ハミルトン大佐、ご自分がなにをされたかわかっていると思います。
なにをしたと?私はヴィクトリアの敵どもを打ち倒し、得難い勝利を手にしたつもりだが。
本当に勝てるとでもお思いですか?
市政庁とその他重要施設を占領していたクズどもはすべて片付いた。君も聞こえてただろ、我々の兵士たちが少しずつ町を奪還してる。
本当に大佐の思い通りになり、ゴースト部隊は一蹴され、見事モナハン町を死守したとしても――
ヴィクトリアに不可逆的な損失を与えた事実に変わりはありません!
なにをふざけたことを言っている?そうか、君はまだあの住民どものことを思っているのだな。
もう一度言う、スキャマンダー中尉、これは戦争だ、血を流さない勝利などない。
もう詭弁は結構です、あなたの目的は最初からここの住民たちだったのですね。
砲兵営に軍備を私蔵するように、裏で非人道的な砲弾を製造させるようにあなたは命じましたが、その時ゴースト部隊はまだ町に侵入していなかった!
このまま思い通りにはさせないつもりか?
まあいい、ことは順調に進んでいるんだ、君が手を出す機会ももはや残されてはいない。
順調?目の前の戦火に風を煽ったことをですか?
戦争は目的ではなく、あくまで手段です。
私たちは今までの間必死に戦ってきました、ヴィクトリアの安全と安定を確固たるものにするために。しかしあなたはどうなんです?あなたはたった正午の時間を使って、大勢の人たちの努力を破壊した。
さらにはヴィクトリア軍の名義で無差別に一般人を攻撃した――たとえあの人たちの出身がどうであれ、同じヴィクトリア国民であることに変わりはありません。
ヤツらは自分たちのことをタラト人と呼んでいるのだぞ!
我々の国にタラト人はどれぐらいいるのでしょうか?総人口の十分の一?それとも五分の一?
確かに、あなたは彼らをマイノリティと思ってるのでしょう。しかしあれほどの人数の憎しみに火がついてしまったら、容易く我々の国を滅ぼすことだって可能です!
フッ、ヤツらなどヴィクトリア軍の相手にもならん。
彼らは最初から我々の相手になるべき人たちではありません!
あなたが読んでる本を見てください、あなたは初代アスラン王の偉業を崇めている、けど考えたことはないのですか、一体何が異邦からやってきたアスラン王をヴィクトリアの王にさせたのかを?
もしアスランとドラコが休戦協定を結んでいなければ、もし当時のゲール王が同族王室の決定を受け入れず退位しなかったら、今日のヴィクトリアは存在しておりません!
あなたにどんな――どんな資格があって一身上の恨みと敵意を晴らすために、再びヴィクトリアを内戦へと引きずり込めるのですか!?
スキャマンダー中尉、君は自分が言ったそんな話を信じているのか?
私がただのいち地方駐留軍の指揮官でありながら、軽はずみでヴィクトリアの未来を決められると、君は本気でそう思っているのか?
君は考えたことがあるか、なぜ……ロンデニウムに声がないのかを?
……
本来なら私は君を殺せたんだぞ、たとえ君が貴族だろうと、ロンデニウムは叛徒によって死んだ中尉なんぞのために私へ責任追及することはない。
だが殺さなかった。なぜなら君のヴィクトリアへの忠誠を尊重していたからだ、人間性によってヴィクトリアの利剣がなまくらになるところなど私は見たくなかったからな。
目を見開いてよく見ろ、戦争はとっくの昔から始まっていた!最後の敵が血を流し終えるまで、我々は真の勝利を手に入れることなどできないのだ!
ではあなたがしてきたすべてが、敵の思惑通りだと考えたことはないのですか?
その心配事なら、むしろ私の望みだ――
私はこのタラト人どもの結末が全ヴィクトリアに伝わることを望んでいるのだ!
私が滅ぼすのはあの人々ではない、ヤツらの勇気だ。
すべての人に知らしめてやるのだ、反逆の思想を抱く前に、まずは己が果たしてヴィクトリアの怒りの炎に耐えきれるかどうかをな!
……
あなたが今日起こしたこの炎は、一体どれだけ無関係な血を浴びなければ消えないのですか?
