(Outcastの足音)
モナハン町……
中型の移動都市で、ロンデニウムからそう遠くない距離にあり、農業と軽工業を主産業としていて、各都市との関係はそれほど緊密なものではない――
情報と完全に一致してるな。
(無線音)
Outcast、そっち着いた?
着いてまだ一分だ。君は私にGPSでもつけているのか?
一晩中十何回もコールしたんだけど!
荒野で急いでいたんだ、信号が悪くて当然だろ。
はぁ、そっか。先に言っておくけど、私が焦ってるんじゃなくて、Miseryにうるさく言われてかけてたんだからね。
彼の性格なんて君もよく知ってるでしょ、あれも心配これも心配で。心配してるのはともかく、君が任務に出るだけであの様子なのに、まったく皺が増えないなんてどうかしてるよ!?
――ああいう性格じゃなければ、Miseryとは呼ばないさ。
確かに。じゃあ真面目話に戻るけど、そっちの都市はどう?
至極普通だな。
じゃあ情報が間違ってるのかな、こういう規模の都市なら、ヴィクトリアでも少なくとも三四十個ぐらい――
ロンデニウムの太陽がいくら眩しかろうが、光が届かない場所はある。
君も資料を見て気付いてるだろ、モナハン町の管轄権限は今のところどの大貴族の手にも渡っていない。二人ぐらいこの移動都市に興味を示している伯爵はいるが、まだ行動には出ていない。
それって、手に入れても大して美味しくないからかな?
ああ、ここの普通さのせいでもあるのだろう。
普通な場所であればあるほど、容易く闇が潜むようになる。ロドスがいつ動こうが、道を探るにはいい機会になる。
わかった、じゃあ私に引き継いでほしかったら、いつでも言ってね。さっきコナー町に行こうとしてたから、そっちからも近いし。
感染者を安置する仕事はキツいぞ。君たちの仕事と比べて、私はただパシリにきただけだ、下手したら大半の時間は事務所でお茶するかもしれないぞ。
ウソおっしゃい、嵐が来てるのに、あなたみたいなサンクタがお茶を楽しむわけないでしょ!?
はぁ、いい加減引退してのんびり生活したいものだよ。
……全然そんな感じしないけど。
まあいいや、とりあえず自分たちの仕事に集中して、さっさと帰りましょう。Outcast、確かまだたくさんのサンクタの新人オペレーターたちが君の射撃授業を待ってるんだからね?
心配いらない、たまには自習時間も設けてやったほうがいい。
それと、必要ないと思うけど、Miseryがどうして伝えておけって言われたから言うけど――
気を付けてください、Outcast、向かう道に危機が及びませんように、だってさ。
(無線が切れる音)
危機か……ないように思うか?
はは、こういった場所は、あまり性に合わないな。
6:50a.m. 天気/曇り
モナハン町ヴィクトリア駐屯軍営尋問室、廊下
隊長、ここ空気が籠って息苦しくないですか、全然換気されてませんよね。
それ去年の連続爆発事件で容疑者に問いただしていた時も同じこと言ってたけど。
慣れないもんは慣れないんですって。隊長、チェロを呼んだらどうですか。あの2メートルもある図体なら、少なくとも相手の腰を抜かすぐらいならできますよ。
あなたが容疑者の前で鉄製の机を拳一発で殴り壊せば同じでしょうが。
あ、あはは……あれはちょっと暴走しちゃったと言いますか。アイツあの時子供を二人人質にして、亡くなった方の親族にわけわからんこと喚いてたんですよ、隊長だってあの時怒っていたんじゃないですか?
私ムカついてた?
アイツの首の禁固装置に手の跡がつくぐらいには。その場にチビるぐらい怯えちゃって、スラスラと仲間の名前と爆弾がある座標を教えてくれるほどでしたよ。
ほぼ隊長の功績みたいなものですよ?
あれは必要な尋問だったの。
はぁ、そういう手段とかウチは全くできないんですよね、尋問に関する基礎的な倫理の授業もギリギリ単位取れたぐらいですし、なんなら普段の宿題なんか友だちのを写していましたし。
ならちょうどいいわ、どうせ今日の私たちの主要任務は傍聴だからね。
そうだったべ!けど隊長、もうそろそろ時間じゃないですか?どうして誰も案内してくれないんでしょう?あの大尉から7時に尋問が始まるって言われてましたよね?
……あと4分よ。
(ホルンの足音)
すみません、ケリー大尉はいらっしゃいますか?ここで会う約束をしてるのですが。
さあな。
7時にここで尋問が行われますよね?
知らん。
今日午後に現地民の男性が非合法源石製品を密輸入した容疑で逮捕されています。彼がどこに拘禁されてるかご存じですか?
