼女が言ってるほど大した人じゃありませんよ。
・……
・私ってそんなにイケてる?

ロドスの指揮官に運んで頂けるのか?そんな恐れ多い……

とんでもない、どんな些細な仕事でも、ロドスの人員はそれに参与する義務があります。肩書きが戦場指揮官であろうと例外はありません。

・時間が惜しい、すぐに移転を始めよう。
・時間節約だ。
・では始めようか。

クース、こちらの方の上半身を支えてくれ、設備と繋がってる線に気を付けるんだぞ。

わかった。エリー、この新しい機器はなんだ?見たこともないな。

結晶融解装置だ、ライン生命CR-01テスト型、源石回路内蔵のな。

中等症と重症患者の体内は結晶に埋め尽くされ、臓器が傷ついてしまう。

この結晶融解装置ならエネルギーを結晶に集中照射して分解してくれるんだ。

その通りです!ほら、ドクターならなんでも知ってるんですよ。

・クース、そう直接担いじゃダメだ。
・クース、待った。
・クース、待て!

患者の両手を自分の首に回して左手で支えて、右手で両足をしっかり担いで……

す……すまん!以前ケルシー先生が講演してくれた戦地運搬科目をあまり聞いてなくて、あんまり内容を覚えていないんだ……

あの科目は実践を重ねないと記憶に留められないものだ。しかしドクターはなぜ知ってるんだ?私が講演していた間君はサルゴンで外勤に行っていたはずだが。

・無意識に口に出てしまった。
・……
・天才だからかな。

最後に、アーミヤは近頃ロンデニウムに行く際の見積もり作成で忙しい、だから君には時間が空いたら彼女を気にかけてほしいんだ。

彼女はロドスのリーダーだ、だが同時に子供でもあるのだから。
2:29a.m. 天気/曇り
バベル臨時作戦指揮所

君はバベルのリーダーでもあるが、同時に鉱石病の患者でもあるんだ。だからどうか自愛してほしい。

仕事は一旦止めて、今すぐ休んだほうがいい。

ケルシー、相変わらず心配しちゃって……あ、ドクター、どうぞ入って、機密事項の話じゃないから。
(ドクターの足音)

全部聞いてた。殿下、君は十分な睡眠時間を確保したほうがいい。

昨晩の作戦会議の雰囲気は微妙なものだった、さしずめ君も体力を大きく消耗してるはずだ。

大丈夫よ。それにドクター、参加してくれた方々に謝らないといけないわ、彼らもわざとじゃないの、ただちょっと情緒が乱れただけよ。

彼らは私の安全を心配してくれてる、けど理解しているわ、ドクターもきっとどんな可能性にも考慮してくれてるって。それが最適解だもんね。

テレシスは戦争の主導権を奪り戻すつもりだ。彼は君の利点を知ってるが同時に君の弱点でもある。

だが思いもよらなかっただろうな、まさか君がサルカズ人のためにあんな大きな犠牲をしただなんて。

アスカロンが率いる部隊が町に現れたら、彼は自分の敗北に気づくだろう。

あなたはいつも安心させられるわね。ドクター、あなたの話を聞いたら睡眠よりすっきりするわ。
テレジアの疲弊した顔に安らかな笑みが現れた、その笑みは彼女が門外を眺めた時よりいっそう優しさが増した。

入ってらっしゃい。こちらにおいで、私の傍に。

で……でも……

キョロキョロしなくても大丈夫よ、ここに見知らぬ人なんていないんだから、アーミヤ。

ドクター、ケルシー先生、こ……こんばんは。

わざと夜更かししてるわけじゃないです。

誰も責めたりしないわ。そうねぇ、もしかして悪い夢でも見ちゃったかしら?

う……ううん。軍隊が集合する音が聞こえて目が覚めちゃったんです。

窓に寄りかかって見ると、アスカロンお姉ちゃんがほかの戦士さんと一緒に遠征の準備をしてて……

彼女たちはこれから任務があるんだ。

でも……でもアスカロンお姉ちゃん言ってました、私は絶対に殿下と私の傍から一歩も離れないって。

なにか起るのかなって心配したから、こっそり指揮所に来て覗き見していました……

アーミヤ、ドクターがアスカロンにちょっとした任務を言い渡したの、すぐに戻ってくるわよ。

だって考えてみて、ドクターが指揮してた戦闘で、すぐに終わらなかった戦いなんてあった?

た……確かに、もしドクターの任務でしたら、私も安心です。

ドクターは一番安心をもたらしてくれますからね。

アーミヤ、君もそろそろ寝なさい。

すぐ帰ります!皆さんおやすみなさい。
(アーミヤが去っていく足音)

本当に愛らしい子ね……

ドクター、あなたが来る前は私も心配していたわ……アスカロンがロドスを離れている間のロドスの安全はどうなるのかしら。

その心配はわかる。

前線を引き延ばすと同時に、戦略的意味を持たない小さな町を包囲した。テレシスの真意は計り知れないな。

私が心配してるのはその次よ、艦船にいる研究員や子供たちを巻き込むんじゃないかが心配なの。

ただアーミヤの言う通り、あなたは安心感をもたらしてくれる。あなたが指揮して得られた戦果も疑いようのないものだわ。

ドクター、ケルシー、戦争に勝利する日は、そう遠くないのよね?

さっきまで言ってたことは、全部君の日常スケジュールから外れた……

ドクター、聞いてるのか?

・聞いてるさ。
・……
・聞こえてる、はっきりとな。

ドクター、真に生きるとは如何なものか?

・急だな。
・……考えたこともない。
・深すぎる問いだな。

他人の意志に服従すること、前に進むための理由を失うこと、それは生きてると言えるか?

・それはただの歩く屍だ。
・……
・それもはやロボットだろ?

肉体はある、だが記憶は失った、それも生きてると言えるか?

・それは生きてるにしては曖昧だな。
・……
・私のことを言ってるのだろう?

二者択一だとしたら、ドクター、君はどれを選ぶ?

・人を選ぶ、傀儡ではなく。
・当然自由を選ぶ。
・誰もロボットになりたくないだろ?
ケルシーは意味深な目をあなたに向けた。

自由には代償を伴うぞ。

記憶を失って目覚めたあと、戦闘を強いられ、犠牲を見定めることを強いられてきた。今まで私たちは君にあまり選択肢を与えてやれなかった……

……私の目を見ろ。教えてくれ、ドクター、君は一体なんのために戦う?
その間記憶が次々と溢れ出てきた、チェルノボーグから目覚めてから起こったすべての出来事が目に浮かび、喜びと悲しみが織り交ざっていく……
そして一つの答えがあなたの脳内で徐々に姿を鮮明に表してきた。あなたは無意識の内にそれを口ずさんだ――

・自分の運命に抗うために戦う。
・ロドスのために戦う。
・この大地を守るために戦う。

なら今の答えをどうか忘れないでもらいたい。

誰にも理解されずとも、私たちはそうして歩み続けなければならないのだ。

ドクター、君もいずれ君自身の道を見つけ出すだろう。