悪巧みを抱く大公爵、陰で機を窺う強大な隣国たち、野心に満ちた異種族たち――
――これほど大勢の悪行を企む人たちが集っているのです、ロンデニウムは、もはや全ヴィクトリアは、とっくに予想を超えるプレッシャーを背負っております。
陰謀家たちがほんの少しの力で煽げば、メラメラと――
火の勢いは増していき、タラト人の身に燃え広がるだけに留まらず、最後には、この繁栄した地で、誰一人生き残ることができなくなりますよ。
だとしても……内側に潜む蛆虫どもに蝕まれる殻になるよりはマシだ。
どうやらもう後戻りするつもりはないようですね。
でしたら、私と大佐の間に、会話する余地はもうありません。
それはいい、こちらももう君に気をかける必要がなくなるわけだ、消えたければさっさと消えろ。
私を一旦釈放すれば、もう手加減はしませんよ。
トライアングル班の名に誓って――今後何が起きようと、私の命がある限り、必ずあなたを軍事裁判に引きずり出してやる!
ハッ、それで私が怖気づくとでも?
よく聞け、スキャマンダー中尉、仮にヴィクトリアが私を裁くと言うのであれば、どこにも逃げやしないさ。
……その日が来るのを今から楽しみにしています。
(ホルンが扉を開け部屋から出ていく)
チェロ、オーボエ、今から通信基地に向かうわよ。
万が一バグパイプがトランスポーターを市外へ連れ出せなかったら、私たちでこの唯一のチャンスを掴まなければならない。
目下の状況を見るに、おそらく通信基地はすでに敵に渡っている。キツい戦いになるわよ。
けど、私たちは一度たりとも恐れたことはない。
進め、ヴィクトリアの戦士たちよ!トライアングルと共に!
(ホルンが走り去る)
戦況はどうなってる?
なぜ応答しない――ヒール?
……ここにいないだと。ヒール、勝手に持ち場を離れたな。
私の命令もなく、どこへ消えたのだ!?
ふぅ……負傷者が多すぎますね……
軽傷者はなるべく疎開させ、しっかりした建物内に避難させろ、重傷者は一番近い診療所まで集中輸送するんだ――隔離措置も忘れないように。
診療所の病床数が切迫してきました。
この近くはタラト系住民が集まってる十七区で、一番ひどい砲撃の被害を受けています。
一部の住民たちが自発的にクリーンな区域を整えてくれました、そこに何個かのテントと数十台のベッドを設けて、臨時的な医療拠点を築いています。
あなたが私に教えてくれた防護措置でしたら、彼らにも教えました、今のところ危機状況が不明な負傷者は数名の志願者たちによってテント内で寝かされています。
ここに残っている救急物資の整理を完了したら、私は彼らのところに向かいます。
こういうことは得意なんだね、彼らも君のことをよく信頼している。
あはは……これまで軍営で学んだことと言えば、他人の機嫌取りだけですから。
儀仗兵は軍の顔だということも、そこで教わりましたし、ずっとそれを信じ続けてきました、今じゃみんなが手拍子打ちながらヴィクトリアの栄光と繁栄を謳うことにも慣れてしまってますよ。
誰だって否定はできないさ、それもヴィクトリアの一部だからね。
……全部ではありませんけどね。
さっきあなたが言ってくれたことで、忘れてしまった昔の出来事を思い出したんです。
父さんは弁護士でした、よく私のお爺ちゃんのお爺ちゃんが手ぶらのままヴィクトリアに来て家を興した話を語ってくれたんです。
彼が言うには、ヴィクトリアは発達していて、開放的で、生き生きとした国だった。
ここでは、技術と資本が蛮行に打ち勝ち、人々が懸命に積み重ねていった財は、たかが天災や部族同士の争いなんかで崩れることはない。
このような国に来れたからこそ、我々ヴィーヴルはもう野蛮な武力を頼りに生活しなくていい機会を掴み取り、“文明的な”生活を送れるようになったと言っていたらしいです。
長い間、ヴィクトリアがこの大地で最も先進的な生産力を示したことは疑いの余地もない。
けどよりヴィクトリア人になれるように、私たちは多くのことも切り捨ててしまいました……
私が五歳の頃、軽々と庭にあった一番高い木に登っては飛び降りる遊びをしていた時、父さんにこっぴどく叱られました。
私を部屋に閉じ込めて、数十冊もの本を敷き詰めてきたんです、そして二日目になったら私のためにリターニアのピアノ教師を雇ったんですよ。