ほかを当たってくれ。
口を開けば知らないとしか言いませんね……
……
多分だけど、モナハン町とロンデニウムでの時間の捉え方が違うんじゃないかしら。
え、そうなんですか?
少なくともケリー大尉はね。
ですね、あはは!
郷に入っては郷に従うしかなさそうね。
……
もう10分過ぎてますよ……
そんなに時間と睨めっこしても来ないものは来ないわよ。
ちょうどいい、昨日無断で突っ込んでいった件について話しましょうか。
え?隊長、あれは……
誤魔化そうと思わないことね。聞くけど、私が戻れと命令したのに、どうして突っ込んでいったの?
隊長、あの時はほかの人に戻れって命令してませんでした?
……
倉庫に入る前、隊長から必ず容疑者を生け捕りにしろって命令を受けましたよ。
あれは最初の命令よ。
でも、命令は命令ですよね?
隊長、あの時その場にいた全員は容疑者が爆弾を爆発させると思ってましたよね?けどウチはウチしかこの任務を遂行できないとあの時判断しました。
ウチが衝撃波を押さえておけば、容疑者を死なずに済みますし、隊長たちの安全も確保できたはずです。
もちろん、隊長のシールドを疑ってるわけじゃありませんよ……前回サルゴン傭兵の成形炸薬爆弾からウチを守ってくれたこと、忘れてませんから。
……私が言いたいのはそれじゃない。
もし、もしもの話よ、あの貨物の中身が本当に爆弾だったとしたら、あなたは重傷を負ってたかもしれないし、下手したら命を落としてたかもしれないのよ。
え?そんなことないですよ。盗まれた源石製品に高基準な爆発物はありませんでした、改造されたとしても、ウチらが実戦演習で使った破城弾より威力は低いはずですよ?
えへへ、それにウチの身体なら持ちこたえられますって。
作戦時は過度にヴィーヴルの身体素質に依存するな。何度も言ったでしょ?
えっとー……五回ぐらい?
十回は言ったはずよ。スリム先生からもそう教わったはずでしょ。
教わった……ことあったかな?あ、あはは……
ヘラヘラしても無駄。私はあなたの隊長なの。部下全員の安全責任を背負ってるんだから。
ごめんなさい、隊長……
帰ったら、分かってるわよね?
罰で走るのはいいですけど……でも隊長晩ご飯抜きは許して下さい。
……
はぁ。
たまにあなたがどうしようもなく思う時があるのよね。バグパイプ、あなたは私の部下で最も優秀な戦士だわ。作戦能力が秀でてる以外、命令遵守への執着も……いつも予想を上回る。
そりゃもちろんですよ!小さい頃お母ちゃんに教わりましたからね、「ヴィーヴルなら強くなり続けなきゃ」って!
大雨を凌げてもなんのその、麦が濡れる前に回収してやらないと、貴重な食料が腐っちゃいますからね!
……褒めてるわけじゃないんだけど。
もういいわ。私がいくら口酸っぱく言っても……
あなたがそう簡単に変わるわけないものね。
大丈夫です、隊長、隊長の顔なんてまだまだ生易しいほうですから……目をかっ開いて汚いヴィクトリア語の悪口を吐いてくる不気味な連中なんてもう見慣れましたからね!
はいはい、そんな無意味なこと言っても正真正銘のヴィクトリア軍人が揺らぐわけないから。
……つまり?
それは……本当にそうなさるおつもりですか?
ダミアンは……いえ、バリーのことです、彼は昔から誠実な子でした、私が保証致します、きっとなにか誤解が……
……
その通りでございます。
申し訳ございません。はい、命令には必ず遵守致します。
ええ、あのロンデニウムから来た人たちならまだここに……
承知致しました。お伝え致します、長官。
ご安心くださいませ。いついかなる時も、私は一人の……ヴィクトリア軍人ですから。
はぁ、隊長、また時間覗いてましたよ。
私はあなたと違って、所かまわずボーっとするわけにはいかないの。
隊長、実を言うと、ウチあのフェリーンのこと考えてました。彼が歌ってた歌結構好きなんですよね。
なんでか知りませんけど、想像してみたら、トラックを運転しながら歌ったら似合いそうなんですよね。
「冬眠する山が駄獣を背負って~」
……
なんかあの人に睨まれた。音外しちゃってたかな。
歌詞が間違えてるわよ。
そっか!牧獣だっけ?部屋だっけ?それか耕運機だっけ?
そこにいるモナハン町の兵士さん、この歌の歌詞知ってる?
……その歌をここで歌うんじゃない。
ごめんなさい、もしかして規定違反だった?
せめて私たちの前であの連中の歌を歌わないでくれ。
あの連中?どの連中?ちょっと何を言ってるのかよくわかんない。
私をバカにしてるのか、ヴィーヴル?
え?なんで怒ってるのさ?
