ふぅ、もう何発か投げられたし、結局ケリー大尉を見失っちゃった。
はい、ハンカチあげる、よく拭いてね、じゃないと腐った臭いとか残っちゃうから。
ありがとう!
まさかケリー大尉以外で、身内の兵士が十七区に来るとはね。
身内の兵士?じゃあ、おめーさんも?
シーッ。
オホン、私はこっそり抜け出してきたんだ。制服は今着てないの。
もしあの制服を着て、ここを近道に軍営まで帰ろうとしたら、付近の住民を不機嫌にしちゃうでしょ。
え、そんなことがあるんだべか?
どうりで、こっちは何も言ってないのに、一緒に腐った野菜とかフルーツを投げつけられたわけだべ。
もしかして新しく派遣された人?
そんな感じ、ウチはロンデニウムから。
まあ、ロンデニウム!私まだ行ったことがないの。きっとモナハン町とは比べられないほど大きい都市なんでしょうね……
デブリッシュビルって本当に三百階もあるの?王立科学院の基盤となった山の中にはテレポート方陣が埋まってて、別空間に通じていているって噂だけど、本当にそこには初代ドラコ王のお宝が眠ってるの?
え……え?お宝?ウチは聞いたこともないべ。
でも、その代わり高速陸地戦艦が竣工された様子とか、水耕栽培工場とかなら見たことあるよ……もしそっち方面が知りたければ、教えてあげられるけど。
戦艦?水耕工場……?それ……小説で読んだロンデニウムと違う……あ!ごめんなさい!話がそれちゃったね。
もし事件調査のためでそのままこの街に来ても、何も出ないと思うよ。
もしかしたらまたああいう目に……
訳も分からず全身臭い匂いまみれになること?
うふふ、大丈夫、まだそこまで臭くないよ。
ここの住民ってしょっちゅうウチら兵士と衝突してるの?
昔はこんな感じじゃなかったけど、最近は緊張してきてるわね。
あなたがさっき聞いたみたいに、立て続けに私たち兵士を標的とした襲撃事件が起こって、みんなピリピリしてきてるのよ――
まさか本当にゴースト部隊の仕業なのかな……おっかしいなぁ、昔は一般兵士を狙ったりしてなかったのに。
そのゴーストって……なんのこと?
……なんでもないべ。
そういえば、さっきあの巡査兵がここの住民たちを“タラトのクズ”って呼んでたけど――
ちょっと待って、こ、ここでそれを口に出しちゃダメだよ!また周りが睨んできてるわ……これ以上腐った野菜をプレゼントされたいつもり?
あっ……わかった。彼らってヴィクトリア人じゃないの?
彼らだって同じヴィクトリア人よ。
なんかますます頭がこんがらがってきた。
ほかの呼び名で呼ぶ人たちもいるの、そう、さっきあなたが聞いた――タラト人ってね、それで彼らの身分を示してるの。
現地の住民たちはそう呼ぶわ、もちろん一部の兵士もね。
それなら、ウチもそれを聞いたことがあるよ。
本とかで?
歴史の授業でね。
そう、彼らはずっとここに住み着いてるの。
今から数百年前、まだここがモナハン町と呼ばれておらず、私たちの移動都市も存在せず、青い草に覆われた渓谷を一望できた時代から、ここは彼らの故郷だったのよ。
確かあのドラコのゲール王伝説の……発祥地もここじゃなかったべ?
当初からここ一帯はタラトって呼ばれていたべ。
そうね、ゲール王の伝説に関する小説なら、私もたくさん読んだことがあるわ。
そのゲール王は、当時タラト人たちを率いて、初代アスランの王と戦争を引き起こした、けど数年後、ロンデニウムの王と一緒に和平条約を結んだんだっけ?
てっきりあれからタラトって言葉は言われなくなったのかと思ってたよ。
モナハン町に来るまで、私もそう思ってたわ……
でも、ヴィクトリアは変化し続けてる、そうでしょ?私たちヴィーヴルも最初からずっとここで暮らしてきたわけではない、けど今の私たちもヴィクトリアの国民となった。
あの時のヴィクトリアと、今ウチが知ってるヴィクトリアじゃ、きっとだいぶ違うんだべな。
ヴィクトリアはそういう国だからね。
もしみんなそういう考えを持ってたら、色んな衝突も起きなかったかもね。
はぁ……
そう落ち込まないでよ、ウチらがここにいるのも、真犯人を突き止めて、もっとデッカい衝突を阻止するためでしょ?