あの時はまだ木の上の景色が名残惜しかったですけど、多くは考えないようにしました、これは父さんが私のためにしてくれたことなんだって信じていたので。
ここの俗習に適応するように君を助けてやったんだね。
はい。本、ピアノ、お庭……父さんは私よりも理解していました、ここで郷に従わなければ、ここでの生活を手に入れることはできないって。
そうだ、もう一つ思い出しました……
ある日の放課後、私のお気に入りのパン屋さんの後ろで、何人かの高学年の生徒が一人のフェリーンの女の子をイジメてたんです。
その子の汚れた服を見て笑ってました、その子が無知であったことに対しても。
彼らが去ったあと、私はこっそり近づいて、カバンから小説を数冊その女の子に渡してあげたんです。
その子が小説を読み終わったら、同い年の子供たちとも会話が弾み、笑われることももう起きないと考えていましたので……
そして一週間後、ウキウキしながらその子を探しました、彼女と本の内容を語りたかったんですけど、彼女は首を振って、本を私に返したんです。
一瞬で分かりました、彼女は本を捲ってすらいなかったんです。それからすごい怒りましたよ私、自分の一番好きな本を貸してあげて、友だちになれると思ってたのに、全然気持ちを受け取ってくれなかったってね。
それから月日が経って、ようやくわかりました……
彼女は字が読めなかったんです。
パン屋で働いてる女の子だ、教育を受けられる機会はめったにない、君と同等な教育なんてなおさらにね。
小説を読めることって、贅沢なことだったんですね。
ヴィクトリアは誰しも平等に扱ってきたことは一度もなかった、そうなんですよね?
昔の私は認めたくありませんでした……私のほうから“俗習”に適応したからこそ、相応しきヴィクトリア人になれたという事実に。でも俗習に従えなかった人たちは、ヴィクトリアから認められないんです。
自分から目覚めてなおかつ理性を保つこと自体、とても勇気が必要なことだ。
特にそういった夢というものはその集合体が編み出したとある文明形態に関する共通的な幻想と言える――信じてくれ、私よりこれに詳しい人なんていないからね。
それはあなたがラテラーノ人だからですか?
ラテラーノを去ったから言えることだよ。
いつかじっくりあなたの過去話を聞いてみたい限りです……こんな普通の人間の悩みをグチグチ聞かせるのではなく。
ジェニー、君は普通の人間なんかじゃないさ。自分を普通の人間なんて名乗れる人はいないよ。
ありがとうございます、あなたがずっと慰めてくれたおかげで、無駄な情緒に気を割けずに済みました。
君はずっと努力してきたさ。
物資は全部片付きました、これから臨時医療拠点に持って行きますね。
道中しっかり警戒しておくんだよ。
はい、今はどこも混乱してますからね。駐留軍が攻撃を止めてくれてよかったです、暴徒もほとんど散り散りになりました、あとは市民たちが団結してくれれば、まだモナハン町に救いはありますよ。
人とは常に想像よりもしぶとい生き物だ。多くの野心家はこの一点を疎かにしたせいで、最後はいつも惨めに負けるのさ。
はぁ、でも今一番の問題ですけど、薬品が全然足りてないんですよね。
先に消毒を梱包をしよう。
ここにまだ私の分の薬があります、Outcastさんたちから分けてくれたものです、今の私には必要ありません。
ここから一部でも持って行けば、それだけでも何人かの命が救えます。
仕舞ってくれ。そんなことはしなくていい。
人を救う前に、まずは自分の安全を確保するんだ、より多くの人を救うためならね。
……はい、わかりました。
この物資を届け終えたら、すぐ戻りますね。
ここにいる負傷者の手当ならもう大方終わっているよ。
じゃあ彫像の向かい側に行くんですか?
(無線音)
Outcastさん、望遠鏡で確認したところ、そちらからそう遠くない地区で、ケガ人が一人倒れています。
どういう人か分かるか?
女性、それと若いです。種族はなんとも……ヴィーヴルかな?
そこの状況は?
よくありません。どうやら、彼女の腹部がでかい源石結晶塊に貫かれたようです、ありゃもう感染確定ですね、おそらく今は大量失血で失神状態になってるんだと思います。
すぐ向かおう。
ちょっと待ってください……Outcastさん、あそこまだ交戦区域でした!