……バグパイプ。
おっかしいなぁ。
今はお話する時間じゃないでしょ。
あ、いやそうじゃなくて……隊長、なんか中からも歌声が聞こえてきましたよ!
……
そうね。
薄暗い廊下の奥から流れて来たその歌声は、より低く、より荒んでおり、時折強い咳によって途切れ途切れとなっていた。
もしかして奥にいるの?
おい、勝手に入るんじゃない!
やあ!えっと――昨日郊外の倉庫で逮捕された人だべか?
ゴホッゴホッ……はぁ……それってダミアンのことか?可哀そうに……あいつならとっくに連れて行かれたよ……
えぇ!?それっていつ?なんでウチら知らされてないのさ!
……
どこに連れて行かれたの?
どこって……ははは……どこって……
あいつは……もう……
黙れ!
貴様もあいつと同じ目に遭いたいのか!?
こら、なんで彼を脅かしてるの?昨日連れてこられた人はどこに行ったんだべ?
はぁ……はぁ……あいつなら家に帰ったさ。
家に……帰った?
釈放されたってこと?まさか本当にゴースト部隊と関係がなかった?隊長――
……入らせてください。
許可が下りていない、犯人と会話することは許可できない。
――
ケリー大尉に合わせて。そこをどきなさい、彼がここにいることは分かってるのよ。
(ヒール副官の足音)
大尉ならここにはいない。
おめーさんは?あ、あの時倉庫の口が悪かった副官だべ。それってどういう意味?
大尉は急用でここを離れた、だから言伝を伝えに来た――尋問は一時間前にすでに終了している。
なっ……!それって、わざとと間違った時間をウチらに教えたってこと!?
伝達ミスだ。なにも珍しいことじゃないだろ、違うか?
伝達ミスって……ウチらをバカにしてるべか?
隊長、こいつら偽情報を使って、ウチらをハメましたよ!
……重要な点はそこじゃない。
聞くけど、どうして今その情報を私たちに教えたの?こんなに時間を引き延ばしたのなら、もっと私たちの時間を無駄にすることもできたはずよ。
そちらの質問についてだが……
(報告を耳打ちする)
そうか、わかった。
スキャマンダー中尉、私が受けた命令は中尉に以下の情報をお伝えすることだ――
犯人のダミアン・バリー、つまり中尉が気にしてらっしゃるヤツのことなら――十分前、護送途中で武器を奪い、兵士を襲おうとしたため銃殺された。
なっ……なんだって?
ウチらが見たあの青年は、いたって普通の人だった、あの時ウチらを見ただけで足をガクつかせてたのに、向こうから全身武装された兵士を襲うわけがないべ?
……つまり、あなたたちは裁判を待たずに、直接容疑者を処決したと。
事実はお伝えしたからな。
(ヒール長官が去る足音)
隊長、ハメられました。あいつらはなんでウチらに犯人と接触させなかったんですか?ウチらは同じ立場にいるんじゃないんですか?
今はまだ彼らの理由が分からないわ。
ただ確実なのは、引き続き調査したければ、自分たちを頼りにするしかないってことね。駐留軍の態度は今明らかになった、向こうが私たちに力を貸すことはないわ。
はぁ、ウチもバカじゃありませんからそれくらい分かってますよ、あいつらがウチらの足を引っかけなかっただけまだマシでしたね。
これからどうします?せっかくの手掛かりがまた途切れちゃいましたよ。
ほかの方法を探さないといけないわね。
あ、そうだ!思い出しましたけど、あのダミアンって青年、ジャガイモを練ってたって言ってましたよね。
各移動都市周辺の農地には、町まで作物を輸送する専門の通路があるんです!
そのまま道を辿っていけば、たぶん農家の集落に辿りつけるはずです、そこで彼の友人あるいは親族と接触したら、もしかしたら手がかりがつかめるかもしれません。
……あなたらしい思考回路ね。
では情報の探りはウチに任せてください!
よし、じゃあすぐ行動に移ろう。
隊長、一緒に来ます?
私は残って駐留軍と交渉を図るわ。たぶん、裁判を経ないで好き勝手処刑することはしないはずよ。裁判がされたのなら、必ず記録が残るのだから。
(無線音)
トライアングル?
隊長、今私たちは郊外――
(無線音と銃撃音)
襲撃されてるの!?
突然湧いてきて、見つかってしまいました……
こいつらの作戦手法と使用してる武器が情報と完全に一致してます……ドラムのアーツじゃこいつらに当てるのは困難です!クソッ!
(銃撃音と爆発音とバリスタによる射撃音)
よく聞いて、あなたの任務は生きて帰ることよ!
了解です、隊長!問題ありません!オーバー――
(無線が切れる音)
――
重要な情報を掴んだわ。私たちのターゲット、あの噂の幽霊みたいな部隊は、ここモナハン町にいる。