そのためならあなたは頭に腐った野菜を被っても退かないつもりなのね?
あはは、ウチのこと馬鹿らしいと思っちゃった?
ううん、まったく。むしろ、すごいって思ってる。
さっきの巡査兵が吐いた暴言なんて、たくさん聞いてきた。止めようと思ってたけど……所詮私はいち儀仗兵だから。
儀仗兵が何だっていうの?おめーさんもヴィクトリア軍の一員だべ、自分の気に入らない場面を変えることぐらいできるよ!
……ほ、ホント?
ありがとう……そんなこと言ってくれたのあなたが初めてだよ。うん、今度やってみるね……
そうだ、ほかに手伝えることはないかな?野菜を取ること以外でね……なんせ、私ももうこれ以上衝突が激化していくところは見たくないから。
そうだなぁ……現地に知り合いか友だちはいないべか?ダミアン・バリーがよくどんなところに行ってたか聞き取り調査したいんだべ。
知り合いか……シアーシャなら多分なにか知ってるかも。
なら連絡先を頂けないかな、あとで新聞社に寄ってみるから。どうせ今日も長官からお呼ばれされることはないだろうし……
スキャマンダーか。
お忙しい中誠にありがとうございます、大佐。
君の父とは会ったことがある――二十数年前、ランカスター公爵が執り行われた舞踏会でな。あの時、私はまだ青臭い衛兵だったよ、遠目でしか伝説の白狼伯爵をお目にかかることしかできなかった。
それから暫くして、彼はロンデニウムの猛獣園で現れた羽付きのムシにたいそう怯え、それからすぐさま貴族の社交場から姿を消したという。
それから二度と港にある自邸宅から一歩も外に出ていないらしいな。
伯爵は元気でいらしてるか?
ご関心ありがとうございます、昔を懐かしむあまり大佐の貴重なお時間を無駄にしてなければ幸いに思います。なんせ、大佐とはめったにお会いできないので。
君は父親と似ていないな。
父は大佐や私のように帝国軍へ力を尽くせられませんでした。
今回源石製品が窃盗されたことにつきましては父が関与した可能性はありません、これ以上彼の晩年生活について話し合う必要はないかと。
出生はその人の人間性を決定づける。君はどう思うのだ、スキャマンダー?
誰しも自分の未来を決める権利はあると思っております。
なるほど、君の身分には相応しい答えだ。
アスラン有力一族の娘、王立前衛学校の優等生、ロンデニウムにおける軍の華――そういう君ならなんでも自分で決められるだろうな。
私は別になにかを変えようとは思っておりません、大佐。私たち小隊の到来で大佐のモナハン町における指揮権に影響が及ぶ可能性についてはご心配なく……
面白くもないジョークだな。随分偉く出たものだな、この私がたかが中尉の一人すら隅に置けないとでも思っているのか?
君のような人は何人も見てきた。いつも大口をたたいて、本末転倒なことを言う。私が君に会ってやったのは、警告をしにきたためだ――
把握してもないことに手を出すな。
申し訳ありませんが、それついては同意できかねます。
こちらが受けた命令は窃盗された源石製品の在処を調査することですので。
大人しく待機すべき場所でお座りしていろ、そしたらしばらくして君は自分の任務を終え、威風堂々とロンデニウムに帰れる。
そのような威風堂々など、私には必要ありません、ヴィクトリアもです。
裁判を経ずに斬り落とした首を任務の報告に用いる慣習はございませんので。
はは!この私が国民の命を疎かにしているとでも言いたげだな――ヤツらが本当にただの無関係だとでも言いたいのか?馬鹿馬鹿しい!
つい十日前、こちらの三名の兵士が無残にも殺害されたんだぞ。ジェームズ・コーエン、ロバート・ボリス、ジェレミー・ブラウン。
コーエンの妻が二人目の子供を授かった知らせを手紙で送った時、すでに自分の夫の脳天に血肉溢れる穴が開いていたことすら知らなかった。
ボリスはあと半年もすればここから帰還でした、引退後は実家が営んでいる布屋の跡を継ぐと言っていた。
それとブラウン、一年前の彼はまだ聡明な学生だった、死んだときは二十歳すらなかったのだぞ!