今のところ敵とかは見つかってませんが、さっきまであそこ一帯は敵が占領していた場所です、しかも背後にあるあの建物はあいつらの総指揮所だった場所でした!
つまり?
……あの負傷者は敵側の重要人物である可能性が大いにあるってことです。
我々は救助にあたって陣営を考慮することはないけどね。
すみません、俺じゃ判断できせん……オリバーさん、聞こえてましたか?
(無線音)
ああ……Outcastさん、俺もそいつの救助には賛同できません。仮に人を率いる立場の人間だったとして、俺たちに救助されたら、ロドスはとんでもないリスクを背負うことになりますよ。
それはわかっている。君たちからすればあの人は権力闘争の中心にいた人物であり、鉱石病に罹ってしまったように見えるんだね。
けど私からすれば、権力闘争で死にゆく一人の感染者にしか見えない。
それに、彼女が死ぬまでの間も、彼女を巡ってさらなる権力闘争が起こり、より大勢の人がそれによって命を失うかもしれない。
そんな悲惨な運命が降りてくる前に、それを阻止できるチャンスが一糸でも私の前に垂らされているのであれば、諦めたりはしたくないね。
……Outcastさん、俺があなたを説得できないことぐらい分かってますよ、だからあなたの指示に従います。
いいや、オリバー、君を命令する資格なんて私にはないさ、命令もしたくないしね。
一つだけ憶えてほしいんだが、任務報告の際は必ずこう書いてくれ――
これはロドスのエリートオペレーターが下した決断ではない。これは私、Outcastが、個人で決めた決断だ、とね。
しかし……
そうだった、君のその“しかし”も付け足しといてくれ。
「しかし臨時オペレーターのOutcastは、地域責任者の撤退命令を遵守せず、独断で危険人物の救助を実施した」と――こう書いてくれ。
そう言われても……Outcastさん、ロドスのことを考慮しなくても、危険なことに変わりはありませんよ!
だからこれ以上の人員を巻き込むわけにはいかないんだ。
今からの行動はロドスとは無関係のものとする。君とほかオペレーターは予定通り救助にあたってくれ、救助任務を終えた際は、直ちに資料を持ってモナハン町から脱出するように。
(無線音)
……じゃあ、俺が残って帰りを待ちますよ。
シュレッダー!?
オリバー、もしその気があるんなら、俺の分も報告に付け足し、クビにすればいい。
なにバカなこと言ってるんだ!
わかった……もうわかった。行ってくれ。ただ一人の感染者を助けるだけだもんな?そんなこと、俺たちロドスはこれまでごまんとやってきたよ!
勝手にいなくなったりするんじゃないぞ、ちゃんと時間通りに帰ってこいよ!
ありがとう。オリバー、君は本当に優秀だよ。
シュレッダー、君の助力にも感謝してるよ。けど、私の意見に従ってほしい。
つまり――その場で待機だ。
この先は私一人で行く。何が起ころうと、決して加わってこないように、合流地点までまっすぐ向かうんだ。
……わかりました、Outcastさん、ちゃんと迎えの準備をして待ってますからね。
(無線が切れる)
Outcastさん……
ジェニー、私を引き留めるつもりかい?
本当にあの人を救助するつもりなんですか?オリバーさんは、あの人は暴徒の重要人物だって……
彼女がシアーシャを殺した犯人なんじゃ!?
……正体も分からず野心を抱いてる組織が、自分たちの頭領を息絶え絶えのまま街中で野晒しにするとは考え難い。
ふぅ……そうですよね、そ、それを聞けてホッとしました。
――
もし彼女が犯人だとしたら、君はどうするんだい?私にその人を助けてやらないでほしいと言うのかい?
……
本心を言うと、わかりません。
けどあなたが言ったことは否定しません、彼女は可哀そうな一人の感染者、私たちの助けを必要としている。
彼女が危機を脱した時に、また聞いてみるかもしれませんけど……
やっぱりもういいです、たぶん私の考え過ぎでしょうね、これ以上あなたの時間を先延ばしにするわけにもいきませんし。
では行ってくるよ。
待ってください、あと一つ……
私に言ってましたよね、人を救う前に、まずは自分の安全を確保してくださいね!
おやおや、私たちのジェニーちゃんが今では私を教える立場になったか。
いや、そんなこと……
安心してくれ。
さっきも言ったように――ただの感染者を助けに行くだけだよ。