慎んでご冥福をお祈りいたします。
君が祈るか!ハッ、なんて軽々しいお世辞だ、君の口から吐き出された一言一句と同じように軽い。
私たちがなぜ犯人を捕らえようとしているのかという理由でもあります。大佐、この件について、お互いともに立場は一致してるはずです。
彼らを殺害したのは紛れもなくあのタラトのクズどもだ。すでに二人捕らえた、だが背後にはまだごまんといる。
十五日前、こちらの軍営の三か所で同時爆破テロが起こり、十五名の兵士が犠牲となった。爆発で空いた穴もこちら側の人間の血痕も未だにそのままだ。
二十一日前、こちらの補給輸送隊が北郊外にある物流区域で待ち伏せに遭った、貨物もろとも一個部隊が消滅した。彼らがまだ生きてると思うか?
これはまだこの一か月で起こった出来事にすぎん、君は我々がこれまでずっと受けてきた損失を微塵も理解していないのだ。
今おっしゃった事件、ゴースト部隊の仕業のようにも思えます。
この半年以内、ロンデニウムは立て続けに十数あまりのほか都市から報告を受けてきました、百件を超える謀殺、強盗、破壊事件の数々です。
ヤツらは犯罪遂行後すぐさま姿をくらまします、姿を目撃した人間も私たちが接触するよりも前に始末されております。
ですので今のところ私たちが得られている情報は極少数しかありません。
そのため今ある手がかりがどれほど重要なものかお分かり頂けますでしょうか。
こちらはまだゴースト部隊がモナハン町に出現する目的すら把握しておりません、ですがヤツらは我々の共通の敵であると私は信じております。
大佐、もし駐留軍のご協力のもと、ここでゴースト部隊の正体を暴けば、きっとモナハン町にもヴィクトリアにも莫大なメリットが生じるはずです。
フッ、まだ理解していないようだな。君は今目の前で起こった惨劇を勲章獲得のための事件としか思っていない。
君は間違っている、スキャマンダー、これは事件ではない、ましては真犯人なども存在しない。これは戦争なのだよ、我々とヤツらとのな、すでに数十年、ひいては百年以上も続いてきた戦争だ。
君はヤツらをゴースト部隊と呼称しているが、その名の意味を理解しているのか?
君は我々がずっと直面してきた敵を誰だと心得ている?
ゴーストだよ!この都市の中を漂い、愚かなタラト人の脳内を彷徨っている、消えることのない幽霊のことだ!
その幽霊は我々と異なる言語を話し、我々の先祖がその手で創った歴史を歪曲し、いつか我らの都市を器に蘇ろうと企てているのだ!
……つまり現地住民の中にはゴースト部隊の支持者が多数存在しているとおっしゃいたいのですか?
大量?支持者だと?いいや、違う。ヤツらは一つの個体なのだ。
この詩集本は知ってるか?
サイモン・ウィリアムズ、ロンデニウムでも彼の詩は人気です。
これがヤツらが編み出したヴィクトリアに関するウソだ。ヤツらが言うには、独自の言語を持つ自分たちこそが、この土地の本来の主だとほざいている。
ヴィクトリアなら異なる文化背景を持つクリエイターの思想も受け入れてくれます。
夢を見ている寝言を真実だと思う人など存在せん、ヤツが夢の中で斧を持ち出し、我々の首を斬り落とそうともしないかぎりな。
私がこの狂言本を手元に置いてるのは、これにこびり付いた血を見るたびに心に留めておくためだ――
ヴィクトリアの地で生まれた者が、ヴィクトリア語で己の名を語ろうとしないのであれば、その者はもはやヴィクトリア人ではなく、帝国の安寧を脅かす敵なのだとな!
まさか……大佐はこの詩集の所持者を処刑したのですか?その人がこれを持っていただけで……
(ヴィクトリア兵の足音)
ご報告!
話せ。
さきほど襲撃を受けた第九防衛隊と第十三防衛隊及び指揮センターとの連絡を完全に喪失。
それに伴い第五、第七及び第十防衛隊が各自先遣隊を現場に派遣しましたが、敵の痕跡の発見には至らず。
人員の損失は?
……全滅です。
――
聞いたな、スキャマンダー?
君が私に敵へ同情を訴える無駄話をしていた時も、優秀な兵士たちがまたヤツらの手にかかって死んだのだ!
わかったら私のオフィスからとっととご退出願いたい、私にはまだやるべき仕事があるのでな。
……
了解しました、ちょうどこちらもやるべき仕事がありますので。